不可能男の兄
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第三章
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長身の痩軀が生徒たちの中から出てきた。
「元会計、シロジロ・ベルトーニだ。挨拶を受けよう。既に全生徒の暫定代表権は同意を得ている。私達の相対で武蔵の方向性を決めていいと――」
言いながら、シロジロが葵・トーリを引きずって連れてきた。
まだ、満足に制服を着込んでいないトーリは後ろ向きに引きずられていることで不規則なステップを踏んでいた。
「ちょ、シロ! まだ帯締めてねぇ! 最初から脱げてたらつまんねだろうが!」
「しるか。馬鹿。トーリ、金のためには一応は貴様が必要なんだ。少しは役に立て不可能男《インポッシブル》。貴様が権限を奪われていなければトップダウンで全て一律決定できるのに、今はそれが出来ないから面倒な段階を踏まねばならん。――あまりにも金のムダだろうが」
「あれ? 兄ちゃんそっち側かよ!?」
……今更だ。それに相変わらずだな。
正純は兄弟で敵対する事を想う。
私のせいだろうか。
いや、葵・ユーキには何らかの考えがある。
「おう。トーリ。俺は正純の補佐役で敵だ」
「うん、解りやすいな、兄ちゃん。あれ? シロなんで兄ちゃん敵になってんの?」
「私が知るか」
う~んと頭を傾げる葵・トーリを全員が無視することに決めた。
「臨時生徒総会の議題は、私の不信任決議を通して、教導院側の姿勢を決めることで間違いないな?」
「そうだ。だから、そちらは聖連側、こちらは武蔵側ということだ」
「シロジロ。わかってるのか? 馬鹿《トーリ》にも解りやすい言えば、ここでの結果が人々の今後を左右するぞ。聖連に楯突く余地があると思ってるのか?」
シロジロに問いかける葵・ユーキ。
彼の言う通り、教導院が国を統括するので、総長連合と生徒会の決定は絶対だ。
国家間トラブルはこの二つの機関に属する学生が担当する。
この相対で決定した事は国の決定と同意義だ。
「二十年以上昔に酒井学長はK.P.A.Italia及び旧派《カトリック》が武蔵に旧派を浸透させようとするのを防いだことがある。当時の三河総長だった酒井学長を始めとする三河総長連合が武蔵総長の権限を預かった戦いだった――」
シロジロの言葉を正純が続けた。
「結果として、三河はK.P.A.Italiaと旧派の教譜的侵行《しんこう》を防ぎきったが、しかしそのようなことは自由にできないよう、校則法の改正なども行われた。今は当時とは違う。聖連を相手に抗い、勝利できるとは考えない方がいい」
そして、シロジロは一度頷いて続ける。
「だったら今のやり方でどうなるのか、逆らえるのか逆らえないのか。それを知るのがこの臨時生徒総会だ」
……成程な。今と昔を比べるまでもなく、今は今のやり方で挑むか。
「ちょっと良いか。相対の人数は三人で良いだろう? 俺は正純の補佐役だからさ。長引いても良い事無いしな」
葵・ユーキが、相対に対する条件を提示した。
シロジロは瞬時に理解した。
葵・ユーキは、今は敵だがホライゾン・アリアダストを救うという考えは持っているのだと。
「……いいだろう。聖連側と武蔵側、代表は三人ずつで二勝先取側が勝利。その相対の結果を武蔵アリアダスト教導院の総意として判断する。聖連側が勝てばホライゾンの自害を認めて武蔵は移譲する。武蔵側が勝てばホライゾンを救助しに向かう」
武蔵側に取って時間は大切だ。
明確に自害の時間が通知されているので、それまでにホライゾンを救助しなければならい。
よって、葵・ユーキの提示した条件はホライゾンを救助する為に有利と言えるだろう。
「相対の方法は如何なる手段も有りとします。戦闘、交渉も他の勝負であろうとなんでもありね。どんな手段でも聖連側は歯向かうことの無意味を知らせ、武蔵側は抗う方法があることを知らせればいいわ」
教員であるオリオトライの言葉に、正純とシロジロはJud.、と頷いた。
「一番手はあたしが貰うよ」
……一番手は誰にしようかユーキと相談して決めたかったが、仕方がない。
ミトツダイラは出遅れたらしく、半歩ほど前に足を出しかけていた。
しかし、それより先に直政が動いたのだ。
「まあ、直政達機関部の連中はどちらかと言うと教導院側だから仕方ねーよ」
