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戦国†恋姫~黒衣の人間宿神~

作者:黒鐡
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二十三章
  武田勢の出陣と長尾勢の行軍

光璃が御旗・楯無に宣言した四日後は、あっという間にやってきた。

「なんか、静かだな」

「そうですね・・・・」

躑躅ヶ崎館の庭の端、辺りを見回せる位置に立っていた俺の言葉に遠慮がちではあるが相槌をしてくれたのは、傍にいた詩乃の声だった。庭に一万五千の兵がいるわけではない。それでも詩乃たちが初めて躑躅ヶ崎の上段の間を訪れたときと同じぐらいの将は揃っている。最も俺は外からの不法侵入であったけど。将たちは庭に平然と集まっていて、ざわついた様子もなく光璃の登場を待っていた。彼女たちがどれだけ、今から川中島に挑むのかは知らんが。まあトレミーからの報告によると、川中島上空にゲート反応が微ではあるが反応はあると。

「・・・・来たよ、お兄ちゃん」

隣にいた薫の呟きに従うように、沈黙のさらに上と言う沈黙という緊張感というのが上書きされていく。まあ俺はいつも通りにしているけど。

「・・・・・・」

その源となるのは、館の奥から姿を見せた光璃だ。光璃はいつもの言葉をかけることもなく、じっと庭の将を見つめていた。

「・・・・ふむ、なかなかのプレッシャーだな」

カメラ越しではあったが、初めて見たときとは違う何かがあった。辺りに及ぼす視線の強さは、変わらない様子ではあった。

「我らが主に代わり、聞きやがれ!甲斐、信濃の勇者たちよ!」

無言の光璃の代わりに辺りを揺るがすのは、彼女の傍らに歩みを進めた、武田の親族筆頭である夕霧の叫びだ。

「甲斐を治めし武田が下の、一騎当千、侍魂、うちてしやまん、長尾景虎!今こそ、武田が名を日の本中に広めやがるですぞ!」

それに応えるように返された居並ぶ将たちの力いっぱいの叫びに、今まで沈黙と静寂を強要されていた空気が、振動するかのように伝わってくる。光璃の沈黙からの解放という感じではあるが、雄叫びならこちらも負けないが今は控えておこう。

「・・・・凄いですねっ」

「そうだな・・・・」

耳を押さえて顔をしかめている雫に、俺は苦笑いで答える。ここまでの気合が入ったやり取りは、俺の知る限りは森一家に松平衆、眞琴の浅井衆ぐらいか。

「静まれぃ!」

数百の将の叫びを一喝したのは、光璃の傍らにいる夕霧と反対側にいる春日の声だった。四天王筆頭の一喝は、先ほどまで自由奔放に叫んでいたのが収まったので幻聴のようだったが一瞬で静まりかえる。

「それでは拙より陣立てを発表する!」

気合の入った大歓迎のあとの無音状態。叫びの残響はあるが、拡声器で喋っているような感じだったからか俺は慣れているようだったけど。詩乃と雫は耳を押さえていた、まだ幻聴みたいなのが聞こえるようだ。この庭にまだ熱気はあるけど。

「先手、山県昌景と赤備え衆!その力を持って越後の陣を切り裂け!」

「了解だぜ!」

「後備え、内藤昌秀!兵の口を賄え!飢えさせることまかりならん!」

「全力を尽くします」

「右翼、一門衆筆頭、武田典厩信繁!機を見て、敏に動け!」

「任せやがれです!」

「左翼、高坂弾正昌信!此度は本陣警護ではなく、戦場にてその知勇を存分に振るえ!」

「御意なのら!」

「中備え本陣、不肖ながら拙、馬場美濃守信房が承った。お屋形様、薫様、ご存分にお使いくださいませ」

「よろしくね、春日!」

「・・・・・・・」

春日の言葉にも、光璃は口をつぐんだまま。それを認めるかのように、小さくこくりと首を縦に振るだけだった。

「これにて陣立ては済んだ。・・・・先手大将!」

「応!」

「世に天に!武田の勇を打ち立てぃ!」

「うぇい!野郎ども、旗たてろーぃ!」

荒々しい粉雪の声に青い空に翻るのは、武田信玄を象徴するに相応しい、孫子の一文から抜き出した十四文字の文言だった。

「武田が指物風林火山!あたいら赤備えが川中島に風火を起こす!野郎ども、あたいについてくるんだぜ!お屋形様ぁ!」

「・・・・・・」

粉雪の言葉に小さく頷いた光璃が、ようやく一歩を踏み出した。一歩が踏みしめられた時には、粉雪の巻き起こした風火は林のように静まった。口を開く時には、辺りは山のように動かずにまるでが停まったかのように静寂が支配する。

