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Fate/stay night -the last fencer-

作者:Vanargandr
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第二部
魔術師たちの安寧
  奇襲強行 ~現れる毒蛇の牙~

 
前書き
すみません、加筆修正をしようとしたら誤って最新話を削除してしまったので掲載し直しです………… 

 
 静寂に震える夜の空気。
 吐き出す呼気が白霧を伴い、暗い夜闇に消えていく。

 寒さも一段と深まるこの時間に、俺は冬木市内のとある高台まで来ていた。

 傍にはフェンサーが控えている。ライダーとの戦闘での傷も癒え、魔力も万全に近いコンディションだ。
 蹴られたり貫かれたりしたこちらの身体はさすがに完治とはいかないが、よっぽどの無茶をしない限り支障はない。

 町の一定範囲を見渡せる場所。

 この高台からは柳桐寺を始めとした、いくつかのルートを確認できる。
 視界をフェンサーと共有しているため、通常の視力では見通せない距離まで鮮明に映っている。
 大雑把に言えば町一つ越えた先でさえ、一軒家の表札に書かれている名前を正確に読み取れるほどだ。

 何故こんな時間にこの場所で待機しているかというと、事の発端は半日ほど時間を遡る。










『はぁ? キャスターのマスターの目星が付いた!?』
『そうよ。99%間違いないと思う』
『いやそこは残り1%も詰めろよ……』
『……その1%を詰めるために、今夜行動に出るわ』

 凛にキャスターの件を一任することにした翌日。予想外の早さで凛から俺の携帯に連絡が掛かった。
 ライダーの結界による影響で入院している、同級生の見舞いに行っていた士郎が情報を持って帰ってきたらしい。

 単刀直入に言うと、穂群原学園の教師の一人である葛木宗一郎が柳桐寺の関係者とのことだ。
 あの騒ぎで被害を受けていない数少ない人物の一人であり、その上で柳桐寺に出入りしているとなれば容疑者候補になるのはわかるのだが…………

『さすがにそれは短絡的すぎだろ? ただ怪しいだけで確率だってよくて5:5だろ。99%は盛りすぎだ』
『ちょっと思うところがあってね。もし万が一違えば、また探せばいいだけよ。今一番可能性が高いのは彼なんだから』
『そりゃそうかもしれんが……でも葛木先生だろ……』

 葛木宗一郎といえば、学園でも実直な良き先生として慕われている。
 学園に通い始めてから魔力の気配など感じたことはないし、彼が魔術師だという線は絶対にないと言える。

 だが間桐慎二の例がある。魔術師ではないが、マスターではないとは断言できない。
 そう考えれば凛が葛木先生をマスターだという可能性を高く見ているのもわからなくはない。

 けれど彼女の言がどこか腑に落ちないのも確かだ。

 口にしていないだけで確証に近いものがあるのか、冬木の管理者としてキャスターのこれ以上の横暴を許すわけには行かない責任や焦りがあるからか。

 キャスターに生命力を搾取、略奪された犠牲者の数は四桁に昇る。
 未だ死者こそ出ていないが、看過するには被害の規模が膨れ上がりすぎている。
 聖杯戦争、魔術師のルールに抵触しないグレーゾーンギリギリで上手くやっているが、いずれ死人が出ないとは言い切れない。

 表向きにはガス漏れや薬品事故として処理しているし、真実は世には出ていない部分が大半だ。

 だが規模が大きくなればそれだけ隠し通すのは難しくなる。
 それでも隠蔽しきるのが魔術師としての手際であり、聖杯戦争においては教会の役割とはいえ、いつまでもそんなことを許すわけにはいかないだろう。

 確信があるにせよないにせよ、行動を起こすなら早い方がいいのは間違いない。
 キャスターに関わる事は彼女に一任すると約束した以上、こちらからは余計な口出しはしないでおこう。

