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Fate/stay night -the last fencer-

作者:Vanargandr
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第二部
魔術師たちの安寧
  月下の死闘(Ⅰ) ~白き少女の思惑~

「フェンサー、退くぞ。ここでコイツの相手なんざしてられない」
「なら先に逃げてちょうだい。どちらにしろ、バーサーカーは足止めしなきゃならない」

 魔術回路を全て開き、フェンサーへの提供魔力を共振させて倍加させる。

 筋力、耐久、敏捷に類するステータスを底上げする。
 ほとんどの能力がAランクに届くバーサーカーを相手取るには、生半可な状態では太刀打ちできない。

 今出来るのは過剰とも言える魔力供給のみ。

 ここから俺は少なくともバーサーカーの接敵距離圏外、イリヤの探知を逃れられる場所か手段を確保しなければならない。
 それまでどのくらいの時間がかかるかは分からないが、フェンサーに一人で時間を稼いでもらわなければならないのだ。

 相棒を置いていくのは気が引けるが、ここに俺が居ても役に立てるとは思えない。

「来るわよ、マスター!」

 吶喊する狂戦士のサーヴァント。
 その突進ですらまともに受ければ無事では済まないだろうが、その勢いを乗せて振るわれる岩塊のような斧。

 それを真っ向から弾き返す白銀の聖剣。

 響き渡る剣戟の音を背に、振り返ることはせず、俺はバーサーカーとは逆方向に駆け出した──────















──────────Interlude In──────────





「ッ……!!」

 マスターの走り去る足音を聞きながら、正面から覆い被さるように突進してきた巨人の剣戟を受け流す。
 
 意識を全身に集中する。ギシリ、と軋みが聞こえそうなほど筋肉が張り詰める。

 剛体技能(スキル)の発動。魔術効果ではなく、この肉体に備わる増幅機能。
 そもそもこの身は真っ当な人間とは違う。被造物として生まれたが故に、人ならざる部分が多くある。

 そのまま二撃、三撃、四撃と続く轟風剣斧。
 真横から薙ぎ払われる五撃目を、擬似的な魔力放出を伴う最大膂力による一振りで完全に弾き返した。



 実を言えば、私のサーヴァントとしての肉体準拠の性能は高い。

 基本性能は英霊として平均以上と自負できるものだ。
 さらに今は主たる黒守黎慈の魔術特性による、魔力の共振増幅による過剰供給(オーバードーズ)
 加えて通常では有り得ないほどの膨大な魔力を魔術ではなく、肉体のブーストに惜しみなく使用。

 身体強化、共振増幅、擬似魔力放出。
 既に解放している聖剣に宿る概念、神速の加護。

 しかしここまでの強化がありながら、なおバーサーカーには一歩及ばない。

 本来この英霊は世界的に見ても、知らぬ者のないほどの大英雄・ヘラクレス。

 よく知っている。まだ覚えている。
 今回の聖杯戦争において呼び出されたサーヴァント……その半数は正体を把握している。



 何故なら前回の時も同じ英霊だった(・・・・・・・・・・・・・・・・)



 運命というのか、因果というべきか。
 何よりこの黒い巨人とも形容すべき狂戦士は、私の──────だったのだから。

「■■■■■■■■────ッッ!!」

 咆哮と共に斧剣が振るわれる。

 Bランク以下のあらゆる攻撃を無効化し、十一という数の蘇生の呪いを重ね掛けした彼を象徴する宝具・十二の試練(ゴッド・ハンド)
 異常なまでの頑強さ、初戦にて一度絶命しながらも蘇り、何事もなかったように活動しているのはその宝具によるものだ。

