クルスニク・オーケストラ
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第五楽章 ポインセチアの懐中時計
5-4小節
……ふう。ちょっと熱くなりすぎてしまいましたね。
「ルドガー、だいじょーぶ?」
「ナァ~」
「はっ…はっ…くそ、負けたぁっ」
尻餅を突いたまま、ぐでっと座り込むルドガー。息は荒くて汗まみれ。
エルちゃんと猫さんが心配そうに寄り添っています。Dr.マティスたちも。ふふ、ともだちいっぱいで微笑ましいこと。
「よろしいのですよ。最初はそのくらいで。むしろ負けられる時は徹底して負けて恥を掻いておきなさい」
厳しさの中にも社会人としての心構えを織り込む。貴方のお兄様の真似ですのよ。
「ユリウスに比べれば、まだまだか――」
ですわね。でも善戦したほうですわ。たったこれだけの時間で、通常時と変身中の動作のブレを、こちらが教えるまでもなく修正しきったんですもの。
わたくしでさえ、初期は変身して跳ね上がったスペックを使いこなすのに手こずったというのに。
「ジゼル。もういいぞ。下がっていろ」
「はい、社長」
変身を解く。常磐緑の髪は黒へ。服装はいつもの改造制服へ。
降りて来ていたヴェルが社長の横に戻ってきました。わたくしはヴェルのさらに横に並びました。
「何でルドガーにこんな力が?」
「ルドガーが、クルスニクの末裔だからだ。その時計、一族に代々伝わるそれが、変身の鍵となる。今までお前の時計は、ユリウスが使っていたようだがな」
社長がルドガーたちを前にクルスニクの説明に入られました。今ならちょっとくらい。
(ヴェル、そんな悲しそうな顔しないで? わたくしはまだ大丈夫よ)
ヴェルはちょっとむくれて(と言っても知らない人には無表情にしか見えないでしょうけれど)、答えてくれなかった。心配してくれてるからだと分かっていても、ちょっと傷つきます。ヴェルはわたくしのたった一人の女友達なんですもの。
「骸殻は一族に与えられた――いや、かけられた《呪い》だ。同時に、人間に残された最後の武器でもある。お前なら、使いこなせるはずだ」
ルドガーが自分の懐中時計を見下ろす。困惑と猜疑と、期待。織り交ざった表情ね。骸殻に初めて目覚めた探索エージェントは、戦闘訓練を終えて皆が皆そんな表情をしていた。入社以来、何人見てきたかしら。
「新たな分史世界が探知され次第、連絡を入れる。それまでは休むがいい」
ビズリー社長は地下訓練場を一足先に後にされました。
ルドガーたちもDr.マティスたちといくらか話して帰ろうとしたようですが、そのタイミングで彼のGHSが鳴った。当然、ルドガーは電話に出る。
『ちょっとルドガー? こんなこと言いたくないけどさー。ビミョーに返済サボってない? マメじゃない男子はもてないよー』
ルドガーの電話、誰からかしら? それはともかく。気になって隣のヴェルにこっそり囁く。
(ねえヴェル。どうしてGHSの相手の声がわたくしたちまで聞こえるのかしら)
(ハンズフリー機能を切り忘れたみたいね。それにしてもノヴァったら……)
ヴェルは頭痛でもするように頭を押さえた。
ヴェル本人の申告によると、彼女にも社会に出てからの女友達はわたくし一人。つまり、こんな可愛いヴェルだって、わたくしの独り占め。ふふふ。あげなくてよ?
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