『具体的にはどうするんだ?』
『事故に遭わずに済んだ、自由に動ける教師だからか色々駆け回ってるみたいでね。帰りが遅くなって、一人でいるときに仕掛けるわ』
『物言いに一抹の不安を覚えるが……』
『これで義理は通したからね。結果はまた教えるわ、じゃあね』
『あ、待っ──』

 あのバカ、言いたいことだけ言って切りやがった。
 しかも絶対に失敗する方向を考えてないぞアイツ。

 公衆電話からの着信だったからかけ直すこともできない。



 仕掛けるってなんだ、直接ちょっかいかける気なのか?
 間違いだったときはどうするのかとか、正解だったときはそのまま交戦になることとか、まだ聞いてないことが沢山あるのに!

 当たりだった場合に都合のいい展開を考えるなら、無事キャスター陣営を撃破すること。

 そうでなくても片方の陣営が倒れれば、今の戦局バランスは一気に崩れることになる。
 それこそキャスターなどは白兵戦で劣るがゆえ、確実にマスターを狙うなどの搦手で来るはずだ。
 マスターがやられてしまえば、サーヴァントはその能力を十分に発揮できず、やがて消えてしまう。

 それだけのリスクをちゃんと考えているのか。
 
 士郎か凛のどちらかが脱落するだけなら、まだ許容範囲内ではある。

 最悪の事態はセイバーとアーチャーが負けること。

 キャスターを倒したとして、後にバーサーカーを相手取るにはどちらかの協力が必要だと考えている。

 セイバーとアーチャーが二人共、キャスターとアサシンと相討ちなどになってしまったら完全にお手上げになる。
 その場合はランサーと組まなければならないのだが……個人的にはやはり、少しは信頼の置ける相手と組みたいのが本音だ。

 自分の都合で言っているのではなく、これは他の陣営にとっても今後の展開が変わる分岐点になる。
 出来れば今回はハズレを引いて、次にちゃんとマスターを特定して必勝を期してからの行動にしてほしいところだ────────










「さて、そろそろ時間か……」

 もうすぐ凛と士郎が葛木先生に接触するタイミングだ。

 凛が防音結界を敷いていると思われる空間圏内に、葛木先生が侵入する。



 今夜の予定は知らされなかったが、それはこちらで情報収集することで把握した。

 柳桐寺関係者として容疑を掛けられた葛木先生なら、当然柳桐寺に帰るだろう。
 今日の彼の日程は入院している生徒の容体確認と、校舎内除染業者と学校の塀の修繕業者との打ち合わせ。

 ライダーの所業については薬品運送のトラックが学園に突っ込み、生徒たちはその薬品の影響で昏倒したことになっている。
 実際には結界によって生徒が昏倒してから塀は壊れたのだが、フェンサーが天馬に轢き飛ばされて崩れた塀はそのトラック事故が原因だとすり替えられた。

 状況としてはかなりの惨事だったが、世間への誤魔化しとしては上手くまとまっている。
 薬物汚染の除去などは教会が用意したダミーだが、学園校舎や塀の修繕業者は必要なので、被害の無かった葛木先生が動いているのだ。

 業者との打ち合わせを終えてから柳桐寺まで帰るルートを調べ、その道すがらを観察できる場所で待ち伏せているのが現状だ。
 どこかに隠れ潜んでいると思われる凛たちの姿は確認できていないが、代わりに葛木先生の姿はずっと視界に入っている。

 もちろん静観するつもりだが、凛の事後報告などを待つつもりはない。結果だけではなく過程の情報にこそ価値がある。

 もしも当たりを引いたなら、間違いなく戦闘が起こる。あのキャスターが自由にマスターを出歩かせていながら、何も策を張っていないわけがない。
 その時に少しでもキャスターの手札を知ること、あわよくばセイバーやアーチャーの能力を知ることが出来れば、今後戦うことになった際に有利になる。