 元々は弱い英霊を強化して使役するためのクラスに彼を宛てがったのだ、その性能は推して知るべし。

「クッ、つああァッ!!」

 都合十三撃目の斧剣を弾き、一度身を引く。
 まともに相手などしていられない、剣を合わせる度に手と腕が僅かながら痺れてきている。

 バーサーカーとの打ち合いが可能なサーヴァントなどセイバーくらいのもの。
 一時的に打ち合えるだけでも十分かもしれないが、単騎での戦闘でそれは意味がない。

 幾重にも掛かっている強化効果も有限だ。
 剛体技能も時間が経てば衰えてくる。擬似魔力放出もあまり多用すれば枯渇する。
 共振増幅はマスターであるレイジが存命であれば長く続くが、戦闘が長引くほど負担をかけてしまうことになる。

 レイジの離脱を確認次第こちらも離脱するつもりだが、彼も全速力で逃走中ながらもう少し時間を要するだろう。

 もしもその時が来たとしても、バーサーカーが容易に逃がしてくれるとは思えないが………………

「でも、成す術なしってわけでもない」

 剣術以外のもう一つの武器、キャスタークラスにも匹敵する魔術行使。

 実際に最初の戦闘で、魔術によるダメージは通った。
 傷つけられるということは殺せるということ、一度で駄目ならダメージを蓄積させる。
 バーサーカーの頑強さには回復力も含まれているが、短時間で全ての傷が完治するようなデタラメなものでもない。

 その屈強な肉体を貫くまで撃ち崩す。

Rampage(檻ごと爆ぜよ) Der blaue Vogel(蒼き鳥よ)!!」

 予備動作無し(ノーモーション)から重続詠唱(デュアルボイス)で成立する複合魔術。

 青電を纏う鳥の形を模した極雷が狂戦士の身体を撃ち抜いた。
 狂っていても失われない武技の冴えを以てしても、雷速の一撃を避けることは不可能か。
 放った瞬間に反応したのは見て取れたが、電撃は性質上防御を貫くものであり、完全に回避しなければ意味がない。

 魔術により発生した雷鳥は接触した時点で対象の体内に潜り込み、内側で数十秒間電撃を放出し続ける。
 普通の人間ならば一瞬で血袋と化して蒸発し、魔術師であっても耐え切る魔力や強度がなければ弾け飛ぶ。

 それを──────

「さすがね……」

 素の耐久性で堪えるバーサーカー。

 電気刺激によって筋肉の収縮を引き起こし動き辛くはなっているようだが、この魔術によるダメージで倒しきるのは無理らしい。

 ならば行動不能に陥っている間に、連続して高位魔術を叩き込む。
 私というイレギュラー、フェンサーは魔術の心得もある剣士……などという、生半可な評価で括られるものではないとここに証明しよう。



Flamberg(癒えぬ傷痕) Qual Schmerz(燃エル苦痛ヲ刻ム)
 ScramSahs(癒えぬ傷痕) aussterben(命ノ息吹途絶エ)
 Breitschwert(癒えぬ傷痕) verwunschen(傷ミハ重ク深ク)
 Falchion(癒えぬ傷痕) Blutvergiesens(流レル血止マラズ)



 重続詠唱を駆使し、同時に成立した大魔術は四。

 バーサーカーの内側で暴れている雷鳥が完全に消えるまで、凡そ20秒と踏んでいたが巨人は僅か10秒余りで復帰した。

 詠唱の隙に勢いのままに再び大剣を振るうも、合わせて弾き返す聖剣の一閃。
 
 而してフェンサーがこの四大魔術を発動させるまでたった10秒。
 数秒差で自由になったのはフェンサーであり、剣を合わせるのも容易だったといえる。

 並みの魔術師ならば十以上の小節を以て完遂する瞬間契約に匹敵する呪文を、技量故の詠唱短縮からたった二小節の呪文を四つ唱えるだけで完成させた。

 フェンサーという英霊の魔術の真価。

 身の内に抱える───によって、過程を超えて結果を引き出す。
 自身の魔力により適う範囲内ならば、文字通り魔術において不可能はない。

「結構大変なのよ、コレ。それでも一度殺すくらいが限界でしょうけど、今はその一度で十分よ」

 背中に展開される四色四振りの剣。
 翼のように広がるそれは、それぞれ基本属性とされる火、風、土、水を基とした概念魔術礼装『Vier der Sabeltanz(四姉妹の剣舞)」。

