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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第四話。甘い誘惑……

 
前書き
一之江編クライマックス突入! 

 
「殺す……殺しにくる、だと⁉︎」

そのあまりに直接的過ぎる殺害予告に、俺は呆然としてしまう。
どうして、何で?
という疑問符と、『来たか』と思う冷静な知識。
ヒステリアモードの思考力で考えると脳内に浮かぶのは______

『お兄さんを助けてくれるロアだよ』

初めてあった日にそう告げられたヤシロちゃんとの会話。

『殺されなければだけど』

そう忠告をしていたのも思い出す。

『確実に抹殺する』

アランがぬかしていた噂話も同時に頭に浮かんだ。
冷静に分析すると、俺を殺しに追いかけてくるのは______

俺を助けてくれるかもしれないモノだが、殺すかもしれない奴で、しかも、確実に抹殺するような存在、って事か?

「ふ、ふざけんな……」

殺されるなんてそんな現実、認めるわけにはいかない。
一度、いやすでにニ度、オランダと日本上空、戦略爆撃機『富嶽』の機上で死んだ事がある身としても再び殺される事を認めるなんてできやしない。

______ピピピピピッ

「チッ」

Dフォンから再び、呼び出し音が鳴り響く。
通話ボタンを押したわけでもないのに、まるでハンズフリー機能のように電話からは声が聞こえてきた。

『もしもし私よ。今、貴方の学校にいるの』

______学校⁉︎
今出て来たばかりの場所を慌てて振り返ろうとして______俺は首を止めた。
振り返りそうになったその時、不意に今朝聞いたキリカの言葉を思い出したからだ。

『もし何かに追いかけられたら、絶対に振り向いて、相手を見ちゃダメだよ?』

オカルトマニアを自称するキリカのアドバイス。そういえばそのアドバイスを聞いたのもこの坂道だったな。
ギリギリのところで振り向かずに済んだのは、ヒスったおかげで冷静に対処できているのと、幸運が重なったおかげだ。

______ピピピピピッ

律儀に呼び出し音が聞こえるが、さっきみたいに勝手に繋がってしまうのなら、敢えて無視することにした。
声しかわからないが電話の相手はおそらく女性だ。
それも俺の推測が正しければ相手は彼女だ。
相手からお願いされたら今の俺だと断わりにくいが、わざわざ自分から出ようとは思わない。
Dフォンを胸ポケットに仕舞い胸とズボンのポケットにきちんと入ってるか確認する。
この黒い携帯端末は不気味だが捨てたり壊したりしたいとは思わない。
それをしてしまったら『アウト』な……。何故だか、この携帯端末を失ってしまったが最後、俺は二度と生きて帰れないような、そんな気がする。
兎に角、今は彼女から逃げないとな。
Dフォンをポケットに仕舞った後、俺は背後を振り返らないように気をつけつつ、その場から全力疾走をした。

『もしもし私よ。どうして逃げるの?』

駆け出した俺の足音とは別に……

コツ……コツ……

と、靴がアスファルトを踏んで歩くような音がすぐ背後から聞こえてきた。

なんだなんだ、これは?
こんな事がありえるのか。一歩の歩幅が長すぎる。
絶対にありえない歩き方だ。
走っているのに、歩いて追いつくってどんな歩き方だ⁉︎
内心でツッコミを入れながらどうしたものかと、考えながら走り続けた。

『______逃げても無駄よ』

「無駄、か……それはどうかな」

確かに状況は悪すぎる。
誰も、自分と彼女以外、人っ子一人いない空間。
会話できるのは追いかけて来る彼女のみ。
それも会話の内容は殺害予告。
どこまで逃げても鳴り止まない電話。
どこまで逃げても追いかけて来る足音。
普通の人なら精神的に耐えられない状況だろう。

