ローゼンメイデン〜エントロースライゼ〜
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第三話〜円〜
前書き
引き続き読んでくださった方、ありがとうございます。少しずつ物語が始まっていきます。
商店街の中、桜田のりは歩いていた。休日の午前中、ここが一番賑やかな時間帯だ。もう町のスーパーで大まかな買い物は済ませたのだが、時々ここの商店街の方が価格が安いときがあるので毎回必ずここを通っている。
(今日の夜はどうしようかしら?)
そんなことを考えながらのりの足取りはどこか喜ばしげだった。それは主に弟であるジュンの影響だろう。引きこもりを脱して普通の子供と同じように学校へ行き、はては外国にいくまでになった。相変わらず自分には素っ気ない態度ではあるが以前よりは気にかけてくれることが増えた(と思う)。これもひとえに、あの不思議なドール達のおかげだ。でもこの頃はどこか空気が重い。何よりも弟を気にかけてくれていた真紅は眠っている。そして今、彼女を起こすためにジュンは頑張っているのだ。
(誰かの為に頑張れること、それがお姉ちゃんが一番望んでいたこと。)
のりは空を見上げた。もう古くなった商店街の屋根から、雲ひとつない青空が広がっていた。そこではっと思いだした。そういえば花が必要であった。ジュンと同様にのりも柿崎めぐの墓参りをしている。直接的になにか面識があるわけではないが、最期の時を看取った者として、せずにはいられなかったのだ。少し先に見える花屋へ向かう。
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休日、花屋シオンは今日も営業中だ。しかし、いつも元気な声で接客する美咲の姿はない。凛々しく咲く花々を紫苑が一人で手入れをしている。
(美咲さん、いつもどこにいってるんだろう?)
たまにある状況なので何とも思わないが、こういう日は午前中だけ店を見てくれればいいと美咲にも言われている。今日も元気な花達を確認して早めに切り上げる事にした。やる事もある。指輪を見る。昨日からなぜか外せなかったが特に気にしなかった。これは自分自身への戒めでもあるし、めぐとの唯一の絆だ。店のシャッターを閉めようとした時。
「あ、あの、もうお店終わりですか?」
オロオロした様子で丸眼鏡をかけた同じ年ぐらいの子が聞いてきた。しばらく見て気づいたがその姿には面識があった。
「のりさん、、、?」
向こうも一瞬、困惑の色を見せた。ジッと見つめたあとに知り合いだと分かったようだ。
「紫苑くん⁉︎ど、どうして?」
「ここ、僕が働いているトコですから。」
「はぁー、そうなんですか。すごいですね、働くなんて。」
「いえいえ。それで?何かお求めの花があるんですか?」
「あ、そうでした!えっと、めぐちゃんのお供えの花を、と思いまして。」
そうか、めぐを看取ってくれたのはこの人だったか。
「、、、、ありがとう。」
「え?」
「いえ、なんでも。そうですね、でしたらこの黒い薔薇をお願いします。」
「黒い薔薇?」
「はい。ウチは小さい店ですが、オーナーが外国から珍しい花を貰ってくるので。」
「じゃあ、お願いします。」
財布をだすのり。僕はすかさず手を出した。
「お代はいいですよ。」
「え?でも、、珍しいんでしょう?」
「めぐ、そういうのは嫌いだと思いますから。」
「はぁ。」
「それと、僕も一緒に行っていいですか?お礼もちゃんとしたいし。」
「いいですよぅ、そんなお礼なんて。」
「いいえ、お礼はします。」
それから僕は早々と黒薔薇をのりさんに渡し、店を閉めた。遠慮する彼女の買い物袋を半ば強引に持って、めぐのお墓へと向かった。途中色々と話をした。家族のこととか簡単なもの。
「じゃあ、弟君も大変なんですね。」
なんでものりさんの弟さんは友達を助けるために頑張っているらしい。それが彼女にとっては一番の出来事だと言うのだ。
「はい、それにジュ、、いえ、弟もめぐちゃんのお墓に行ったみたいで。」
「え?」
