FAIRY TAIL 星と影と……(凍結)
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幽鬼の支配者編
EP.27 最後の幕上げ
幽鬼の支配者の本部が変形した巨大ロボット、魔導巨人ファントムMk2が発動しようとしている禁忌魔法・“煉獄砕破”は完成しつつあった。
魔方陣の精製速度は当初より随分と落ちているものの、脅威は依然として変わらない。
妖精の尻尾ごとマグノリアを破壊しようとするこの魔法の発動を阻止するため、エルザは険しい表情で巨人の中を走っていた。
「……」
眉をしかめ、端麗な顔を歪めているさまは敵に対する怒りに間近に迫った脅威に対する緊張感、そして破滅をもたらすその魔法を絶対に阻止するのだ、という固い覚悟の現れかと思うだろうが……彼女の胸の内を占めているのは、それだけではなかった。
「……ええい、こんな事を考えている場合ではないというのに……!」
走りながら苛立たしげに歯を強く噛みしめ、忌々しげに悪態をつく。
ワタルと別れてから、気付かないふりをしていたが……胸騒ぎが止む気配がないのだ。
彼は無事なのだろうか、明らかに暴走していたミラジェーンを止める事が出来たのだろうか。
そして……彼らが演じていたであろう激闘の気配は既に感じられないのに、彼が追い付く気配が無いのは、いったい何故なのか……。
「……いや、アイツがしくじるはずがない」
ある時は隣で、ある時は背中を見て、そしてある時は対峙して、数えきれないほど彼の戦いぶりを見ていた。
だからこそ、彼の力を誰よりも知っているのは自分である――エルザにはそんな自負と自信があった。
だが、暴走しているとはいえ、彼がミラジェーンに後れを取るはずがないと、確信に近いものを感じているのに……不安に似たナニカ――胸騒ぎが収まる気配は無い。
そして、ギルドの危機であるというのに、彼の事ばかり考えている――そんな自分に、彼女は苛立っていた。
憶えのある爆音と空気が焼けるほどの熱――――ナツと大空のアリアの戦闘の気配を感じ取ったのは、そんな時だった。
= = =
魔導巨人ファントムMk2内部の大広間。
エレメント4最後にして最強の魔導士、大空のアリアとナツの戦闘は、一方的といって差し支えないものだった。
もちろん、ナツの劣勢で。
「終わりだ、“火竜”。貴方にマカロフと同じ苦しみを与えてやろう……空域“滅”!」
「やべっ――――がぁああああああああっ!!」
「ナツーーーーーーッ!!」
蜃気楼のように、ナツの背後に現れたアリアは、両掌を翳す。
その魔法は“枯渇”――妖精の尻尾のマスターであり、聖十大魔道の一人であるマカロフの魔力すらも根こそぎ奪った魔法である。もちろん、満身創痍のナツに抗える術は無かった。
せめてもの抵抗にと、絶叫を上げてみたもののさほど効果は無く、身体から力が、魔導士の生命力たる魔力が全て奪われようとしていたその時だ……
「ぐっ!?」
「な……?」
突然衝撃が走り、アリアの苦悶の呻きと共に、ナツは全身を覆う倦怠感から解放された。
何事かと思って振り返ってみれば、そこにあったのは緋色。
彼がいつも勝負を挑み、そのたびに負けて……それでも諦めずにその背中を超えようとしている鎧の女魔導士――エルザの背中だった。
「エルザ!!」
「ほう……」
今まさに負けんとしている劣勢中の劣勢からの頼もしい援軍にハッピーが歓喜の声を上げ、鼻柱を蹴られて魔法を中断させられたアリアはたたらを踏みながらも踏みとどまり、布に覆われた目で彼女を見据える。
「お前……いいのか、動いても……」
“合体魔法”で魔導集束砲を防ぎ、魔力を大量に消耗してしまったため、ワタルと共に休んでいたはずのエルザがこの場にいる。
当然、心配したナツは声を掛けたのだが……彼女はそれには答えなかった。
「……コイツか?」
「ッ!?」
発したのはただの一言。
静かで何の色も感じ取れない無機質な声色だったが、それが逆にナツの背筋を凍らせた。
