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うみねこのなく頃に散《虚無》

作者:蛇騎 珀磨
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第一の晩 (1)

 白い部屋...。何もかもが白い部屋。
 この場所に留まり続けて、人間の寿命の100倍は余裕で超えた。もう《死神》でいるのは疲れた。

 今まで訪れた『世界』の数々。
 それのどこかにヒントがあった筈なのだ。

 もう一度訪れてみよう。
 俺が死ねる条件を探しに......。

 どこがいいだろうか。
 んー...。とりあえず、あそこにしよう。
 綺麗に咲く薔薇がある庭園。黒魔術かぶれの老人が住む屋敷。そこで起こる惨劇を笑う魔女がさまよう島。


「六軒島。場所は、薔薇庭園」


 俺の声に反応して、白い部屋に白い扉が現れる。
 やけに古びている取っ手を持つとギシギシと軋む。...やべ。
 壊れないように、そっと引き開く。その先の薔薇庭園に足を踏み入れると、物語は始まった。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 雨が降っている。風も強い。
 周りにある木々がしなり、ザワザワと音をたてる。

 そんな中でも、ここの薔薇庭園は美しく思えた。


「もう少し前の方が好きだったかな。ま、これはこれで...」

「おい!」

「それにしても、風が強いな。せっかくの薔薇がなぎ倒されなければいいんだが...」

「おい! 聞いてんのか!」


 五月蝿いな。今は薔薇を見て楽しんでるんだ。邪魔するな。
 ......でもまぁ、ここで返事をしないと話が進まないんだろうな。


「つかぬ事を伺うが、右代宮の人間か?」

「お前は誰だ。黙秘は認めない」

「俺は、金蔵とベアトリーチェが招いた客だよ。ほら、これがその招待状だ。危険物は入ってない。確認してくれ」


 懐から取り出した封筒をひったくられた。
 乱暴だなぁ。昔の俺だったらキレてるところだ。

 ちゃんと封筒には、右代宮家の証である《片翼の鷲》が描かれている。封蝋の印も、当主の指輪によるものだ。
 これらは全て本物。【赤】で宣言しても問題無い。


「確認は終わったか? じゃ、屋敷に入ろうか。いつまでもこんな雨の中に居たんじゃ、風邪を引いてしまいかねん」

「...お前、本当に何者なんだ?」

「ふっ...。お前と同じ右代宮の人間だよ、留弗夫」


 右代宮 留弗夫。金蔵の二人目の息子。
 おーおー。驚いた顔は金蔵とよく似てるな。

 屋敷に戻ったら詳しく話すことを約束し、俺たちは薔薇庭園を後にした。




 屋敷の扉をくぐった先は、昔と変わらない景色だった。
 壁も天井も床も...。昔と変わらず豪華な装飾で彩られている。


「懐かしいなぁ」

「......」


 この屋敷に来るのは何年ぶりだろうか。そんな風に懐かしんでいると、横からタオルを差し出される。


「源次か。ありがとう」

「いえ。ようこそ、おいでくださいました」


 タオルを受け取り、深々と頭を下げた男の名を呼ぶ。
 こちらの様子を伺う留弗夫の視線が気になるが、俺はあえて源次に使いを頼んだ。


「今、この屋敷いる人間を呼んで来てくれ。俺の素性を知りたいらしくてな。一人一人に説明すんのは面倒だから、まとめて話す」

「俺からも頼むぜ源次さん。皆には、“19人目がいた”と伝えりゃいい」


 源次は再び頭を下げ、短く返答する。その、一つ一つの動作には隙が無く綺麗だと関心させられた。
 階段を駆け上がって行く源次の背中を見送り、再び留弗夫と2人きり。空気が張り詰める。


「............寒っ」


 ピリピリした空気なんてどうでもいい。寒い! このままじゃ、本当に風邪を引く!

 濡れた髪や体を拭い、雨をたっぷり吸い込んだ上着も脱ぐ。
 右肩の“接続器具”が少し痛んだ。直に慣れるといいんだが...。


「お前、その腕は...」


 留弗夫が、俺の腕を見て声を詰まらせる。
 驚くのも無理はない。俺の右腕は偽物...義肢だ。
 それにしても、初めて見る奴は同じ反応をするんだな。若い頃の金蔵を思い出す。あいつも、目を丸くしていたな。留弗夫と一緒で、人に指差して。

 とはいえ、この腕を失った経緯を話すつもりはない。
 『こことは違う世界』で失くしたと言ったところで、誰が信用するというんだ。


「昔、事故でな......」


 伏し目がちに告げると、留弗夫もそれ以上は追及しようとはしなかった。

 ふと視線を外した先に、小さな女の子がいた。確かあの子は...。
 その子に話し掛けようと近寄る。留弗夫の静止を強要する声は無視した。親族たちが集まるまでの暇潰しだ。