 燃え盛る火の細剣、逆巻く風の短剣、飢えた土の大剣、渦巻く水の長剣。
 傷を焼き焦がす火、幾重にも刻む風、涸れ腐らせる土、血を凝固させない水。

 いずれも傷付けるという意味と不治の呪いを孕む、物理的手段では防ぐことは適わない魔剣。
 かなりの魔力を持っていかれるが展開時間は数分、短期決戦時のみの使用に限られる対人殲滅魔術だ。

 セイバー以上に白兵戦に特化したバーサーカーに、十二の試練という宝具を超えてくる魔術に抗する防御手段はない。
 あるいは狂戦士以外のクラスで呼ばれていたなら対抗する術はあったかもしれないが、狂うという条件で呼び出された以上逃れられない制約がある。

「……フッ!!」

 自らバーサーカーに剣を合わせにいく。
 当然軽く受け止められるが、剣の四翼が背後より伸びる。

 自分で何かをする必要はない、元々自立術式を組み込んである。

 剣の形をした簡易な使い魔のようなものだ。 
 100に及ぶパターン記録から術者に合わせて最適化された連携動作をする。

 受ければ致命の四つの剣が、狂戦士の急所に襲いかかる────!

「■■■■■■■■■■────ッッ!!!」

 迎撃の斧剣をすり抜ける魔剣。
 敵手の背後から伸びる四本の剣撃を本能で躱す。

 理性を失っているとは思えない体捌きと反応速度で避けるが、避けきれない五撃目の炎剣が巨人の脚を切り裂き傷を焼く。
 それだけでは致命傷足りえないが、この魔剣がバーサーカーの宝具を超える以上、サーヴァントの霊核に届けば殺しうる。

 そも不死身性に近い防御能力を誇るバーサーカーが回避したという事実が、この概念武装魔術の有効性の証明に他ならない。

 頭、首、心臓の破壊は勿論のこと、直撃すれば手足を切り落とすことも可能。
 聖剣を解放するのと同じだけの魔力を消費したが、宝具を使わずにこの巨人を一度でも屠れば手放しで賞賛されるに値する。

 一撃で仕留められずとも、このまま削っていけばいずれ絶命に至るのは間違いない。

(これを展開した以上、無理に攻める必要はないか……)

 四つの魔剣が自立型ということは、実質バーサーカーは剣士5人と相対しているに等しい。

 そのうち4人は物理的干渉が不可能である。
 神話の中での経験上、魔術への理解もあるヘラクレスといえど、狂戦士のクラスでは魔術に抗する能力はほぼ発揮できず、対策に関して知恵も知識も意味を成さない。
 不利といえば不利だが、逆にこの不干渉の魔剣は全てフェンサーを発生源にしているのだから、要は1人を倒せば全ての剣は消え去るのが道理。

 バーサーカーは自らを傷付けられる他の四剣を無視し、フェンサーを叩き潰すことを本能的に優先した。

「そう来るでしょうね。けど……」

 自立型魔術は術者本人の行動が自由なことこそ最大の利点。

 敵が守りの態勢に入るなら攻め崩し、攻めの態勢に入るなら自分は守りを固めればいい。
 攻撃と守備を両立することは困難であり、迎撃をしているだけでバーサーカーが削れていく。