 今こうして俺とフェンサーが監視していることは、キャスターにはバレているかもしれないが。

「個人的にはハズレであってほしいんだが……どう思う、フェンサー」
「さあね。特に魔力の気配もないし、魔術が掛かってる気配もないけれど」
「この距離から見ているだけで分かるのか」
「さすがに魔術に関しては引けを取るから、絶対とは言えないわよ」

 それでも魔術に長けた彼女が言うなら少しは信憑性がある。

 問題はここからの凛たちの行動次第なのだが──────

「………………」
「………………」

 いやまあ、凛が躊躇いなく呪詛弾(ガンド)を撃ったのも驚いたが問題はそこではない。

 どうやら当たりを引いてしまったらしい。
 葛木宗一郎の背に向けて放たれたガンドは、直撃寸前で突然中空に現れた黒い布に阻まれ雲散霧消した。

 その黒布から影が現れ、形を成す。

 学園で一度見た覚えがある。間違いない、キャスターだ。
 背後からの攻撃に気づいていたかはともかくとして、葛木が自衛の為に何かをした素振りはない。
 ガンドを掻き消したのが彼の仕業ではなく、あの黒い布を纏うキャスターであるのは明白だ。

 サーヴァントであるキャスターが守ろうとする存在は、その主たるマスター以外に有り得ない。

「セイバーは、連れてるみたいだな……アーチャーはどこか別の場所か?」
「いいえ。アーチャーの気配はないわ。恐らく置いてきたんでしょうね」
「確かに対キャスターなら、強力な対魔力を持つセイバーだけで戦力としては十分だろうが……向こうにはアサシンも居るってのに」

 今は何か話をしているようだが、まず戦闘は避けられないだろう。

 剣士と魔術師では相性として戦闘は数分と掛からないはずだが、暗殺者はその数分でマスターを殺すには十分すぎるはずだ。
 柳桐寺で出会ったアサシンは暗殺者としては特異な存在だったが、マスターを殺すに不足ない戦力であるのは経験済みだ。
 元よりあの侍のサーヴァントであれば逆にセイバーを相手取るにも不足なく、単純にキャスターはマスターを倒すだけでいい。

 最も警戒すべきは敵が二人だという点だったのに、何故今夜の襲撃にアーチャーを外すような真似をしたのか。

「でも様子を見る限り、キャスター側もアサシンが近くに控えているわけではなさそうよ」
「……そうか! キャスターが優位を保っているのは、柳桐寺という拠点があってこそだ。
 自分が出張っているときに拠点を攻められれば、キャスターとしてはその時点で敗北と同じなんだ」

 故に自分の城には、必ず守備を残しておかなければならない。
 そしてセイバーと真っ向勝負をしても退くことのない兵が居るならば、キャスター自身は自由に行動できる。
 理想としては拠点防衛戦が一番なのだろうが……であれば、マスターを自由行動させていたのは裏目に出たといえる。

 一般人である葛木宗一郎を、拠点に篭らせるのは得策ではないと判断したか。
 複数のマスターが存在する学園、その教師という立場の利用価値を高く見たか。

 どういうつもりだったにせよ、今夜の奇襲は諸々と上手く噛み合ったようだ。

「チッ、そうと分かっていればこっちは柳桐寺に攻め込みでもしたのになぁ」
「そうね。柳桐寺に溜め込んだ魔力もアサシンでは扱えないでしょうし、1対1ならいくらでもやりようはあるわ」

 難しい手段だと思っていた各個撃破も、こうなれば可能だったかもしれない。

 ただこうなってしまった以上、もしもここでキャスターを逃せば葛木は柳桐寺に籠城するだろう。
 マスターが出てこなくなってしまえばもう打つ手はない。キャスターの用意した土俵で戦わざるを得なくなる。