のりさんの弟君がめぐのお墓に?ということは、もしかして、、。本当にただ思っただけで確証はないけど、だからこそ聞いてみた。
「のりさん、苗字、何でしたっけ?」
「え?桜田、、、ですけど?」
やっぱりか。じゃあジュン君はのりさんの、、、。めぐの墓の前で彼女に解けた疑問の事を話す。
「そうでしたか。ジュン君とはもう会ってたんですね。」
「はい。」
のりさんは丁寧に手を合わせて、祈った。僕も隣で手を合わせる。
(めぐ、まだいたね。君の事を思う人が。)
祈り終えた僕は立ち上がり、のりさんにお願いをした。
「のりさん。」
「はい?」
「のりさんの家に行ってもいいですか?ジュン君にも改めてお礼が言いたいので。」
のりさんは少し躊躇ったが許可を出してくれた。理由はなんとなく分かる。たぶん水銀燈がいるからだろう。普段、人には見せないらしいから。僕達は彼女の家に向かうため墓から歩き出す。
(また来るよ。めぐ。)
それは心の中で呟いたつもりだったのだが。
(いつもありがとう。)
「え?」
突然振り返った僕に、どうしたんですか?とのりさんに聞いてきたが、たぶん空耳だろうと思い、気にせず歩いた。けれど確かに聞こえた小さな声。
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桜田ジュンは、家にいた。姉であるのりが買い物に行ったのでその留守番をしているところだ。朝食も既に食べ終えて、食休みにソファに座り込んでいる。目の前のテーブルでは雛苺がクレヨンで絵を描いている。翠星石と蒼星石は縁側で仲良く話している。水銀燈は、、、たぶん屋根の上だろう。ずっと座っているのもなんなので、テレビをつける。この時間帯はニュースか子供向けのバラエティーがやっている。ふと、テレビに映った時間を見て気付いた。絵を描いていた雛苺も、同じように気付いたみたいで、声を張り上げた。
「くんくん始まるのぉー‼︎」
その瞬間、さっきまで話に夢中だったはずの双子は目の色を変え、見えない速さでテレビの前のソファへと腰掛けた。僕は呆れたようにリモコンでチャンネルを切り替える。
「始まる、五分前に呼ぶとはチビ苺もやぁーっとデキるようになったですね!」
「えへへ〜、ヒナ頑張ったの〜!」
翠星石が雛苺に労いの言葉をかけている。こき使うところは相変わらずだ。
「ホント、お前らも好きだよな。」
「あ〜ったり前ですぅ。翠星石達はくんくんをずーっと見てきたんですよ?もう親みたいなもんです!それよりジュン?」
「ああ、分かってるよ。」
僕はDVDデッキを操作して、録画の準備をする。まあ、真紅のためだ。あいつが起きた時にくんくんを録ってなかったら一体どんな目に合うか分からない。一通り録画の準備が出来たので、ソファへと戻る。と、水銀燈も降りてきていた。そう、一番驚いたのが水銀燈がくんくんにハマった(?)こと。最初は馬鹿にしていたものの、見始めた途端に、続きは?とか、もう終わり?とか催促しだした。翠星石がすかさず、イジったが水銀燈も完全な否定はせず、今ではこうしてくんくんが放送するときはリビングへと降りてきている。
「なにしてるですか、水銀燈!早くこっちに座るです。もう始まるですよ!」
「ったく、、、。うるさいわねぇ。」
口では悪態をつきながらも、ソファの端へと座る。番組が始まれば皆、目をテレビに釘付けにして瞬き一つせずに見入る。やがて、事件も解決してくんくんが最後の締め台詞を言う。
『それじゃあ、次回も!よろし〜ぃ、くんくん‼︎』
緊迫した状態から一気に開放されたので、全員がふぅ、と額の汗を拭った。
「もう何度も見たけど、本当に本格的だねこれは。」
翠星石に勧められてハマった蒼星石が呟いた。少しして、翠星石が呟いた。
「、、、真紅もきっと見たいですよね。」
「うん、、、。そうだね。」
なんとなく空気が沈む。はっとした翠星石が振り払うように声を上げる。
「さ、さぁーて!おやつでも作りますかね!蒼星石、手伝うですよ!」
「う、うん。僕で大丈夫かな?」
2人はキッチンへ。僕は隣で眠そうな水銀燈を見た。
(紫苑さんにはいつ会いに行くんだろうか。僕も一緒に行った方がいいんだろうか?)
