受け継がれる運命
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第四章
第四章
「そんなことは」
「宜しいのですか」
「ええ、いいわ」
それをアルテミスにも告げる。
「だって。今こんなに幸せだから」
「今が幸せだから」
「そんなことはどうでもいいの、本当に」
不幸が目に入らないまま言葉を続ける。彼女は完全に今の幸せの中にその身体を浸し恍惚としていたのだった。
「この幸せはきっと永遠に続くわ」
「永遠にですか」
「悲劇だなんて信じられないから」
そのことを実際に言葉にも出した。
「このままね。ずっと彼といられるわ」
「それもですけれど」
アルテミスはまた気付いたのだった。
「彼は人間なのですよね」
「ええ」
セレネーはその言葉に答える。
「そうだけれど。それが何か?」
「人間ですから」
アルテミスはそこに不吉なものを感じていた。しかしセレネーはやはりそれにも気付いてはいない。そこが二人の大きな違いとなっていたのだった。
「私達とは違います」
「!?何が言いたいのかしら」
アルテミスの回りくどい調子に首を傾げて問うた。
「よくわからないのだけれど」
「私達は死にませんが彼は死にます」
アルテミスはセレネーのその言葉を受けて率直に述べた。彼女が言いたいのはそこであったのだ。
「ですからそれは永遠には」
「そうだったわね」
セレネーはそのことに気付いた。それに気付いて顔が暗くなるのを抑えられなかった。それは急にだが全てを一変させるものであった。
「あの人は永遠にはいられないのね」
「はい、このままでは」
アルテミスはそのことをまた告げる。
「どうされますか、このままでは」
「どうにかするわ」
セレネーはすぐに思い詰めた顔になった。自分の気持ちを抑えられなくなってきているのもわかっていたがそれでもその気持ちを止められなくなっていた。
「絶対に」
「何かお考えが」
「ええ、あるわ」
その問いにも答える。
「何があってもね。彼を失うわけにはいかないから」
それが彼女の気持ちだった。
「絶対に」
「永遠の命ですよね」
アルテミスは神にあり人にはないものを言うのだった。
「必要なのは」
「ええ、それは絶対に手に入るわ」
セレネーは思い詰めた顔でアルテミスに答えた。
「だから。私は諦めないわ」
「そうなのですか」
「永遠に彼と一緒にいたいから。だから」
そうしてまた言う。
「何とかするわ」
彼女には考えがあった。そしてそれを実行に移すつもりだった。彼女はオリンポスに帰るとすぐに行動に移った。ゼウスのところに向かいことの次第を申し上げたのであった。
「そうか、人の少年をか」
「はい」
セレネーはゼウスの玉座の前に跪いていた。そのうえで話をしたのである。
「何とかなりませんか」
「愛しているのだな」
ゼウスは玉座の上からセレネーに問うた。まずはそれからだった。
「その少年を」
「その通りです」
セレネーは素直にそれを認めた。
「永遠に。一緒にいたいのですが」
「エンディミオンだったか」
ゼウスはその少年の名を知っていた。それをセレネーにも言った。
「確か」
「御存知でしたか」
「うむ」
セレネーに対して答える。
「噂は聞いていた。だがその少年は神の血も一滴も受けてはいない」
「それも知っています」
神の血を受け継ぐ人間は多かった。だが彼はそうではなかったのだ。
「容易に不死になることはできないぞ」
「それはわかっています」
セレネーとて愚かではない。そのことはわかっていた。だがそれでも、あえてここに来たのである。その理由も既にはっきりとしている。
「しかしそれでも私は」
「どうしてもか」
「そうです」
必死な声でゼウスに頼み込む。顔も必死なものであった。
「何があっても。私は彼と共にいたいのです」
「永遠にか」
「はい、永遠に」
セレネーはまた言う。他には何もいらないとさえ思っていた。
「彼と。なりませんか」
「結論から言う」
ゼウスはセレネーの心を受けた。彼は気紛れであり好色であったが決して邪悪な神ではない。だからこそ彼女のその真摯な気持ちを無碍にはできなかった。だからこそこう言ったのである。
「それはできる」
「まことですか?」
その言葉を聞いたセレネーの顔が急に晴れやかになる。救われた、心からそう思った。
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