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黒砂糖

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第五章


第五章

「あんたが三つの時にな」
「三つの時やん」
「だから三つの時や」
 祖母はこのことを強調してきた。
「三つの時にや。三つ子の魂はって言うやろ」
「ああ、あれな」
 この言葉は昌美にもわかった。
「三つ子の魂百までやったな」
「そうや。それを考えてずっと教えてたんやで」
「一回しか言われんかったような気がするけど」
「子供の頃はな。頭では覚えてないんや」
 祖母はここでまた種明かしをしてきた。
「けれど。身体で覚えてるんやで」
「そういうもんなんか」
「白砂糖は表で黒砂糖は裏や」
 今度はこんなことを言うのだった。
「そやから白砂糖を使うのはずっと頭に教えたけれどな」
「黒はその時にやったんやな」
「そや、表と裏やからな」 
 また言う祖母だった。
「そこはしっかりしておいたんやで」
「それちゃんと言うてくれたらよかったのに」
 昌美は黒砂糖の饅頭を作りながら祖母に述べた。述べるその口は少し尖っている。
「何でそんな周りくどいことしたんや」
「そやからさっきから言うてるやろ?」
「表と裏?」
「表は白砂糖を使ったお菓子や」
 これもさっきから言っていることだった。話はよく通じるものだ。
「それができるのは確かにええ」
「それで黒は裏で?」
「これができたら全然ちゃうんや。砂糖は二つあったら両方使えたら全然ええやろ」
「まあそれはな」
 何度も同じことを話してきて頭の中に完全に入っていく。これもまた刷り込みなのかと思う昌美だった。あえて言葉に出すことはしないが。
「そやからこうしたんやで。いざっていう時の隠し球でや」
「わかったわ。じゃあこの黒砂糖のはや」
「こうした時に作るもんやで」
 祖母は最後にこう言って微笑んだ。これでこの時の話は終わった。そして次の日その黒砂糖の饅頭を武蔵に渡して食べてもらった。すると武蔵は満面の笑顔でこう言うのだった。
「めっちゃ美味しいわ」
「そうなん。美味しいん」
「ああ、めっちゃな」
 また述べる武蔵だった。
「ええで。白砂糖を使ったのとはまた違ってな」
「ええねんな」
「ええわ。砂糖って一つやないねんな」
 またこのことを言う武蔵だった。
「これも砂糖なんやな」
「そうみたいやわ。うちも作ってみてはじめてわかったわ」
「あっ、はじめてなんや」
「うん」
 昌美はここで武蔵の言葉に頷いた。正直に。
「そうやねん。はじめてなんやで」
「そうやったんか。それでこの味やねんな」
「お婆ちゃんに仕込んでもらってたから」
 このことも武蔵に話した。
「そやから。できたんやけれど」
「ほんま凄いお婆ちゃんやな」
 饅頭を食べながら語る。
「何か。このお饅頭食べてたら」
「どないしたん?」
「昌美ちゃんのお婆ちゃん好きになってきたわ」
「えっ!?」
 今の武蔵の言葉には思わず眉を顰めさせる昌美だった。
「今何て言うたん?」
「だから。昌美ちゃんのお婆ちゃんが好きになりそうて」
「浮気せんといてや」 
 本気の言葉だった。
「そんなんしたら絶対に許さへんからな」
「わかっとるって。けれど何でそこで浮気なんや?」
「だってうちのお婆ちゃん好きって言うたやん」
 昌美は本気でそこに突っ込みを入れるのだった。
「ちゃうん?それと」
「まさか。この場合の好きはな」
「うん」
「惚れたとか愛してるって意味やなくて」
 それはくれぐれも言うのだった。彼もまた本気で弁明していた。何だかんだで昌美も武蔵もここはかなり真剣になってしまっていた。
「人として好きって意味や」
「何や、そうやったんか」
 昌美はそれを聞いてやっと完全に落ち着いた。
「それやったらええんやけれどな」
「そうや。何か僕もな」
「どないしたん?」
「お菓子作りたくなってきたわ」
 にこにこと笑いながらまた昌美に話した。
「これ食べてたら」
「っていうとあれ?」
 ここからは昌美にもわかる話だった。
「私と。それ?」
「あかん?昌美ちゃんのお家お菓子屋やさかい」
「当然お菓子作ることになるで」
 昌美が祖母に仕込まれているのもそれもそうした理由があるからだった。だから彼女もお菓子を作ることができるのである。だからなのだ。
「それしたいん?」
「昌美ちゃんもおってこんなお菓子食べれて作れて」
 武蔵ももうその気だった。
「めっちゃええから」
「じゃあ決まりやな。十八になったらな」
「ああ。それでええかな」
「ええで。白砂糖のことも黒砂糖のこともお婆ちゃんが教えてくれるしうちも教えるから」
「楽しみにしてるで」
 饅頭を食べながらにこりと微笑む武蔵だった。そして昌美もその彼に顔を向けて微笑みを返す。黒砂糖は白砂糖とまた違った甘さで二人を結び付けたのだった。


黒砂糖   完


                  2009・4・16
 
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