過去に、彼女が苦労の末に手に入れたという、一日先着で幾つかという限定品のケーキを何かのはずみで台無しにしてしまった時、一月くらい夢にまで見る程に地獄を見た事があるが……その時もここまでの悪寒は感じなかった。
つまり、ナツに分かったのは、エルザが過去最高潮に怒っている、という事だった。
「マスターを、私たちの親をやったのはこの男か……」
「悲しいな……“火竜”だけではなく、“妖精女王”の首まで私にくれるとは……。しかし――――」
明らかに異常と断言できるほどに剣呑な雰囲気を放つエルザに気付いていないのか、はたまた臆していないのか……アリアは余裕の態度を崩さず、嘆きの言葉を言うと、目を覆っている布に手を掛ける。
「流石にエルザが相手となると、私も本気を出さねばいけませんな」
剥ぎ取られた布の奥から除くアリアの目には、今までの静かな態度からは想像もつかない程好戦的で、狂的ともいえる危険な光に満ちていた。
久しぶりに視界に光を戻した彼はリミッターを外し、自分でも抑えが効かない程に強力な魔力を遺憾無く解放させる。
「死の空域“零”発動……この空域は全ての命を食い尽くす……!」
「――――ッ!!」
先程までの戦闘が子供の遊びに思えるほどの魔力に、ナツは全身の鳥肌を立たせる。
野性的な勘が強い彼だからこそ、この魔法の危険度が分かったためだったが……エルザの反応は静かなものだった。
「命を食う魔法、か……」
「さあ……楽しもうではないか、“妖精女王”。貴女にこの空域が耐えられますかな?」
魔力のリミッターと一緒に理性の枷を外したアリアの狂気の笑みにも応えず、エルザは不快気に呟くと、両手に魔法剣を換装する。
「……今、最高に虫の居所が悪いのでな――」
「はぁ?」
「……一撃で決めさせてもらうぞ」
「フン……やって見せろ!!」
迫りくる、生命を食らう魔力に向けて吶喊。
戦闘に向けた彼女は名刀のように研ぎ澄まされており、苛立ちがさらにその感覚を鋭利なものにしていく。
怒りすらも己の武器にする――――彼女の類稀な戦闘センスが為せる業であった。
そして……
「馬鹿な……!?」
エルザの刃が不可視のはずの空域を捉え、魔法剣によっていとも容易く無力化されていく。
絶対の自信を持っていた魔法が通じない事に驚愕し、恐怖交じりの言葉を上げるアリアだったが……それが最後の言葉だった。
「私の空域を切り裂いて……」
「失せろ――――」
アリアに肉薄したエルザは、後背部の4本の白銀の翼が特徴的な“天輪の鎧”に換装する。
『鎧』というには肌の露出度が高く、魔法防御以外の物理的な防御にはあまり貢献しないが、多数の刃の扱いと範囲攻撃に長けた、いうなれば『攻撃用』の鎧……彼女が最も使う頻度が高い鎧だ。
「“天輪・繚乱の剣”!!」
「グハァッ!!」
突進の勢いのまま、両手の魔法剣ですれ違いざまに切り裂くと同時に周囲に展開した魔法剣をアリアに殺到させる。
驚愕と恐怖で硬直した彼になす術は無く、全ての閃光に貫かれた彼は苦悶の叫びを上げると崩れ落ちた。
アリアは自身の強力な魔力を、視界を闇で覆う事によってリミッターを掛けていた。だがそれは言い換えれば、自分の力の制御ができていない、という事になる。
自然界の猛獣ですら自分の力を支配下に置いているというのに、アリアはその莫大な魔力を垂れ流すのみで、完璧に支配できていなかったのだ。
『ある程度以上の実力者の話になる。今の俺やお前には当てはまらないが……まあ聞け』
『ああ、分かった』
『よろしい…………制御されていない力は厄介だ。だが、完全に支配下に置かれた力に比べれば、その脅威は半分にも満たない。だからこそ、魔導士はまず己を支配する事から始めなくてはならないんだ』
『己を支配する……?』
『そうだ。力ある者は、その力でどんな事が出来るのかを理解し、決して本能のままに振るってはいけない。強くなるのに重要なのは魔力でも、闘争心でもない。まずは“理性”を一番の武器にするんだ』
『理性……』