 今すぐ柳桐寺まで急いでもいいがさすがにここからでは遠い。
 キャスターが撤退してきたとき、アサシンとの挟撃を受ける可能性もある。

 ……こちらがそんなリスクを負う必要はないな。
 凛と士郎に任せて、俺は静観に徹するのが賢明か。

「セイバーが動いたわ。死んだわね、あのマス……ター……」
「は? え? はい?」

 共有した視界、そこに映る光景は目を疑うものだった。

 瞬速の踏み込みからの問答無用の一閃。
 キャスターが放つ五指の魔弾をかき消しながら、セイバーは一秒で肉迫した。

 フェンサーの宝具と同じく、不可視の剣によって繰り出された胴薙ぎ。
 それを葛木は上段に腕と下段に脚、構えたその肘と膝で挟み込むようにして止めた(・・・)のだ。

 ただの人間が英霊、それも白兵戦に長けたセイバーの一撃を食い止めるという異常。
 確かにキャスターは次元違いの魔術師だが、人間を英霊に匹敵する戦力にする術などあるはずがない。

 無から有を生み出せないように、基本として魔術とは等価交換だ。
 一概に強化するといっても、既にあるものに魔力によって手を加えることしかできないのだ。
 どんな魔術を受けようとそもそもの地力が違うのだから、人間をどれだけ強化をしようと英霊に並ぶことはない。



 それはつまり────葛木宗一郎は条件次第で、英霊と同等の戦闘力を発揮できるということなのか。



 セイバーの一撃は不可視。それを初見で、避けたのではなく止めたのだ。
 何らかの武術の心得があるのは間違いない。生半可ではない、達人の域に練り上げられた戦術勘。

 そして驚嘆すべきはそれだけではなかった。

「嘘だろ……セイバーがやられてるぞ……」

 左腕が鞭のように撓りながら、肘から拳が飛ぶ。
 最初の一撃を止めたことで主導権を取ったのも大きかったか、その奇怪な業でセイバーを確実に追い詰めていく。

 まるで獲物に喰らいつく蛇。

 剣では防げない。だが鎧すら意味を成さない。
 防ごうとする全てをすり抜け、穿たれる拳は一撃ごとにセイバーを削っていく。

 第三者として離れた場所から見ていても、俺には葛木の業を理解できない。 
 フェンサーの視界を共有しているからこそ知覚出来ているが、もしも自分の目で見ていたならあの拳閃はまるで見えなかったに違いない。

 閃光じみた初動から、さらに変動する拳撃。接近戦の距離では視認すら困難なはずだ。
 一般的な格闘技でも真上に跳ね上がるような上段蹴りは、視界の外から襲ってくるため視認することができない。
 達人は細かな間合いの差や経験則によって対処することが多いが、しかし理解不能な葛木の攻撃は通常の間合いを無視している。

 間合いを読めない、経験したことのない業を躱すなどほとんど不可能に近い。
 それでもギリギリのところでセイバーが踏み止まっているのは、彼女の技能である直感のおかげである。

 なんとか致命打を凌げているが、それも時間の問題か。
 刻一刻とセイバーは削られている。トドメの段階になれば成す術はない。

 そうして──────

「終わった……か」

 首を掴み上げられ、とんでもない速度で塀に叩きつけられる。

 気絶したか、意識はあっても立ち上がれないか。
 詳細は定かではないが、セイバーが行動不能に陥ったのは間違いなかった。

 残るは士郎と凛の二人だけ。
 あまりの事態に呆然としていたようだがこれで決着だ。

 どうあってもあの二人に生き残る道はない。

 葛木とキャスター、相手がどちらか一人であっても容易に殺されるだろう。

「本当に手を出さなくていいの?」
「……ふん、凛の自己責任だよ。惜しい奴らを亡くすとは思うが、それだけだな」

 あの二人に対して個人的に思うところはあるが、ここで死ぬのなら仕方がない。

 間柄で言えば友人といってもいい。そんな二人が今まさに殺されようとしている。
 状況的に難しいこととはいえ、助けようともせずにその死を傍観できるほど薄情な自分に改めて嫌気が差したくらいだ。