「え? ユーキ。どういうことですの?」
「機関部は、暫定議会側に従えば武蔵という働き場がなくなることがわかってる。機関部の不安は簡単なことさ。逆らうのは別にいいけど、武蔵が沈められたらどうするんだ、ってね。それは嫌だ。だから聞いてみたいのさ。最悪、聖連との戦争状態になったら、明確な武装のない武蔵がどうやって戦う気なんだ、ってね」
直政はミトツダイラの問に答える形で更に続けた。
「ろくに戦う方法がないのに戦争を考慮するなんてできっこない。各国が持つ戦闘力の内、戦場における代表格ってのは何だい? 航空艦? 機竜? 機動殻? それとも騎士? 否、機関部としてはこう言いたいのさ。そうじゃない、と」
●
「間近で見るのは久しぶりだな」
空から飛んできた、身長十メートルはありそうな赤と黒の衣装をまとった女性型の重武神を葵・ユーキは見上げながら感想を述べた。
「――重武神〝地摺朱雀《じずりすざく》〟。あたしが地上にいた頃、戦場になった実家周辺の土地で見つけた武神の破片の寄せ集め。紆余曲折あって、今ではあたしの走狗《マウス》が宿って作業用だ。出自が戦闘系ってことで、機関部重武神作業班の中で勝てる奴はいない」
……直政の奴、楽しそうだな。変に派手好きというか、絶対に自慢だろう。
直政が義腕の右手を掲げた。
それに応じるように武神の目が光る。
「ちゃんと十トンクラスで、あたしの右手の遠隔操作で動く可愛いやつさ。作業用にパーツ換装してるからトルク重視で装甲も薄いけど、力では他国の重武神に比べてもいいセン行くと思うね。それを相手に出来るヤツは誰だい? その方法と結果を見て、見極めさせて貰うよ。武装解除された極東にも戦う手段があるかどうかをね」
当然、生身で重武神と戦いたいと思う相手はいないだろうが……。
「武神とサシでやれる人間なんて、各国の英雄クラス。向こうで言う立花・宗茂や教皇総長という八大竜王や、ガリレオのクラスだろう。こっちでいうとミトがそうかね? だけど、聖連に逆らうなら、そのくらいの者がフツーにいないと困る。どうだい? コイツとやれるヤツはいるのかい?」
直政は敢えてミトツダイラの名を使った。
パワーで自分に叶うのはミトツダイラくらいだと皆も知っていることだから。
……単純に、パワー勝負なら負けやしないけど、アサマチとか、ユーキが相手だと話は変わってくるだろうさね。
直政は視線の向こう側にいる浅間と、足元にいる葵・ユーキを目の動きだけで捉える。
見学する者達から無理だと小さな声が聞こえた。
……ユーキが教導院側にいたら間違いなく出てきたはずさね。コイツにゃ、時たま恐怖心が無いのかと、ゾッとする思いをする時がある。
それに、あたしと同じで恐らく気持ちとしては教導院側だと思う。
ホライゾンを救ったら馬鹿な姉同様で、ユーキも割を食うはずなんだがね……。
まあ、今は、目の前の商人を倒すことに集中するとしようか。
●
「なあ、ユーキ。シロジロは大丈夫なのか? さすがに死人を出すのは……」
「まあ、アイツは守銭奴で商人だから大丈夫だろう。ハイディの仲介支援もあるし」
正純の問に葵・ユーキは簡潔に答えた。
「シロジロには金の力がある。まあ、見た方が早いだろう……。トーリはシロジロに無茶振りしたつもりらしいけど、理に適っているはず……」
「ユーキにしては自信なさ気だな……」
「馬鹿は常に進化する馬鹿だ。トーリほど予測不能な動きをするやつを俺は知らない」
そこ、自慢するところじゃないぞ。
「――派手にいくよ!」
あ、という間に――。
言葉と共に、直政が操る重武神のスマッシュブローがシロジロに叩きこまれた。
――潰れたミンチの死体なんぞ見たくないぞ……。
「正純」
葵・ユーキに言われて現実を見る。
「……無事?」
直政も私と同じ事を言ったらしい。
見れば、地摺朱雀《じずりすざく》の拳が、シロジロの交差された両腕の先で止まっていた。
そう、透明の壁にでも守られているかのように。
「無事だ。シロジロの契約してるのは、商業の神だけど、商業神って他の神に対してある力を持ってるんだよ。ざっくりと言えば、神々の間のやりとりに金を使える」
そして、シロジロの声が聞こえた。
「――警護隊副隊長、以下百五十名。警護隊としての力を金でレンタルしている」
言われた彼らは頷く。
彼らは目を伏せ、それぞれは膝をついて不動の状態だ。