『拳を振り下ろす時を間違えれば、取り返しのつかない事が起きてしまうかもしれない。……魔法には、夢や希望が溢れているけど、それと同じくらいの大きさの“闇”も備えている――――それを忘れるな、エルザ』
まだ妖精の尻尾に入る前の事……ワタルと旅をしていた頃に、彼から魔法を教わる時に言われた、戒めのようなものだ。
自分とそう歳が変わらないはずの少年の、アンバランスでどこか物悲しそうな言葉は不思議と、ある種の説得力を持っていて……エルザの心に響いた。
「貴様のように、破壊と殺戮を愉しむ者が……私に勝てるものか」
それを思い出した彼女は剣に付着した血を振り落としながら、冷たく不快そうに吐き捨てる。
聖十クラスの魔力の暴走であれば、苦戦は必至だっただろうが……アリアはそこまで規格外の魔力の持ち主ではなかった。
であれば、エルザが負ける道理はない。
彼女からすれば、理性という箍を外して暴れるアリアは獣以下だったのだから。
「い、一撃ーーー!?」
「やっぱエルザは危ねぇ!!」
「貴様ごときに、マスターが敗れるはずがない。今すぐ、己の武勇伝から抹消しておけ」
一撃も痛打を浴びせられなかった敵を一撃で倒され、今まで自分が苦戦していたのはなんだったのかと、ポカンと大口を開けて戦慄しているナツとハッピーをよそに、エルザは意識を飛ばして倒れ伏すアリアに言い放つのだった。
同時に、部屋……いや、巨人全体が大きく振動したかと思うと、腹の底に響くような轟音と衝撃と共に静寂が満ちた。
内部にいた彼らには分からなかったが、動力源たるエレメント4が全滅した事によって魔導巨人ファントムMk2が停止、“煉獄砕破”の発動阻止に成功したのだ。
“煉獄砕破”の脅威に怯えながら、倒しても倒しても沸いてくるジョゼの“幽兵”と戦っていた妖精の尻尾の魔導士たちは、魔導巨人が崩れ落ちるように機能を停止したのを見て歓声を上げるが……
【きゃあああああああああああっ!!】
魔導巨人の拡声器から、安全な隠れ家に移動させたはずのルーシィの悲鳴が突然響き、冷水を浴びせられたかのように動きを止めてしまう。
僅かな勝機から湧いた希望はすぐに驚愕に変わり、そして絶望へ転換するのだった。
= = =
【あーあー……妖精の尻尾のみなさーん、我々はルーシィの捕獲に成功しましたー】
手塩にかけて育て上げた幽鬼の支配者が誇るエレメント4が、よりにもよって見下していた妖精の尻尾によって全滅した事に、ジョゼは並々ならぬ怒りを抱いていた。
だが、幽鬼の支配者の滅竜魔導士・“鉄竜”のガジルが、目的の一つ――ルーシィの身柄の確保に成功した事で一応溜飲を下げる。
そして、絶望を染み渡らせるために、侮蔑の意味を込めてわざわざ間延びした声を、終わりの見えない防衛戦を繰り広げる妖精の尻尾の魔導士達に浴びせたのだ。
【我々の目的はあと一つ……貴様等の皆殺しだ、妖精の尻尾】
そしてねっとりと絡みつくような声から一変、ジョゼが冷たく殲滅を宣言すると同時にパチンと指を鳴らす。
……たったそれだけで、何とか均衡を保っていた戦況に変化が訪れた。
「な……!?」
「急にコイツ等……!」
「強くなりやがった!?」
「グアッ!」
妖精の尻尾のギルド前広場で戦っていた魔導士は突然の事態に驚愕した。
怪我人の多い中、何とか戦えていた“幽兵”一体一体の戦闘力が、絶望的にまでに増幅したのだ。
ジョゼから送られた魔力で強化した腕力で殴られる者や、蹴り飛ばされる者、組み付かれる者に、その手に持った魔力の刃で切り掛かられる者……痛みも恐怖も感じる事無く、戦うためだけに作られた亡霊たちは数と力に任せて突っ込んでくる。
必死に抗い続けるも、妖精の尻尾は一気に劣勢に立たされてしまうのだった。
「ククク……いつ見ても、弱者が強者に痛めつけられるのを見るのは痛快ですねぇ。今まで何とか戦えていた“幽兵”たちが、実は半分も力を出していなかったと知って……奴らはどんな気持ちでしょうねぇ」
魔導巨人の司令室でその様を観賞していたジョゼは、僅かな戦力で“幽兵”を押し返し、ギルドを守ろうとする妖精の尻尾の魔導士の、無駄にしか見えないような足掻きを見て、愉悦に顔を綻ばせる。