「御旗、楯無も御照覧あれ。長尾の手より一真を守り、駿府から鬼を追い払う。それを武田の宿願とする」

「先手山県、出陣せぃ!」

再び風のように迅速に巻き起こす風のように起こる歓声と、火のような熱気を撒き散らしながら、武田の勇将たちが、躑躅ヶ崎館を出立していく。そして武田が出陣をしている間に長尾勢は川中島を目指していた。

「相変わらず遠いっすねー。川中島」

「武田はウチより遠いんだから文句言わないの。宇佐美の代わりに城に残っても良かったのよ?」

宇佐美定満・・・・上杉四天王と呼ばれる内の一人。景虎の片腕を務めるも、高齢のため隠居状態だったりする。

「えー・・・・留守番は勘弁っす」

「妻女山までもうすぐ」

「それでも行軍速度は歩きでも向こうの方が早いんですから・・・・やはり越後も、もっと街道を整備するべきでしょうね」

「よそはよそ、ウチはウチ。・・・・そういうのは、身内の平定が終わってからよ」

「・・・・グダグダじゃな」

「日の本中をグダグダにしてる人に言われたくないわ」

「・・・・先の戦は余のせいではないわ。余も迷惑しておる」

「親の因果が子に報い・・・・」

「百年も前の事など知ったことか」

「・・・・足利の家祖・源義康様よりは随分と近いように思いますが?」

「・・・・うるさいのぅ。もっと前の先祖のことなど、なお知らんわ」

「先祖代々の血縁を売り物にする将軍家の言って良い台詞ではございませんなぁ」

「はいはい。・・・・とはいえ、そろそろ向こうも出立してる頃かしらね」

「軒猿の報告だと、そんな感じっすねー。本隊はいつもみたいに、若神子城に揃えているみたいっす」

「思ったより反応が早かったですね。兵糧も余分に使わずに済みますから助かりますが・・・・ここまで反応が早いのは少々気味が悪いです」

「海津の婆ぁのせい」

「噂に聞く、真田の一徳斎殿ですか」

「ええ。あの一族はほんと、やらしい奴らが揃っているのよね~・・・・むかつく。海津城を囲む時間くらいあるかって思ったけど、それもなさそうだし」

「今城攻めに入ったら、調子出てきた頃に武田の本隊に後ろから叩かれそうっすねー・・・・で、どうするっす?」

「どうしましょ?」

「なぜ余にふる?」

「始めは乗り気だったのに、この間から不機嫌そうなんだもの。・・・・心変わりでもした?」

「・・・・実はな」

「なんかあったんすか?」

「ひよところに怒られた・・・・」

「・・・・・・・・・・・ぷっ!」

「・・・・貴様のせいだぞ、虎猫め」

「あははははっ!だって!だって!当代の公方なのに、あの二人に怒られたって!ぷはははははっ!」

「現役の公方様を怒るだなんて・・・・」

「秋子もよく怒る」

「公方様に怒ったことなんてないですー!」

「で、公方様は何したんすか?つまみぐいでもしたっすか?」

「つい先日、小波から連絡があってな。主様からの連絡だったのだろう、こちらに何度も呼びかけておった」

「無視する約束だったでしょ!こっちもあの袋、全部箱に入れて荷駄隊に持たせているわよ」

「・・・・分かっておる。余も知らぬふりをしていたが・・・・それをひよところにうっかり伝えたら、ものすごく怒られてしもうた」

「一真隊の全員からもあの袋、上手いこと言って取り上げたものね」

「策があると言うてな。じゃが、それも返せと言われた。・・・・返してよいか?」

「ダメに決まっているでしょ。あんなもの使われたら、こっちの策なんて筒抜けじゃない。飛び加藤や一真どころの騒ぎじゃないわよ」

「それで不機嫌なんすか?」

「不機嫌ではない。落ち込んでおるだけだ」

「え・・・・それで落ち込んでるんすか!?」

「いつもと同じ。偉そう」

「偉そうではなく、偉いのだ」

と幽が気遣いなくと言った瞬間に一葉の後ろから空間が歪んだようになってから、ハリセンと腕が出てきたら、速攻でハリセンの音がなった。

『パシイィィィィィィィィィイン!』

となった音は何やら懐かしい音だったと共に空間から小型の鳥みたいなのが出てきた。

「いったぁぁぁぁっ!この感触はまさか!主様か!」

「ようお前ら。久しぶりだなと言っておく」

「鳥が喋った!」

「あなたは一真の何?」

「そういえばまだ自己紹介していなかったな。俺の名はドライグ、赤い龍ドライグだ。相棒の使者として来たわけよ。それと一葉よ、そんなことで落ち込んでる暇があれば、前へ向けと言っていたな。それと今後のために言っておくが、二条のときのアイツらが来るからもし来たら即刻逃げろとの相棒から推測と予報だ。二条のあれと言えば分かるよな?相棒が散々殲滅してきたアレだ。じゃ、俺は相棒が言ってたのを伝えたんで相棒のとこに行くぜ。じゃあな!」

