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女の子の恋

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第五章


第五章

 だが一つだけはっきり言えることがあった。それは由美子といつも一緒にいたいということだ。それだけは変わりがなかった。
 だから幸平が少し許せなくなっていた。そう思う自分が変で、かつ嫌な女に思えた。嫌な気持ちだったがそれでもそう思った。汚く濁った感情が心の中で渦巻きどうしようもなくなっていた。杏奈はその嫌な気持ちを抱いたままその場を後にした。気分が晴れないままその日は休んだのであった。
 次の日は練習があった。行ってみると由美子もいた。昨日のことは振り切って思い切って挨拶をした。
「お早うございます」
「お早う」
 由美子もそれに返した。だが二人共何処かぎこちない。まるで互いが負い目を持っているかの様に。
「今日も宜しくね」
「はい」
 二人は頷き合って練習に入った。その練習も普段のそれとは違ってやはりぎこちなさが残っていた。そんなぎこちなさを二人は気付いていたがその原因は自分にあるのだと思い向こうにあるのではないだろうと考えていた。そんな中で練習を続けていた。自分のそうした感情を消し去ってしまおうと練習に打ち込むがやはり無理があった。今一つ波に乗りきれず消化不良のまま練習を終えた。練習が終わった後由美子は部室で杏奈に声をかけてきた。
「今日の練習だけと」
「すいません」
 いきなり杏奈は謝ってきた。
「あの、どうしたのいきなり」
 謝られた由美子はキョトンとした顔になった。
「謝ったりなんかして」
「今日の練習、何か集中出来なくて」
「それは私もよ」
 由美子は申し訳なさそうに謝る杏奈に対して言った。
「御免なさい」
 そして由美子も謝った。
「何か集中出来なくて」
「そうだったんですか」
「ええ。何か色々と考えちゃって」
「私もです」
 杏奈もそれは同じだった。
「何か。変ですよね」
「ええ」
「すいません、こんなことで」
「私も。御免なさいね」
 謝りながらもまだ心は晴れない。二人はそれが嫌で仕方なかった。
 そんな嫌な気持ちを抱いたまま帰った。そしてその気持ちは家に帰ってもまだ続いていた。
「こんな気持ち」
 杏奈も由美子もその気持ちに耐えられなかった。
「何で思うんだろう」 
 どうしてそう思うのかすらわからなかった。本当にそれが不思議だった。お風呂に入っても自分の部屋にいても、ベッドの中に入っても嫌な気持ちは続いていた。本当にそれが嫌だった。
 そうした気持ちが三日程続いた。二人はいい加減それに耐えられなくなってきていた。二人で一緒にいてもそうである。何が悪くて何が嫌なのか、さらにわからなくなってきていた。こんがらがってきていたのだ。
 二人はたまりかねて部活の後で話し合うことになった。二人はあの公園のベンチに座って話をすることにした。
 夏の暑い日の夕方である。赤い太陽が公園を照らしている。その光は昼のそれの様に強いものではなかったがまだ熱は残っていた。二人はバッグを自分達の足の前に置き、制服姿で話しはじめた。
「最近のことだけれどね」
「はい」
 まずは由美子が口を開いた。杏奈がそれに応える。
「何て言ったらいいかなあ」
 だが由美子はここで指を傾げた。そして戸惑いながら言う。
「お互い嫌な気持ちよね」
「はい」
 それは二人共わかっていた。
「どうしてこう思っているのかまでわからなくなってきてるけど」
「何でなんですかね」
 杏奈は言った。
「私もわからないです」
「私もよ。変な気持ちよ」
 由美子は眉を顰めさせていた。整った顔の中央に深い皺が刻まれる。
「裏切ってるみたい、って言うのかしら」
「裏切ってる」
「ええ、私はそう感じるのよ」
 由美子は考えながら述べた。
「どういうわけかね、そう思えるのよ」
「私も同じ感じです」
 杏奈はここで言った。
「私は裏切られたって」
「裏切られた」
「はい、先輩は裏切ったって感じられているんですよね」
「ええ」
