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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  船上から戦場へ

侵入者は計画的だった。

明らかに上流階層的なお上品さをまとうNPC達の護衛か、SPみたいな黒服達にも察知されないほどの無音で舟の要所を襲い、速やかに制圧した。

まず初めに舟の動力であるエンジン、スクリューが停止し、ガクンという小さな揺れとともに全てが止まった。船首が波を切り裂く音が途絶え、完全で不気味すぎる静寂が空間を支配する。

そのことに戸惑いの声を上げ始めるNPCとSPだったが、もう遅い。

パーティー会場襲撃も、鮮やかであった。

不審に思ったSPの中の一人が、様子見のように会場の大扉を開けるのを見計らっていたかのように、ドッと大挙して黒尽くめ達は、黒いさざ波のようにだだっ広い会場を占拠していった。無論、暴力的な方向で。

そこまでの一連の動向を、レンとユウキは静観していた。

『手足を突っ張って天井に張り付いた状態で』

ふ~む、と二人揃って唸った後、ユウキは口を開く。

「これって……つまり、こういうクエストなのかな?侵入者達から船を守れーみたいな」

「シージャック…………ねぇ」

どうだろうな、と考えながら手近にあった通気口のダクトを、眼下の連中に気付かれないように外しながらレンは思考する。

確かに現状だけ見ればその通りだ。というか、それ以外の解釈が思い浮かんでこない。

しかしその反面、クリア条件が不透明なのもまた事実。何を持ってクリアしようというのだろうか。まさか、マトモな武器や防具を持たせてもらえていない現状で、侵入者達全てを狩り尽くせとか言うんじゃないだろうな。

暗闇への穴がぽっかり開き、両者は静かにその中に身を潜める。

幸い、というかこれも計算ずくなのか、ダクトの中はちょうど人一人が通れるくらいだった。さすが豪華客船というべきか、四方はシミ一つないアルミシルバーに輝いている。あの酒場みたいなダーティーさになってない事にまず一安心し、まずは気兼ねなく話せる大広場外にまでダクト内を移動して口火を切った。

「さて、どうしよう」

「《超感覚》で何か分かる?」

システム外スキル《超感覚(ハイパーセンス)》は、人間の注意悪意害意殺意といった《気》を感じ取る技術だ。旧SAO内で《六王》を担っていた者ならば全員標準で使える技術なのだが、ユウキがレンにそれを訊いたのは、単純にこの少年のほうが感じ取る範囲が桁違いに広いだからである。

ちょっと待ってね、と前置きした黒髪美少女――――もとい黒髪美少年は額にシワを寄せて目蓋を閉じる。

脳裏に展開するのは、線だけで表された三次元映像。だがそれでも、このバカデカい客船の全域をカバーするのは難しい。加えて、そもそも殺意も何もないNPCである侵入者は《超感覚》上ではただの物体として扱われ、感知が困難を極める。

ムムム、と唸るが、それで状況が変わるはずもない。

―――無理をしてでも範囲を広げようか。………いや、まだ無茶をする段階じゃないか。

そこまでを胸中で呟き、少年は《超感覚》を断絶させた。感覚としては、焦点を遠くに当てていた目を、近くにシフトチェンジする感じだろうか。

「…………う~ん。とりあえず、僕達の他にはプレイヤーいないみただね。侵入者(アイツ)らについては、ごめんちょっとわかんない」

「そっか。いや、うん、仕方ないよ。もともと、そういう風にはできてないスキルなんだから」

通常の、システム外スキルなどではなく、システムに規定された《索敵》スキルを使えばある程度は分かるかもしれないが、しかしその範囲はレンにしてみたら狭すぎる。あってもなくても、判っていても判ってなくとも同じようなものなのだ。

「これを踏まえて、ユウキねーちゃん。どうする?」

「えぇ?ボクが決めるの?」

「だって、少なくとも僕より判断能力が高いのはねーちゃんでしょ。現に今パッと思い浮かんだのは、正面突破くらいしかないんだし」

悪びれもなくしれっとうそぶく少年に、重いため息を手土産に少女は思案する。

「その猪突猛進は治したほうが良いと思うよー、ヒスイさんのために」

ヒスイとは、レンが立ち上げたALO内の一種族、猫妖精(ケットシー)の一軍。《狼騎士(フェンリル)隊》の参謀長を任されている女性のことだ。ケットシーならではのしなやかな肢体に、一度聞いたらなかなか忘れることのできない京都弁と関西弁が混ざったような口調は、ALOでも有名どころである。