 女の子も俺に気付いたらしいが、その表情は強ばり、子供らしい無邪気さは感じられなかった。
 俺の動作に一々反応して、体まで強ばらせる。そのビクビクする姿は、ドSの本能をくすぐられる。...だから子供は好きなんだ。


「こんにちは、真里亞。俺は《森の狼さん》...ベアトリーチェの友人だ」

「!? ......うー。マ、ママが知らない人とお話ししてはイケマセンって言った...」


 んー...。
 真里亞と会うのは初めてじゃないんだがなぁ。覚えてないか。


「なら大丈夫! 俺は《狼さん》だから、楼座には叱られる事はない。......だが、もし叱られそうになっても、俺が魔法で止めてやろう」


 『魔法』と聞いて、ようやく真里亞の顔が上がった。その表情は、驚きつつも嬉しそうに目を輝かせている。


「狼さん、魔法が使えるの!?」

「もちろん。ベアトリーチェの友人だと言ったろう? 忘れたのか、俺とは以前にも会ったことがあるぞ。......《原初の魔女 マリア》」


 そこまで言ったところで、上の階から人の群れが駆け下りて来た。地響きのような足音が鳴る。
 顔ぶれは、やはり右代宮家の親族たちだ。


「19人目がいたって本当なのっ!?」

「真里亞ちゃんの側におる奴がそうか!」

「ま、真里亞っ! その人から離れなさい!」


 絵羽、秀吉、楼座。


「貴方は、一体...何者ですか?」

「あれは......義手? あれに刻まれてるのって...」

「あいつが...あいつが嘉音くんを! 父さんをっ!」


 夏妃、霧江、朱志香。

 発言した順に名を上げるなら、こんな感じか。
 あと、驚いて声にならない様子の青年が2人。戦人と譲治だ。
 これで全員?......何人か足りないな。


「源次。これで全員か?」

「はい」


 ......なるほど。第一の晩は終了したのか。
 ここにいない人間は7人。金蔵と蔵臼の他、使用人の熊沢、紗音、嘉音、郷田。金蔵の主治医の南條。

 さて。睨んでくる親族たちに説明するとしようか。


「俺の名は、右代宮 狼銃。金蔵と魔女ベアトリーチェの友人だ。言いたい事か聞きたい事があるなら、順番に頼む。一応、全員の顔と名前は覚えているつもりだが、一人一人確認させてもらう」


 勝手な事を言っている自覚はある。
 おー...。皆、怖い顔してるなぁ。


「まずは私よ。最初の確認だけど、貴方本当に右代宮家の人?」

「ああ。その通りだよ、霧江」

「あら、本当に知ってるのね」

「一応は、な。因みに、アンタは留弗夫の後妻なのも知っている」


 冷静を装っていた表情が崩れる。が、一瞬で元に戻る。
 ドS仲間。......そう思っているのは俺だけだろうな。


「それで? 貴方が右代宮の人間である証拠は?」

「この義肢を見ればわかるだろう」


 俺は右腕を前に突き出す。義肢に描かれているのは《片翼の鷲》。
 右代宮の人間である証拠だ。


「それだけじゃ納得いかないわ!」

「絵羽か。...なら、どう証明したらいい?」

「っ...! そうだわ、お父様の碑文。お父様の友人なら、あの碑文の事は知っているはずよねぇ?」


 碑文。碑文ねぇ...。あんな言葉遊びが、碑文。
 笑える。

 それを黄金の隠し場所を示す鍵にする金蔵も、未だに解けずにいるコイツらも。ーー笑える。いや、我慢だ我慢。


「お安い御用だ。そんなものでいいなら、いくらでも」


『懐かしき、故郷を貫く鮎の川。
 黄金郷を目指す者よ、これを下りて鍵を探せ。
 川を下れば、やがて里あり。
 その里にて二人が口にし岸を探れ。
 そこに黄金郷への鍵が眠る。

 第一の晩に、鍵の選びし六人を生贄に捧げよ。
 第二の晩に、残されし者は寄り添う二人を引き裂け。
 第三の晩に、残されし者は誉れ高き我が名を讃えよ。
 第四の晩に、頭を抉りて殺せ。
 第五の晩に、胸を抉りて殺せ。
 第六の晩に、腹を抉りて殺せ。
 第七の晩に、膝を抉りて殺せ。
 第八の晩に、足を抉りて殺せ。
 第九の晩に、魔女は蘇り、誰も生き残れはしない。
 第十の晩に、旅は終わり、黄金の郷に至るだろう。