と言って、空間の中に入ったドライグと名乗った龍は消えたあとに。一葉は地味に痛そうにしている間に、向こうはどの程度兵を用意するかを聞いていたようだ。こちらが八千ならあちらは一万五千なのではと。それに小波のお家流がなくとも、会話は聞こえる。根拠は光璃も美空も相手の癖を知っているからなんだと。

「まだじーんとするが、見抜いた割には少ないの。倍おらんではないか」

「一真のあれは経験しているから分かるわ。それに一万五千はまともにとらえて一万五千ではないから」

「さすが一真様のあれはもう畏怖しておりますな。当代最強と言われる武田軍団故に、ですか」

「最強は越後っす!」

「まあそんなとこね。こっちも指揮でうまく翻弄してやるけど」

「劣勢の割には随分と楽しそうじゃな」

「当然じゃない。八千と一万五千の戦いとか、燃えるでしょ?」

「酔狂な」

「あら。人のこと言えるの?公方様」

「ふむ。そう考えると、何やら楽しくなってきたの」

「・・・・と、なにやら物騒な話をやっておりますが。この戦いの意図をお忘れなきように、公方様」

「忘れてはおらん。主様に折檻を・・・・・」

『パシイィィィィィィィィイン!』

とまた後ろから叩かれた一葉であったが、今度はドライグじゃなくて一真の声だった。そしてハリセンと説教をし終えると、今度は美空にも言った。

「一葉と同じように言うが、そちらの本当の作戦。忘れるなよ?忘れたら神の審判が下ると思え」

光璃を泣かしてごめんなさいとか、武田を泣かすとかだったので、長尾勢はハリセン叩きのセールとなった。そしたら松平の遣いを名乗る者が美空に書状が来たのは説教を終えてからだった。

「もらおう。・・・・二通あるわね。こっちは、公方様宛てですって」

「葵が余に用などなかろうに。越後におる間も使いの一つ寄越さなんだぞ?」

「何が書いてあるんすか?」

「ただの礼状よ。『遠回りで大変でしたが無事に三河に着きました、ありがとう』ですって。・・・・飛騨を通れなかったのは私のせいじゃないっての。むかつく」

「この前、越中を完全制圧出来ていれば、飛騨の姉小路は絶対に越後に尻尾振ってたっすよねー」

「越中が取れなかったのも、飛騨が武田に尻尾振ったのも全部あのバカ姉のせいよ」

「まあ、帰って良いならさっさと帰せ、と思っていたのでしょうし。嫌味の一つも言いたい所だったのでは?」

「それだって元を辿れば春日山で騒ぎ起こしたバカ姉のせいじゃない。知らないわよ。・・・・そっちは?」

「ふむ。なかなか面白いぞ。読んでみるか?」

「またあいつ?何度も手紙寄越してきて、マメねぇ」

「面白いとおっしゃいますと。それと一真様の気配は感じませぬな」

「・・・・ザビエルとやらの本性が、ぼんやりとではあるが見えたらしい」

「ひょっ?葵殿が、そのような・・・・?」

「あれではない。あれの遣いに便乗した、ちゃっかり者がおるのだ。相変わらず、抜け目のない奴よ」

「・・・・そっか。こっちに来るんだ、アイツ。前の時はそんなこと言ってなかったけど」

「あれも気まぐれ故にな」

「・・・・どうやら、川中島で戦う理由が一つ増えたみたいね」

「むしろ、それに乗る気で手紙をしたためたのであろう。詳しくは書いておらんが・・・・今回の件は良い目くらましになるであろうて」

全力でやっていいすかとか言っていたようだったが、アイツってもしかしてと思いながら長尾勢の会話をこっそりと聞いていた俺。俺と言うより、優秀な偵察機とトレミーのお陰で聞いている。この事は俺だけ知っているし、武田や詩乃たちには知らされていない。それにしても松平衆が三河に着いたのは、森親子が立派に役目を果たしたようだったけど。 
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