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ロード・オブ・白御前

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もう一つの運命編
  第1話 「ひとり」と「ふたり」

 光実は、フェムシンムの呪術装置を置いた台にもたれ、床に座ってぼんやりしていた。

 周りには、レデュエが命じてインベスに攫わせた沢芽市の人々が眠るベッドがある。
 一見穏やかに眠っているように見えるが、苦しいだろう。生命エネルギーを吸い上げられているのだから。

(しょうがない。王妃が生き返らないと、碧沙はロシュオに囚われの身のまま。兄として妹を守るのは当然のことだ。兄さんだって、碧沙を守ってやれって言った。碧沙を救い出すために、これは必要なことなんだ)

 それは単なる確認であり、光実の胸に、ここに眠る人々を苦しめる罪の意識はなかった。
 むしろ光実は、碧沙を取り戻すために、装置を壊す人間が現れれば返り討ちにするつもりでさえあった。それが、元は仲間であった人たちであっても。

(大丈夫だよ、碧沙。僕が必ず助けてあげるから)

 唐突にホールのドアが開き、光が室内に雪崩れ込んだ。光実は手で目元を覆いながら立ち上がった。

 足音は二人分。――ホールに入って来たのは、関口巴と初瀬亮二だった。

 まず感じたのは、意外さ。巴は碧沙に入れ込んでいる。碧沙を助ける手段を、安っぽい正義感で壊しに来るような子には見えなかった。

 次は、敵意。意外であれどうでもいい。敵として邪魔をするなら、両名共に討ち払うまでだ。

 光実は無言で戦極ドライバーを構えた。

「わたしたちはあなたと戦いに来たわけじゃありません。ベルトを下ろしてください」

 巴が一歩進み出た。戦極ドライバーを出す様子はない。
 光実は戦極ドライバーをいつでも装着できるよう構えたまま、巴の出方を窺う。

「君の目的はこの部屋を壊すことじゃないのか」
「まさか。ここにあるのは、あなたが碧沙を助けようとしている、いわば碧沙への愛の結集です。だから壊しません。今は」

 語尾を聞いて、眉をひそめた。

「わたしも碧沙を黄金の果実から解放する方法を探します。光実さんとは違ったやり方で」
「君みたいな子供が一人粋がったとこで何ができる」

 それは光実の実体験から出た言葉であった。

 この装置を作ったのも、生贄にする人間を攫って来たのも、全てはレデュエのしたことだ。今でこそ装置を守る務めがあるが、光実はただ流されていただけだった。

 呉島光実は一人では何も成しえないコドモなのだ。
 だから、オトナだろうが元仲間だろうがオーバーロードだろうが、利用してやろうと決めた。

「確かにわたしは子供です。でも、一人じゃない」

 巴は斜め後ろの初瀬を見上げた。初瀬が巴の肩に手を置く。初瀬の手に巴は自身の手を重ねて笑み、それから光実を睨み返した。

「一緒なら、どんな困難だって乗り越えていける。だから、碧沙を取り戻す方法だって、二人で見つけてみせる」

 すらり。巴は腕を上げ、光実を――光実の後ろにある装置を指差した。

「その時にこそ、わたしたちはこの部屋をブチ壊しに来ます。憶えておいてくださいね」





 一方的な宣戦布告をして出ていった巴たち。

 ホールに残された光実は、装置を置いた台を力任せに殴った。

 自分が一人ではないことを見せつけるためだけに、巴は光実に会いに来た。巴は独りぼっちの光実を嘲笑いに来た。光実にはそうとしか解釈できなかった。

(確かに僕は独りだよ。兄さんも碧沙も裕也さんも、もう僕のそばにはいない。だからってわざわざ傷に塩塗るような真似しに来なくったっていいじゃないか!)