けど俺は、ここで素直に諦めるなんて事はできない。
前世、前いた世界で俺は諦める事を禁止された。
俺のただ一人のパートナー、アリアによって。

「無理、疲れた、面倒くさい。この言葉は、人間の持つ無限の可能性を自ら押し留めるよくない言葉だ」


それに元武偵として守らないといけない教えもある。
武偵憲章第10条。
『武偵は決して諦めるな』

「君が言うように本当に無駄なのか。
この俺が試してあげるよ」

『そう、なら試してみればいいわ』

低い、地獄の底から響くような暗い声が聞こえた直後、電話がぷつっ、と切れた。

電話が切れた直後、俺は逃走経路を、どこに向かうか思案し始めた。
学校は、彼女が、電話の主がいる、と言った以上向かえない。
このまま住宅街か大通り、もしくは商店街辺りまで走れば、少なくとも車の一台は通るはずだ。
そうしたら前に出て止めて強引に乗るなり、ヒッチハイクするなりして乗せてもらえばいい。
乗せてもらえれば脱出できるはずだ。
それか、その辺にある車を自分で動かすか。
普段の俺ならともかく、ヒステリアモードの今なら車の運転くらいどうにでもなる。
いくら彼女でも車より速く歩けるわけないだろう。

そうと決まれば______

俺は道端に停めてあった乗用車、運がいい事にキーが差しっぱなしになっていた車に乗り込み、後ろを見ないように気をつけつつ、エンジンをかけて発進させた。
前世の友人、武藤の運転を思い出しながらアクセルを吹かして加速させていく。
ぐんぐん速度が上がっていき、誰もいない町中を俺が運転する車のみが走行していく。
信号機は変わらずに機能しているが、対向車一台すれ違わないなんてどういうわけだ?
車に乗ってからあの足音は聞こえて来ない。

「ふぅ。助かった……」

強がってはいたが、ヒステリアモードとはいえ、未知の超常現象を相手にするにはかなり疲れた。
安堵して息を吐いたその時______

______ピピピピピッ

再び電話が鳴り響いた。

『もしもし私よ。まさか、高校生なのに車を運転できるなんて……でも無駄よ。
バックミラーを見てみなさい』

視線をバックミラーに向けると、ミラーの中にいつの間に車内に入ったのか、ボロボロのドレスを着た人形がちょこんと後部座席に座っているのが目に入ってしまった。
その人形は金髪の少女の姿をしていた。
その身には黒ずんだ霧みたいな、靄がかかっていた。

「うわっ」

慌ててブレーキをかけ、車を急停止させた。
道の端に止まっていた別の車の背部にガッと軽く衝突してしまった。
車が止まるとすぐに運転席から出て再び町中を走った。

なんなんだよ。
なんなんだ、あれは?

混乱しながら脚を動かし続ける。十字路を右に曲がり、すぐにある曲がり角を左に入ると、走るペースを速くした。
曲がり角にあるカーブミラーをチラッと見るとあの人形の姿が映っていた。

「クソ……」

先ほどの人形の姿は最近見た気がする。
思い出したのは、Dフォンで確認したあの人形。
あの一瞬だけでは確認できなかったが、そのドレスに赤い染みみたいなものが付着しまくっていたのはうっかり確認していた。
その赤い染みが一体なんなのか、は想像したくはないけどな。

______ピピピピピッ

『もしもし私よ。今、曲がり角を曲がったところよ』

俺の方向転換にもきちんと付いて来ている、という宣言とも取れる言葉だ。

『私の姿を見たわね?』

その言葉に心臓が凍り付きそうになるくらい驚いた。

『遠慮しないで……振り向いてくれればいいのに……』

その言葉に、甘くかけられたその言葉に我を忘れて振り向きたくなった。
俺は彼女に恐怖を抱いていた。
それなのに、その恐怖を与える張本人からの言葉が、とても甘い誘惑に聞こえた。
そう、このまま一気に振り向いて、その姿を確認し、心から安心したい、みたいな気持ち、になる。

大丈夫だって。単なる悪戯だよ。こんな現実あるわけないだろ?もしあったとしても、聞こえて来るのは女の子じゃないか。大丈夫、見ても平気だって。振り向いて、相手を確認する。たったそれだけでこの恐怖ともおさらばだ。

「えっ?あ、あっ⁉︎」

なんで俺はこんな事を考えているんだ?どうして俺は今すぐにでも足を止めて、背後を振り向こうとしているんだ?