 失くすことに慣れたということなのか。
 最も身近な肉親の全てを亡くしている……これ以上の喪失などありえないからこそ、達観しているとも取れる。

 だけど──────



「終わったコトと、終わろうとしているコトは別よ?」



 自身の中の矛盾、齟齬、違和感。
 噛み合わないと感じていた隙間を突くような一言だった。

 終わったことと終わろうとしていること。

 無くしてしまったモノと、まだ手が届くモノは話が違う。

 そもそも俺が無くなったモノに対して、何も感じることがないのは何故か。
 惜しいとは思う。悲しいとも思う。悔しさや苦しさ、辛い感情がゼロなわけじゃない。

 人よりそれが希薄なのは、誰よりも失うことへの理解が深いから。

 無くしたものは返らない……返ってこないのだ。
 取り戻せるかどうかの是非は関係ない。まず取り戻そうなどという気は一切ない(・・・・・・・・・・・・・・・・)
 全く同じ物を手に出来るとしても、無くした物とほぼ変わらない物を用意出来るとしても。

 それはただの代わりであって、無くしたモノそのものじゃない。

 自分の我が儘でそんな代替に手を出すということは、大切だった何かへの冒涜だと信じている。
 無くしたものが大切であれば大切であるほど、その無くしてしまった何かを蔑ろにしているように思うのだ。

 だから本当に俺がしなければいけないのは、まず無くさないこと。

 凛や士郎を失くすには惜しいと思うのなら、助ければいい。
 聖杯戦争に参加しているのだから、いつかは敵として戦わなければいけないとしても、それは今ここで見殺しにしていい理由ではない。

 敵だから憎まなきゃいけないことはないし、助けてはいけないなんてこともない。
 逆を言えば慎二のように、親しい相手でも敵であれば容赦なく殺せるということでもあるだが。

 その後に何があろうと、自分でやったことなら後悔はない──────





「あーもう! フェンサー、灼光の魔丸(タスラム)でちょっかいを……!」
「その必要はなさそうね」
「え?」

 葛藤していた数秒。
 その数秒の間に起きたことは、俄かには信じがたい光景だった。

 葛木宗一郎の魔拳を、アーチャーの持っていた黒白の双剣を以て防ぎ切る士郎。
 数十にも及ぶ連撃を受け、双剣は砕け散ったものの、さすがに警戒したか葛木が退いた。

 一時的にとは言え、死と隣り合わせの局面を凌いだ結果だ。

「なんだ今の、アーチャーから宝具を借りてたのか?」
「違うわね。砕け散った以上本物でもないし、宝具の創造なんて不可能……グラデーション・エアかしら」
「はあ? 投影で現実に映した剣ってことか? そんなの馬鹿げてる、宝具の創造が不可能なら宝具の投影だって不可能だ」
「詳しいところは本人に直接聞くしかないわ。ここからじゃ私にもよくわからないもの。
 それにほら、今のが時間稼ぎになったおかげでセイバーが復活した。あの人間がどんなに鍛え上げられた拳法使いでも、さすがにセイバー相手に二度目はないわ」

 勝機を逸したと判断したか、空間転移でキャスターと葛木は引き上げたらしい。
 今夜の凛の奇襲は失敗だったが、凛と士郎、セイバーを仕留められなかったキャスターも失敗だ。
 ここで二人が死んでいればセイバーとアーチャーの両方を無力化出来ていただろうに、戦局は変わらず…………いや、より深刻化したのかもしれない。

 これで対キャスターに関してはお手上げだ。マスターである葛木宗一郎はもう柳桐寺から降りてこないだろう。
 残る手段は拠点攻めという強硬策しかなく、そうなればセイバーとアーチャーの二人でも苦戦を強いられるだろう。

 いや、二人が無事だったことをまだ良しとするべきか。

「とりあえず、今夜はもうこれ以上の動きはなさそうだな。キャスターも特にダメージを受けたわけじゃない、今から柳桐寺を攻めても効果は薄そうだ」
「また何もせずに帰るのー?」
「仕方ないだろ。葛木が戦闘に優れていることがわかっただけでも収穫だ。後は士郎にあの双剣について聞きたいところだが……」