普段飄々としているが、あれでもかなり真面目なところがあるので、その反動として破天荒なレン(と領主)の行動に一番振り回されるのは彼女であったりする。なんというか、極めて残念なポジショニングだ。

「……状況が不明瞭すぎる。今の段階で下手に推測するのは危険だよ」

「なるほど」

「だけどもし、このクエにリミットがあったら、なかなか笑えない事態になるかもね」

どう考えてもあの優しくても甘くないシゲ老人が、失敗したからまたチケットちょうだい、などという要求に応じてくれるとはにわかに思いがたい。ただでさえキナ臭いのだ。これ以上のキナ臭い展開に身をやつすのだけはご勘弁願いたい。

「とりあえず――――」

そこまで言って、ユウキはすばやく口を閉じた。自分たちがいるダクトの真下で、何やら物音がしたような気がしたからだ。

頷きあって、静かに耳をひんやりとする床部分に添えると、数秒で声の主がやってきた。だが、《聞き耳》スキルをとっていないからか、断片的な音声しか聞こえてこない。しかし声の主が男で、そして侵入者の側だということは辛うじて判別できた。

『………………どうだ?』

『――ん――――今――ろは、上々…………』

『……そ、か。…………《例のもの》は――――』

例のもの?と少女は首をひねる。それがこのクエストのクリアキーに繋がっているのかもしれない。

もっと何か聞き取れないものだろうか、とユウキが身をひねった時。

ゴン、と。

薄いアルミ材質だったのが災いした。体重移動の慎重さがおろそかになり、割と大きな反響音が広いダクト内に響き渡る。

思わず固まって顔を上げると、レンのほうも眼を見開いてこちらを見つめていた。その顔には、『何やってんの』と『落ち着け』という言葉が半分くらいで混ぜ合わさっているのが見て取れる。というか、顔に出しすぎ。

恐る恐る、という表現が正しいくらいに慎重にその場を離れようとする両者の耳に、ジャカッ!という明らかに不穏な音が薄いアルミの床を通した眼下から響く。

「――――――ッそ!」

最低限の、押し殺したようなレンの悪態とともに、全力でアルミの床を蹴る。力に耐えかねて床は大きく靴底の形にへこむが、しかしそれはコンマ数秒後にはまったく気にならなくなった。

ガッカカカカカカッガガガガガガザギギギッギギッッッッ!!!

薄い鉄板に幾つもの穴が開き、つい数秒前まで少年たちが潜んでいた空間を獰猛な鉛球が唸りをあげて通過していく。狭い空間のため、床に弾丸が穴を開けていく轟音は、暴力的なまでに耳を通して脳を揺さぶり、平衡感覚を鈍らせる。

数秒間、いや、ユウキ達当人にとって数分間にも思えた掃射は唐突に終わる。同時、留め金もろとも破壊しつくしたのであろうか、穴だらけとなったアルミ板がべりべりという音を残して視界から消えた。

くわんくわんと頭を揺らすユウキの耳に、かすかに野太い男の声が聞こえる。

「おかしい。確かに音がしたんだが」

「俺にも聞こえた…………ネズミじゃねぇか?」

「にしてはいやに音がデカかったような気がしたんだが――――」

気を張り詰める両者の耳に、ぼりぼりと後頭部をかく音が聞こえる。

数秒した後、最初に声を発した男のほうが折れたようだ。まぁいいか、という呟きの後、無線機でどこかへ連絡を飛ばし始める。聞き耳を立てるが、さすがに応答の声まで聞けるわけがない。

今の派手な銃撃音のことを、冗談混じりに言い交わしているらしい男達と無線機の相手をよそに、レンとユウキはダクト内で頷きあい、今度は細心の注意を払いながらその場を離れる。

充分に離れ、そして下に何の気配もないところで、レンは再び通気口の出口を空けて飛び出した。周囲を見渡し、安全確認の後でユウキも飛び降りる。

そこは、おそらく医務室か何かだろう。真っ白なカーテンで仕切られた向こう側には、簡素なベッドとサイドテーブル、こちら側には医師が座るものだと思しきワークデスクが鎮座していた。ワークデスクの上には分厚い医学書が理路整然と並べられ、この船の船医が几帳面だという事実が伺える。いやまぁ、所詮NPCなのだけれど。

素早く、部屋唯一のドアに張り付いて外の様子に耳をそば立てるが、やはり外にも何の気配もない。この部屋の重要度は、侵入者達にとってそう高くはないらしい。当たり前といえば当たり前か。

