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横浜事変-the mixing black&white-

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赤島は自分が脇役であるにも関わらず、主役と同じ事を考えた

午後10時頃 元町・中華街駅付近道路脇

 元町・中華街駅は地下にあるため、地上はビルと道路と車で埋め尽くされている。駅名の通り、近くには中華街があり、地上へ出た途端に東門の凝った造りを眺める事が出来るのも特徴だ。その反対側には首都高速の一部がビルとビルの間を覗き、近代的な一面も見せている。

 午後10時を回った今も、駅周辺は車で賑わっていた。交通量が多い区域なので、普通の道路とは違って深夜になっても車の走行音は絶えず流れる。この時間帯は特にその量がピークで、交差点に車が溜まらない事は無いだろう。

 そんな車の走行音に塗れた大通りの端に、黒いバンが停まっていた。内部は外側からでは覗けない仕様になっており、全体的に漆黒をイメージさせるそのバンは、機械的な光に溢れる大通りの中で一際目立っている。

 だが、中に乗る人物達はバンの様子とは裏腹に、自身の日常に光を当てていない連中だった。

 バンの助手席に座る赤島洋輔は窓から見える様々な車体に目をやりながら、誰に言うわけでもなくボソッと呟いた。

 「俺らにまで回ってくるたあ、今度の仕事はでかいな」

 だが、その言葉に呼応するように、後部座席に座っていた仲間が声を上げた。

 「俺達Bは後方支援でしたっけ?あのヘヴンヴォイス護衛となると、やっぱり慎重ですね、上も」

 「そりゃそうだ」

 彼ら――殺し屋統括情報局チームBはヘヴンヴォイスが宿泊するホテル『ニューグランド』から程近い元町・中華街駅付近での待機が命じられている。作戦通りホテル内に忍び込んだ他の同業者達が緊急要請信号を発信したら、彼らも戦場へ向かわなくてはならない。

 「赤島さん、どう思います?今回の件」

 「まあ、いつも言うが俺達はこういう時『おまけ』みたいなもんだからさ、表立ってないんだよ。何かが起きなきゃ、俺らに出番はない。それが俺達の存在だしな」

 「まさに脇役ですね、それは」

 「そう、脇役。俺は好きだぜ?」

 「俺もドラマの登場人物とかなら好きですよ」

 殺し屋とは思えないほどに平和な会話を繰り広げる二人。このバンには全部で5人乗っているのだが、基本寡黙な連中で揃っているチームなので、二人の会話に入ってくる事はあまりない。赤島自身も、他のチームに比べれば口数は少ない方だった。

 その上、彼は現殺し屋チームの中で34歳ながらに一番年長であり、殺し屋歴も長い。若い同業者達を見ていると、自分が無駄に落ち着いているのが分かる。別に先輩面を吹いているわけでも強がっているわけでもなく、ただただ年齢を感じるのだ。

 ――俺も随分この仕事やってるけど、慣れるってのは怖いねえ。俺も最初は心臓バクバクさせながら殺してたってのにさ。

 年齢の割に年寄りじみた事を考えつつ、周囲に目を配らせる赤島。幸い自分達が『表舞台』に上がるような事は無さそうだ。作戦変更などの連絡も無い事から、予定通り進んでいるのだと悟る。

 「まあ、頑張ってくれ。出来る事なら俺らにバトンタッチしないようにさ」

*****

同時刻 ホテル『ニューグランド』旧館フロント

 歴史ある横浜の豪華ホテルは、外観も内部も目を疑うほどに華美だった。かつて災害で多大な被害を受けた横浜に官民一体になって作られた、クラシックホテルの金字塔ともいえるそれは、一目見ただけで普通の人間には手が出せない宿泊利用施設だと解る。それだけに、作戦のためにホテルに入ったケンジには感嘆の声すら出せなかった。

 間抜けな顔で辺りを見渡していると、後ろから軽いチョップを喰らった。恐る恐る顔を向けると、そこには呆れ顔の狩屋が立っていた。

 「確かにホテルの内装にびっくりするのは分かるけどよ、手ぇ動かせ」

 「はい……」

 そう言って彼は自分に任せられた場所を掃除しに行った。この作戦において、チームAは実際に掃除人としてホテルの中に進入し、ヘヴンヴォイスを一番身近な所から護衛していた。

 とはいえ、メンバーが4人しかいないため、フロントに狩屋とケンジを配置させ、ヘヴンヴォイスが泊まる階に八幡と宮条が掃除人として潜んでいる。その他にチームCがホテルの外に、少し離れた中華街付近にチームBが待機している。人手不足は解消されているので、万が一の場合でも対処出来るだろう。

 ――それにしても、どうやってホテルに入れるように手配したんだろう。これも局長がやったのかな?

 当然と言えば当然の疑問なのだが、考えるだけ掃除の手が止まるのは承知なので頭から放り出す。ホテル専用の服が自分には似合ってないなと思いながら掃除を続けるケンジ。だがその一方で、すでに殺し屋としての仕事に慣れている自分がいる事に彼は気付いていた。

 ――慣れって怖いなぁ。僕が感化されやすいだけかもしれないけど。

 そこで改めて腰に隠された拳銃の重みを感じ、ケンジは機械的に腕を動かしながら考える。

 ――みんなは何で殺し屋になったんだろう?

 そうした個人情報を彼らは喋らない。それが守秘義務なのか、それとも他人の過去に興味がないのか、相手の過去は探らないという暗黙の了解があるのか――あらゆる可能性が考えられるが、ケンジにはどれが答えなのか分からなかった。

 ――僕みたいに、復讐のために殺し屋になった人はいるのかな。必ず相手を殺せるわけでもないのに。

 自分の場合、犯人がこの街にいる事と相手が殺し屋である事が分かっている。だが、仮に同じ理由を持った同業者がいたとして、その人物は今も復讐の炎を燃やしているのだろうか?もしかしたら、復讐を忘れて殺し屋としての生活に安寧の日々を感じているのではないだろうか?

