Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
26.Jury・Night:『Blade Arts』
衝撃の塊が唸りを上げて虚空を疾駆し、迫り来る。先程までの駆動鎧達には微塵くらいはあった、『急所を外す手加減』を一切感じられない乱射が。
一応、物理無効のショゴスを纏う嚆矢にも鉄壁の『窒素装甲』を誇る最愛にも大した効果はない、今のところは。しかし、それが何時までも続くと考える程に楽天的ではない。
『やはり埒が開かぬか……我は求め、訴えたり────来い、ミ=ゴ共よ!』
「ッ……!」
指揮官機の詠唱と共に、瘴気を孕む風が何処からともなく吹き抜けた。骨の髄まで染みるような怖気に、思わず背筋が震える。
見れば、衝撃砲を乱射しながら、ゆらゆらと覚束無い足取りの二機。その背後に────最近見た、忌まわしい『異形』共が浮かんでいた。
『『Gyyyyy…………』』
「ちょ……今度は超生物兵器ですか? 次から次に、超面倒臭い」
「ハッ────似たようなモン……じゃねェの?」
バケツくらいのサイズの『銀色の筒』を携えた、その二体の異形。蜂じみた姿形の、『ミ=ゴ』と呼ばれた化け物が。無論、『埒外の化け物』だ等とは口が裂けても言わない。正気を疑われるだけだ。
その二体が、バリバリと鋭い鈎爪で『黒い棘』に開けられた駆動鎧の穴を抉り、内部へと潜り込んでいく。運良く、向こう側の出来事。此方側からは、詳細は見えずに済んだ。
『さて! 猫の君、君は覚えているかね? この施設に来る前に相手にした、あの二人の信者達の事を!』
「……成る程、アレもテメェの差し金か。周到なこった、どっちが化けモンなんだか」
直ぐに思い至る、あの長点上機学園の制服の女学生二人。死人としか見えなかったあの姿が……目の前の二機と被る。否、被るなどと。全く同質だ。
『ハッハ! いやいや、確かに私は化け物だが────君ほどではないさ!』
そして、快哉する指揮官機が“黒い雌鳥”から一際鋭利な長い棘を……鎌状の刃を穂先両側備えた、黒曜石じみた妖しい色彩を放つ『十文字槍』を抜き出すと共に、肉質の裂ける音が止んだ後。二機の駆動鎧は、ゆっくりと腕を差し向け────
「チッ──! 気を付けろ最愛、何かしらの能力が来る!」
「はっ? 能力って……大人が使える訳が────ふぁっ?!」
名前で言うが早いか、最愛を抱えるように跳ね飛ぶ。『大鹿』のルーンは既に消えている、間に合ったのは僥倖だ。
その判断は、誤り無く。つい今まで居た空間を、大気を引き裂く竜巻と金属すら腐食させる酸の霧が薙いだ。恐らくは『空力使い』と『表層融解』の類型か。
──やっぱり、か。どんなトリックかは知らねェが、あの化け物は……俺達学生みたく『能力』を使える!
しかも、どれも強能力以上の質が高い物、戦闘使用に耐えるレベルの物を!
加えて、どちらも『物理的に破壊できない遠距離用』の類いを。恐らくは、狙って持ち出した能力だろう。最愛の『窒素装甲』を破る為の『空力使い』、嚆矢の長谷部を破壊する為の『表層融解』。的確すぎる程、敵将の采配は的を得ていた。
それに、嚆矢にはまだ懸念がある。以前相手にした時、あの二人の死人は『一人で二つの能力』を有していたのだ。つまり、最低でも相手は、まだ二つの隠し玉を持つ可能性がある。
《ふむ……大した慧眼よ。まるで、武田の山本勘助じゃ。あ奴と信玄には手を焼かされたものよ》
(日本史のご教授どうも、で、対策は?)
脳内に、薄く笑いながら語り掛けてくる魔王の意識に反駁する。それを受け、歴戦の武士は。
《勝てぬなら、死ぬまで待とう、ホトトギス》
(死ねうつけ、明智裏切る、本能寺!)
