黒砂糖
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第二章
第二章
「これが」
「覚えたか?」
祖母は今度は昌美に対して話してきた。
「この甘さ」
「うん」
昌美もまた祖母に対して満面の笑顔で頷いて答えた。
「覚えたで。この味」
「そやったらこの甘さも何処で使うのかも覚えるんやで」
「何処でって?」
「それは今から教えるわ」
言いながら饅頭を作っていく。そうしてその味を昌美に教えるのだった。まだ彼女が小さい子供だった、その時の話である。
それから十年以上経った。昌美は大きくなり高校生になった。その高校生になった彼女にも彼氏ができた。今日はその彼氏を自分の家に呼んできていたのだ。
「おやまあ」
十年前と比べてやや年老いた祖母がまず彼氏を玄関で迎えた。
「昌美ちゃんの彼氏の人やね」
「はい」
見れば背は高くすらりとしている。そのうえ細く落ち着いた顔をしている。眉があがり髪は何処か鬣めいている端整な少年だった。
「昌美さんにはいつもお世話になっています」
「名前は聞いていますよ。川久保さんですね」
「はい、川久保武蔵といいます」
「そうそう」
彼のその言葉に笑顔で頷く祖母だった。
「武蔵さんね。剣道やっておられるんですよね」
「それも聞いてるんですか」
「聞いてますよ、昌美ちゃんから」
「そうだったんですか」
あらためて昌美がこのお婆さんに色々と聞いていることがわかる武蔵だった。それを聞いて恥ずかしいと思うがそれ以上に何処か嬉しさも感じていた。
「それでですね」
「はい」
「昌美ちゃん呼んできますよ」
「どうしたんですか、それで」
「あっ、武蔵君」
ここでであった。その昌美が玄関にやって来た。クリーム色のズボンに白いセーターを着ており赤いエプロンを身に着けている。黒い髪は上で束ねていて黒く大きな目は子供の頃のままだ。それがかなり特徴的であり顔立ち全体にまだ幼さが残っていた。
背は小柄で決して大きくはない。そんな女の子だった。
「もう来たんだ」
「早く来過ぎたかな」
「ううん、別に」
そのことは笑顔で否定した昌美だった。首を横に振って。
「別にね。それはね」
「関係ないんだ」
「うん。けれど丁度いい所に来たわ」
昌美は笑顔で彼に告げてきた。
「丁度クッキー焼けたのよ」
「クッキー!?」
「うん。武蔵君クッキー好きよね」
「うん、そうだよ」
「だからよ。焼いて用意しておいたのよ」
「そうだったんや」
ここで武蔵はふと関西弁を出してしまった。これまでは畏まって出さなかったがここでようやく出たのだった。昌美のその言葉がである。
「クッキー。焼いてくれたんや」
「うん。ほな三人で食べよ」
「三人で?」
「婆ちゃんもおるから」
ここで自分の祖母に顔を向ける昌美だった。見れば祖母はにこにこと笑っている。
「私もかいな」
「婆ちゃんが教えてくれたからやん」
また笑顔で祖母に言う昌美だった。
「クッキーの焼き方。そやんか」
「それはお母さんやったんちゃうんかな」
わかっていてわざととぼけているのである。この辺りは照れ隠しだった。
「私はそんなん焼かへんで」
「こんなん言うけれどあれなんやで。お菓子作るのごっつい上手いねんで」
「そうなんか」
お婆さんというイメージから和菓子かと思ったがクッキーなのでそれに驚きを隠せない武蔵だった。その驚いた顔で昌美の祖母を見ていた。
「お婆さんがクッキーの焼き方教えてくれたんや」
「そやから。三人でな」
「私はええよ」
しかし祖母はにこにことして昌美に言うのだった。
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