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雨宿り

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第八章


第八章

「本屋にな」
「そうか。本屋か」
「ああ。あそこにいるのは間違いないからな」
 このことはもう確信していた。これまで出会った場所は教室以外はそこだったからだ。
「それはな」
「じゃあそこに行くんだな」
「ああ、またな」
 紅の言葉に対してはっきりと頷いてみせた。
「行って来る。ただな」
「ただ?」
「いや、ちょっとな」
 ここで加藤の言葉の調子が少し変わった。
「今日夕方から雨だったよな」
「ああ、そういえばそうらしいな」
 紅は加藤の言葉からこのことを思い出した。
「天気予報じゃな」
「とりあえず売店で傘買っておくか」
 こう言うのだった。
「雨に逢ったら大変だからな」
「そうだな。俺は折り畳み式の持ってるからな」
「あっ、用意がいいんだな」
「いざという時の為にな。いつもな」
 持っているのだった。この辺りは結構用意がいい彼だった。
「だから大丈夫だけれどな」
「それじゃあ俺も買うのは折り畳み式にしておくか?」
 加藤は紅の言葉を受けて考える顔になった。
「今から買うのは」
「そうしたらいい。使わない時もちゃんと鞄になおせるからな」
「そうだな」
 加藤も紅のその言葉に頷く。
「じゃあそうするか。買うのはな」
「ビニール買うつもりだったんだな」
「ああ」
 今度は天丼の天麩羅を食べながら紅に答えた。天麩羅は海老の見事な天麩羅だ。それと卵、何よりもつゆが絶好のハーモニーを醸し出していた。
「けれど考えてみればそうだよな」
「あの時は失敗したな」
 紅はここで不意に顔を苦くさせた。
「あの本屋で雨宿りした時な」
「そういえば御前あの時は」
「ああ、持っていなかった」
 こう加藤に対して述べた。
「鞄に入れ忘れていた。前に使ってそのままだった」
「そうか。それでか」
「おかげで雨宿りすることになったな」
 そしてまた加藤に述べたのだった。
「けれど御前にとってはそれでよかったか」
「そうだよな。あの娘見られたからな」
 紅の今の言葉に微笑みながら言葉を返した。
「よかったよ。まあそれでも今回はな」
「傘買うんだな。今度は」
「そうそう雨宿りするわけにもいかないだろ」
 だからであった。彼にも事情があるのだった。
「だから。買っておくさ」
「そうしろ。で、今日はどうするつもりなんだ?」
 あらためて加藤に対して尋ねるのだった。
「御木本さんに」
「とりあえずまた太宰か誰か知ってる人の本のところにいたらな」
「ああ」
「少し声かけてみるかな」
 考える顔で述べた言葉だった。
「ちょっとな」
「それは進み過ぎじゃないのか?」
 紅は今の彼の言葉を聞いてこう返した。
「いきなりそこまでは」
「そうか?」
「ああ。ちょっとな」
 また彼に対して言った。
「暴走だと思うがな」
「じゃあ今はまだあれか」
「彼女の傍に行ってそこで興味がある本を買うんだな」
「またそれか」
「ああ、昨日と同じでいいだろ」
 加藤へのアドバイスはこれであった。
「それでな。まだ慎重に行け」
「そうだな。じゃあそうするか」
「うどんとかそばはすぐに食わないと駄目だがこうしたことはじっくりだ」
「じっくりか」
「何度も言うがな。慎重にだ」
 本当にこのことを強調するのだった。
「わかったな。まだそれには早い」
「一歩ずつでいいか」
「そうだ。だから今はじっくりとだ」
「よし。じゃあ今日は」
「太宰じゃないかも知れないぞ」
 そっと忠告してきた。
「御前の嫌いな作家でも我慢しろよ」
「じゃああれか。芳本隆明とかでもか」
「吉本読む女子高生はあまり聞かないな」
 紅は今の加藤の言葉には首を捻って返した。
「ちょっとな」
「そうか」
「もう吉本は駄目だろ」
 そして駄目出しまでした。
「あいつは」
「駄目か?」
「そもそも女の子で哲学書っていうのもあまり聞かないぞ」
 彼は言った。
「それ自体がな」
「まあそれはそうだな」
 加藤も言われてみればそうだと思った。この辺りは確かに個人的な好みが関係するが女の子で哲学書を読むというのは確かになかった。
「あまりないよな」
「それにあいつ自体も全然駄目だ」
「吉本隆明がか?」
 これは加藤にとっては意外な言葉だった。
「あいつ確か戦後最大の思想家って言われてなかったか?」
「それは知ってるんだな」
「どっかで読んだ」
 そのうえでの知識であるのだ。
「どっかでな。それで覚えてるけれどな」
「何書いてるかわからない時は教祖になれて誰でもわかる文章を書けるようになったら只の思想家になる」
「そういうものか?」
「まともな奴が麻原なんか偉大な思想家とか言うか」
 紅は今度は嫌悪感を露わにさせていた。彼はそれと共にうどんを食べている。
 
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