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クルスニク・オーケストラ

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第七楽章 コープス・ホープ
  7-7小節

 例の(はね)の精霊を追って辿り着いた家で、俺とジゼルは大体の事情を把握した。

 ミラという名の元マクスウェル。その姉のミュゼ。

 何でも昔、戦いの中でミュゼがミラを庇って視力を失ったのだとか。それが原因とは断定できないが、その事件から姉妹仲は冷え込んでいて、雪解けの気配もないまま14年過ぎた、と。



「《それだけの時間があれば何だってできるじゃないか。儂だったら新薬の一つでも開発しとるわ》。《同感。大精霊ってコミュ障なわけ?》《第一…》――まあ、総括すると『時間の無駄遣い』だそうです」

 ぶった切った。村人への聴取から得られたマクスウェル姉妹の情報を、ザックリと。
 俺の感想も似たり寄ったりだがそこまで言わなくても。

 分からんでもないがな。俺が元マクスウェルの立場ならその場で自分の目も斬りたくなる。

「相変わらずお前の中の連中は、誰が相手でも容赦がないな」

 今は小川に架かった桟橋の上で二人きり。《呪い》の話をしてもルドガーたちに聞かれる心配はない。
 例えルドガーであっても、ジゼルを不気味なもののように見られるのは抵抗があった。

「死者であるこの方々を縛る肩書きも権威もありませんからね。発言の自由に重きを置く方ばかりで困ります」

 それを総括するお前が一番容赦がない――とは言わないでおこう。

「どうする? 今回も『いつも通り』にやる気か?」
「わたくしはそうしたいのですが、今回はルドガーがいますからねえ。新人に勢いをつけさせてあげるのも、指導係のお仕事ですから。どうしたものかしら」

 ジゼルは頬に手を当てて困り顔。

「――、俺は」

 ルドガーに世界の破壊なんてしてほしくない。だから。

「お前がいつも通りにやるなら、手伝ってやってもいいぞ」
「え!?」

 そんなに驚くことないだろう。軽く傷つくぞ。

「だって室長、組んでくださってた時は、時間の無駄だ、よけいな苦労をしょいこむな、っておっしゃいましたのに」
「俺、そんなこと言ったか? リドウじゃなくて?」
「あら? え、あの、ど、どちらだったかしら……すみません」

 きっと俺が覚えてないだけで、言ったんだろうな、俺は。それを、ジゼルの《呪い》をいいことに、無かったことにしようとしてる。

 起きたことを「無かったことにする」のは、ジゼルが一番嫌う行為だ。

「とにかく。どうする? 俺と組むか、ルドガーと組むか。二つに一つだ」
「……意地の悪いお方」

 ふう。これならジゼルも、ルドガーに分史破壊を無理に促すことはなさそうだ。
 手を汚すのも苦しむのも、俺たちだけでいい。お前はそのままでいてくれ、ルドガー。

「ユリウスせんぱい」

 キラキラ光る小川の流れを見下ろしていたジゼルが、唐突に顔を上げて俺を見上げた。

「この仕事が終わったら、何かしたいことはございませんか?」

 仕事が終わってしたいこと――なんて、ルドガー関係を除けば、俺には一つしか思いつかない。

「また4人で集まって騒ぎたいかな。俺とお前、リドウとヴェルの4人で」



 ――俺たちが飲み仲間になったのは、実は最近だったりする。

 元はジゼルが成人した祝いにと飲みに誘ったんだが、最悪なことに、リドウも同じ理由であいつを飲みに連れてこうとしてたんだなこれが。
 何で分かったか? 待ち合わせ場所で鉢合わせたんだよ。ジゼルの奴、《呪い》から来る物忘れのせいで、ダブルブッキングしてるのに気づいてなかったんだ。
 しかも、睨み合う俺たちに向かって朗らかに、

「いい男はケンカなさっても素敵ですけれど、仲良く飲んでらしたほうがもっと素敵じゃありません?」

 などと言い出しやがった。

 まあ、行ったけどな。そこで帰ったら俺がリドウに負けたみたいじゃないか。

 ……その後については割愛させてくれ。俺にもリドウにも黒歴史だ。穴がなくても掘って入りたいレベルだ。あの時ほど個室席で飲んでよかったと思う日はない。

 とにかくその時がきっかけで、飲みに行く時は3人で、ってことになったんだよな。

 これにジゼルがさらに、入社して間もなくビズリーの秘書長に抜擢されたヴェルを引っ張って来て、4人で飲むのがいつの間にか当たり前になっていった。



「集合場所は、やっぱりわたくしの部屋ですか?」
「俺とヴェルは弟妹(きょうだい)と暮らしてるんだ。酔っ払いの口から機密が漏れたら大変だろ。今度はルドガー手作りの肴の詰め合わせ持っていくから、それで勘弁してくれ」
「お酒がヴェルのチョイスなら考えます」
「その辺はお前から説得してくれ。俺は追われる身だ」
「ふふ、楽しみですわね。そうと決まれば、帰って部屋の掃除をしなくっちゃ。あ、お客様用の布団もクリーニングに出さないと」
「呑み明かし前提なのか?」
「前提ですわ。千鳥足のトップエージェントなんて、夢見る女性市民にお見せできません。会社の尊厳に関わります」

 次々にしゃべるジゼルの横顔は明るい。やっぱりいいな、こいつのこういう顔は。見てるだけでこっちの気分も明るくなる。明日は今日より佳い日じゃないかと思わせてくれる。

 お前は俺に付いて行ってるつもりなんだろうが、逆だよ。俺が、お前の築く「ハッピーエンド」に魅せられて、追いかけてるんだ。
 俺だけじゃなく、リドウも、ヴェルも、対策室の連中みんながな。



 俺とジゼルで村人にルドガーたちが行った方向を聞き込みすると、「マクスウェルの祠」という社へ村の「外」の人間が向かった、という証言を得られた。
 で、遅まきながら追いかけたわけだが。


「……何でこんな場所で止まってるんだ、お前たち」
「げ、兄さん」

 げ、とは何だ、兄貴に対して。階段登り切る直前で全員伏せ! のお前たちのほうがよほど変だぞ。

「上で何かありましたの?」
「あった」
「はーい、犯人わたしでーす」

 若干気まずげな笑みで答えたのは、ひまわり色のジャケットを着た少女。

「GHSが鳴っちゃって。あのミラ、かなり黒匣ギライみたいで、精霊術で攻撃されたんで一時退却したんです。で、戻ってみたはいいけど、まだミラがぴりぴりしてて、どうしようかーって」

 なるほどなあ。いかにも新人がやりそうなミスだ。

「では代わりにわたくしどもが行きましょうか」

 だな。攻撃されても、俺とジゼルなら防ぐ術は持ってる。これでもエージェントだからな。

「ルドガー。ここは、わたくしが今までやってきたやり方で行きます。今後の参考にするかは、あなたに任せます」
「分かった。その…気をつけろよ。兄さんも」

 俺はジゼルと階段を登り切って、元マクスウェルの前に立った。 
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