 ふいに光実の脳裏に、一人の少女の面影が閃いた。
 ――高司舞。光実が一番に恋しく思い、憧れる、輝くような女性。

(そうだ。僕には舞さんがいるじゃないか。僕だって独りなんかじゃない。舞さんさえ隣にいてくれれば、僕は何だってできる。どんな困難だって乗り越えられる)

 光実はホールを出た。薄暗い部屋にずっといたせいで、廊下に出るやLEDの灯りが目を焼いたが、すぐに慣れた。

 ヘルヘイムの植物が敷き詰められたように生えた廊下を歩き出す。胸には言い知れない高揚があった。

(今迎えに行きます。待っててください、舞さん)






 ユグドラシル・タワーを出てすぐ、巴は脱力してその場にしゃがみ込んだ。

「トモっ」
「すい、ません。大丈夫です。緊張の糸が切れただけ……」

 初瀬が巴の両肩に腕を回した。

「――震えてんじゃねえか」

 苦笑でしか応えられなかった。正直な所、いつ光実が龍玄に変身するか、あるいはオーバーロードを呼び出すか、分かったものではなかったのだ。

 それでも、言葉にしておきたかった。同じく「碧沙のため」を理由に努力する光実だから。

「ありがとう。亮二さん」
「俺、何もしてねえだろ」
「亮二さんがそばにいると思ったから言えたんです。だから、亮二さんのおかげです」

 初瀬は苦い顔をした。感謝が上手く伝わっていない。巴は本当に初瀬のおかげだと思っているのに。

「立てるか?」
「はい。そろそろタワーから離れたほうがいいかもしれませんしね」

 初瀬に支えられながら、巴は立ち上がった。

 初瀬がロックビークルを取り出し、投げる。ローズアタッカーが展開された。初瀬がそれに跨り、巴は初瀬の後ろに乗って彼の胴に両手を回して掴まった。

「あ、そうだ。帰りに商店街寄っていいか? この分だと長期戦になりそうだからな。食糧確保しとかねえと」
「いいですよ。お願いします」





 律儀にも初瀬は商店街のアーケード入口でローズアタッカーを停めた。
 二人ともが降りてから、ローズアタッカーはロックビークルに戻り、初瀬がそれをキャッチした。

「レトルト中心にしますか? それともちゃんと自炊にします?」
「料理できんのか?」
「亮二さんに食べていただける程度にはできると思いますよ」

 他でもない初瀬に、自分の手料理を食べてもらう。巴は想像して、つい、にやけた。

「何だよ」
「な、なんでもありませんっ」

 巴は初瀬に背を向け、先に商店街に足を踏み入れた。

 アーケード内に放置されていたトラックの横を潜り、そこで、巴は見てしまった。

 光実が亀のオーバーロードをけしかけ、一人の少年を襲っている場面を。

「! あいつ…っ」

 同じくトラックを横から抜けた初瀬も、光実の凶行を見た。

 亀のオーバーロードが、甲羅から蛇のような太い紐で少年を巻きつけ、締め上げている。あのままでは圧死する。
 巴と初瀬は同時に駆け出した。

「やめ――ろぉ!」

 巴は初瀬と息を合わせて亀のオーバーロードに体当たりした。弾みで蛇の拘束が緩んだのか、少年は道に落下した。

「おい、しっかりしろ! おい!」

 初瀬が少年に呼びかける。巴も反対側で膝を突いた。
 少年は呻きながら、うっすらと目を開けた。まだ意識を失ってはいない。

 スーツから埃を落としながら立ち上がる光実を、巴はふり返った。

「光実さん――あなた、碧沙を救うんじゃなかったんですかっ。どうしてこんな真似を」
「僕には舞さんが必要だから。関口さんにとってのその男と同じだよ。舞さんがいてくれれば、それだけで僕だって誰にも負けない」

 少年の手が動き、タイルの上を這う。すぐ近くに転がっていた小さなインカムを取りたいのだと察し、巴はインカムを取って少年の手に握らせた。

「戒斗さん、戒斗さん、戒斗さん……!!」

 その名だけしか知らないように、呼べば呼ぶほど取り返しのつかない何かを削りながら、少年は通信機に呼びかけ続ける。

 初瀬が立ち上がった。

「トモ、ドライバー貸せ」 
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