そこまでの安全確認を踏まえた上で、ユウキはドアに施錠(ロック)をし、部屋の中をうろつきまわっている少年に頷きかける。

同じく頷き返した少年は、カーテンを引いてベッドの上に腰掛けた。ユウキも、向かい合うように座る。

すぐさま口を開いたのは、ユウキ。

「レン、さっきはごめ――――」

しかし、のんびりと払われた手によってせき止められてしまう。

「いいっていいって。誰にでも失敗はあるよ、ユウキねーちゃん。それより今優先する事は、これからのことのはずだよ」

「……う、うん」

首肯したものの、少女の心にはわだかまりが残る。

ユウキは、レンに《選ばれなかった》少女だ。

SAO時代、いつでも決まって前を歩き、そしてその歩く道の方向を一度違えたこの少年を導く役目は、自分だったはずだ。それは年の差とか、自分が年長だからとか、そんな小さな事が理由なのではない。

ただ、この少年を一番良く知っているのは自分だから。

だからこそ、少年に追いつこうと少女は血の滲むような鍛錬や死闘を積み重ねてきた。少年の、一度違えた道に点在する強者達からは、鼻で笑われるようなものでなかったかもしれないが。

それでも追いついた時、少年はもう《救われていた》。

一度離してしまった手を、握ってくれた者がいた。その人はもういないのだけれど、それでも闇の中ですすり泣いていた少年を助け出した。その事実は変わらない。

マイやカグラ、そしてリータ。

レンの本当の意味での理解者は、いつだって自分以外の者が担う。

それが堪らなく寂しく、そして同時に――――

恐ろしい。

「――――ん。ユウキねーちゃん!」

「ふぁ、ふぁいっ!」

物思いから現実へ回帰したユウキは、視界一杯に近づいたレンの顔を見る。

「わ、わっ!?」

「ボーッとしちゃってどうしたのさ。…………ま、いいや。武器になるようなものはこれくらいしか見当たらなかったよ」

そう言いつつ少年がトランプのように広げて見せたのは、手術の時に使うメスのようだ。アルミか何かわからない素材でできた小さな刀身が蛍光灯の光を浴びて薄っぺらい光を放っている。

「そ、そんなのどこにあったの?」

「戸棚の一番奥にけっこうあったよ~」

「戸棚って…………うわっ」

食器棚みたいな、しかし温かみの欠片もないオフホワイトの棚は空き巣も眉をしかめるほど雑多に荒らされていた。一応音を響かせるのに気を使ったのか、高そうな薬の入ったビンなどは丁寧に床に置かれて入るが、それにしたって五十歩百歩な気がする。

「レ~ン~」

「ひ、非常事態だし。ここのお医者さんも許してくれるよー」

適当にうそぶきつつ、レンはメスを三本手渡してくれた。見つかったメスは全部で五本。

「だけど、これダメージ判定でるのかな?」

「そこら辺はテキトーテキトー。ま、出なかった時は出なかった時で考えよ」

「そんな悠長な……」

こんな薄っぺらなメス一本で、あんなレア装備の塊みたいな奴らにいかほどのダメージが通るのかは、正直かなり微妙な線引きだ。だが、このクエストが生存(サバイバル)を基本行動に想定してデザインされているならば、その中にあるちょっとしたものにダメージ判定がないとかなり、いやクリア不可能と暗に言われているに等しいような気がする。

いくらあのシゲさんだって、クリア不可能に設定されているクエストに二人を放り込むほど非情ではない……はずだ。

「……う~ん、大丈夫かなぁ」

「へーきへーき」

ぴくり、と艶やかな黒髪に隠された少年の耳が動く。その口元が、横に裂けていく。

「…………さて、と」

それは、とても小さな音。いや、音ともいえないかもしれない空気の震え。

だがそれを聞き取った少年の少女の顔つきが、みるみるうちに変わっていく。

日常から、船上へ。もとい、戦場へと。

息を、動きを、気配を殺してはいるが、逆にその過程で発される齟齬を伝えてきてしまっている。

「ちょっと……喋りすぎたかな?」

「どっちみち戦闘は避けられなかったんだし、いいんじゃない?」

この世界で一番頼りない武器が、あたかも忍者の使う暗器のような、そんな圧力を放ち始める。

「さぁて。開戦といきますか」

少女に見える少年が思わずといった風に呟いた直後、号砲を思い出させる銃撃音とともに施錠されたドアが吹き飛んだ。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「長くなりそう(確信」
なべさん「長くなります(断言」
レン「……………………」
なべさん「………………」
レン「……本編は、いつですか?」
なべさん「…………プイッ」
レン「おい待て、顔を逸らすな」
なべさん「はい!自作キャラ、感想を送ってきてください!!」
――To be continued―― 
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