その彼らを見ていたハイディが彼らの代わりに声を作る。
「警護隊の労働力を、一括して時給払いで借り受けたの。警護隊も労働の神の加護を得ているから。あとは簡単。シロ君が契約してる神、サンクトの神社にお金を振り込んで、神社を仲介して労働の神の神社が管理する警護隊の労働力を買えばいいだけ」
正純の横にいる葵・ユーキが驚いたように言った。
「げ。シロジロの表示枠《サインフレーム》見えたけど、金使ってんなぁ……」
「一体幾らかかってるんだ?」
正純の問に答えるようにハイディが答える。
「神社側の査定で、警護隊の労働力は時給換算して一人一時間あたり、五人時間分と換算されたの。時給にして約五千円だけど、仲介料込みで倍払いで一万。それが百五十人分だから一時間百五十万ね――」
その金額が、急ぎであったため、シロジロのポケットマネーだという。
しかも、シロジロはそれを経費で落とそうとしている。
……総長連合の予算で出ないこともないが恐ろしい金額だ……!!
「今、私は百五十名の警護隊の力を一点に集中できる。重量換算すると、一人七十キロとして、約十五トンか。十トンクラスの貴様の重武神に対して充分だろ」
「充分かどうか。だったら勝負をしようじゃないか!」
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シロジロと直政が操る地摺朱雀《じずりすざく》は町の方へ行ってしまった。
「もしもの話だが……。ユーキがシロジロと戦うとしたどうやって対応した?」
「うーん……」
葵・ユーキは少しだけ言い淀む。
視線の先にはハイディがシロジロに呼びかけていた。
『シロ君。町の方は気にしないで良いよ。機関部と交渉してマサの地摺朱雀《じずりすざく》の労働が町の建物に向かったときは止めるようにしてもらったから』
その光景を見ながら葵・ユーキは言った。
「どんな方法も使って良いって条件だから、ハイディを叩くのが一つ。後は、警護隊と交渉させないように先手を打っておくのが一つ。残りは、そうだな。逃げればいいんじゃない? シロジロの資金だって無限じゃないんだし」
その回答の最中で、シロジロは演説のように言葉を紡いでいた。
私も大まかに知っているが、さすがに商人だけあって、聡い。
簡単に言えば、多くの国は極東に借金をしている。
その借金は、極東が完全支配された場合には踏み倒されると言う。
借金を踏み倒されればどうなるのか。
その答えは、簡単だという。
多くの他国は自国が極東に預けた金の回収と、資金奪取をする。
その後、支配した極東に銀行を形だけ戻して、自分達のものとして最運用する。
極東側に取ってはそれは何も残らず、何も抵抗が出来無い。さらには行く先々で各国の言いなりになるしかない。
つまり、極東が聖連に完全支配されたら極東に住む人間は全てを奪取されるはめになる。
そんな中、金融機関として唯一保たれているのが武蔵だという。
武蔵は各国の暫定支配を直接受けていない独立の領土であり、金融の独立性を保っているのだ。
そして、人々は動いている。
三河消失を受けて聖連側の支配による借金踏み倒しを恐れた極東の人々は今朝になって貯金を引き落とそうとした。
しかし、聖連は、三河消失を聖連に対する敵対行為の恐れ有りとして敵対行為への資金投入の恐れを避けるという名目で極東の金融を凍結している。
『――よって、各居留地を中心に極東の人々が手持ちの金を神社に奉納し、その代演を外燃拝気《がいねんはいき》として武蔵に預ける流れが生じつつある。――意味がわかるか? それは、武蔵が、極東最大の燃料庫と銀行になりつつあるのだ!』
シロジロは言う。
『だが、ホライゾン・アリアダストが失われて武蔵が移譲されたら何もかも終わりだ。しかし、そうならなければ、武蔵は金を力が集まる場所となる!』
一際大きな攻撃と、声が響く。
『武蔵は戦える。武蔵が飛び続けることで存在を示し、金が集まり続ける限りはな!』
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「ぶっちゃけ、シロ君とマサ、当初の目的見失って暴れてるよね?」
シロジロと地摺朱雀《じずりすざく》が町で激しく交戦しているのを見守りながらハイディは言った。
……相手がマサで良かった反面、お金かかるけどいいのかな?