それを聞こうとした時、ガチャガチャと玄関のドアが開く音がした。雛苺がいち早く反応してドアへと走り、叫んだ。
「のぉ〜〜りぃ〜〜!おかえりなのー‼︎」
「え?うわぁぁぁぁぁ!」
飛びかかったのだろうか、ドタドタと大きな音が響く。しかし悲鳴は姉ちゃんのではなく、男の人の声だった。姉ちゃんの心配と他人だったらマズいと思い、急いで玄関へと走る。するとそこには、、、、。
「いたたたた、、、。ん?君は?」
突撃の威力が強すぎたのか、自分で気絶してしまった雛苺を見やる人物。後ろには姉ちゃんがいたが、まさかこの人が来るとは。水銀燈の言う通りだったな。
「し、紫苑、、、さん?」
「あ、やぁどうも。ジュン君。ちょっとお邪魔したいと思ってね。いいかな?」
「別に、大丈夫ですけど。」
「そっか。ありがとう。ところで、、、、、この子は?」
水銀燈の時とデジャヴを感じた。まぁ当然の反応だろうが、襲いかかってきたであろう雛苺を抱っこして、僕に手渡しながら聞いてきた。
「え、えーと、この子は、、、。」
僕が言葉を濁した時、大きな音を、聞きつけ彼女達もやってきた。
「な、何が起こったですか⁉︎」
「大丈夫⁉︎ジュン君!」
もう、隠す必要なんかなくなってしまった。
「と、言うことは。彼女達も水銀燈と同じシリーズの人形で、人間と同じように生きている。ってことでいいのかな?」
さすがに隠しきれないので、人形達と一緒に僕の部屋で紫苑さんにローゼンメイデン達のことを洗いざらい話した。アリスゲームのことは伏せたが。
「、、、。ジュン君は優しいな。」
「え?」
「水銀燈から貰った指輪、嵌めてみたんだ。そしたらさ、」
僕は紫苑さんから柿崎めぐを通してアリスゲームや水銀燈のことを教えられたことを聞いた。
「そんなことが、、、。」
「でも、まさかこんなにたくさんの人形達がいるとは思わなかったな。僕が知ってるのは断片的なところだから。」
僕の後ろにいる翠星石達を見て紫苑さんはそう言った。僕は、すごく申し訳ないと思った。めぐさんのことを黙っていたこと。それは水銀燈も同じだろう。すると紫苑さんが今日きた目的を話してくれた。
「今日はさ、お礼を言いに来たんだ。」
「お礼?」
「うん。めぐのこと。、、、、その、めぐから色々見せられてさ、彼女が何を考えていたのかも、君達が何をしてきたのかも。」
「、、、、。」
僕はただただ聞いていた。僕にはそうするしかない。
「最初はどうして?って思った。だけど、考え直してさ。本当は僕がしなくちゃいけないことを、君達がやってくれたんだよね。だからその、、、本当に、ありがとう。」
紫苑さんは言い切って、深々と頭を下げた。僕は、より一層罪悪感に苛まれた。それでも救えなかったのだ。彼女の命を。
「でも、僕は彼女を、、、。」
僕が俯くと、紫苑さんは優しく声をかけた。
「いや、それは彼女が望んだことなんだ。」
水銀燈を少し見る。水銀燈も真っ直ぐ紫苑さんを見つめている。
「だから、気にすることはないんだ。むしろ謝るのは僕の方だ。僕がするはずだったんだ。ごめん。」
また頭を下げる紫苑さん。違う、非があるのは僕だ。口を出かかったその言葉は立ち上がった水銀燈に遮られた。
「どうして、、、。」
少し躊躇いが見えたけど、しっかりと彼女は自分の思いをぶつけた。
「どうして、謝るのよ!大切な人の仇が目の前にいるのよ!」
「、、、。」
「悪いのは私、いつも側にいながらあの子を救えなかった!死なせてしまった!私はーー」
降りかかる言葉を払いのけ、紫苑さんは水銀燈をぎゅっと抱き締めた。
僕も他のドールズもその様子に目を丸くした。二人の成り行きを見守る。
「一人で背負い込み過ぎなんだよ君は、、、。」
ゆっくりと腕を解く。そして水銀燈の目を真っ直ぐに見つめて。
「めぐは、水銀燈に感謝してたよ。口にはしてないけど、心で伝わってきた。間違ったことはしていない。」
「でも、それは辛いことだったはずだ。ホントは僕が背負うはずのこと。」
「だから、一緒に背負っていこう。君は一人じゃないんだから。」
「、、、、。」
柿崎めぐが絡むと、水銀燈は素直になる。直情的になった彼女に、この時の紫苑さんの言葉は彼女の心の重みを軽くしていったと思う。しばらくして、自分がどれほど恥ずかしいことをしているか気づいた水銀燈。
