熱い手
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第一章
第一章
熱い手
里田郁美はやっと六年生になったばかりだ。小学生だ。
背は六年の女の子の間では高く髪は黒、それをポニーテールにしている。目は大きくはっきりとしている。すらりとしていて何処か男の子めいてもいる。
クラスでは人気者で女の子の間では中心人物の一人だ。成績もそこそこよく何よりも運動神経抜群で面倒見のいい性格だ。男の子に近いとも言える。
いつも周りには女の子がいる。教室では彼女の机の周りに女の子達が集まっている。
「昨日のあのドラマどうだった?」
「ああ、あれね」
皆郁美の机を囲んで昨日のドラマの話をしていた。今話題の恋愛ドラマだ。彼女達もそのドラマを毎週欠かさず見ているのである。
「昨日の展開凄かったわね」
「そうよね、ああなるなんてね」
「思わなかったわ」
少し驚いた顔で話をしていた。
「不治の病なんてね。とても」
「思わなかったっていうか?有り得ないわよね」
「あれ伏線あったじゃない」
ヒロインの話だ。昨日の放送でヒロインが不治の病だとわかったのだ。
「咳き込んだり。眩暈がしたり。何回かあったわよ」
「あれっ、そうだったの?」
「わからなかったわ」
それぞれの口で言う。わかっているのは郁美だけだったみたいだ。
「ああした展開であんなのあったらやっぱりね。あるに決まってるじゃない」
「わからなかったわ」
「あれ位じゃ」
「あのドラマね。伏線は小出しにしてしかも目立たないようにしてるのよ」
楽しそうに皆に話しつつ笑う郁美だった。
「だから気をつけてね。よく見ないとわからないわ」
「よく見ないとなのね」
「難しいわね」
「難しいけれど面白いじゃない」
郁美の言葉は矛盾しているようで密接に関係しているものだった。
「あのドラマ。来週はどうなるか楽しみね」
「そうね。果たしてどうなるか」
「それにしてもねえ」
ここで女の子の中の一人が。ふと思い出したように言うのであった。
「あんな恋したくない?」
「恋?」
「そうよ。あそこまで一途な愛」
恋と愛が混合した話になっていた。
「主人公も一途だしヒロインも病気でも何処までも頑張ってね」
「そうそう。お互い必死でね」
「見ていて応援したくなるのよ」
「郁ちゃんはどう思うの?」
郁ちゃんとは郁美の仇名である。時々こう呼ばれるのだ。その仇名で呼ばれて当の郁美はすぐに言葉を返すのだった。即位即答であった。
「あんな恋したいと思う?」
「そこんとこどうなの?」
「憧れるっていえば憧れるわ」
郁美は友人達の言葉に素直に言葉を返した。
「正直なところね。夢物語みたいだけれどね」
「まあそれはね」
「あそこまでの展開はねえ」
女の子達は苦笑いを浮かべだした。彼女達もそうそうベタな展開の恋愛なぞまず有り得ないとわかってはいるのだ。わかっていても憧れるのであるが。
「ないわよね」
「それでもね。やっぱり一途に」
「そう、一途によね」
郁美はここで言い切った。
「恋ってやっぱり一途じゃないと駄目よね」
「そうそう、愛し愛されて何処までも」
「それこそってやつ?やっぱり」
「そうよね、一途ね」
郁美は言い出した本人でありながら今の周りの言葉にうんうんと頷いていた。
「一途でないとね。愛する方もね」
「さもないと恋愛じゃないわよね」
「何処までも二人でね」
「そう、二人ね」
郁美はその二人という言葉にすぐに反応してまたうんうんと頷いた。
「二人なのよね。恋愛って相手がいないと駄目なのよね」
「当たり前だけれどね。ただ郁ちゃん」
「何?」
「今日の郁ちゃんちょっとおかしくない?」
「おかしいわよね、そういえば」
「ねえ」
周りから言われだしたのであった。言われた郁美は少し戸惑った感じになった。
「そうかしら。私は別に」
「違うの?」
「全然いつもと一緒よ」
場を取り繕って言うのだった。言葉が少し浮ついた感じになっている。
「何処か違うかしら」
「言われてみると別に」
「おかしくないけれど」
「そうよ。だから普通よ」
さらに言い繕う郁美であった。
「ただね。それでもね」
「あんな恋愛したいのね」
「私はあのヒロインみたいに不治の病じゃないけれど」
運動神経抜群である。この一年風邪一つひいたことのない健康優良児でもある。それは自分でわかってわきまえてはいるのである。しかしだ。
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