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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  五十話 ヨルノハジマリ

 太陽が沈み夜の闇が大地を覆い夜空に星の瞬く頃、播磨国(はりまのくに)(今の兵庫県)のとある平原に陣が敷かれ松明の明かりが周囲を照らし出していた。
 陣を敷いているのは熊襲(くまそ)の神々であり来るべき戦に備え忙しなく動き回っている。その陣から少し離れた丘の上、半月の淡い光に照らされ佇む壮齢の男が一人。
 森の木々を揺らす風が男の羽織っている白いロングコートを(なび)かせ、その下に着ている灰色の瓢箪(ひょうたん)形フロックコートが月光に照らし出される。
 月光の様な金色の短髪を風に揺らしながら、閉ざされているかの様な細い目を闇の彼方に向け微動だにしない。そんな男に背後から一人の女性が近づいてくる。
 男と同じ灰色のフロックコートに身を包み左腰には七十㎝程の鞘に納められた刀を()いている。翡翠色の瞳には力強さを感じるが全体的に落ち着いた雰囲気を纏っていた。
 微風に揺れる金色のボブの髪を軽く押さえながら男に声をかける。

「熊襲の将軍がこの様な所を御一人で出歩かれては困りますね。……聞いておられますか?日向(ひゅうが)将軍?」

「聞こえている。それに今は二人だけだ、他人行儀に将軍などと呼ばず父と呼んでもいいのだぞ?」

 女性の問いかけに男――――熊襲の将軍 日向 武瑠(ひゅうが たける)は振り返り、口元に笑みを浮かべながらそう言うが、

「二人っきりであっても今は作戦行動中です。貴方は将軍であり私はその配下――――この関係は崩せません」

 女性――――日向 静芽(ひゅうが しずめ)は表情を変える事も無く落ち着いた声音で返してくる。それを聞いた武瑠は苦笑いを浮かべ肩を竦めた――――やれやれお堅い娘だ、と言うように。

「それで将軍はここで何をなされていたのですか?」

「なに大した事では無い。明日……五十年ぶりに矛を交える好敵手に想いを馳せていただけだ」

「好敵手……八坂神奈子ですね。あのような雑魚など将軍の敵ではございません」

 静芽の脳裏に蘇るのは五十年前の戦の事。
 大和の戦力を分断し包囲したにも関わらず、こちらの攻撃を凌がれ結果的に敗北し撤退せざるおえなかったあの時。
 大和の指揮を執っていたのは軍神八坂、最終局面では父と共に直接八坂と刃を交え痛み分けで決着したのだが――――静芽は父である武瑠があの八坂に劣っているなど思っていなかった。

「あのような雑魚、か……だとしたらその雑魚に軍略で敗北した私は一体何なのであろうな?」

 静芽の言葉に武瑠は顎に手を当てながら困ったな、という様な感じでそう答える。それを聞いた静芽は一瞬で顔から血の気が引き大慌てで頭を下げる。

「!?申し訳ありませんッ!!そのようなつもりで言ったのではなくッ!!」

「ハハハハハッ!冗談だ本気にするな」

 頭を下げる静芽に武瑠は笑いながらそう声をかけるが、次の瞬間には表情を引き締めながら、

「私を持ち上げてくれるのは嬉しいが――――敵を侮るなよ。自身は過信に、そして慢心に変わるものだ。その慢心から生まれる驕りは自身及び味方を殺すぞ。敵を侮るという行為は軍を預かる軍神にとっては致命的だ、忘れるなよ」

「……はい、今回の発言を猛省し熊襲の軍神として精進して参ります」

 消沈し力無く頭を下げたままそんな言葉を口にする静芽の頭を武瑠は軽く撫でると、

「明日は軽く大和の軍と一戦交えるぞ、今日はもう休め」

「……了解致しました」

 武留の言葉に静芽は素直に従い熊襲の陣へと戻っていく。その後を追うように武瑠も歩を進めるがふと頭上を仰ぎ、

「さて此度の戦……どう戦況は転ぶかな」

 そんな彼の呟きは夜の闇に溶けるように消えていった。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■





 雲一つ無い晴天の下――――広大な平原で大和と熊襲の軍勢が一進一退の攻防を繰り広げ怒号を発し気勢を上げている。
 小高い丘陵に敷いた大和の陣から、神奈子は一人戦場を遠目に見つめ思案に耽っていた。そんな彼女に天幕から顔を出した須佐之男が声をかける。