ハイディは幾つもの表示枠《サインフレーム》の操作を行いながらそう思った。
彼女の近くで座り込んでいる葵・トーリと、視線の先に正純と並んでシロジロと直政の交戦を見ている葵・ユーキを見比べる。
……言葉にしないけど、ユーキ君がまさか敵側とはねぇ。副会長に言いくるめられたって感じじゃないから、自主的に正純の方に付いたのかな?
それにしても、厄介よね。トーリ君は馬鹿だけど、ユーキ君は馬鹿じゃないから。
トーリ君は馬鹿で何考えてるかわかんないし、ユーキ君は馬鹿じゃないけど何考えてるかわかんないもんね。
「マサは祭好きだからいいとしても大丈夫かよシロのやつ、毎日部屋の隅で体育座りしてニヤニヤしながら金勘定してたら馬鹿になっちまったんじゃね?」
「ははは、トーリ。お前に言われたらシロジロもおしまいだな」
兄弟揃って笑いあっていた。
あれ、敵同士のはずじゃなかったのかな。
「んー、シロ君、金が絡むと正気に戻るから大丈夫」
「いや、否定しろよ……」
正純ね。まあ、気にしないでいいか。
「しかし意外ですわね。直政が武神乗りだとは知ってましたが、格闘戦の方をあそこまでこなせるというのは、驚きですわね」
「そうなのか?」
「直政って体術道場の師範のバイトしてるしな。色々と技を持ってるよ」
葵・ユーキが正純の問に答えて、ハイディが補足するように言葉の続きを作った。
「マサは小等部に入る前に武蔵にやって来たんだけどね、出身は、清の南部国境沿いの村だったから、凄かったんだって。敵は略奪してくるし、味方も徴収してくるしで、だから自治をやろうとして、武神の残骸を村で集めたんだって」
それが、色々とあって、
「――マサのものになって、機馬団は、敵味方構わず、横暴なのが全部叩き潰されたんだけど、村も壊滅したらしくてね……」
「オゲちゃん」
トーリがハイディの言葉を止めるように言った。
「そこまでにしとけよな。マサが言わないことをオマエが言ったらダメだろう」
「あ、そだね。Jud.、後でマサに謝っとくべきかな?」
「ハイディ、そこまでしなくていいだろう。そうだな、いきなりトーリに謝れたらハイディはどう思う?」
ハイディの言葉に葵・ユーキが例題を返した。
「んー、すごく気持ち悪いし、裏があるかと疑うよね。それにおかしくなったか、ユーキ君にすごく怒られたんじゃないかって心配するかな」
「兄ちゃんのゲンコツはいてぇからな。あと、俺、そんなにすぐ頭おかしくなるようなか弱いイメージ?」
正純は思った。もしかして、葵・ユーキがゲンコツするから葵・トーリは馬鹿になっていくのではないかと。
「しかし、心配じゃないのか? 直政は武神だが、シロジロはそうでもないだろ?」
敵とはいえ、クラスメイトである。
死んだり、怪我されたら後味が悪い。
「ハイディがバックアップしてるし、アイツ金に汚いから大丈夫だろ」
「もう、やだ。ユーキ君。そんなに褒めても何もでないよ?」
……褒めてないよな。私が変なのか?
