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石榴の種

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1部分:第一章


第一章

                        石榴の種
「愛が欲しい」
 彼は地の底でいつもこう思っていた。
「愛が欲しい。何故私にはそれがないのだ」
「ハーデス様、愛がですか」
「愛と仰いますか」
 玉座に座るその黒い髪と目を持つ男に左右から声がした。それぞれ金色の髪と瞳、銀色の髪と目の男達だ。若く美しい顔立ちの彼等がその整っているが暗い顔の男に対して声をかけたのだ。
「ではお妃をでしょうか」
「お妃を望まれるのでしょうか」
「ヒュプノス、そしてタナトスか」
 その男ハーデスは二人の名前を呼んだ。彼は冥界を治める神でありこの世界の主だ。天界はゼウスが、海界はポセイドンがそれぞれ治めている。彼等は兄弟でありそれぞれ世界を分け合っているのである。
「そなた達か」
「はい、左様です」
「我々です」
 彼等もその通りだと返す。ハーデスの傍に忠実に控えている。冥界の神々の中で彼等がハーデスの第一の側近なのである。
「それでハーデス様」
「お妃を望まれるならですが」
「どうすればいいのだ?」
 ハーデスはそのことについて具体的に尋ねた。
「それでだが」
「まずはゼウス様にお話してみてはどうでしょうか」
「あの方に」
「ゼウスにか」
 ハーデスはゼウスの名前を聞いてだ。その顔を考えるものにさせた。そのうえでの言葉であった。
「我が兄弟にだな」
「あの方はそういうことなら得意ですし」
「他の神々の追随を許しません」
「そうだな」
 それはその通りだった。ゼウスといえばである。そうしたことが何よりも得意ということであまりにも有名な神だ。決していい意味とは思えない意味である。そうした神であるのだ。
 だからだ。タナトスとヒュプノスも彼の名前を出してだ。そのうえで主であるハーデスに対して話したのである。
 そしてだ。ハーデスもここで頷いたのである。
「わかった。それではだ」
「そうして頂けますか」
「わかった、それではだ」
「はい、すぐに」
「そうして頂ければ」
 こうしてハーデスはゼウスと会うことにした。自らオリンポスに出向きだ。その白い髪の厳しい顔をした男に会った。顔は整っていて若いがそうした顔である。
 ハーデスはそのゼウスと会ってだ。まずこう話した。
「妻が欲しいのか」
「そうだ」
 まさにそうだというのである。
「愛を欲しい」
「愛なぞ幾らでもないか?」
 ゼウスは己の兄弟に返した。何でもないといった口調だ。
「それは」
「そちらにはあってもこちらにはない」
 だがハーデスの返す言葉はこれだった。
「残念だがな」
「冥界にはないか」
「天界にはあってもだ。そもそもそなたにはヘラがいるではないか」
 ゼウスの正妻であり出産と夫婦の幸せを司る女神である。もっともゼウスの浮気のせいでその夫婦仲は決していいものとは言えない。
「違うか?」
「まあそれは置いておいてくれ」
 ヘラの話を出されるとどうしても弱いゼウスだった。彼にしてもやましいところがありそれはどうしても反論できるものではなかったのである。
「それでだが」
「私の妻だが」
「一応相手はいる」
 それはだというのだ。
「安心してくれ」
「そうなのか」
「ほら、デメテルがいるな」
 ゼウスが今度出してきた名前はそれだった。
「わかるな」
「我等の姉妹ではないか。そしてそなたとは」
「わかるな。娘がいるな」
「ペルセポネーか」
 ここで名前がわかった。ハーデスも知っている名前でありそうした相手だった。他ならぬゼウスとデメテルの間に生まれた娘である。
 
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