三色すみれ
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第四章
第四章
リハーサルは大成功に終わった。リハーサルといえどその出来は素晴らしいものであり満足のいくものであった。その二人もそれ自体には満足していた。というよりは真琴も、である。
真琴はリハーサルが自分なりにでも満足がいったことに気分を充実させていた。そうしてその気持ちのまま家に帰った。だが家に帰っても練習を続けるのであった。
「御願いだから時間を縮めて」
制服を脱いで私服に着替える。部屋は質素で何もない自分の部屋だがそれでも舞台をイメージして練習をするのであった。
「眠りよ。悲しみの眼を閉ざしてくれる優しい眠りよ」
もう台本を手にしてはいない。台詞は全部覚えている。そのままでの言葉だった。そうして一人で芝居を続ける。だがその目の前には相手がいた。
「あいつもやっている」
これは心の中での言葉であった。
「だから私も」
彼女は無意識のうちに遼平を意識していた。しかしそれには気付いていない。そうしてそのまま本番へと入るのであった。
本番の最初の日。舞台の前は生徒や先生達でごったがえしていた。演劇部の芝居は学校の中ではかなりの評判であるのだ。だから人気も高かった。
「先生、今回の自信の程は」
「如何でしょうか」
新聞部の面々が杉岡先生にインタヴューをする。これはいつものことでありいささか儀礼的なものがある。しかし先生は笑顔でそれに応えるのであった。
「それは生徒達に聞いて欲しいね」
自信に満ちた笑顔であった。新聞部の面々もそれを受け取る。
「是非共ね」
「是非共、ですか」
「そうさ」
また笑顔で述べる。
「彼等が演じるんだからね。俺ではないんだよ」
「では先生から見てですね」
彼等はそれを受けて話題の振り方を変えてきたのであった。
「今回の出来は。どうですか」
「それは見てのお楽しみだね」
その自信に満ちた笑みでの言葉であった。
「是非共ね。見て欲しいな」
「わかりました」
後でこのインタヴューは自信に満ちた予言となるのであった。それだけの出来だったということである。その芝居がいよいよはじまるのであった。
皆はじめから見事な演技であった。とりわけ遼平と真琴が。彼等は完全にディミトリアスとヘレナになりきって芝居をしていたのであった。
「ディミトリアス待って」
「行けって言ってるじゃないか」
完全に彼を慕う少女とそれを拒む若者であった。ギリシアの服を着た二人は真剣な顔で演技をしている。その熱は観客達にも伝わっていた。
「凄いわね」
「ああ」
誰もがその演技を見て話す。
「前から上手い二人だったけれど」
「今日は特に」
「僕の真心がわかっていない癖に」
ここでディミトリアスの言葉が出た。
「僕の愛に比べれば彼のそれなんて問題にはならない」
「ひどいわ、ひどいわこの嘘吐き」
そしてヘレナの言葉が。完全に二人が主役であった。
「何か主役になってない?」
「そうなってるよね」
また観客達がひそひそと話をする。
「凄い演技だよ」
「何か別格」
誰もがそう見ていた。そしてその中で芝居は佳境に入っていく。それと共に二人の芝居はさらに熱を帯び最早完全に周りをその中に引き込んでしまっていた。
「あれ程ハーミアを思い詰めていた心が急に淡雪のように消えてしまい」
その場面ではヘレナを演じている真琴をじっと見ていた。
「何時までも見飽きぬのはヘレナだけでございます」
真琴もそれはまた同じであった。じっと遼平を見詰めている。そうして言うのだった。
「ディミトリアスという宝を拾ったけれど」
その琥珀の目を彼から離しはしない。ヘレナとして語る。
「私のものと言われてもまだ信じられません」
「僕達は本当に目が覚めているのだろうか」
遼平はその言葉を受けて言う。
「何かまだ寝ていて夢を見ているようだ」
じっと見詰め合い話をしている。そんな二人を見て彼等のクラスメイト達は言うのだった。
「あの二人まさか」
「かなり怪しいわね」
そう観客席でヒソヒソと話をするのであった。
「顔が完全に真剣じゃない」
「あれってお芝居でしょ?」
「どうだか」
女の子の一人がそれに異議を呈する。
「それも怪しいわよ」
「けれどさ、あれって」
「ねえ」
ここで皆遼平を見るのであった。
「若田部の奴が一人騒いでるだけで」
「そうなんじゃないの?」
「甘いわね」
しかしその言葉にはこう答えが返って来た。
「それもバニラアイスより甘いわよ」
「そうかしら」
「しかもトッピングやり放題した時よりも甘いわ」
また随分胸焼けしそうな例えである。少なくともシェークスピアの時代にはない例えだ。もっとも何かと大袈裟な表現の好きなシェークスピアであるからアイスクリームを知っていれば使っていたかも知れないが。
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