誰も突っ込みを入れないのでそっとしておこう。
しかし、ユーキはいつも通りだな。
一応、聖連側で極東側のトーリ達とは敵対関係なのだが。
私とて、ユーキが完全に私の味方だとは思っていない。
予測はつく。
私の相対の時に何かしら動く気だろう。
私が相対する場合、討論になると思うが……。
ユーキ以外で私相手に討論で勝てる奴はいないと思いたい。
●
正純が考え事をしている間に、決着がついた。
「――正純、おい。聞いてるのか?」
「ん? あ、すまん。少し考え事をしていた」
わ、という町からの響きと、武神を救う人々の動きが見えてどちらが勝ったのか理解した。
「直政はどうなったんだ?」
「見てなかったのかよ。簡単に言えば、金の力で負けた。シロジロがうまく誘導して罠に嵌めて勝利したよ」
葵・ユーキの説明では、シロジロが地摺朱雀《じずりすざく》の手で潰されるような攻撃を表層部の土地を購入して、攻撃を地面に潜ることで回避。
その後、シロジロの攻撃で建物を背にして反撃しようとしたが、その建物すら購入して建物を背にしようとした地摺朱雀《じずりすざく》はそのまま尻もちをつくような形で転倒、瓦礫に巻き込まれて上手く起き上がれない隙にシロジロは直政を説得して勝利した。
「まあ、建物ごと倒された時点で直政の負けだったからな。どれだけの金を使ったかは聞かないでやってくれ」
本来、建物は労働の加護により守られており、直政らはそれを利用して建物を壁として利用し反撃するつもりが、受け止めるはずの建物は崩れたのだ。
……空き家とは言っても人口密集地の物件を買い取るか。確かに直政の言った戦う手段があるかどうかを見せたと思う。金はかかったと思うが。
「ハイディは大変そうだから、次の相対に行こうか――」
「次は私ということになりますわね」
ミトツダイラが二番手だと宣言した。
彼女は騎士代表だ。
「いいのか? 騎士という立場が現代においてどうであるか、知らない私ではない」
「気にすることはありませんわ。どのような結論になろうとも。私は己を騎士として扱いますもの」
そう言って、ミトツダイラは皆の方を見た。
ボソリと、葵・ユーキのつぶやきが私だけに聞こえた。
「向こうの相対相手次第だが……、ネイトはズレてるな。やっぱりゲンコツが必要か……」
「武蔵の騎士代表として、銀狼《アルジョント・ルウ》ネイト・ミトツダイラがお尋ねしますわ」
彼女は胸を張ると、背負っていた対の長ケースを左右に置いた。
己の背丈ほどあるケースは床に載り、その重量で教導院前の橋をわずかに軋ませる。
「ユーキ、どういうことだ――」
私の声をかき消すように、ミトツダイラが声高らかに言葉を発した。
「現在、武蔵の総長兼生徒会長の権限は王に預けられており、不在の状態。その武蔵王は派遣の役であり、報奨などの経済基盤を持たないですの。それでは私達騎士が従うことは出来ません。こんな状態において、教導院側は、何を持って私達を従えさせる事が出来ますの?」
彼女は左右にあるケースを軽々と、無造作に軽く持ち上げた。
そこに術はなく、ただ単純な力の象徴だ。
「騎士を従えさせようとする相手は、どなたですの?」
●
教導院前の橋上にて、ミトツダイラは長ケースを下ろすか下ろすまいか迷った。
何故なら、彼女の両手に持ち上げられた長ケースの上に絶妙なバランスを持って立っている人物がいるからだ。
「何してますの?」
「高みの見物……!」
教導院側、昇降口の前に座り込んで話し合っている皆を葵・ユーキはミトツダイラが持ち上げた長ケースの上から見下ろしていた。
「いや、そうでなはなくてですね……」
重くはないが、長ケースを下ろすのには邪魔なのだ。
皆がスクラムを組む中からトーリが首だけ振り向いて言った。
「あ、ネイト、ちょっと考えタイムな! あ、兄ちゃん何、面白そうなことしてんだよ!」
皆、一瞬だけちらりとこちらを見て、また額を突き合わせた。
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「おいおい、どうするよ? 絶対楽しそうだぜアレ」
「そうじゃねーだろ」
葵・トーリに皆が突っ込みを入れた。
「自分、思うに、ユーキ殿はノリノリなネイト殿に乗っているみたいな……」
「点蔵君、減点で~す」
「トーリ君、誰もが思っていた事を代弁してくれたので今は置いておきましょうね。それよりも、ミトは中~近距離系ですから、遠距離系の私が弓矢でズドンとやりましょうか……」
「拙僧が思うに、点蔵は寒いこと言ったが、無視してシロジロが戻ってきたら銀弾を調達してだな……」
「二人一組でいいなら、ナイちゃんがガッちゃんと二人で空から遠距離で安全に……あ、点蔵は無視するね」
