クルスニク・オーケストラ
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第六楽章 呪いまみれの殻
6-3小節
あの後、トリグラフに帰って来て、古本屋に行って古書を漁って。あと、複合書店に行って何冊か雑誌を買った。
ついでに屋台のあま~いパンを買って、食べながら歩いて(買い食いははしたないと分かっているのですが、このパンが好きな《レコードホルダー》はこれがスタイルなんだとか)、クランスピア本社の前を通りかかった時だった。正確には、本社の正面玄関前広場の花壇を見た時。
わたくしの意思と無関係に《レコード》が《フラッシュバック》した。
これ、は、っ……《モニカ》、貴女、なの? 元Aチームのレディエージェント。ユリウス室長を慕って、いた……
脚が、だめ、勝手に、だめ、花壇へ向かう――だめ、なのに。これ以上は成り切ってしまう。でも《再生》ならともかく《フラッシュバック》はよほど強く念じないと止められない。
ニクラシイ、にくらしい――憎たらしい。
わたくしの足が、自分のものでない感情に任せて花壇の花を踏み躙った。
いいのよ。《あんなイイ子ブリッコの点取り虫が育てたもんなんて。いっつもそう。要領よくて、自分は優等生ですって演出巧いから、みんなコロッと騙される》。ユリウス室長もそうだった。元から面倒見のいい方でしたけど、《あの子には任務前に声かけてた。あたしは声かけてもらえなかったのに》……
「やめて!!」
これ以上言われたら、それがわたくし自身の気持ちとすり替わってしまう。わたくしの室長への気持ちはあくまで敬愛なの。それ以上のことをわたくしの頭で考えないで……!
「ジゼル!!」
誰かがわたくしの肩を掴んで強引にふり向かせた。
――う、そ。だってあのひとは、あの人は今もどこかで身を潜めてるはずで。こんなに都合よく現れるわけがないのに……
「ユリウス、せんぱい」
しぐさ、温度、イントネーション。何もかもわたくしの知るあの人のまま。
「違うよ。ルドガーだよ。ユリウスの弟。分からないのか?」
え? ……あ?
本当だわ。髪も目も色が違う。体つきだって。どうしたって見間違いようがないはずなのに。どうしてわたくし、彼をユリウス室長だと思ってしまったのかしら。
「大丈夫ですか?」『汗だくー』
「立てます? 病院行きましょうか?」
歳がバラバラの女の子が3人。内二人がリーゼ・マクシア人。ヌイグルミを持った子のほうは初対面――のはず、多分。直前まで《レコード》が再生されていたから自信がない。
「いえ、結構です。持病ですから……」
「ちょっと座って休もう。あっちにベンチあったから。立てるか?」
ルドガーの手を借りて立ち上がる。急に出てきた《モニカ》には恨みはないけれど、歩き方さえ思い出せないのはもどかしいものね。
歩行のリハビリ並みに長い時間をかけて、ようようチャージブル大通りのベンチの一脚に腰を下ろした。はあ~。
「本当に病院行かなくて大丈夫ですか?」
ひまわり色のジャケットの女の子が、わたくしの顔を覗き込んできた。
「ええ。薬は持ち歩いておりますから」
バッグから出したのは、掌を握れば隠れてしまうほどの小さな注射器。リドウ先生開発の、素人でも打てる携帯注射器ですわ。
リドウ先生はこれみたいに、医学が発展した分史世界から医療技術を持ち帰る。知れば「ずるい」と言う人もいるでしょうが、わたくしはリドウ先生を悪いとは思えません。
「あの、さ。俺たち、今日、たまたまジゼルを見かけて。ジゼルのプライベートってどんなだろうって、軽い気持ちで追い回したんだ」
「あまり褒められた行為ではございませんわね」
「悪かったと思ってる。それと、ヴェルから……その、《呪い》について、聞いた」
ルドガーは本当に申し訳なさそうな表情。腹芸ができないのは、まあ、大目に見てあげましょう。
「なら話は早いですね。ご覧の通り、あれが《レコードホルダー》が表に出ている時のわたくしです。気持ち悪くなりました?」
ルドガーも、他の女の子たちも、気まずげに顔を逸らして、わたくしの目を見ようとしない。その仕草はイエスという意味ですね?
ふふ。ルドガーの反応、昔初めて《レコードホルダー》を表に出した時のユリウスせんぱいと全く同じだわ。
言っていいのよ? リドウせんぱいはハッキリ「アレ気味悪いんだけど」とおっしゃいましたもの。
「変! キモチわるくないけど、変だと思う」
「こ、こら、エルっ」
さすが、お子様は容赦がありません。
「だって、じゃあ、ホントウのジゼルはどこにいるの?」
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