| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

10話 剣のネクシャリズム

 
前書き
(゜-゜)題名考えるのが毎回、難しい。 

 
 新OS開発計画―――ZINKIプロジェクト。
 それは篁家の次期当主としての立場から前線へと赴くことを許されない自分が唯一衛士として居られる場所だった。


「……ふむ、やれやれ」
「あの……どうしたのですか?」

 今回のシミュレートデータを持参したが、目の前の自分と色違いの軍服を纏う青年はやや不機嫌だ―――よく見れば部屋には資料がいくつも散乱し、彼の目も隈ができている。

(人工衛星関連技術レポート……?それにこっちはS-11のレポート……そしてこっちは新型ロケット―――明らかにこの計画に必要ない物ばかり……?)

 計画の監督として大変なのは理解出来るが、それにしては関係ない資料が散乱している。
 それに内心首を傾げる、一見戦術機に関係ありそうで微妙に焦点のずれた研究レポートばかり、しかも様々な大学や研究所に企業と節操なしに集められていた。


「ああ、別項の仕事の下準備が忙しくてな……」
「別項?」

「………丁度いいかもしれんな。」
「え、何がですか?」


 小首を傾げた自分に一人自分勝手に自己完結した眼前の青を纏う隻腕の青年は徐に席を立つ。――自分の疑問には一切答えず。
 ただただ、不敵な悪い笑みを浮かべているだけだった―――

「篁、出かけるぞ準備しろ。」









 連れられるまま黒車に乗せられた唯依、そして車中で揺られながら隣に座る忠亮を見る。
 ―――美形という訳ではないが、自らを刃と為す程にただ愚直に鍛え上げた人間だけが持つ孤高の冷たい空気がある。
 その精錬な佇まいと、鍛錬が滲み出た引き締まった顔つきは不思議な魅力ある

 ……もし、彼女が男だったらこんな風だったかもしれない。そんな戯事を思案してしまう。

「………」
「どうした?」

「い、いえ!何でもありません!!」

 じっと見つめてしまった……そしてそれに感づかれた。途端、気恥ずかしくなってしう。たぶん、今の自分は耳の端まで真っ赤になっているだろう。

「そうか…そういえば最初に逢った時から君はそんなんだったな。」
「―――それはどういう意味ですか…?」

 心なしか声が震える。―――彼の中で自分は一体どんな頓珍漢な存在になっているのだろうと内心戦々恐々する。

「そうだな……何というか、一言でいうなら……」

 言うなら…一体なんだというのだろう。ある意味聞くのが恐ろしい。

「ライオンの皮を被ったウサギかな」
「―――――」

 聞いて絶句。なんだ、その珍妙な生き物は。
 そして、ちょっと想像してなんとなく可愛かったのが意外に悔しい。

「はははっなんだその顔、ハトが豆鉄砲食らいながら苦虫を噛み潰したような顔してるぞ。」
「ははは……!」

 随分と表情豊かな鳩なこった!と軽快に笑う忠亮に対し、引き攣った笑みを浮かべながら内心でそんな突っ込みを入れる唯依だったとさ。

 そして、暫くして二人を乗せた車は目的地へと到着する―――


「これは、お帰りなさいませ旦那様。」
「ばあや、留守中変わったことは?」

 辿り着いた帝都城近くの武家屋敷―――かつて江戸時代に参勤交代で江戸に赴いた大名や連れの武家たちの住処である江戸藩邸の一つだ。
 斑鳩家に養子入りした忠亮はその内の一つを貰い受け、居を構えていたが軍務で滅多に戻ることが出来ないこともあり、保守管理を任せてある高齢に差し掛かろうかという女中がやや慌てながらに出迎えてくる。

 唯依の母もこの近くの武家屋敷に居を構えている―――京都の家はもう、無いから。


「これと云って特に……おや、そちらの方は?」

 送迎用の車両から降りた自分が車から降りると彼女の目に留まる。

「ああ、篁唯依中尉だ。」
「ああ!貴方様が!!私はお家の管理をさせて頂いております山口と申します。」

「は、はぁどうも」

 山口さんの態度に面喰い、やや引き気味の唯依だが忠亮はそんな彼女を置いてけぼりに話を進める。

「彼女に例の物を頼む、俺はじきに来客があるから応接間にいよう―――彼女の準備が整ったら其処へ通してくれ。」
「はい、畏まりました。ささ、こちらへ―――」

「え、あ、ちょっと!?」

 山口さんに引っ張られ、屋敷に引きづり込まれる唯依の姿が奥へと消える……そして、やや遅れて一つの車が屋敷前に到着するのだった。
 そして、その車の後部座席から一人のスーツに身を纏った妙齢の男性が姿を現す。

