Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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序章
03話 黄泉還り
異形達の骸と、衛士の墓標である戦術機の残骸が散らばる戦場跡。
其処に五摂家の証である蒼を纏った武御雷が居た。
『―――』
『恭子様やはり……』
蒼き武御雷に随伴する山吹の瑞鶴、それを駆る一人の少女が居た。
瑞鶴のメインカメラを巡らせる……生存者どころか、彼らが乗っていた不知火の残骸すら数が合わない。未発見の残骸を含めても圧倒的に数が足りない。
そして、所々穿たれたクレーターは彼らが最期にS-11の炸裂にてBETAを道連れにし時間を稼いだことを知らしめる。
『分かっているわ……それでも、せめて骨を探すくらいしてあげないと顔向けできない。』
『――――はい、』
山吹の瑞鶴のコックピットで、少女 篁唯依は噛みしめるように肯定した。
大陸からの浸透上陸した個体数2万超えのBETA相手に猛戦し、文字通り全滅した中隊―――彼らはその命を対価として、斯衛の責務を果たしたのだ。
その結果、帝国軍は多少のシコリは残すものの再編に成功し出雲の奪還を成功させた。
そして残敵掃討を兼ね彼らの反応がロストした場所に訪れたが結果はその凄惨さを目の当たりにするだけ。
自らが幼少より良くしてくれた姉でもあり主でもある嵩宰恭子を救ってくれたことには素直に感謝の念があり、自らの命を惜しまず仁を尽くした彼らの貴き挺身には尊敬の念もある。
だけども――この状況では骨すらまともに残ってはいないだろう。
『―――これは!ホワイトファング2からホワイトファング1へ、生存者を発見しました!』
そんな時だった、副官の雨宮からの通信が飛び込んできたのは。
―――そしてこの瞬間、歴史が動いたという事を篁 唯依は知る由も無かった。
「此処は……」
不意に気付くと自分は朱い道を歩いていた。
無数の彼岸花で彩られた赤い道、血に染まる花、炎に包まれる花。
命の花が咲いて、散る。
散りて舞う花弁―――まるで狂い咲きの桜花の様。
青白く揺れる玉響――まるで蛍が宙を舞っている様。
朱と蒼の二色の燃ゆる蛍火が命を散らす輝きにて道を照らす、闇路を照らし出す。
其処に在るのはただ、ただ血塗れた路。
血と肉と骨と、火と鉄と―――骸で舗装された道だった。
己はその道をただ歩いてゆく。……暫くすると彼岸花が咲き乱れる橋があった。
丁度いい、喉が渇いた。酷く――川の水で喉を潤おそう。
骸の道から外れ、川岸へ―――その川に流れるは水ではなく、鮮血だった。
ふと血の川を流れる水面に映る自分が視界に映った―――その姿は人ではなかった。
朱く揺れる其処にはただ、一匹の修羅の姿。剣の鬼が居た。
「ははは……!」
渇いた笑みが零れた。
仏様やら神様とやらの価値観は全く分からないが、どうやら自分はその観念では既に人ですらないらしい―――いやはや、全くの同感、否定の余地は微塵たりとも存在しない。
躊躇なく、血の川から紅を掬うとそれを喉へと流し込む。人ではないのなら血を啜る事に戸惑いを覚えるのは可笑しい。
熱い、焼けるように熱かった。五臓六腑が焼けただれるような錯覚すら覚える。
しかし、渇きは僅かなりとも癒えた。口元を拭い、そして立つと血の川に掛かる橋を見つめた。
「ま、地獄の沙汰とやらを素直に受けるとするか、金もない次第だしな。」
自分の皮肉に苦笑すると骸の道へ戻る……周囲には無数の石が積み上げられた墓標があった。
恐らく、親より先に逝った子供たちが積み上げた石なのだろう。――既にいないという事は親が追いついたか、己には見えないだけのどちらかだろう。
そしてどうも自分も本来は積まねばならない筈だが、どうやら例外らしい。
一歩一歩。踏み進んでゆく。屍のけもの道を歩み、そして三途の川の橋に足を踏み入れようとした―――そんな時だった。
「――――?」
足を止める、何かが聞こえたような気がしたからだ。
「……泣き声?」
後ろから聞こえて来た、心を磨り潰すようなそんな嗚咽交じりの誰かが涙する声が聞こえて来たのだ。
振り返りそうになる――がそれは思いとどまる。
自分に、誰かの心を救える訳は無いのだ。己は只一振りの剣―――兇器に過ぎぬ。
刃では誰かを害する事が出来ても救う事なんぞ出来るわけないのだ。