 そう易々と自身の武器や能力について教えてくれるわけはないな。
 これからまたどう戦局が動いていくかは読めないが、一筋縄ではいかないことだけは確かだ。

 今日はもう引き上げるしかない。

「よし、帰るぞ」

 必要なくなったので視界の共有を切る。

 そうして踵を返すも、まだ夜闇の向こうを見つめるフェンサー。

 これ以上は何もないと思ったが、彼女には何か見えているのだろうか。
 後ろから少しだけ垣間見えた表情は、俺には今まで一度も見せたことのない感情に揺れているように見えた。










「さて、どうするかね……残りはランサーくらいしか詳細不明のサーヴァント居ないしな……」

 凛の奇襲決行を偵察した帰り道。

 霊体化させたフェンサーを傍に控えさせ、暗い夜道を歩いている。
 帰りがてらずっと今後の立ち回りを考えていたが、ライダーが脱落した状況のまま戦局は停滞している。

 サーヴァント数人で掛からなければ打倒困難なバーサーカー。
 とんでもない魔力の貯蔵とアサシンを配下に置くキャスター。
 それに対処するため同盟を組んだセイバー組とアーチャー組。

 よくよく考えれば3つの勢力が、三つ巴の睨み合いになっているようにも思える。

「あれ? もしかして俺とフェンサー孤立気味なんじゃね?」
「現状を単に外側から見るとそうかもしれないわね。でもキャスターを倒せばまた状況は動くでしょう」
「どうかなー。あの二人、なんだかんだ最後まで一緒に戦う気がしてきてるんだけど」
「リンがあっちに行っちゃってご不満?」
「…………おまえはすぐにそっちに話を持っていくな。何だ、生前はロクな恋愛出来なかったのか?」
「え────?」

 あ、なんかきょとんとしてる。
 
 俺の反応が予想外だったのか、逆に自分の事を聞かれるとは思っていなかったのか。
 前にも考えたことはあるが、彼女の生前がどんなものだったにせよ、英霊になるような人間がまともな人生を送ったとはあまり思えない。

 神話や伝説……現世に伝えられるそうした英雄譚は、その主役たる人物の終わりを以て幕を閉じることが多い。
 幕引き自体は死のみであるということはないが、重要なのは彼らが抱く大望や大義を成し終えたかどうかだ。

 総じて未練や無念を残している者ばかりだが、それこそサーヴァントとして呼び出される英霊などその最たる者達だろう。

 聖杯を求めて呼び出される以上、某かの望みを持っているのは間違いないのだから。

「いやな、君色々隠してるじゃん。実は愛する人を~みたいな願いでもあるのかと」
「……いいところを突いたわね」
「え、マジでそうなの!?」

 夢での彼女の過去から察するに、そういう願いであっても不思議ではなかったが…………
 
 召喚してからかれこれ1週間ほど一緒にいることになるが、短い期間ながらそれなりにフェンサーの人柄は把握したつもりだ。
 彼女にとって彼がどれほどの存在だったかは知る由もないが、それでもフェンサーは俺と似たような質だと思っている。

 だからこそ──────

「願いがあることは聞いてたけど、願いが何なのかまでは聞いてなかったな」
「そうね。でも私は誰かを生き返らせたいとか、自分の生をやり直したいなんて思っていないわよ」

 この少女がそんな願いを持ち得るはずがないと、心の何処かで確信があった。

 それは先ほどフェンサーが言った言葉に、自身の根底の価値観を自覚したように。

「無くしたものは戻らない。唯一無二だからこそ大切なのよ。
 終わったコトを都合よく取り繕うのも、過去にしがみついて立ち止まるのも間違っているもの」

 歩みを止めたり、現在(いま)を立ち返るような選択はしないのだと。
 初めて彼女の願いを聞いたときに、想いの成就に聖杯が必要不可欠だと言わなかったのはそういうことだ。