 いくつかの剣撃は躱すものの、やはり全てを避けられてはいない。
 このままなら時間を稼ぎつつ、順当にバーサーカーを一度倒すことは出来る。

「レイジは……かなり離れたわね」

 僅か十分にも満たぬ時間で、数km以上離れている。

 全速力で走り続けているのだろう。
 この調子なら一度バーサーカーを殺した時点で、合流に向かえるかもしれない。

 トドメを刺すときは出来るだけ重大な損傷を残して殺す。
 自動蘇生とはいっても、即座に傷が復元するようなものではない。

 傷が深ければその分だけ完全な蘇生には時間がかかる。
 例えそれが数分程度であろうと、この黒い巨人から逃げるというならばその時間の価値は計り知れない。

 問題はマスターであるイリヤスフィールの行動だが…………

「ッ!? 居ない!?」

 周囲に彼女の気配がない。

 まさか単独でレイジの追跡を──────

「くッ……今すぐ助けに行く……余裕はないか」

 立ち塞がる岩のような巨人。

 要は戦闘の結果は問わず、足止めの役割も担っているわけか。
 自分のサーヴァントが単騎で負けるはずがないという自信と信頼の現れ。

 ただその意味でならば、私も同じ信頼を以てこの場を預けられている。
 元より足止めはこちら側の目的だったはずだが、こうなれば作戦変更だ。
 サーヴァントの後ろで高みの見物を決め込んでいると思っていたのだが、イリヤスフィールに対する想定が甘かった。

 速やかにバーサーカーを撃破し、レイジとの合流を果たさなければならない。

 黒守黎慈とイリヤスフィールを、深く関わらせる訳にはいかないのだ。

 それでは私の願いが根底から崩されることになる。

「絶対に……お願い、無事で────」





──────────Interlude Out──────────















 真冬の夜に、街中を全力疾走する。

 これが青春ロマンな意味での全力なら良かったんだが、生憎と真面目に命懸けでの逃走だ。
 そんなしょうもないことを考える余裕が出るくらいには距離を稼いだとは思うんだが、如何せんバーサーカーの機動力は洒落になっていない。

「はぁっ、はぁっ……はぁ、は……」

 さすがに全力で走り続けるのはここらが限界だ。

 十分ほど走り続けていたはずだが、それでも4~5kmは走ったはず。
 バーサーカーが追いかけてきていたら気配で分かるし、フェンサーが交戦状態なのは感じ取れるから追跡はない。

 道端で座り込み、家屋の塀にもたれて休息。

 逃げ切ったという確証はない。なるべく早く呼吸を整える。
 次は魔術による索敵や探知がないかを確認しなければならない。

 こちらの安全が確保されていれば、あの化物級のサーヴァントと戦っているフェンサーに即座に離脱指示を出せる。
 五体満足で無事なことを願う…………最悪生きてさえいてくれれば、令呪を使用してこちらに強制召喚すれば何とかなる。

 問題はイリヤの魔術師としての力が未知数なこと。

 アインツベルンのホムンクルスは失敗作でさえ、並みの魔術師を軽く凌駕する能力を有すると聞く。
 完全なホムンクルスである彼女のポテンシャルは、聖杯戦争に参加しているマスターの中でも随一だろう。

 錬金術や人造生命体については知識に疎いが、少なくとも容易に倒せる相手ではない。

「はぁ、はぁ……は?」

 呼吸を落ち着かせながら空を仰ぐ。
 頭上には白く光る小鳥の形をした何かがいた。

 どう考えても普通の生き物の類ではない。

「っ!」

 背筋に走った嫌な予感。座った体勢から転がるように前へ。

 予兆もなく吐き出された光弾を紙一重で避ける。
 寸前まで俺が居た地面には小さく穴が穿たれていた。

 直撃を受けても即死するようなものではなさそうだが、見るに単体で魔力生成まで行っている。
 イリヤの使い魔か何かだろうが規格外にも程がある。あの大きさで自立行動、魔力生成まで行うなど並みの使い魔の範疇を超えている。