兇器では涙をぬぐう事出来る筈もない。
瞳を閉じ、心を静かにし思う……其れはきっと、別の誰かの役目だ。
「どちらにしても―――もはや死人の俺には関係のない事だな。」
瞳を開き、三途の川の渡し橋を見やった――――そこで眼前に広がる目を閉じる前とは違う光景に瞠目する。
無数の屍たちが立ち塞がっていたのだ。見覚えのある貌、無い貌様々な面々だ。
「……本山、安芸、大平さん…津野―――」
皆、先に逝った戦友たちだった――他にも守れなかった民たちが一様に自分を見つめていた。
屍たちが己の逝く手に立ちはだかる―――その命亡き眸で彼らは訴えてくる。
ただ死に逝くには早いと。
それは怨嗟か、怨讐か、呪詛か。
否、いずれも違った。骸が手を差し出した、其処に握られているのは一振りの剣。
鞘も鍔も刀身も刃金もすべてが夜闇のような漆黒の刃。
漆黒が他のすべてをぬりつぶす色であるがために、その刃には一点の穢れも無い。
其れは――無垢なる刃だった。
命亡き眸が訴えてくる。其れは声なき哭き声。
それは決して消えることない声。それはどんな存在であっても消せない声。
想いの限り、力の限り、存在の限りに訴えてくる。
―――剣を執り戦えと。
涙を止める為に、血を止める為に―――誰かを守る為に。
「―――俺に戦えと云うのか。」
骸たちが一様に首を縦に振った。
「執るに足らない“矜持と名付けただけの見栄”と、ただの強さだけを求める俺には其処までして戦う理由がない―――理由がないと闘えない。」
いつの間にか開いた古傷から血を絞り出すように口にしていた。
何時の頃からだろう――気づいてしまったのだ。
自分は決して武士には成れないと……武士とは守る為に戦うものだ。
信念、矜持、愛しき者、主君、誇り……その何かしらを守る為に戦う者こそが武士なのだ。
自分にある強さだけへの渇望では武士には成れないのだ。
そうだ、自分は武士という強者に憧れただけの偽物に過ぎないのだ。
だからこそ、口では幾ら言っても所詮己は修羅に過ぎず、武士ではない。
武士の偽物に過ぎないのだ。
本当に守るべき、己にとっての正義を欠く武士は武士じゃない。
そう、必要なのは己にとっての正義。大衆受けする耳触りのいい大義ではない。
真の強者とは、強者に憧れた時点で強者ではないのだ。
英雄になろうとしたものが英雄足りえないように、強者は強者になろうとしたものがたどり着ける物ではない。
---そして、正義はどれだけ探しても見つけることが出来なかった。
「俺は武士になりたかった。何かを護る為に戦う、その在り様が綺麗だったから憧れた!
だから走り続けた!強さを求め、武の頂を目指し続ければやがて、やがて何時か見付けられるんじゃないか……そんな幻想を信じて。
しかし、そんな紛い物では―――元より何を守るか、それすらも定まらない………!」
順序が逆だったのだ―――。
始めに守るべきものがあり、それを守る為に見合う強さと志を持つものが武士となるのだ。
自分には、その護るべき何かが無かった。
他者が己の武力・武術を賞賛しようともそれは全くの意味を持たず。
目的も無く、ただただ力を求め狂ったように修練を積み重ねる自分を周りの者はまるで修羅、剣鬼の様だと言った。
その評価に間違いはない。何しろ自分自身でそうだとしか判別が着かないのだから。
「結局、俺には見付けられなかった―――自分のすべてを賭して護りたいモノが。」
口惜しさが胸を占める。
絶望だ、己は死の最期にて未練が無かった――この世に執着を見いだせなかった。
だからこそ、現世に何の未練も執着も無い。
家の事は弟たちが何とかしてくれるだろう、皆俺よりも優秀な奴らだ。
俺のような人間としての欠陥品の兄を持ち苦労させた。しかし、立派に柾の家を守ってくれるだろう。
だが、武士に成れなかったという残念が一抹の未練となる。
『ならば何故―――』
喋ることなど無い筈の骸が喋った。
『お前の手はそんなにも固く、握りしめられている。』
言われてはじめて気づく。
自分の拳が流血が滴るほどに握りしめられているという事に。
赤が零れて屍の道に染み込んでゆく。
―――ああ、自分は斯の黄泉路に聞こえてくる泣き声を耳にひどく憤っている。
何故だろう、こんなにも心がざわつくのは
何故だろう、こんなにも心が波立つのは
何故だろう、こんなにも心が逸るのは
こんな声を聴きながらでは……死んでも死にきれないではないか!