 魔女は賢者を讃え、四つの宝を授けるだろう。

 一つは、黄金郷の全ての黄金。
 一つは、全ての死者の魂を蘇らせ。
 一つは、失った愛すらも蘇らせる。
 一つは、魔女を永遠に眠りにつかせよう。

 安らかに眠れ、』


「ーーー我が最愛の魔女ベアトリーチェ」


 一言半句、間違いは無い。
 俺の隣りで、小さな手で拍手をする真里亞以外は、“絶句”という言葉が似合いそうなほど呆然と立ち尽くしていた。


「納得していただけたかな? 次は、俺からの質問だ。
ーー 他の奴らはどうしたんだ?」


 ただの確認のつもりだったんだが、彼らには違うように聞こえたらしい。俺の質問をかき消す勢いで、少々口が悪い声が「ふざけんな」と割り込んだ。
 声の持ち主は少女。名を朱志香という。


「お前が、父さんと嘉音くんを殺したんだ!」

「何の話だ。俺は客として来ただけだぞ。よかったら話してくれないかーー」



◇◆◇◆◇◆◇◆



「ーーベアトリーチェ」


 視界が変化する。
 目の前に広がっているのは玄関ホールではない。俺の居た世界によく似た白い部屋だ。

 久しぶりに会う友の名を呼ぶと、ソイツは嬉しそうに駆け寄って来た。


「ロー! ローではないか!」


 俺を「ロー」と愛称で呼ぶのは彼女くらいだろう。
 彼女の名は、魔女ベアトリーチェ。金髪に蒼い目。真紅のドレスを身にまとっている。


「元気だったようだな。順調か?」

「うむ。だが、やはり奴の魔法を否定する力は侮れん」

「それはそれは...やりがいがありそうだな」


 ベアトリーチェが視線を移す先に、今にも襲いかかって来そうなほど睨んでいる人間...右代宮 戦人の姿があった。

 やはり、戦人は金蔵の若い頃によく似ている。
 ただ違うのは、魔法を否定している事だけだろうか。


「ゲーム盤の外で会うのは初めてだな。右代宮 狼銃こと、ローガン・R・ロストだ。好きに呼んでくれ」


 左手を差し出す。が、弾かれた。
 拒絶。嫌悪。疑念。不信。その全ての感情をごちゃ混ぜにしたような眼差し。その手に握られているのは、子供むきの髪留め。


「......ゴアイサツ、だな」

「うるせぇ。俺は、魔法も魔女も信じねえ。お前は誰だ!!」

「そう興奮するなよ...。ちゃんと答えてやるから」


 俺はその辺の椅子に腰を下ろす。少し腰をズラして、背もたれに寄り掛かって足を組んだ。
 ベアトリーチェが続き、ようやく戦人も腰を下ろした。

 独りでに現れる紅茶や菓子を手に取りながら、俺はもう一度名乗った。


「...俺はお前を知らない」

「そりゃそうだ。この『世界』では、お前と俺は過去に出会った事はない。むしろ、イレギュラーは俺の方だ」

「お前、どっち側なんだ?」

「中立だ。どちら側の味方でもない。目的の為に、この『世界』に来た。...まあ、《虚無の魔導師》なんて呼ばれてはいるがな」


 他にも、《死神》だの《狭間の住人》とも呼ばれていると伝える。
 戦人の眉間のシワがより深くなる。だが、嫌悪は薄まった気がする。


「......単刀直入に言うと、今回のゲームは俺が引き継ぐ」

「はあ!?」


 当然の反応だな。ベアトリーチェとのゲームは始まったばかり。そこに急に現れた部外者に、ゲームを乗っ取られでもしたら...。

 こんな心境だろうか?


「安心しろ。俺が引き継ぐのは出題者の方だ。このゲームに勝てたら、ベアトリーチェに勝ったのと同じにしてやるよ」

「ほ...本当かっ!? 俺は帰れるんだな!」

「ただし、負けた時は俺の言う事を聞いてもらう。...どうだ? 悪い話じゃないだろう?」


 手に取った紅茶を飲み干し、戦人の返事を待つ。
 俺にとっては、勝っても負けても同じ事。迷う必要はないと思うんだがな...。戦人は、何を迷う?

 三杯目の紅茶を飲み干したところで、戦人の答えは出た。


「そのゲーム、受けさせてもらう」


 決意が浮かぶ眼差しに、口の端が上がった。
 戦人は、手に持つ髪留めに「もうちっと、待っててくれよ」と小さな声で囁いた。


「じゃあ、俺のゲームを始める前にこれまでの出来事を説明してくれ。頼んだぞ、ベアトリーチェ」


 気合いが入った返事をしながら、ゲーム盤上の指し手を巻き戻す。
 一手目、六軒島。薔薇庭園にて、ゲームの開始を告げる。 
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