大丈夫、気にするなっ!全然そんなの問題じゃないって。むしろ相手をちゃんと見て、それから対策を考えた方がいいに決まってるだろ。背中を向けていたら何をされても解らないじゃないか。な?
だから、振り向いちゃえよ。
一文字疾風。
ほら、足を止めて。






ゆっくりと……



「振り向いちゃえよ、一文字疾風」

「振り……向いちゃえ……よ……一文字……はや……え?」

うわごとのようにつぶやいていた自分の声に気がつく。

「って、ウオッ⁉︎俺の口、勝手に⁉︎」

「大丈夫だって。心配いらねえって。な、恐がる必要なんかない。ささっと振り向いて、パパっと見ちゃえよ。それが一番……」

……恐ろしい事に、俺の声……俺が自分で理解している声が、胸ポケットのDフォンから響いていた。
それはまるで、自分の声を録音して聞いた声ではなく、頭に響いている時の自分の声と同じ……つまり。

『……気づいたのね。ふふ……残念♪』

「ッ⁉︎」

そんな声がすぐ耳元、俺の背後から聞こえてきた。
俺は止まりそうだった足を奮い立たせて、一目散に逃げ出した。
彼女はどうやってか知らないが俺の位置を正確に知ることができ、俺の声真似もできて行動も予測できる、そんな存在のようだ。
逃げられない。
もう逃げるのはやめた方がいい。

そんな気分になってきた。

町中を駆け出しても携帯に、Dフォンには相変わらず着信が鳴り響き、彼女の声が響いた。
胸元から聞こえてくる声は無視して前へ、前へと突き進んだ。

『クスクス……クスクスクス』

胸元のDフォンからは、ただただ彼女の笑い声だけが響いていた。





気がつけば俺は自分の家。
一文字家の前に辿り着いていた。

すぐに玄関を開けて中に入ると、鍵とチェーンを閉めた。
何か身を守る物はないか、と家の中を探し台所から包丁と果物ナイフを持ち出してすぐさま自分の部屋がある二階に駆け上がる。

当然のように家の中には誰もいなかった。
何時もならとっくに帰ってきているはずの従姉妹(リア)もいない。
半ば予想していただけに、心構えはできていたが……。

こうなると、この街から人が消えた、というより、俺の方が街から、世界から隔離された、と考えた方がいいのかもしれないな。

念のために部屋の鍵をかける。
さらにドアの前に洋服タンスを移動させておく。
こんなんで時間稼ぎになるとは思えないが、何もないよりマシだ。
家の中に戻ってくるなんて普通ならしない行為だろう。何故なら何処にも逃げ場がないのだから。
かといって当てもなく町中を彷徨っても状況は不利になるだけだ。
家の中も決して安全ではないが、それでも帰って来たのには理由がある。

都市伝説には撃退法があるものもある。
走りながら思い出したのは『口裂け女』や『トイレの花子さん』にも呪文を唱えたり、犬が苦手だったり、などの撃退法が存在することだ。
『メリーさん電話』にも何かしらの対処方法がある……はずだ。
ネットを使えば簡単に調べられるだろう。
そう思い、パソコンがある自分の部屋に戻ってきたが……。

「……やっぱりか」

パソコンは点いた……と思いきや、画面が青くなった。
どういうわけかタイミング悪く……いや、この手の怪異にはお約束のようにタイミングよく、パソコンが故障した。
仕方なくパソコンの電源を落とすと______

______ピピピピピッ

その呼び出し音が鳴り響いた。

『もしもし私よ。今、貴方の家の前にいるの』 
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