《ちょ、貴様、幾らなんでも酷くない?! 魔王に敬い、足りてなくない? ばーい、字余り》
「ムッかつくわー、コイツ!」
物凄い天運任せだった。いや、確かに長篠の勝利は信玄死後の息子・勝頼の時代だったらしいが。
否、心底日本史はいい。今はなんとしても、生き残らねばならないのだから。
「どうでも良いんですけど、超いい加減下ろせってンですよ!」
「ッと……悪ィ。後、重ねて悪ィンだけど────あの駆動鎧以外は、任せていいかい?」
わたわたと暴れる、小脇に抱えていた最愛を開放する。流石に、人一人を抱えながら闘えはしない。悪いが、自分の身くらいは自分で守って貰おう。
そう判断し、最愛には悪いが周囲で煩い警備ロボットを片付けて貰おうと────
「……超巫山戯てンじゃねェです、何様のつもりで、私に超命令してやがンですか!」
だが、聞く耳等無いとばかりに最愛が駆けた。途中に在る、彼女よりも遥かに大きな金属製の実験器具庫を、片腕で三機に目掛けて投げ付けて。
「チッ……待て、最愛────ヤバいンだよ、ソイツは!」
その制止が響くより早く、『空力使い』により器具庫が空中で停まる。やがて『表層融解』に融かされ……風に撒き散らされて、跡形もなく消え果てる。
「殺った────!」
その隙を縫い、指揮官機に肉薄した最愛。真後ろまで引いた右手に厚い窒素の塊を纏い、駆動鎧ですらも打ち壊し得るだけの力を集中し────
『────温いわ、小娘』
「なっ────?!」
烈帛の一撃を受けた槍が、『流れる』ように動き────柄の石突付近で、最愛の足を打ち払う。『柄還』、と呼ばれる槍の技法だ。
駆動鎧の膂力に自らの力を上乗せされ、さしもの『窒素装甲』も効果を破られる。脚が払われれば、後は辰気に引かれて地面に叩き付けられるのみ。
そして、叩き付けられてしまえば──後は、為す術がない。正しく、まな板の上の鯉だ。
『────“傲れる者は久しからず。ただ、偏に風の前の塵に同じ”』
「くっ────!?」
『窒素装甲』により、防御を試みる最愛。しかし、駆動鎧の『空力使い』により辺りの大気の組成が組み替えられている。
低所に蟠る、二酸化炭素の空間に呼吸を妨げられる。駆動鎧には何ら効果はないが、唯一生身の最愛には効果覿面。それに意識が朦朧と、演算すら儘ならなく。
『影斬』
黒い十文字槍が降り墜つ事にすら、まだ気付かず────!
「────『捷径』!」
下段八双から、摺り上げる長谷部で槍を弾き────上段まで昇った勢いを反す太刀に乗せる。結果は、刀と槍による鍔迫り合い。
『良い腕だ、小僧! 新陰流、かの大流派とこんなところで相見えるとはな!』
「そりゃあ、此方の台詞だ……槍使いの信徒! 破戒僧が!」
『ハハ、如何にも! 分かるか、やはり!』
峰を押す事で鍔迫り合いの必勝を期す『小詰』を為すも、先に間合いを切られ、ダメージまでは届かない。僅かに、駆動鎧の表面を刃が撫でたのみ。
「けほっ……ジャーヴィス……」
「さぁ、立て。闘えるな? 頼むよ」
立ち上がらせ、呼吸を取り戻させた最愛を庇い立つ。入り口からは正反対の壁際、そこに追い込まれて。
「協力しなきゃ、斬り抜けられねェ。ゴメンだぜ、歩く死体の仲間入りは」
「私も超ゴメンです……分かりました。ここは、超協力しましょう」
何とか協力を取り付ける。それだけの為に一度死にかけるとは、自らの事ながら情けない。もう少し魅力とかカリスマとか在れば、と。