 由美子は隣に座り、自分を見ている杏奈に対して答えた。
「私に対して」
「そうよ」
 真剣な顔で頷く。
「私は。先輩に裏切られたって思っていました」
「私に、なのね」
「はい。それでとても嫌な気持ちでした」
「そうね。それは私もだったわ」
 だがこれは互いに質の違う気持ちであった。杏奈は裏切られ、それを恨めしく思う気持ちであり、そして由美子のそれは裏切ったことを悔やむ気持ちだったのだ。二人の嫌な気持ちは根は同じであるかも知れないがその思いはまたそれぞれ違ったものであったのだ。
「何でそう思ったのかしら」
「この前先輩デートしていましたよね」
「え、ええ」
 由美子はそれに応えた。少し慌てた声になっていた。
「ここでね」
「私、それを見て」
「そうだったの」
「それで。嫌な気持ちになって。変ですよね」
「それは私もよ」
「先輩も」
「デートしてる時。何か」
 杏奈から顔を離し、真下を俯いて言った。
「おかしな気持ちになって」
「はあ」
「変よね、別に誰も裏切ってなんかいないのに」
「私も。裏切られてなんかいないのに」
「浮気したみたいに」
「浮気されたみたいに」
 ここで二人は気付いた。
「えっ!?」
 慌てて顔を見合わせる。
「浮気って」
「そんな」
 二人は互いにはっとした。
「おかしいわよね、私達女の子なのに」
「恋人同士みたいに」
 一度顔を離す。そしてそれぞれ俯いて言う。顔は真っ赤である。
「けれど」 
 その心は否定することは出来なかった。
「今まで嫌な気持ちだったのは」
「ずっともやもやしていたのは」
「浮気したから」
「浮気されたから」
 二人は言った。
「そう思っていたからなのね」
「そしてそれは私が先輩を」
「好きだってことね」
「今まで一緒にいたのは」
「ええと」
 まずは由美子が顔をあげた。
「何て言ったらいいのかわからないけれど」
「はい」
 杏奈はそれにこくりと頷いて応えた。
「杉本さん」
「はい」
「私、どうやら貴女のことが」
「私も。先輩のことが」
 杏奈も顔を上げて由美子に顔を向けた。
「好きみたいなの」
「私もです」
 二人は互いの顔を見て言った。顔は真っ赤なままである。
「おかしいわよね、その」
「女の子同士ですし」
 それにまだ戸惑っていた。だがもう言ってしまったことは変わらない。
「それなのに好きなんて」
「今まで先輩と後輩だって思ってたことは憧れとかそんなのじゃなくて」
「恋だったなんて。いいのかしら」
「それは・・・・・・私が言えたことじゃないですけど」
 杏奈はまだもじもじとしていた。っそひてそれは由美子も一緒である。
「テニス部に入って先輩と一緒にいたかったのも」
「何かと教えてそしてデートの時後ろめたさを感じたのも」
「私が先輩を好きだったから」
「私も貴女を好きだったから」
「そういうことだったんですね」
「女の子同士だけれど」
 だがそれを否定することはもう出来なくなっていた。
「あの、その」
「それで」
 二人はまた顔を離した。互いにまた俯いて顔を真っ赤にさせて相手に対して言う。
「私でよかったら」
「女の子でよかったら」
 二人はそれぞれ言った。
「付き合ってもらえるかしら」
「恋人として。お付き合いお願いできるでしょうか」
「ええと」
「あの」
 また顔を上げて互いの顔を見る。
「宜しく」
「お願いします」
 そして言葉を掛け合った。これで充分であった。二人は今先輩と後輩から恋人同士となったのであった。由美子は幸平と別れて杏奈と付き合いはじめた。杏奈もそれを受け入れた。そして恋がはじまったのであった。
 憧れからはじまる恋、先輩と後輩の恋、よくある話だがそれは決して男の子と女の子の間だけではない。女の子と女の子の間でもあることである。
 それで幸せであればいい。少なくとも杏奈と由美子は幸せになれた。恋は一つではない、色々な恋があるのである。そんな中の一つの話であった。


女の子の恋    完


                   2006・4・8
 
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