ミトツダイラは、クラス連中が外道だと再確認した。
「点蔵以外は割りとネイトの攻略法考えてんな」
「その点蔵にダメージを与えたのは貴方ですけどね……」
意味もなく、長ケースの上に乗ったのは私への援護のつもりだろうか。
葵・ユーキは、長ケースの上から静かに飛び、綺麗に宙返りをした後、着地した。
そしてそれを確認したミトツダイラは長ケースをそっと下ろす。
……何を考えているのかわかりませんわね。
ユーキもそうですけど、あちらの話し合いの内容も気になりますわね。
「何を話してる何て気にすんな。無意味だ。誰が出てきても良いように心構えしとけばいい」
「そう、ですわね……」
皆がスクラムを組んで何か良からぬことを話しているだろうが、私は……。
ミトツダイラの肩に触れるものがあった。
いつの間にか彼女の横に葵・ユーキがおり彼女の肩を抱き寄せたのだ。
そして、彼女の耳元で彼は話す。
「なあなあ、こうやってればあっちと同じじゃね? アイツらばっか仲良くしてるからこっちも仲良くしてようぜ」
「ち、近い! 近いですのよ!?」
光景としては、二人スクラム状態だ。
言い換えれば、抱き合っているようにも見える。
ミトツダイラの頬に葵・ユーキの頬が当たるほど密着したスクラムを組んでいる。
「あんまり大声だすなよ……。いいか? まずアデーレは従士だから排除だ。トーリは最後狙いだと思うからまず出てこないだろうし、喜美も出ないだろう。だとすると誰が出ると思う?」
「あ、その、たぶんですが、点蔵、ウルキアガあたりかと……。ネシンバラも怪しいですけどパワーキャラってタイプじゃないですし……」
こういった相対に自ら出てくるタイプでもない。
消去法で仕方なく出てやると言う感じが好きそうですし。
浅間は……出てこないでしょうね。
ユーキが敵って時点で平静を装うのに必死という感じですしね。
「俺は戦闘中にネイトを支援できねーから、戦いの前に言っとくけど……。まあ、頑張れ」
「……はい」
●
「話は終わったか?」
問いかけたのは正純だった。
彼女は聞きたいことがあったのだが、急に葵・ユーキが跳躍してミトツダイラの長ケースに飛び乗ったので、今まで聞きたいことを聞けずにいた。
ミトツダイラの事をズレていると言った理由。
「ああ、終わった。まあ正純の聞きたいことは解る。ネイトって騎士じゃん? 騎士は市民より地位が上だぜ?」
「だからミトツダイラは騎士として戦い、勝つんじゃないのか?」
「ああ、普通にやればあっちのメンツでネイトに勝てる奴は……いないはずだ。近接格闘ならまず勝てないと思う」
だが、ミトツダイラに勝つ心算がなければそこそこに戦って負けるだろう。
「何故、そう思う?」
「あいつ、アレだ。ここで負けて騎士やめれば三河の次期君主も考えなおさなきゃならなくなる、とか未来の事考えてんだろうよ」
騎士が市民に負ける。
……そういう事か。聖譜《テスタメント》の歴史記述では英国でいずれ市民による革命で王が処刑される。
その流れが六護式仏蘭西《エグザゴンフランセーズ》にも生まれ、市民が政治に関わるようになる。
市民革命を武蔵において行おうと……。
「諸国の王は総長だったり、生徒会長が兼任することが多い。だから、市民革命はその王様達に取っては今まで自由に扱ってきた権利、政策が自由に扱えなくなるってね。だからまあ、王様達は聖譜記述の歴史再現をセーブしつつ根回ししたり、保身の為に動いたり、って感じだ。それでも今ここで騎士であるネイトが負けるのは完全に聖譜記述に対する違法行為だけどな。それでも、各国の市民は権限の獲得を謳うことになるだろうさ。それを先導するのが……」
「武蔵の領民であった者達」
「Jud.、だから、まあネイトがここで勝ったのは良い事だろう。鈴が出てきたのもなかなか意表を突いた形だったけどな」
正純と葵・ユーキはミトツダイラの勝負を見ながら話し合っていた。
相対の勝負は一勝一敗。
次の正純と葵・ユーキの勝敗に今後の行方が委ねられている。
最後の相対であり、放送委員会の広報は、次の相対が討論になるものだと告げていた。
戦闘に巻き込まれる恐れなしと人々は最後の相対を見ようと、教導院を見通せるところに移動し、集まりつつ有る。
その証拠に通りや公園には便乗屋台が出店しており、通りに面した店は長椅子を道へと出して商売をしていた。
武蔵の人々は、武蔵の動向に敏感である。
誰もが常に極東の存続に対して、危機感を持っている。
その存続が今問われているのだ。
「お、正純の父親もきたみたいだ」
「任せてはくれないものだな。監視に来たと言うべきだ」
●
後書き
2012/12/23誤字修正
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