「どうしたんだよ神奈子?難しい顔なんかして?」

「……須佐之男、妙だとは思わないかい?」

 神奈子は戦場から視線を外すことなく須佐之男にそう問いかけ、問われた須佐之男は顎に手をやり数秒思案した後、

「……熊襲の連中が軍を強行させてきた割に攻撃が散漫だって事か?」

「そうだよ、強行した割には悠々と陣を構えて攻撃も一当てしたらすぐに引いていく――――まるで時間稼ぎみたいに」

 神奈子の言葉通り熊襲の軍は本格的な攻勢をかける事も無く散発的に攻撃してくるだけ。しかも大和が仕掛けてくれば防衛に徹し戦線をあっさり下げてしまう。

「時間稼ぎね……だったらこっちから一気に仕掛けようぜ!何を企んでいるかわ知らねーがぶっ潰せば一緒だろ!」

 実に須佐之男らしい意見であり単純な戦略で言えば妥当な判断でもある。慎重になりすぎて敵の策を完成させていまえば元も子も無い。

「アンタらしいし有効な判断だけど――――残念ながらその手は打ちたくないね」

 神奈子は苦笑いを浮かべながら須佐之男の意見に反対の意を示す。それに須佐之男は、

「何でだよ!」

「……じゃぁ聞くけど、熊襲の軍が後退したらあんたどうするつもりだい?」

 文句を言った須佐之男に神奈子は真剣な表情でそんな問いかけをしてくる。

「?そんなの追撃するに決まってんじゃねーか?」

「だろうね……五十年前にあたしがそれをやってヘマしてるし何より――――恐らく熊襲の、日向の狙いはあたし達を伊勢から引き離す事なんだと思う」

 神奈子の言葉に須佐之男は自分の行動の迂闊さに恥じ、そして神奈子の推測に耳を傾ける。

「熊襲と鬼の組織が繋がっているかもしれないって報告したろ。だから奴らはあたし等を引きつけその隙に伊勢の都を鬼達に襲撃させようとしてるんじゃないか?って思う訳だよ。今あたし達がいるこの位置が伊勢の都で何かあっても駆け付けられるギリギリの場所なんだよ」

「でもよ神奈子、都には対妖怪の結界があるんだぜ?どんだけ強力な妖怪であってもアレは突破出来ねーよ」

 祖佐之雄の言う通り伊勢の都には対妖怪用の結界が敷いてある。妖怪である以上どれ程の実力者であっても破れない代物なのだ。

「……そうなんだけどね、どうにも嫌な予感がするんだよ。奴らの進行を許した時点であたし等は後手に回ってしまっているんだ」

 神奈子の言っている事はあくまで予感の範疇だ。しかし軍神や闘神の勘というものは得てして当たりやすい、それが軍略に関わるものなら尚更に。
 明確な答えを得られぬまま時間だけが流れ青色だった空に朱色が混じり始めていた。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 輝夜の捜索二日目――――宿で夜を明かし早朝から動き出していたにも関わらず収穫は無く、そして再び日が傾き出した頃、僕は永琳に気になった事を尋ねてみる。

「ねぇ永琳……この探知器って輝夜が近くに居ると教えてくれたりしないの?」

「そんな機能は無いけど――――かなり近づけば矢印が消えるわ」

「……そういう事はもっと早く教えてよ――――まぁいいや、矢印はまだ西を指してるね。この先にある人里は……うわぁぁぁ……」

 次の目的地を確認する為に地図を眺めた僕はその場所を確認した途端げんなりしてしまう。

「どうかしたのかしらお兄様?」

 僕の様子が気になったのだろう、永琳がそんな事を言いながら横から地図をのぞき込んできた。

「……京の都?ここがどうかしたのかしら?」

「……どうもこうもないよ――――単純に馬鹿でかい都だから人探しで行くと思うと嫌になるってだけだよ」

 永琳の問いかけに僕は苦笑いを浮かべて返答する。何回か言った事があるがあそこで人一人を探そうだなんて正気の沙汰じゃないよね。

「まぁ文句を言ってもどうにもならないし問題も解決しないか。今から出発すれば日が沈む前に到着出来る筈だから早く行こうか」

 僕は永琳にそう声をかけ目的地である京の都を目指し空へと飛び立つ。夜が顔を覗かせはじめた空へ――――




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 男は平凡だった。平凡な日常を送る、平凡な家庭を持つ、平凡な村に住む、平凡な幸せを持つ、平凡な生涯を送る“筈だった”――――そんな男だ。
 何時も通りの一日を過ごし、何時も通りの食卓を囲み、何時も通りに就寝する“筈だった”。
 何時もと違うのは夕暮れが近づいていた時刻に山に入ってしまった事くらいか。
 来月の頭には二人目の我が子を授かる予定で名前は何が良いか等と妻と談笑したりもしていた。
 当たり前だと思っていた日常の壁一枚向こうは――――今目の前に見える化け物達が蠢いていると初めてしってしまった。
 息を殺し木の陰に身を潜め木々の間から蠢く化け物達を確認してみる。すでに周囲は薄暗く正確な数は分からないが百は超えているかもしれない。
 森の開けた場所に集っている化け物達は視線をある方向に向けており、そこには――――腰まである群青色の髪、肩を露出している赤黒い道着に朱色の袴を着た身の丈が二mを超える大男、否こめかみから生えている角を見れば分かる……鬼だと。
 その鬼が大仰な素振りをしながら化け物達に、

「さぁてお前ら、待たせたな!戦の前の景気付けだ!好きに暴れさせてやるぜ!」

 鬼の言葉に化け物達が咆哮を上げ森を震わせた。その衝撃で羽を休めていた鳥達や身を潜めていた獣達が一斉に逃げ出す。男もその場から逃げ出したかったが腰が抜けてしまい動けなかった。

「あのウザい大和をぶっ潰すしふざけた神々を駆逐し地上を俺たちの手にッ!!」

 鬼の言葉に再び湧く化け物達。

「それじゃぁ行こうか――――京の都へッ!!」

 鬼はそう叫ぶと暗い朱色の空へと飛び立っていく。それに続く者達もいれば地上を駆けて行く者達もいる。彼らの向かう先ではきっと惨劇が起こるのであろう、しかし男は自分が助かった事に安堵していた。
 人間誰しも自分の事が何よりも大切なのである、自らの危機に見知らぬ他人を心配できる事が稀なのだ。そうそれは常識に近い。
 男が安堵し振り返るとそこには――――二mはあるであろう巨躯を持つ獅子の頭をした化け物が(あぎと)を広げ迫っている所だった。
 平凡な男が人知れず悲劇に見舞われ命を落とす――――これもまた日常に転がる平凡な日々の一つだったのかもしれない。 
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