浪速のクリスマス
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第一章
第一章
浪速のクリスマス
クリスマスが似合う街と似合わない街。大阪は圧倒的に後者である。
「ジングルベーーーール、ジングルベーーーール♪」
「ろぉっこうおろぉしにぃ、さあっそうとぉーーーーーっ」
「真っ赤なおっ鼻のトナサイさんはーーーーー♪」
「道頓堀の食い倒れーーーーーっ」
「何なんだよ、この街」
大阪南をブレザーの学生が歩いている。茶髪で細面の顔を思いきり顰めさせている。彼の耳には今クリスマスソングと六甲おろし、それに食い倒れの曲が同時に耳に入ってきていた。
「何でクリスマスソングと六甲おろしが一緒にかかってるんだよ。おかしいじゃねえか」
「何処がおかしいねん」
「自分横浜と一緒にすんなや」
すぐに周りから突込みが返って来る。周りにいるのはクラスメイト達だ。皆関西弁で話をしている。
「ここは大阪やぞ」
「そや、これが普通なんや」
「普通かよ、これが」
たこ焼き屋の前を横切った。すると美味しそうなソースと小麦が焼ける香りがした。それ自体の匂いは暴力的なまでに食欲をかきたてるものであった。
「何でクリスマスにまでたこ焼きなんだよ。クリスマスは」
「ケーキもあるで」
「大阪のケーキ馬鹿にすんなや」
クラスメイトの一人が言う。大阪人にとってはケーキもまた大阪の食べ物であり馬鹿にすることは許されないものであるようだ。
「馬鹿になんかしねえよ。けれどよ」
「だから横浜とちゃうんや」
「大阪やっちゅうこといい加減にわからんかい」
「じゃあ何かよ」
彼は言う。
「クリスマスはそこで河豚でも食うのかよ」
どでかい河豚の看板を指差した。言わずと知れたづぼら屋である。呆れるまでに目立っている。
「それかあれか!?あの混ざってるカレー」
自由軒のカレーだ。これも大阪名物である。
「それとも」
「かに道楽っちゅうんやろ」
クラスメイトの一人が言う前に突っ込んできた。
「ああ」
憮然としてそれに答えた。
「ったくよお、訳わかんねえ街だぜ」
「そら自分の偏見や」
「わし等ずっとここにおるんや。ええ街やぞ」
彼等は口々にこう言う。その言葉がやけにこの街に合っている。
「食い物がどれも安くて美味いやろが」
「まあな」
それは認めた。
「それは確かにな」
少なくとも関東のそれよりはずっと美味い、そのうえ安い。チェーン店であっても関東にあるのと関西にあるのとでは全然違うのだ。ドンキーのハンバーグでも大阪にある方が美味く感じる程だ。うどんは大阪の圧勝であった。
「じゃあええやろが」
「そや。理屈言わんではよ行くで」
「何処行くんだよ」
「向こうにな」
引っ掛け橋の向こうを指差して言う。よくナンパしている男がたむろしているのでこの名前がついた。だがここで引っ掛かる女はいない。
「美味い寿司屋があるんや」
「寿司屋っておい」
「大丈夫や。回転寿司やからな」
そう断りを入れる。
「千五百円もあればええわ」
「それで腹一杯食えるのか」
「それで食い放題だ」
「寿司をねえ」
そんな値段で食べられるということ自体が何か驚きであった。
「どや、ホンマやったら三千は出さなあかんやろ?関東やったらもっとするか」
「いや、そんなところだな」
とりあえず記憶を辿って述べる。
「関東って案外そうした食い放題ってないんだよな」
「いけずなとこやからな」
誰かが言った。
「そういうのあらへんやろ」
「いけずって何だったっけ」
「ケチって意味や」
「ああ、そうか」
それを言われてやっと頷く。
「そういう意味かよ」
「そや。けれどホンマにないんか?」
「あってもそんなに安くないぞ」
彼は答えた。関東、とりわけ東京は物価が高い。そうした意味では暮らしにくい街である。大阪は食べ物が安くて美味いので定評がある。ここが大きな違いである。
「何だよ、その安さ」
「それが大阪や」
「京都はアホ程高いけどな。大阪やからな」
同じ関西でもここが大きく違う。なお京都と大阪は仲が悪い。互いにライバル意識を持っているのである。
「安いっていうのかよ」
「そや」
「わかったら行こうか」
「ああ。それにしてもよ」
彼はまた仲間達に対して言った。
「何か食ってばかりだよな」
「それが一番やろが」
「そや、まずは食い物や」
誰もがそれに応えて言う。大阪ではまずは腹なのだ。服は京都、靴は神戸である。
「大阪やぞ、ここは」
「食わへんでどないすんねん」
「何か本当に横浜と違うな」
あらためてそれを認識した。
「それも独特のものばかり」
「まあええやろ」
「美味いやろが」
「そうだけれどな。じゃあ行くか」
何はともあれ仲間達の言葉に頷いた。そしてその寿司屋に向かうのであった。
寿司はかなり堪能した。それで仲間達と別れて地下鉄で帰路につく。もう夕食が食べられない程食べていた。
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