「おや、早すぎましたかね?」
「いえ、丁度良い塩梅です。無為な時間は少なければ少ないほど良い――どうぞ、中へ千堂専務。」

 そう言って斑鳩忠亮は河崎重工業専務を屋敷内へと招き入れた。





「―――此方が壱式戦術迫撃刀及び壱式追撃刀の契約資料となります。斯衛軍に納品されるこれらの武装収益の内、3%が斑鳩卿の上納金となります。お確かめを」
「ああ、態々すまないな。」

 応接間の机に広げられた資料を読み、確認のサインを綴っていく忠亮。
 右腕が無いため字がやや書き辛いのが難点だが、ある程度はもう慣れた。

「しかし、盲点でしたな。わが社の兵器開発局長もレポートを目にしたときは愕然としていましたよ――まさか、空力制御をあんな風に扱う衛士が居がいて……更に、専用の電子機器のアップグレードと知能情報工学と人間工学を複合させOSを改良することで問題となっていた稼働時間と操作性を解決するとは……」

「何、別段難しくない……あれは武道の無拍子という技のちょっとした応用だ。」
「無拍子……?」

 感嘆の意を漏らす千堂専務、彼に対し忠亮は自分が戦術機操縦で行ってきた工夫のネタばらしを行う。

「ああ、元々は年老いた剣客が斬撃の威力を底上げしつつ“無為の構え”から放てる斬撃を模索した結果生まれた手法だ。
 歳を負うにつれ、筋力はどうしても低下し体が動かなくなってくるからな。その為、自重を加速に用いて斬撃を重くしたのさ……第二世代機以降の戦術機と基本的には同理念だと思えばいい。」
「成るほど……武術とは奥深い技術ですな。」

 感慨深けな息をつく千堂専務。第二世代機以降の戦術機はすべて重心を高めに設定し、その倒れ易さを強化し、その倒れる際の運動エネルギーを用いての高機動性を獲得している。
 それを、四肢の運動による慣性モーメントの変化と空力制御を合わせ三次元的に変化させたのだと理解した。


「稼働時間と操作性はもっと簡単だ、出力特性の変動幅が急ならその制御の量子化とサンプリング密度を上げつつ、人間工学に基づいたOSを組めばいい。根本原因の解決に凝り過ぎて、苦肉の策だからと放置しすぎたな。」
「いや、耳が痛いですな。ハードに凝り過ぎている……我々日本企業の悪い癖です。」

 しみじみと眼鏡を直しながら語る千堂専務。まさか、一介の衛士にそれを指摘されるとは思いも拠らなかったのだろう。

「少々誤解があるようだから言っておく、剣客とは身体能力で戦うモノではない。剣術という技術で戦うモノだ―――身体能力だけに頼った敵は然程に手ごわく無いからな。」
「む……?」

 千堂専務が怪訝な顔つきとなる、理解が及ばなかったらしい。
 それに顎を左腕で抑え、やや思案してから説明し直す。

「分かり憎かったか……簡単に言えば、俺たち剣術家は型と呼ばれる戦術機でいうところのモーションパターンを肉体に反射レベルで刷り込ませると同時に、肉体を制御する精度を上げるために反復練習を欠かさないんだ。
 決して身体能力の底上げのために剣を振っている訳ではない―――言ってみれば、常に戦術機のOSを改修するための手法がプログラミングか、反復練習かの違いでしかない。という事だ。」
「成るほど……つまり、機体性能ではなくその制御こそが重要……斑鳩卿は衛士ではなく剣術家で在ったからこそ、このような発想が可能だったという事ですか。―――それは今回の兵装とも関係ありますね?」

 得心の頷きに続く確信の意を持った言葉……それは正しかった。

「中々慧眼だな。そうだ戦術機は甲冑でもあり剣でもあるが、その運用思想は騎馬に通じるだろう特に軽量化・高速反応・高機動を強化してきた第三世代機では殊更その傾向が顕著だ。
 そして、74式長刀はスーパーカーボンの強靭性に依存した、材料工学的には芯鉄のない古刀に近い構造となっている。」

 古刀、戦国時代以前に作られた刀で主に平安時代に作成された刀を差す。
 そして、平安時代は後の時代に比べ製鉄技術が拙く、幾つも作った玉鋼の内から鍛冶師が厳選した物を打ち合わせて太刀を鍛造した。