無限にも等しい数と、なにより上乗せされた自分の魔力を兼ね備えた“幽兵”たちが、砂で出来た城を一息に崩さず、だが確実に、少しずつ崩していくかのように妖精たちの戦意を絶望で灰色に塗りつぶしていく。
目障りで気に入らないギルドが少しずつ崩れ、搾りかすのような勇気が幽鬼に飲み込まれていくさまは、ジョゼにはこれ以上無い程に快感だった。
「ガジルさん、ルーシィを見張っておいてください」
「ん?」
このまま、今まで観たどんな歌劇よりも興奮させてくれるこの見世物を心ゆくまで堪能したい――そんな歪んだ願望を持っていたジョゼだったが、一旦それに蓋をしてガジルに一声掛けると、聖十の正装を翻して歩き出す。
「愚かにも、私に挑もうとするお馬鹿さんがギルドの中にいるようで……相手しない訳にもいかないでしょう」
「マスター自ら潰さなきゃいけないほどの者なんですかい?」
「さあね? でも、奇跡は起こらないから奇跡なのだと――思い上がった者たちに、誰かが思い知らせてやらないといけないでしょう?」
最高の歌劇と同等以上に心惹かれるものがあった。
僅かな修正で済んだとはいえ、自分の計画を捻じ曲げた者をこの手で邪魔者を捻りつぶし、抵抗を続ける者たちの希望を完膚なきまでに折るために、ジョゼは憤怒をもって動き出したのだ。
= = =
「く……予想以上に魔力の消耗が激しい……」
アリアを倒したエルザは、急に襲われた眩暈に思わず膝をついてしまう。
“ジュピター”の防御で、魔導士の生命力たる魔力を一気に消費してしまったのだ。幾らか休んでも雀の涙ほどしか魔力は回復しないし、更に一撃で済んだとはいえ、アリアとの戦闘――あれを『戦闘』と呼べるならだが――で大技まで使ってしまった。
本来なら安静が必要なほどに、彼女の疲労は濃かった。
それでもルーシィとギルドの危機に必死で体を動かそうとする彼女に、ナツが駆け寄る。
「エルザ! クソ、やっぱりフラフラじゃねーか!」
「あんなに一気に魔力を使っちゃえば、幾らエルザだってこうなるよ……」
「チクショウ……! ルーシィにギルドまで……どうすりゃいいんだ……」
ぼやけて霞む視界と遠い聴覚が、怒りの言葉を吐いて焦っているナツと途方に暮れた様子のハッピーを捉え、エルザは口を開く。
「ナツ……」
「なんだ!?」
ナツはしゃがみこんで、エルザの口元に耳を持っていった。
「ルーシィを、ギルドを守るんだ……お前には、その力がある……」
疲労の色が濃い中、苦しげに呼吸しながら、エルザはナツに、力の解放を促す。
「だから……自分を信じるんだ。私や、ワタルがそうしたように……そして、貫き通せ……」
ナツはエルザの言葉に目を見開いた。
勝ってやる、負かしてやる――――何度そう言っては、逆に沈められてきただろうか。
だが今……その彼女が自分に想いを託してくれている。
「私を超えるのだろう、ナツ!」
そう思うと……傷だらけで、流した血の分だけ体力を消費してしまっている筈の身体に『熱』が灯ったのを、ナツは感じた。
『熱』は心臓から流れる血潮にのって身体中を駆け巡り始める。
「お前には、皆を守れるだけの力があるんだ!!」
そして……
「……――――――――――――――――――――――――ッ!!!」
強い感情――『歓喜』が脳髄を電撃のように駆け抜けたのを最後に……『熱』は新しく、そして荒々しい炎となって、ナツを燃やし――――炎の翼を顕現させる。
巨大な腕のように翼を広げ、身体中にみなぎる力に雄叫びを上げるその姿は、さながら太古の世界を支配していたと伝説に語られる生物――――いまや伝承にのみ姿を見せる、ドラゴンの如き猛々しさを放っていた。
= = =
ミラジェーンたちと分かれたワタルは第六感を頼りに、エルザと合流しようと走っていた。
ジョゼが魔力を送った事によって“幽兵”が強化された事も、例によって魔力感知で把握している。
そのため、一刻も早くジョゼを討伐しなければ――そう思っていたのだが……
「! これは……ナツか……?」