誰かの泣き声、誰かの叫び声
そんなのは聞き飽きたはずだというのに―――何故、こうも心が荒ぶる。
そんなのは分かり切っている。
この胸糞悪い感じはいけない、断じて許容できない!!
腸が煮えくり返る、先ほど血の浅水を啜った時とは比べ物に成らないほどに熱くて堪らない。
“征け”―――骸が再び剣を差し出す。命亡き眸でそう言っていた。
「———いや、それは俺ではないほかの誰かで十分だろ。俺である必要性がない。」
「君はそれでいいの?」
「———!!」
骸の中に絶対に忘れられない女が居た。骨すら拾ってやれなかった彼女が死人の肌白さで其処にいた。
「此処でこっちに来たら、君は後悔し続ける。本当にそれでいいの?」
「誰かの泣き声なんか、もう聞き飽きた。俺がどれだけ悲鳴を踏みにじってきたか……全てを救うことはできない、多くの人間を救う陰で少数には絶望を抱かせたよ。
そんな俺が、たった一人のために動いていい理由はない……お前すら愛せなかった俺にはそんな資格はない。」
大を救う為に小を切り捨てた、すべてを救えないながら最善を尽くした。だが、己が救わなかった、守らないと決めた人間がいたのは事実。
見捨てた人間がいる以上、その死を背負わねばならない。貫き通さねばならない筋がある。道理がある。
「ううん、そんなことないよ。」
「………何?」
「私、幸せだったよ君にちゃんと愛してもらえて。死にたくないって思えながら死ねるのって本当はとっても幸福なことなんだって最期に教えてもらえた―――だから、君は未だこっちに来ちゃダメ。
………死にたくないって思えるようになってから、それがこっちに来るための最低条件。」
彼女の気持ち、言葉が痛い。そうだ、いつも彼女はこちらの心を揺り動かす。
(俺は、死にたいと思っていたのだろうか……?)
彼女の言葉に自分の心を初めて振り返る、死ねないと思ってはいた。だが生きたいと思っていただろうか―――
いや、俺は死に場所を探していた、どうすれば一番気持ちよく死ねるかを探していた。
だが、そんな人間には安らかに眠る資格すらない。
生と死は表裏一体、コインの表裏でしかない。
どう死ぬかというのは、どう生きるかという事でもある。————俺は機械的に責務を果たすだけで、真剣には生きてはいなかった。
そうするしかなかった?
そんなのは言い訳にすらならない。
「良いだろう――俺は此処に来るには幾分早すぎたようだ。」
「うん、私はずっとここで待ってるから―――頑張って。」
「ああ、お前にそう云われれば応えん訳にはいかんな。」
骸が向ける漆黒の剣を執る。そして、来た道へと踵を返す。
逆風が顔に叩きつけられる。
眼球が頭蓋にめり込みそうな程に強力な暴風だ―――しかし、向き合った為か泣き声はより鮮明に聞こえてくる。
今征こう―――己は黄泉比良坂を死に向かう圧力に逆らい駆け出した。
『―――隊長、我々の誰もが貴方こそが真の武士であると……今でもそう思っています。』
風の狭間で声が聞こえてくる。
斯衛の多くが下級武家の子女を徴収し、武御雷とそれを駆る精鋭を育成するまでの繋として子供らを使い捨てにし、更に薬物や催眠暗示を使い物にするための臨床データを得るためのモルモットとして扱った。
そして、京都大火の折にはそんな彼女らを帝国軍・米軍・国連軍の三軍とシコリを残すと見捨てた政威大将軍。
格式と伝統に胡坐を掻き、自らに仕える武士たちを貴き責務と、死を美化して闇雲に死地に追いやるだけ。
事なかれ主義の下、責任を取りたくない責任者たちが溢れる国と武家。
本当に剣を捧げるべきモノなのかと多くの斯衛の衛士は疑問を感じ始めていた。武家の長で在るはずの将軍が率先して兵をモルモットにし、見捨てたのだ。
そして、そんな使い捨てられた者たちを辱め物にするマスコミと大衆に評論家ども――――腐っている、斯の国の何処に本当の武士がいるッ!!!この国の何処に忠を尽くす価値があるっ!?
そんな憤りが己たち前線の斯衛たちにはあった。
『隊長、我々は貴方が自分で真の武士として胸を張り、誉れある武人としての最期を迎え、我らの死を無碍に為さらない事を望みます――――』
「ああ、承知した――俺は剣と心してこの人生を戦い抜こう。」
遥か死の彼方へと消え逝く声に、俺はそう答えた。
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