受け継がれる運命
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第五章
第五章
「それは」
「嘘は言わぬ」
ゼウスもまた正直にそう述べたのだった。
「あの少年を決して死なないようにすることはできる。そして」
「そして?」
「老いないようにすることもな」
「できるのですね」
「しかしだ」
ゼウスはここで顔を急に曇らせた。そのうえでまたセレネーに言うのだった。
「よいのか?」
「!?」
セレネーはゼウスが急にその顔でこう言い出したので不思議に思った。そうして怪訝に思いまた彼に尋ねたのであった。尋ねずにはいられなかった。
「何がでしょうか」
「確かに永遠に老いず、死なずに済むことはできる」
彼はそれは保障した。
「しかし」
「しかし?」
「それだけではないのだ」
彼は顔を曇らせたまままたセレネーに告げた。
「彼は人間だ。我々とは違う」
「それはわかっていますが」
「いや、わかってはいない」
ゼウスは少し悲しげな顔になった。それには理由があった。
「このまま不老不死になれはしないということだ」
「このままでは」
やはりセレネーにはこの言葉の意味がわからない。どうしてもわからないので首を傾げるしかなかった。だがそれでもわからないのであった。
「どういうことなのか。申し訳ないですが」
「簡単に言えば目覚めることがなくなるのだ」
ゼウスはそう彼女に述べるのだった。
「目覚めることがない」
「そうでなければ。死を逃れることができないのだ」
「何故ですか?」
セレネーにはその理由がわからない。やはり彼女はわかっていなかったのだった。
「どうしてそのような」
「人だからだ。人は老いて死ぬのが運命」
ゼウスは告げる。それはあまりにも残酷で変えられはしない、そうしたものであったのだ。
「それを変えるのは。私にもできはしない」
「ゼウス様です」
「誰にもできないのだ」
ゼウスはこうも彼女に告げた。
「どうしてもな」
「しかしそれでも」
セレネーは必死にすがる。すがらずにはいられなかった。彼女はどうしてもエンディミオンと共にいたかったのだ。それも永遠に。その気持ちは変わらなかった。
「私は。彼と」
「わかっておる」
ゼウスもそれはわかっている。だからこそその返事も沈痛なものであった。
「わかっておるが。それでも」
「そしてそれを保つには眠っていなくてはならないのですか」
「永遠にだ。他にはない」
ゼウスはまたセレネーに告げた。
「私には。それ以外はできないのだ」
「他の神にもですか」
「その通りだ」
ゼウスはさらに答える。しかしこの答えもまたセレネーにとってはあまりにも残酷なものであった。彼女にとっては受け入れられないものであった。
「わかったな」
「では彼と共にいるには」
セレネーは震える声でゼウスに問う。それでも彼女は問わずにはいられなかったのだ。
「それしかありませんか」
「残念だがそれしかない」
彼はまたしても告げた。
「それしかな。それでよければ」
「そうですか」
「私には勧められない」
ゼウスは言う。
「起きぬ者と永遠に側にいても。悲しいだけだ」
「はい」
セレネーは今にも泣きそうな顔で応えた。その通りだった。自分だけ起きていてそこにいても相手は目覚めはしない。それでは愛がないのも同じだからだ。
「それこそ。自分も眠らなくてはな」
「自分も」
今のゼウスの言葉にはっとした。今のその言葉が。彼女の心を捉えるのだった。
「自分もですね」
「そうだが」
ゼウスはセレネーの今の言葉に答えた。
「まさかそなた」
「はい」
セレネーは静かにゼウスの問いに頷いた。
「そのつもりです。私は」
「だがそれは」
ゼウスはセレネーを止めようとする。止めずにはいられなかった。
「そなたにとっても」
「ですが。それで永遠に彼と共にいられるのですよね」
セレネーはそのことに希望を見ていた。それで彼と共にいられるというのならそれでいい、心からそう考えるようになってきていたのだ。
「それでしたら」
「よいのか?」
ゼウスはまた問うた。彼女を気遣って。
「それで」
「夢の中で彼と共にいられるのですよね」
「ヒュプノスがそうしてくれる」
眠りの神である。冥界においてハーデスの側に仕える神の一人だ。彼は人々に眠りを与えそれと共に夢も与える。それが彼の仕事なのである。
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