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浪速のクリスマス

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第二章


第二章

 大阪の地下街は何かと派手だ。東京や横浜のそれとは雰囲気がまるで違う。何故か擦れ違うサラリーマンの歩く速さはかなりのもので女の子達の服装は派手だ。女子高生の話し方はまるでおばちゃんである。
「そんで昨日な」
「あいつそんなん言うてたんか」
「そうなんや。それでな」
「ふん」
 隣でその女子高生達が話をしているのを聞いている。彼はそれを聞いて本当にここが大阪なのだと再認識させられていたのであった。
「本当に全然違うな」
 あちこちでお喋りが聞こえる地下鉄の中で考えていた。
 彼の名は鈴木正友。横浜から三ヶ月前に親の仕事の関係で引っ越してきた。生まれも育ちも横浜だったがいきなり大阪に放り込まれたのだ。
 入った高校も当然大阪の高校だ。大阪に来て驚いたことはとにかく食べ物の話ばかりでしかもたこ焼きとかうどんとかそうした話ばかりだったからだ。それにかなり辟易していた。
 電車の中でもそうした食べ物の話が普通に聞こえてくる。隣にいるその女子高生達である。
「それでうちこの前あの店言ったんや」
「あの店って?」
「この前言うたやん。ほらあれ」
「あれって何だよ」
 正友はそれを聞きながら思った。大阪独特の話し方にもやはり違和感を覚える。横浜のそれと違い何か垢抜けていないのだ。泥臭いと言えば泥臭い。
「ああ、あの店やな」
「そうそう」
 それで通じるのがまた不思議だった。今でも異世界にいる気分になる。
「夫婦善哉」
「舞台になっとったな」
「玉ちゃん出てたな」
 最初それを聞いて誰かと思った。友達か?とさえ考えた。
「玉緒ちゃんやろ。うちあの人知ってるで」
「だからあんた知らないだろ」
 思わずそう言いたくなる。女優の中村玉緒のことである。彼女は今は亡き夫勝新太郎と最初で最後の舞台共演で夫婦善哉に出演していたのである。
「あの人出てたんやったな」
「何か真面目にやってたって話やな」
「凄かったで、結構」
「へえ」
「あの人演技美味いで、かなり」
 これは事実である。中村玉緒は元々はかなりの演技力を持っているのである。最近はバラエティであまりにも有名になってしまったが。そもそもお嬢様で世間知らずなところがありそれが表に出ているのである。邪気のない人柄でもかなり有名になってしまっている。
「そうなんや」
「それでその店やけれどな」
「一人で行ったん?」
「そんなわけないやん」
 明るく笑ってそれに応えていた。あっけらかんとした声であった。
「夫婦善哉やで」
「そこだったら何かあるのか?」
 それを聞いてふと思った。大阪のことはまだまだ知らない。だから夫婦善哉と言われても何処にあるのかさえわからないのだ。
「二人で行くに決まってるやん」
「彼氏とやな」
「もちろんや。ばっちり決めてきたで」
「うわっ」
 その言葉を聞いて思わず心の中で唸った。
「女子高生の言葉かよ、今の」
 そう思ったが当然口に出すわけにはいかなかった。若しそれを出したら気色悪いだの感じ悪う、だのそうした言葉でやられるに決まっているのだ。三ヶ月だが大阪女子高生の口のえげつなさはもうわかっていた。クラスの女の子の喋りにカルチャーショックを味あわされたからだ。
「それで二人で食べたんや」
「六百円やったな」
 それを高いか安いかどうか感じるのは実物を見ないとわからない。だが高校生なら行けない値段ではないと感じた。
「そや。それで食べたんやけれど」
「美味しかったん?」
「まあまあやな」
 彼女は答えた。大阪では普通の評価である。これがまずいとなればその話に尾ひれがついて駄目になる。大阪はそうした意味では怖い街だ。
「味の方は」
「そうなん」
「うち元々お汁粉の方が好きやし」
「ふうん」
「善哉か」
 正友はそれを聞いてふと思った。そういえば長い間食べてはいない。話を聞いて無性に食べたくなるのが人情である。
「まあ好きやったらええと思うで」
「そうなん。じゃあうちも今度言ってみるわ」
「あんた彼氏おるん?」
「アホ言いなや、ちゃんと一人おるで」
 それを一人と言うのかどうか。しかもここで普通にアホとかいう言葉が出るのも大阪独特であった。
「ほな合格や。今度行ってきたらええわ」
「じゃあ行って来るわ。楽しみにしとくわ」
「そうし」
「一体どんな店なんだ?」
 正友は彼女達のそんな話を聞いて思った。それで翌日学校でそれをクラスメイトの一人に尋ねた。
「あんた知らんの?」
 茶髪を後ろで二つにくくった女の子にまずこう言われた顔は普通だがメイクが横浜の女の子に比べて結構派手だ。リップがスカーレッドでマニキュアまで同じ色である。だがそれも普通なのが大阪であった。その娘に夫婦善哉のことを話したらいきなりこう言われたのだ。

 
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