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浪速のクリスマス

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第三章


第三章

「ああ、悪いけれど」
 正友はそれに答えた。この女の子の名前は西峰妙子。クラスの女の子の中では一番仲がいい。一回だけだがデートしたこともある。場所はどういうわけか新世界でそこで串カツを食べた。デートとは彼にはとても思えないものであったが彼女はデートだと考えている。大阪では串カツも新世界もデートスポットになったりするのだ。美味い店なら何でもである。
「それって何処にあるの?」
「法善寺横丁や」
「法善寺!?」
「道頓堀にあるやろ」
 妙子はそれに応えて言った。
「ほら、あの小路」
「ああ、あそこか」
 そこまで言われてやっとわかった。何か小さな路があるのを思い出した。あの辺りは半分迷路の様に入り組んでいるのである。
「あんな小路にあったのか」
「そうや。あそこにあるんや」
「それでどんな店なんだ?」
 彼は今度は店について尋ねた。話を聞いているとさらに興味が湧いてきたのだ。わくわくしてきたと言ってもいいであろうか。
「甘物屋だよな、善哉なんだから」
「そうや」
 妙子は答えた。少し言い聞かせる響きがある言葉であった。
「それでどんな店なのかな。それ知りたいんだけれど」
「そやったらさ」
 ここで妙子が言った。
「今度行かへん?一緒に」
「今度って何時だよ」
「クリスマスにどうやろ」
「はぁ!?」
 それを聞いて思わず声をあげてしまった。クリスマスに善哉を食べに行こうというのである。
「クリスマスにかよ」
「どやろ、それで」
「あのなあ」
 これは正友にとっては論外の言葉であった。やはりクリスマスはケーキに鶏肉だと。そういう先入観があるからだ。
「クリスマスだぞ」
「わかってるで」
「それで何で善哉なんだよ、おかしいだろうが」
 それを自分でも言い出した。
「おかしいん?それで」
「それでって」
 言葉に窮してしまう。
「クリスマスつったらあれだろ。ケーキにさ」
「ほなその前か後でカプリチョーザでも行かへん?それかハードロックカフェ」
 ハードロックカフェは大阪球場跡地の前にある。カプリチョーザは鰻の出雲屋の前の建物の中にある。以前は大阪球場の中にあったがその大阪球場がなくなり場所が変わったのだ。だがハーソロックカフェはそのままの場所にある。
「それか法善寺のイタ飯屋」
「ああ、そこにもあったのか、イタリア料理の店」
「うちバイト代で結構持っとるし」
「俺も結構あるけれどな、金は」
「じゃあええやん」
 これで話は半ば決まった。何か妙子に乗せられているという調子であったが何と無く決まったのであった。
「ええやんって。本当にクリスマスに善哉かよ」
「ええと思うけど」
「何でいいんだよ」
 その神経が理解出来なかった。それが大阪なのだろうかとも内心思ったりもした。
「じゃあ止めにする?そやったらうち」
「ああ、いいよ」
 といっても今は十二月である。デートをするならクリスマス、これは鉄則と言っていいものであった。これは大阪でも変わりはしない。
「それでよ。もう決めた」
「じゃあそれでええな」
「で、その前に行くのか後に行くのか」
 問題はそこであった。生きるべきか死すべきか。そういうことである。
「他に食べるもの?」
「どっちがいいんだよ。俺はどっちでもいいけれどよ」
「じゃあ先にしよ。それで後で」
「デザートでか」
 正友はそれを問うた。
「ケーキの後で」
「結局それは食うんだな」
「クリスマスやで」
 妙子はそう主張する。流石にそれは忘れてはいないらしい。
「ケーキ食べなあかんやん」
「まあな。それじゃあ決まりだな」
「四時に大阪球場の跡地でどう?」
「それじゃあハードロックカフェか?」
 何かそこで食べたくなった。カプリチョーザもいいが大蒜が強いのと一品の量がかなり多いのでそれを敬遠したのだ。中にはそこで二皿あけてワインのボトルを二本あける者もいたりするが。
「別に何処でもいいけれど」
「いいのかよ」
「善哉さえ食べられたら」
「ああ、そうなんだ」
 その執着がかえって怖かった。何が妙子をここまでさせるのか。そもそもどうしてクリスマスに善哉かという問題もある。正友にはわからない世界であった。
「ほなな」
「ああ、四時にだな」
「楽しみにしとくで」
「ああ」
 こうして理解できないものを抱えながらクリスマスにデートをすることになった。彼はそれなりにお洒落をしてハードロックカフェの前にやって来た。鮮やかな赤のコートが眩しい。
 このコートは横浜にいた時に買ったものだ。その時はかなり派手で大丈夫かと思ったが大阪ではこうしたコートも普通であった。何しろファッションが派手なのだ。皆が皆横浜の人間の目からするときついまでである。
 そして妙子も。黒い半ズボンに同じ色のストッキング、白いセーターに黒いロングコート、ブーツまで白である。何処かのロックバンドみたいな格好だ。
「待った?」
「待ってないけどさ」
 そのファッションを見ながら応える。

 
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