「後、返ったら超反省会ですから」
「オーライ、じゃあまた『ダァク・ブラザァフッヅ』で奢るぜ」
「その言葉、超忘れンじゃねーですよ!」
警備ロボットに躍り掛かっていく最愛を見送り、長谷部を構え直す。正調上段、『合撃』の構え。
だが、不利は明白だ。何故ならば……敵の得物。それが、いっそ清々しいくらいに『流派名』を物語っている。
『宝蔵院流免許……鷹尾 蔵人』
「…………」
やはりかと、溜め息の出そうな流派。『宝蔵院流』。かの胤栄を始祖に持つ、槍における最強の一派だ。
しかも、免許。間違いなく、腕を買われて学園都市に来たのだろう。
「……我流門弟、正体など非在。名など、語るに及ばず」
古式ゆかしく名乗りを上げた敵に返った応えは、そんな不躾。それでも、判り易いくらいに敵は歓喜を表して。
『一向に結構。征くぞ────!』
「っ……グッ?!」
その寸暇に、無音の絶叫と共に一ノ槍が繰り出された。目線に合わせられ、長さすら判別不可能だった槍が延びるかのように、身体その物を乗せた突き『倒用』を。それをショゴスが自動で防ぎ────喉からの声を防ぐ。
『物理無効』のショゴスを易々と突き破り、背後の壁を突き通した槍に反撃すら儘ならない。そもそも此方の殺傷範囲に敵が入らないのだから、闘いようがない。
その槍の、石突近くを持つ敵の体が流れる。左の此方側に身体を開くように。寒気に、身体を────平伏すように沈み混ませた頭上を、壁を切り裂きながら広範囲を凪ぎ払う『大乱』が走り抜けていった。
大きく体勢を崩した敵、今なら届く。この刃を────撃ち込める?
《焦るな、たわけめ! 槍術を侮るでないわ!》
「クッ……!」
“悪心影”の叱咤に、思い直して引き寄せた長谷部。丁度其処を────振り抜くと見せ掛けて右手を添え直した目にも留まらぬ速さの突き、『稲妻』が襲った。
刃鳴散らせながら、辛うじて防ぐ事に成功する。もし、僅か一瞬でも攻撃に転じていれば……既に、この命はあるまい。
『やはり遣えるな……余程、良い師から学んだと見える』
「ソイツは……どうも……!」
『だが、それでも……我が“神”の御力の前には無意味』
三メートルも吹き飛ばされ、無様に着地しながら。禍々しい穂先に抉られた左胸の胸筋、その疼きを味わいながら。
『この“屍毒の槍”の前に、あらゆる命は無為なり!』
ヒュン、と風を斬る鋭利な穂先。嚆矢の血を纏い、歓喜するように艶めいて見える。どうやら『賢人バルザイの偃月刀』と同じく、この世の道理に収まらないものらしい。ショゴスを貫けるのもその為か。
何より、疼く。悪質なまでに傷が。そして気付く、あの槍の真価。
「……毒、か。しかも、猛毒」
《うむ……解毒は済ませたが、あれは不味いのう。ぐらーき……死人教の神、旧支配者か》
『旧支配者』、前にも聞いた言葉だ。確か、あのミミズ男から。
では、この仕事もまた、魔術がらみ。失敗する危険性は高い。そもそも前回は一対二だったが、今回は……不味いほどに寡勢だ。
離れた位置では、警備ロボットを半減させた最愛が二機の駆動鎧を相手にしている。しかしやはり、向こうも多勢に無勢でかなりの苦戦を強いられている。
せめて、フレンダが居てくれればまだやりようもあったが。そこは自業自得、無い物強請りなど無意味が過ぎる。
──そうだ。俺は……化け物だとしても、対馬嚆矢。それ以上でも以下でもない……!