「い、いつまで触ってるのよ!」
翼で紫苑さんをはらう。
「こ、こらお前、、、!紫苑さんは、お前を!」
「いいんだジュン君。それでさ、今日はもう一つお願いがあるんだ。」
「すいません。何ですか?」
「水銀燈を、僕のところにいさせてくれないかな?」
「え?」
「はぁ?」
僕は考えた。確かに、めぐさんで繋がる二人なら上手くやっていけるかもしれない。水銀燈のためにもなるかも。一緒に、っていうのはそういうことか。でも水銀燈は彼に負い目を感じている、断るかもな。
「、、、僕は、いいとは思う。でも、」
水銀燈を見る。彼女も色々思うところはあるはずだ。
「お前はどうなんだ?水銀燈。」
「、、、、、、さあね、勝手にすればぁ?私は自由であればどこでもいい。」
「だとさ。」
「うん、、、ありがとう水銀燈。」
案外、あっさりと水銀燈は承諾した。僕としても、水銀燈がいたい所にいることが大事だ。
「勘違いしないでよね。私はただ、めぐの想う人がどんなヤツか見たいだけ。」
こうして、水銀燈は紫苑さんの元に託されることになった。
一通りの大事な話を終えて、僕達はリビングへと降りた。
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水銀燈を家に置くことにはなったが、上手くやっていけるかはまだわからなかった。自信はない、僕がめぐのように水銀燈を理解出来るかものすごく不安だ。だけどめぐの分まで、そして何より自分の正直な守りたいという思いが僕を駆り立てている。
リビングに降りるとのりさんがお昼ご飯を作って待っていた。人形達とテーブルを囲む。
「改めて、すごい光景だなぁ。」
人間の食事に人形が混ざっている。彼女達が本当に生きているのだと感じさせてくれる。
「たまに忘れるけど、皆んな人形なんだよな。」
「これだけ精巧なんだもの、しょうがないさ。あ、そうだ。みんなのこと、もっと教えてよ。好きなものとかさ。」
それからは楽しかった、天真爛漫な雛苺ちゃんが騒いだり、庭師の双子とガーデニングについて話したり、ジュン君とのりさんの姉弟らしいやりとりを見たり、この家族の仲の良さを感じた。やがて日も落ち始め、僕は水銀燈を連れて帰ることにした。
「すいません、お昼までいただいちゃって。」
「いいのよう、そんな。また来てくださいね。」
「水銀燈、良い子にしてろよ?」
「うるさいわねぇ。子供じゃないんだから。」
バスケットの中から毒を吐く水銀燈。
「シオン、また来る?」
「うん、また一緒に遊ぼうか。雛苺ちゃん。」
「うん‼︎」
「さようなら、今度あなたの花屋を見に行くかもしれないです。」
「いつでも来てよ。サービスするから。」
「あー!抜け駆けはダメですよ蒼星石。翠星石もいくです!」
「ふふ、最初はあんなに警戒してたのに。」
「う、、、、。は、花のことがわかる奴に悪い奴はいねぇです!」
「うん、二人でおいでよ。待ってるから。」
ドアを開けて帰る前にジュン君に言った。
「真紅ちゃんのこと、何か出来たら協力するよ。」
「うん、ありがとうございます。」
真紅、彼が最初に出会ったローゼンメイデン。他の姉妹である人形達を一人にしないために、自分を犠牲にした彼女の心であるローザミスティカを作るために彼は奮闘しているようだ。僕ができなかった誰かを救うということ、少しでも手伝ってあげたい。
久しく忘れていた団欒を体験した僕は、惜しみながらもジュン君の家を出て帰宅した。新しい住まいだが、水銀燈も特に気にせず日の当たる縁側へと移動した。その隣に僕も座る。
「やっぱり、君とは一緒になると思ってたよ。」
「いきなりどうしたのよ。」
「僕の育て親がね、言ってたんだ。縁は円だって、一度会えばまた出会う。巡って、廻って。」
「ふん、ばっかみたぁい。」
「でも今、一緒にいるだろう?」
「結果的にね。」
「ふふ、、、。ま、ということでこれからよろしく。水銀燈。」
こうして僕と水銀燈の生活が始まった。
後書き
読んでくださりありがとうございます。次も期間がかなり空くと思います。楽しみに待っていてくれると嬉しいです。
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