 その為、刀身自体に粘りがある刀が出来ることが多かった。逆に、玉鋼の製鉄技術が向上してくると粘り気と硬質さを両立させた玉鋼が作られなくなってきた。製鉄技術の向上と共に鉄の純度が上がり、品質のばらつきが少なくなったからだ。

 その打開策として刀匠たちは、柔らかい鉄と硬い鉄を複合させて刀を作り出す新古刀から新刀へと繋がる製刀技術を確立させていった―――ごちゃごちゃ言ったが、つまりは経験則だけで到達した複合素材だ。

 驚愕すべきことに刀匠たちは経験だけで最新材料工学に匹敵する物を生み出したのだ。


「騎馬での運用に向いた大太刀、そして長物の隙をカバーする小太刀は戦国時代と平安時代の武器運用を戦術機用に複合させて工夫したものだが、俺の指示した構造は従来の日本刀の精錬技術を適用させただけだ。」

「成るほど……刀身の刃の部分にハイパーセラミックを使ったことで、一見靭性は低下したように見えましたが、その靭性は刀身のスーパーカーボンが引き受けたことで全体としては素晴らしい硬度と靭性のバランスを生み出し、それが結果として威力の大幅な底上げが出来たのは剣術家として日本刀に通じていたからですか―――」

「ほかにももう一つある。」
「と云いますと?」

「カーボン・セラミックス等の素材特性については専務のほうが詳しいだろうが、それとは別のもう一つの利点は塗装が容易だという事だ。
 ……嘗て、江戸時代では斬首刑の際に用いられる刀はガマの皮膚を干したモノで研ぎ、油に付け込んでから使用されたと云う。
 之は人体で最も頑丈な部位である頸椎を切断するのには刀身の摩擦が邪魔だという事があげられる。」

「おや、日本刀は2・3人斬れば人の油で切れなくなると聞きますが、その話とは矛盾しますな。」
「それは誤解だ。専務が言っているのは山本氏の逸話だが、彼が使っていたのは日本刀ではない、日本刀風に洋鉄を鋳造しただけの形ばかりのなまくら品だ。大方、人の油云々よりも単純に骨に当たって欠けただけだろう。昭和刀は折れやすい粗悪品と評判だからな。」

「―――という事は、今回の兵装に戦術機の間接用の超低摩擦コーティングを指示為されたのは……」
「そうだ、斬首用の刀も元にしてある。それに超低摩擦コーティングはそのまま刀身の保護にもなるからな。BETAの体液を弾いて刀身を保護する役割も与えられているという訳さ。」


 ―――素晴らしい応用力だ。と千堂は目の前の隻腕の青を纏う男を評価した。
 彼は衛士と呼ぶよりも剣客に近い人間なのだろう、そして彼の中には千年を超える日本剣術の集積が息づいている。
 それが、平安時代の刀の形状と最新材料工学と古典的材料工学、それに戦術機という未知の可能性に満ちた新兵器を融合させる道を示したのだ。

 闇雲な高性能化だけを求めがちな、単純な科学者では決して到達しえないあらゆる情報を統合することで戦術を考案する―――戦術機開発にはこの上ない適役だ。

(成るほど……あの斑鳩閣下が養子に迎え入れるだけはある。)

 戦術機開発に最も必要な素養とは何か、
 新しい概念を見つけ出す能力?違う。それは先進技術と云うパズルの断片を的確な戦術に基づきくみ上げる能力だ。
 この全く異なる学問を又にかけ、別々の学問の成果物どうしを掛け合わせる事で全く新しい物を創造する新しい学問……その名を。

(確か―――【情報統合学(ネクシャリズム)】、そのエキスパートが剣客の中から生まれるか……古いからと侮れないですね。)

 千堂専務が忠亮の戦闘に対する情報統合学の驚異的な嗅覚に内心驚愕し、湧き上がる慄きにも畏怖にも似た衝動に額の汗をぬぐおうとした時だ。

「旦那様、準備つつがなく終わりました。」
「分かった、彼女を部屋に入れてくれ。」

 応接間の扉の向こうから女中の山口の声、それにすぐさま返答するとゆっくりとも速いとも付かない絶妙な速度で扉が開かれた。

「ささ、どうぞ。」

 山口に押され、彼女が入室してくる。

「おお、これはこれは……よくお似合いで。」
「―――――」

 感心の言葉を口にする千堂専務、対し予想はしていた筈であろう忠亮は目をただただ丸くするだけだった。
 そこには……一斤染めの桜色の着物に身を包み、真珠のイヤリングと薄化粧で彩られた唯依の姿があった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