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三色すみれ

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第六章


第六章

「今度は駄目だ」
「えっ!?」
「駄目だと言っている」
 いつもの厳しい声で彼に告げるのであった。
「何で、さっきは」
「いいから駄目だ」
 また彼に言う。
「わかったな」
「何で?」
「さっきは御前から来たな」
 彼を見ていた。その厳しい目で。
「御前からな。覚えているな」
「だって。あの時は」
「いいから聞け」
 声が一段と厳しくなった。拍手の中で話を続けるのであった。
「私の話を。いいか」
「あっ、うん」
 その厳しさに負ける形で頷く。ここでは真琴の勝ちであった。
「私はな。やられたらやり返す」
「やり返すって?」
「そうだ、やり返すのだ」
 またそれを告げる。
「それも何倍にしてもな」
「あのさ」
 何かえらい剣幕なので遼平は内心戸惑っていた。それでまた言うのだった。
「僕手を握っただけだけれど」
「それだ」
 真琴はそこを指摘してきた。
「あの時私は何も言わなかったな」
「オッケーだったんだよね」
「ま、まあそうだ」
 何故かここで顔を赤くさせる真琴であった。遼平はその顔が妙に可愛らしく思えたのだがそれについて軽口を言う前に真琴が言ってきたのだった。
「ただしだ。ただではない」
「あっ、そうだったんだ」
「それなりの見返りはしてもらうからな」
 顔を赤くさせたまま彼に言ってきた。
「その覚悟はできているのだろうな」
「覚悟って。何が?」
「とぼけるな」
 その赤い顔で彼に言う。
「手を握ったんだ。その見返りは」
「ソフトクリームとか?」
 真琴の好物なのは知っている。こう見えても女の子らしく甘いものが好きな真琴であった。実はソフトクリームは遼平も好物だったりする。
「それなら」
「違う、馬鹿」
 今度は馬鹿ときた。
「わからないのか?手を握られたら」
「ソフトじゃないとしたら」
 少しわからなくなった。そもそもこのソフトというものすら特に根拠のないものである。しかしそれでも彼は根拠なくそれだと思っていたのである。
「何かな」
「いいか?」
 わからない彼に対して言うのだった。
「それはだな。その」
「うん。何?」
「これだ」
 いきなり攻撃を仕掛けてきた真琴であった。その攻撃とは。
 彼に抱きついてきたのだ。その小さな身体を思いきり伸ばして彼の首の自分の両手を巻きつけてきたのであった。足がもう完全に爪先立ちになっていた。
「えっ!?」
「これだ。そのお返しは」
 そう彼の耳元で囁く。遼平は目が点になったが驚いたのは観客達であった。
「なっ!?」
「あの桜森がかよ」
 思わずこう叫んだ二年もいた。二年の間では真琴といえばもうこんなことは絶対に有り得ないキャラクターで通っていたからこれも無理のないことであった。
「何てこった」
「マジかよ」
「わかったな」
 真琴は遼平の耳元でまた囁いた。遼平は少し我に返ってそれを聞いていた。
「私だってな。ヘレナだったんだぞ」
「うん」
 それはわかっている。それで遼平はディミトリアスだ。
「わかってるけれど、それは」
「だったらだ。わかるな」
 また彼に言う。
「私も。あの三色のすみれの魔法で」
「あれっ!?」
 ここで遼平はあることにふと気付いた。
「三色すみれだよね」
「そうだ」
 劇の中で出て来る魔法の花だ。妖精達が恋の魔法に使う花でありこれを眠っている恋人達の目にかけて恋の病に陥らせるのである。これでディミトリアスはヘレナの虜になるのである。
「それがどうしたんだ?」
「あれって確か」
 少しずつ我に返って記憶を辿りながら言う。
「ディミトリアスとライサンダーにかけるもので」
「うっ」
 真琴は彼の言葉に声を詰まらせた。実はこの魔法は最初妖精パックの手違いでディミトリアスもライサンダーもヘレナを愛するようになるのだ。ライサンダーは本来の恋人ハーミアを忘れてしまう。後でそれを怒った妖精王オベローンが眠った彼等達にまた魔法をかけさせて本来の形にするのである。当然ながら遼平も真琴もそれを知っている。知らない筈のないことである筈だった。
 
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