 対象は殺し屋に限る事ではない。悪質な虐めを続けるクラスメイトに対する憎悪や憎しみ、殺意、器だけの言葉だけを並べ立てる上司への不満、苛立ち。この世の全てに対する慙愧。人間は何かしらの絶望を抱えて生きている。精神的に幼ければ幼いほど、自分の思い通りにいかないと爆発する。自ら茨の道を歩き始める。その果てに見えるのは――希望でないのは確かだ。

 そしてケンジは、それを恐れている。すでに茨の道を歩いているのは自覚しているのだが、その先に自分が望む結果が見られない事を、彼は酷く怖がっていた。やはり、どれだけ言葉で切り離そうとしても、意味を意識してしまうのだ。

 ――早く、歩けるようにならないと。どれだけ刺々しくて血に塗れていようと、足を傷付ける事無く歩き続ける方法を。

 そんな甘ったれた方法などないと悟りつつ、ケンジは願っていた。

 故に、彼は気付けなかった。それは致命傷であるのだが、ある意味無理ないものだった。

 今の彼は外で仲間が見守ってくれているという事と、護衛対象の近辺に仲間がいるという事実に当然の安心感を覚えていた。それは『慣れ』も伴って集中力を削がす原因となる。

 殺し屋を恐れていた最初のケンジからしてみれば、それはまさしく『慣れ』であり、ある意味成長とも取れたのだが――残念ながら、それは裏目に出てしまった。

 この時、ケンジも狩屋も、気付けなかったのだ。

 すでに敵がホテル内に侵入しているという事に。そして今、殺害対象の元へと足を運んでいるという事に。

*****

同時刻 ホテル『ニューグランド』エレベーター内

 塵一つ無い鮮麗なエレベーターは浮遊感を感じさせないゆったりした移動で、乗客を目的地まで輸送していく。あまりに揺れの無い自然な動きと無音さに、中に乗り込んだ殺し屋達は互いに驚きの声を漏らしていた。

 彼らは各々のスーツやタキシードで身体を包み、上品なイメージを湧かせる。しかし、中には服越しにも分かる屈強さを滲ませる男もおり、一つの写真に収めたら堅気には見えないだろう。

 エレベーターについての批評を語り合う彼らから一歩引いたところに、その少年はいた。

 通っている山垣学園の制服ではなく『今だけ』仲間である殺し屋の一人に貰ったスーツを着用している。制服とは違う感覚に戸惑ったが、人を殺す上での支障はないと判断した。

 スーツの内側に仕込んであるバタフライナイフの薄さをほぼ直に感じながら、少年――田村要はゆっくりと吐息を漏らす。そして相変わらずの無表情の奥で、高揚する気持ちを押さえ付けていた。

 ――やっと『アイツ』の計画が始まった。殺し屋統括情報局の殺し屋と殺り合うのは初めてだから、わくわくする。

 横浜の裏では有名な殺人組織を思い浮かべ、ゆっくりと舌なめずりする。

 ――俺は殺す事に生き甲斐を覚えるわけじゃないけど、強い奴と戦うのは好きだ。

 ――『アイツ』の話では、ヘヴンヴォイスのすぐそばにいるのは八幡と宮条って奴らだっけか。

 ――片方はナイフ使いで、もう片方は投擲系。まさに俺好みだ。

 ――ああ、でもヘヴンヴォイスの連中が殺っちまうのかな。じゃあ、俺は他の奴らと戦うか。どっちにしても期待は出来る。

 歪んだ欲望に胸を躍らせる要。自分の世界に入り込み過ぎて気付かなかったのだが、すでに周りの殺し屋は自分の得物を手に取っていた。ナイフ、散弾銃、短機関銃など、普通なら持ち得ない物を所持している彼らを見て要は無表情で呟いた。

 「……アンタら、そんなのどこから仕入れてんだ」

 その低い声を聞き取った隣の男は、チラッと要を見てから再びエレベーターのドアを見据え、淡々と説明した。

 「お前は別口だって聞いてるが、ここにいる奴らは京橋会か伊都木会から支給されてんだよ。今回の事だって伝えてある」

 「そんな事したら、殺し屋統括情報局にいる『アイツ』に迷惑掛からないか?ヤクザは巻き込まないんだろ?」

 「ああ。だが今回の件、京橋会も伊都木会も、それに他の組織にも上手い話じゃねぇか。だから何も言って来ねぇ。俺らの後始末も、手際の良い殺し屋統括情報局に任せて自分らは一切関与しない気満々だからな」

 「都合の良い話だな、そりゃ」

 「だろ。それに『アイツ』、自分の計画のためにロシアの殺し屋ぐらいなんだからよ。横浜にいる他の組織は首突っ込みたくも無いし、突っ込む気もねぇんだ」

 意気揚々と語る男の話に、要は内心少し呆れていた。

 ――結局、対岸の火事ってわけか。『アイツ』の計画は分かっていても、その真意まではまだ見えてないのに。

 ――殺し屋統括情報局をどう炒めるのか……気になるな。

 要は近い未来に実現するであろうその絵を脳裏に浮かべ、しかしそれをすぐに消去した。そして珍しく顔に感情を乗せて、誰にも聞こえない声で呟いた。

 「今は、楽しもう」

 ただし、その顔は得物を喰らう蛇のように鋭く、残忍なものだったが。 
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