 ならば一層不可解なのはその願いの内容だ。
 聖杯が目的でないのなら、どうしてフェンサーは聖杯戦争に呼び出されたのか。

 それも聖杯戦争の今までのルールを覆す、八騎目のサーヴァントとして。
 少なくとも聖杯戦争に参加することは、彼女の願いを叶える前提条件のはずだ。

 いくら考えても、その願いが何なのかまるで見当がつかない。

「なあフェンサー。結局、おまえの願いは……」
「待ってレイジ」

 急に実体化し、前に出るフェンサー。

 何事かと思い目を向ければ、そこには白い少女が立っていた。
 少女の背後に広がるのは夜の闇ではなく、漆黒の狂戦士の巨大な体躯。

 いつかの夜の焼き直しのように。

 違うことといえば、対峙しているのが俺とフェンサーの二人だけな点か。

「イリヤ、スフィール……」
「こんばんは、レイジ。こんなところで会うなんて奇遇ね?」

 笑顔を浮かべたまま挨拶をしてくる。
 彼女の様子は昼間に公園で出会った時と変わらない。

 無垢な微笑みと無邪気な声は、しかし今の状況では別の色を帯びている。
 天使のようだと例えても遜色ないその笑顔が、夜闇と月光が作り出す陰影により魔性を宿す。

「奇遇、だな。今夜は散歩か?」
「ふふふ。ええ、たまには夜にも出歩いてみるものね。素敵な出会いがあるもの」

 以前から彼女とはやたらと縁があるとは思っていたが、ここでそんな因果を実感したくはなかった。

 公園で談笑していたときとは違う。
 夜半も過ぎた時分、互いにサーヴァントを引き連れ、周囲に人影はない。

 未だ口火を切っていないというだけで、此処は既に戦場だった。

「ルール破りの八騎目(サーヴァント)。聖杯は例外(あなた)を認めているけれど、それほど特別というわけではなさそうね」
「……それがどうかしたのかしら?」

 確かに彼女の存在に纏わる事に関してはイレギュラーなものが多いが、フェンサー自身は普通のサーヴァントだというのは概ね同意だ。
 もしかしたらまだその異常性を隠している可能性もなくはないが、今更常識をひっくり返すほどの隠し事はないはずだ。

「私のバーサーカーに比べれば、取るに足りない存在……セイバーやアーチャーほどですらないわ」
「……………………」

 今のイリヤの発言で、フェンサーがカチンと来たのだけは分かる。
 明らかに戦意が高まったし、指示も出していないのに宝具を武装した。

 だけどここで戦うわけにはいかない。そのことはフェンサーも承知の上だ。
 この相手に正面からぶつかったところで勝機などない。これは如何にして撤退するか、闘争ではなく逃走を選ぶしかない詰みの状況だ。

「見逃してくれる気は……なさそうだな」

 狂戦士はその名に似合わず微動だにしない。己が主からの指示があるまで一切不動。
 あれほどの英霊をバーサーカークラスで呼び出し、完璧に制御していること自体が彼女のマスターとしての技量を証明している。

 無事に逃げられるかどうかは分からないが、進退を誤れば俺とフェンサーはここで倒れることになる。



「それじゃあ────やっちゃえ、バーサーカー」



 月夜に歌うような号令の下、アインツベルン最強のマスターとサーヴァントが進撃を開始した。
 
 

 
後書き
前書きでも書きましたが、不手際による削除により今回はご迷惑おかけしました。
2000字前後、加筆修正した最新話の更新verです。UBWのufo版アニメにあったイリヤの戦闘シーンを見て、急遽導入したプロット追加分が今回の加筆部分と次話になります。

公式があんなことするなら二次創作でもやっちゃっていいよね? ってことで、次回は対バーサーカー(イリヤ)戦になります。 
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