 けど思ったより次弾が遅い。再装填には時間がかかるらしい。
 躱した後に体勢を立て直す猶予はある。魔術刻印を総起動して戦闘思考に入る。

 イリヤの姿は見えない。まだ追いついていないのか、先に使い魔だけ飛ばしたのか。
 あの華奢な少女に全速力で駆け抜けた後を追いつかれては、男としての面目が立たないが……

「使い魔は1体か……? 刻印読込(Read)、7番『探知』と19番『索敵』を実行」

 周囲の探知と索敵。動体検知、魔力感知、熱源反応を確認。
 魔術探査を広範囲に拡げるということは相手にこちらの位置を知らせるようなものだが、使い魔に追跡されている以上そのリスク考慮に意味はない。

 探査範囲内で動いているモノの数は3つ。魔力も3つ。熱源が1つ。

 熱源は絶対にイリヤだろう。しかし他に人らしき熱源が一つもない。
 これだけの範囲で他に何の反応もないということは、一般人を遠ざける措置が取られている。
 奇遇だなんて言っていたが、何のことはない……彼女の狙いは最初から俺だけだったということだ。

 キャスターとセイバーが接敵したことも知っている。
 あえてそちらを放置してまでこっちを狙ってくるのは、やはり何かしら思うところがあるのだろうか…………

 こちらの探査に気づいたのか、もう一体の使い魔がこちらに向かっている。

Blitz shot(光弾、射出)!!」

 遅れて放たれた次弾を回避し、こちらも弾丸で鳥型の使い魔を撃ち落とす。

 どうやら複雑な動きや思考はできないようだ。
 対象の索敵と簡単な攻撃をこなす程度の簡単な術式。

 探査範囲内に動体、魔力反応が増えた。1体やられたことを察知して追加したのか。
 使い魔に熱源はない。ならばやはり、索敵範囲に存在する熱の発生源はイリヤだろう。

 使い魔自体の撃破は容易、しかし逃げるのは困難だ。
 探査を仕掛けたことでこちらの位置は完全にバレたはず……高速で追跡してくる使い魔を撃破しながらでは状況は厳しい。
 魔力弾が飛んでくる以上背は向けられない、警戒を続けながらの撤退になるが、それでは先程までの全力疾走の速度は保てない。

 即時離脱は厳しい、迎撃しながら撤退せざるを得ないか。

「っ! Blitz shotgun(光撃散弾、射出)!!」

 2体目の使い魔の攻撃を回避、躱しざまに散弾を放つ。

 いちいち狙いを定めてはいられない。視界に捉えた鳥影の位置に炸裂させる。
 視認していないが反応が消えた、当たって砕け散ったと見て即座に他の使い魔の反応がない方向へ走り出す。

 使い魔の数が増えた。今まで最大2体だったのが3体。

 散開しながら確実にこっちを追い詰める陣形だ。
 少なくともバーサーカーとフェンサーの戦場へ戻されるようなことはあってはならない。

 その場所とイリヤから離れるための最適な方角、南東へ向けて逃走する。

(あれだけ数を出してくる……何を媒体にしてる? 用途限定の代物だろうが、生産と機能の釣り合いが見合ってないぞ!?)

 右側面から現れた使い魔を即時迎撃。
 第一射目が外れ、向こうからの光弾を回避後、第二射で確実に落とす。
 なるべく一発必中を心掛けたいが、索敵と逃走経路の確認を並行しているので、どうしても精密さを欠いてしまう。

 しかし落とした先から追加されているので、迎撃はまるで意味を成さない。
 相手の限界が分からない以上、品切れになるまで使い魔を撃墜し続けるのは現実的ではない。
 どうにか距離を稼いでフェンサーを喚び、一気に引き離したいところだが、熱源位置はほとんど変わらない。