歯を喰い縛り、全身で気を取り直す。何とか回復した身体を、全霊で立て直す。まだだ、まだ闘える。死ぬまで、闘い抜く。闘わねば。
せめて、この指揮官機だけでも討てば……最愛が逃げるだけの時間は稼げる筈。その程度の事はやらねば……
「変態紳士の風上にも置けねェ……ッてなモンだ!!」
構える。馬鹿の一つ覚えの『合撃』の構え。『後の先』を期する合気剣、窮めた者は『相討ちこそ在れど、敗北はない』とされる一刀を。
『良い気概だ……ならば、武芸者として応えねばな!』
対するは、『応無手突』。穂先近くを保持し、石突を地面に着く程に短く槍を構える。共に、反撃狙いだ。
「『────…………」』
じり、と。牽制を交わし合う。共に狙うものが反撃である以上、先に動いた者が負けるのは明白。武芸者同士の闘いなど、単純明快。だからこその、雑じり気無しの純粋な実力勝負。
懸念は、ただ一つ。此方が寡勢だと言う事。もしも今、横槍が入れば────敗北は避け得ない。最愛が敵を引き受けている間に、勝負を決める必要がある。
《だが、先に手を出せば此方の負け……いやはや、雪隠詰じゃな。呵呵!》
(……愉しそうだな、アンタ。此方は命懸けだぞ?)
背後では、“悪心影”が嘲笑っている。耳障りな声色で、耳ではなく魂を震わせて。心底、嚆矢の窮状を嘲笑している。嘲弄している。
本来ならば、向ける意識ですらも隙であろう。しかし、その不快に従って言葉を返せば。
《は? 勝負が命懸けなぞ当たり前じゃろうて? 武を競う、覇を争うとはそういうものじゃ。他に何がある?》
(……そうか、アンタは……)
『命の価値などその程度』とされた時代の、本物の『武者』にして『魔王』だった事。それを思い知らされた。
《しかし、勝ち目なら在る。それは、ただ一つのみ……単純明快》
耳許で、熱い唇が蠢いている。氷点下の舌で、舐め刷りながら。
《儂の異能を信じて振るえ────唯一、それだけじゃ》
「────…………」
その言葉。嘘偽りの無い、真実。導くように、『這い寄る混沌』の一つはそう、口にした。
「ハ」
だから、こそ。
「────新陰流」
一歩を踏み出す。それは、
『馬鹿が────自らを疑い、勝利を捨てるなど!』
「────!」
槍使いに指摘されるまでもない、それは同じ武芸者ならば誰もが解る『己の力への不信』であり────
《……呵呵》
“悪心影”の問いへの、言葉にすらしない返答であり────
『終わりだ────小僧!!』
投げ槍の如く放たれながら突き出された、致命傷を狙う一ノ槍。心の臓を、貫くべく。
《呵────呵呵呵呵呵! それで良い。これで……貴様の勝ちだ!》
狙い通りに動いた的に、嘲笑う!
《“人間五十年……下天の内を競ぶれば、夢幻の如くなり”》
吠える声と共に長谷部が十文字槍の鎌に捕まりながら、その鎌を斬り裂く。長谷部の異能、『信じる物を破壊する』効果で。だが、それは刃にのみ。
槍技、『柳雪』だ。其処を反すように抑え込まれ、後は踏み込まれれば峰を抑えられた此方は為す術もない。突かれて、それで終わり。
『宝蔵院流────“惣追風”!』
繰り出した『大乱』から更に『応無手突』、その繰り返しからなる『指南免許』の槍理。それを後ろに下がりながら、躱せる筈もなく受けて。
《“一度、生を得て”……》
振るわれた刃に割かれて迸る血飛沫、天井まで届いて。
「────“村雲”」
《────“滅せぬものの、在るべきか”》
槍の柄による打撃に、右の肋を全てへし折られながらも、嚆矢は降り下ろしよりも速い下段からの摺り上げにて……槍術使いを斬り伏せたのだった。
『カ、ハッ…………見事よ。いや、我が信念こそが……我が弱さであったか……』
倒れる事もなく、槍術使いは快哉を返す。それは、さながら正気に還ったようでもあり。
『……第七区、七十七番放水施設……そこに、奴は居る……頼む、ぞ……』
その言葉を残し、息絶える。死人の効果も、信念有ればこそ。ただ、残るのは信を断たれた死骸であり。
「…………クソッタレが」
ただ唯一、苦く後を引く卑怯な、苦しい勝利の味だけであった。
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