突然、記憶にあるものよりずっと力強い炎の魔力の奔流を感じ取り、ワタルは足を止めた。
急いでいるのにも関わらず、そうしてしまうほどに……増大したナツの魔力は強大だったのだ。
「ったく、また一段と荒々しくなっちゃって……こっちだな……」
言葉とは裏腹に、ナツの頼もしい力の開花に顔を綻ばせる。
そして、だいたいの位置を把握した彼は足を速めたのだが……
「ッ……何だ、この魔力……!?」
距離があるにもかかわらず、吐き気すら感じられるほどの邪悪な大魔力を感知。服に氷を入れられたかのような悪寒に、ワタルは再び立ち止まった。
今まで、聖十大魔道やそれに匹敵するであろう魔導士たちと対峙した経験はあるが……感知しただけで寒気すら感じる存在はなかった。
嫌でも理解できてしまう――――ついに幽鬼の主が腰を上げたのだ。
「動き出したな、怪物め……。しかも……クソッ!」
ジョゼが現れたその場所はエルザの至近。
ワタルは舌打ちをする時間も惜しいとばかりに、疾風のように通路を駆け抜ける。
「エルザ……クソ、間に合ってくれよ……!」
= = =
再び大広間。
エルザは瓦礫に背を預けて、大広間の天井を見上げていた。
大理石で造られたその天井は高温の熱で歪められて破られ、大穴が開けられている。
もちろんナツの仕業だ。
「まったく……変わらないな、アイツは……」
無駄に物を破壊する癖は、この非常時にも健在のようだと、エルザは苦笑していた。
仲間とギルドのためならば、本気で怒って本気で笑って本気で泣く――――どんな状況にあってもその芯が変わらないナツは、エルザとワタルの信頼のおける、初めての後輩魔導士だ。口元に浮かぶ笑みは、人一倍目を掛けていた自負があるからこそ、である。
暴れん坊で喧嘩っ早いが人懐っこく、ギルドにいるだけで見ている者を笑顔にしてくれるナツ。
なにかと手の掛かる男だが、ギルドの皆がそんな彼を好いている。
時にいがみ合う事もあるが、それは変わらない。
『妖精の尻尾の魔導士で、ナツ・ドラグニルを嫌う者はいない』
エルザはそう思っているし、事実、よくナツと喧嘩をするグレイや見下しているラクサスも、彼を嫌ってはいない。
「(ルーシィを、任せたぞ)」
ギルドの中心人物である彼を想い、自分もやるべきことをやろうと、休息を終えて立ち上がろうとしたその時だ……。
「おや……お一人ですかな、“妖精女王”?」
突然掛けられた猫撫で声、そしてそれに込められた強烈な悪意に、エルザは背筋を凍らせると素早く立ち上がった。
臨戦態勢を整えて声の方を向いてみれば、そこに居たのは……魔導士ギルド・幽鬼の支配者のギルドマスター、ジョゼ・ポーラ。
青を基調とした正装に身を包み、首元に掛けられている十字架と四葉のクローバーを模したエンブレム――聖十の証を煌めかせ、笑みを浮かべている。
「随分と楽しませてくれましたね。望外の余興もありましたし、これは熨斗を付けてお返ししないといけないと思うのですが……如何ですかな、”妖精女王”」
「マスター・ジョゼ……」
言葉と恰好だけを取れば、贈り物に礼を言う紳士にしか思えない。だが、ジョゼの顔に浮かんでいる笑みが台無しにしていた。
憤怒、侮蔑、憎悪――――いったいどう混ぜたらこんなにどす黒く出来上がるのかと思うほどに、彼の笑みには負の感情に満ちていたのだ。
「(なんて邪悪で強大な魔力だ。これが聖十、それもマスターと互角といわれる男か……)」
余裕綽々のジョゼとは対照的に、撒き散らされる悪意と邪悪な亡霊の魔力にエルザは顔を歪め、青ざめさせる。
だが……
「……いや、結構だ。それよりまだ最後の幕が上がっていない。存分に楽しんでいってくれ」
冷や汗を拭い、魔法剣を換装、ジョゼに切っ先を向けた。
大将であるこの男を討てば、全て終わる――――そう信じて、絶望的な戦力差に萎えそうになる心を奮いあがらせる。
「この状況で強がりを言えるとは、大した肝だ。しかし……もう幕引きなのですよ!」
ジョゼは吐き捨てるようにそう言うと、魔力を右手に収束。
名も無き亡霊の怨嗟の叫びをその魔力に乗せて、エルザに向けて解き放った。