 やはりこの状況じゃ逃げ果せるのは厳しいか──────

「被弾覚悟で駆け抜けるか……!」

 周囲の使い魔への注意を完全に切り、再び全力疾走開始。

 魔術刻印から耐圧、耐衝撃の術式を身体に巡らせ、強化と硬化も重ねる。
 効果は数分、とにかく走り続けて、最低でもイリヤの結界領域内から出なければ。

「はっ、はっ、はぁッ……!!」

 直線ではないから正確ではないが、もう5km以上は走っていると思う。
 魔術によるドーピングありとはいえ、競走関係のオリンピック選手も真っ青なタイムを叩き出している。
 しんどいなんてもんじゃないが、自分とフェンサーの命が掛かっている以上逃げ切らなければ朝日を拝めない。

 たまに蛇行しながら、時に曲がり角を激突しかねない勢いで右折左折し、追跡飛行する鳥からの被弾を減らす。
 正直ここまで転倒していないのが奇跡に近い奇怪な走り方をしているが、転けたら人生さよならバイバイなのだから死んでも転けるわけにはいかない。

 使い魔の数は4体になって以降増える気配はない。
 余力を残していると考えれば使役の限界が4体だとは思えないが、追跡にはその数で十分と考えているのだろう。

 迎撃をやめたせいで1体ずつの接敵だったのが、今や3体が同時にこっちを付け狙って飛行している。
 鳥たちの配置と光弾を放つタイミングから、ある程度誘導されていることには気づいているが、こちらはイリヤとバーサーカーの位置を把握している。

 多少ルートを邪魔されても、まんまと罠にハマることはない。

 そう思っていた時期が僕にもありました!

「はぁ、はっ、は、っ……嘘、だろ……」
「あら、戻ってきてくれて嬉しいわ」

 無邪気な笑みを浮かべて俺を迎え入れる白い少女。

 馬鹿な……俺はずっと彼女から離れるように走っていたはずだ。

 事実、熱源反応は────

「まさか、フェイク……」

 目の前のイリヤの熱源を感じ取れない。
 それどころか探知魔術の方は、動体も魔力も無反応を示している。

 何らかの魔術で自身の情報を遮断しているのか。
 こうして目の前にいる彼女を感じ取れるのとは別に、魔術による探知に一切引っ掛からない。

 ずっとイリヤの熱源反応だと思っていたのは使い魔の囮か!

 ということは最初から俺は術中に嵌っていた……掌の上だったということか。

 恐らく探知を仕掛けた時点で索敵の質を看破され、逆にまんまと誘き出された。
 索敵を拡げた際に即座に探知を無効化し、熱源となる使い魔と認識を入れ替えた。
 2体だと思っていた使い魔は実は最初から3体存在していて、1体は熱源として移動。
 後に4体になった使い魔は、こちらのルートを制限することで見事俺をイリヤの居る場所まで追い込んだ。

「随分手が込んでるな。そこまで俺に拘っているとは思わなかった」

 彼女は高みの存在として聖杯戦争を傍観し、気まぐれに動くだけだと考えていた。
 何度か話した印象からそう感じていたのだが、その認識はこちらの誤りだったのだろうか。

 というより彼女がもしも本当に俺に拘っているのなら、その何度か話したことが原因である可能性が高いのだが。

「ええ。どうせ私が勝つんだから聖杯戦争はどうでもいいのだけれど、唯一目的があったの。
 その目的はまだ一度も叶っていないけど、一つだけ興味が湧いたモノがあったわ」
「それが俺、なのか」

 世情に疎い彼女が興味を持つ対象が出来たことは良い事だが、それが他者であり自分であるのは喜ぶべきなのかどうか分からない。
 この少女の性質は子供のソレであり、興味を持つという衝動が見たことのない珍しいものへの好奇心という側面があるのは否めない。

 イリヤスフィールが初めてアインツベルンや魔術師として以外に、個人として接触した他人が俺なのかもしれない。

 そこから彼女が興味の対象をどうしたいと思うのかが問題だ。

 昼はイリヤという個人だが、夜はアインツベルンのマスターだと言っていたのは本人だ。
 平和的な話であれば昼間に会えばいいのだから、わざわざ夜に出向いてきたということはそういうこと。

