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ジューン=ブライド

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第一章


第一章

                          ジューン=ブライド
 とある小学校。そこの子供達の言葉である。
「奇麗なんだけれどね」
「そうよね。美人よね」
 誰かについての噂だ。しかしまだその誰かはわからない。
「けれどなあ」
 すぐにこう突込みが入った。奇麗だの美人だのといった褒め言葉が打ち消されてしまった。
「あれじゃない?何か焦ってるっていうかさ」
「焦ってるって言うの?何か困ってるみたいな」
「そうそう、それそれ」
 彼等は口々に好き勝手だが意外と的を得ていることを言っているようだ。子供の言葉というのは実に素直で真実を語るものである。
「何に困ってるの?」
「あれだろ、やっぱり」
 また言葉が交あわされる。子供達のうちの誰か一人が述べたのだ。
「結婚できないことが」
「あの先生独身だったんだ」
「馬鹿ね、それ言ったら大変よ」
 すぐにそう突込みが入った。
「先生気にしてるんだから。もう二十八よ」
 女性としてはかなりいい歳だ。複雑な年頃と言っても過言ではない。そろそろ結婚していたり子供がいたりする。三十という大きなターニングポイントも近付きそれも気になってくる。結婚していなかったり彼氏がいないとなるとかなり焦ってしまう。
「だからねえ」
「わかったよ。やばそうだし気をつけるよ」
「あの先生ヒステリックなところがあるしな」
 そんな話が為されていた。その話の対象は湯川紗江子という。今噂話をしている子供達の学校の先生で実際に二十八歳、整っているがいささかワイルドな印象を与える気の強そうな顔の人で腰まで届くその黒く長い髪もそうした感じだ。整ってはいない切り方が印象的で豹か狼を思わせる。背は高くスタイルはかなりいい。タイトのミニもジーンズも実によく似合う。モデルとして通用しそうな程だ。
 しかし彼女には悩みがあった。二十八歳。その歳なのにまだ結婚していない。それどころか今は彼氏さえいないという困った状況なのである。
「困ってるのよ、本当に」
 隣にいる後輩で同僚の秋月明に仕事の後の居酒屋で話をする。彼は男である。
「どうしたらいいのやら」
 日本酒を片手に持っての言葉である。顔を真っ赤にしてカウンターに昌代と並んで座っている。ピンクのシャツと赤いタイトのミニに素足といった格好が艶めかしい。美人なことは美人である。
「先輩彼氏いたんじゃ」
「別れたのよ」
 その日本酒を一口飲んでから述べる。
「もうね」
「付き合って一ヶ月でしたっけ」
「そうよ」
 憮然として語る。
「詰まらないことで喧嘩しちゃって。それで終わりよ」
「喧嘩の原因は何ですか?」
「詰まらないことよ。私の仕事のこと」
「先輩のですか」
「そうなの」
 自分でコップに酒を注ぎ込みながら語る。彼女の側には一升瓶が置かれている。烏賊ゲソを焼いたものをつまみにしながら飲んでいる。
「仕事を辞めて一緒にならないかってね」
「いいんじゃないですか?」
「よくないわよ」
 憮然としてそれを否定する。
「仕事を辞めたくないのよ。好きな仕事だから」
「先生の仕事がですか」
「ええ」
 紗江子は生徒達からも父兄からも評判のいい先生である。明るくて面倒見がよく公平に接するからだ。簡単なようで意外と難しい。そうしたことができる先生なのだ。
 その紗江子が今ふてくされ気味で飲んでいる。その理由は至ってありきたりというか何処にでもある話であるが今の彼女にとってはそうではなかった。かなり真剣な顔であった。
 彼女は今とにかく不満であった。それがもとで別れることになったから当然と言えば当然であるがそれでもふてくされないわけにはいかなかったのである。
「仕事もそっちも両立させたいのよ」
 彼女は言う。
「何があってもね」
「そうなんですか」
「そうなの。確かに誰かに側にいて欲しいけれど」
 一旦顔に憂いを浮かばせる。しかしそれは一瞬ですぐに元のふてくされた顔に戻る。その顔で言葉を続ける。止まらない感じになっていた。
「仕事もね」
「真面目なんですね、先輩って」
「そうでもないわ」
 それは否定する。
「だって。やりたいことをやってるだけだから」
「そうなんですか」
「そうよ。私はしたいことをしてるだけ。それだけよ」
 そう言うのだ。言いながらまた酒を飲む。もうかなり飲んでいるがそれでも飲み続ける。真っ赤な顔と酔った目が艶やかであるが彼女は意識していない。
「けれどそれでもいいと思いますよ」
「いいの?」
「ええ。だってそれが他の人にも先輩にもいいことになってますから」
 明はそう彼に述べてきた。彼は学校では優しくて大人しい先生として知られている。だから紗江子もこうして話をしているのである。所謂話し易い存在ということだ。
「いいと思いますよ」
「そうなの」
「そうですよ。だからこのままいけば」
「そう言うのなら」
 彼女も悪い気はしない。むしろその気になってきた。それが彼女の気持ちをいささか楽にさせた。楽になったところでまた一口飲む。それからまた述べた。
 
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