だが彼は気付かない…………彼女の口元が笑みの形を象っていた事に。
そして彼女は気付いていた…………迫りくる魔力の柱が起こす轟音の中でも、はっきりと聞こえる足音に。
「いいや、幕上げだ―――――」
その言葉と共に、影がエルザの前に飛び出た。
影は両手に収束させた魔力を放出、ガリガリと何かを削るような音を立てながら、ジョゼの攻撃を散らせると、余波で塵が立ち上って煙となり、3人の視界を塞ぐ。
「ほう、これはこれは……」
だがジョゼも然るもの。この程度では驚かず、口元に仄暗い歓喜の笑みを浮かべる。
そして煙が晴れ……剣を構えるエルザを背に立ち、まるで大岩を押すかのように両手の掌を前に向けている黒髪の青年の姿が現れた。
ジョゼの魔力を受け止めて弾いた際に負った両手の軽い火傷をはじめとして、顔や身体の所々に傷を負っているものの……その顔に恐れの色はない。
「遅刻だぞ、ワタル」
「悪い悪い……でも、追いついただろ?」
まったくズルい、と、エルザは目の前で口元を歪ませて不敵に笑う青年への想いを内心で吐露する。
先程まで正体の分からない苛立ちと胸騒ぎに心を逸らせていたというのに……彼の姿を確認し、そして笑顔を向けられただけで――――
「(いや、この期に及んで分からないなどと自分を誤魔化すのは止めよう。私は心のどこかで気付いていた。この苛立ちはワタルをミラジェーンに取られてしまうのではないか……という不安だ、という事に……)」
だが……今、こうして隣に立ってみると、焦燥は吹き飛び、疲労と消耗で頼りなかった身体にしっかりとした力が入っているのがはっきりと分かる。
勝手といって余りある程の変わり様に、エルザは自分が悩んでいたのが下らなく思えた。
これをズルいと言わずして何というのか、と……。
それを嫌と思わず、むしろ両手を上げて歓迎している自分に、彼女は思わず苦笑を漏らした。
「(まったく……私はコイツが居ないとダメだな)」
ジョゼという強大で強固な壁が目の前にそびえ立っている。これを越えねばギルドに未来は無いし、自分たちでは越えられる保証も無い。客観的に見て、勝てる可能性は半分も無いだろう。
だというのに、エルザの内心を埋め尽くしていたのは絶望ではなかった。
「(お前もそう思ってるのか? ……だといいな……)」
彼女の胸の内にあったのは、春の陽光のように穏やかで暖かな感情であり、真夏の太陽のように燃える激しい熱情だった。
「戦れるか、エルザ?」
「私を誰だと思ってる? お前の隣で戦えるんだ……今までに無い程に絶好調さ!」
好戦的な笑みを浮かべて肩を並べるエルザの姿に、ワタルは胸を躍らせる。
確かに敵は今までで一番と断言できるほどに強大である……だが、それがどうした。
己の傍らで光り輝く緋色――その隣で戦えるのであれば、そんなものは物の数ではない。
「幕上げと言いましたね…………何の幕ですかな?」
にたりと笑うジョゼに、ワタルは鎖鎌を換装する。
そして半身になってエルザと背中合わせになると右手の鎌を、エルザは手に持っている魔法剣の切っ先をジョゼに向けて言い放つ。
「決まっている……家族を守る、英雄譚の終幕だ!」
「ちなみに飛び入り、流血、殺傷――何でも有り有りだ。存分に楽しめよ、クソッタレ!」
己と隣に立つ者の戦意高揚のためと、ワタルとエルザが啖呵を切ると同時に、上階で爆炎が爆ぜる音が響く。
炎と鉄の滅竜魔導士――竜の子供同士の食い合いが始まると同時に、二人はそれぞれの武器を手に余裕の笑みを崩さないジョゼに向かって走り出した。
妖精の尻尾と幽鬼の支配者の抗争……その行く末を決める闘争の幕が切って落とされたのだ。
後書き
ボロボロのエルザの危機にワタルが駆け付ける、ってのもありかと思ったんですが、ルーシィならまだしも、エルザは戦えるしなぁ……と思ったので、こんな感じになりました。
次回からワタル・エルザVSジョゼです。
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