「今までの貴方のお話は面白かった。だから特別に、私の玩具(もの)にしてあげる」

 ……目眩がする。

 話が面白いことと玩具にすることの脈絡のなさ。
 お喋り人形にでもされるんだろうか。私の"もの"という部分がだいぶよろしくない響きだったのは疑いようがない。

「お話するだけならほら、昼間に普通にしようぜ。バーサーカー同伴とか物騒過ぎるだろ?」
「イヤよ。本当ならレイジのサーヴァントを一瞬で潰して終わりだったのに。
 随分頑張るわね。善戦しているようだけど、私のバーサーカーに勝てるサーヴァントなんて居ないのに」

 少しだけカチンときた。

 この白い少女が従えるサーヴァントが規格外であるのは百も承知だが、それは俺のサーヴァントを無闇に貶めていい理由にはならない。
 フェンサーは相棒(パートナー)として十分な力量を持っているし、彼女自身の人格も俺は気に入っている。

 未だに隠されていることも多いが、それも俺が彼女を嫌ったり信用しない理由足りえない。

 現に今、フェンサーは俺を逃がす為に命懸けで戦っている。
 そんな彼女を無碍に扱うということ自体が、黒守黎慈の主義、信条からして認められるものではない。

「あんまり慢心してると足元掬われるぞ。例えば、そう。ここで俺がイリヤをどうにかしちゃったら、サーヴァントどうこう関係なく勝敗は決まる」

 バーサーカーを倒すにはこんな遭遇戦や単騎対決では勝機は見えないが、マスターを制圧するという視点で考えれば話は変わってくる。
 アインツベルンから送り込まれたイリヤも一筋縄では行かない敵手(マスター)ではあるが、あの巨人の狂戦士に比べれば格段に攻略難度は下がる。

 戦っているフェンサーを置いて逃げることに少し抵抗があったのは当然のこと。
 ここでイリヤスフィールを制して逆にフェンサーを助けることが出来るなら、俺としては願ったり叶ったりってわけだ。

「ふうん。サーヴァント無しなら勝てると思われているなんて、侮辱に等しいわね。
 いいわ。私のモノになるのが不服なら、まずは格の違いというものを刻み込んであげる」

 イリヤの周囲に集う使い魔4体。

 鳥形で高速機動と光弾を放つ、遠隔操作型の移動砲台。
 単体で魔力生成を行い、撃破するまで半永久的に稼動する。

 最大展開数は不明だが、最悪までを想定するなら今の倍は可能だとみる。

(初手から全開で行くしかねえ!)

 相手の実力が未知数なら、短期決戦。全力を出される前に決着を付ける。

 魔術刻印の白兵術式を全起動。
 魔術回路の開路結線を全解放。

 共振開始。魔力励起率300%で固定。

起動(セット)……魔術廻炉(エーテルドライヴ)!!」

 さっきまでの抑制状態(セーブ)ではなく、全身全霊と呼ぶに相応しい戦闘態勢。

 侮ることはしない。夜の聖杯戦争で出会った以上、魔術師同士であり殺し合う関係だ。
 感情移入が一切ないといえば嘘になるが、それが理由で俺という刃が鈍ることはない。

「さあ、華々しく踊りなさい」

 天使のような無邪気な微笑は、死神の無慈悲な冷笑へと変貌していった。
 
 

 
後書き
最新話投稿です。
思い付きの展開、割り込みでプロット無し、スケジュール的にも不安でしたが何とか更新できました。

ただ年末年始から1月末までは仕事が繁忙期のため、来月の更新は無理そうです。
出来れば更新しますと言いたかったのですが、さすがに執筆時間の確保の目処が立たず……

何かご質問やご要望、誤字脱字報告などありましたら感想やつぶやき返信、メッセージなどでもお気軽にご連絡下さい。 
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