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FAIRY TAIL 星と影と……(凍結)

作者:天根
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幽鬼の支配者編
  EP.25 暴走する魔人


「ああああああああああああぁああっ!!」

 ミラジェーンの絶叫と共に大気に振動が走り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士達は“幽兵(シェイド)”と戦う手を休めないながらも空を見て、皆一様に驚愕した。

「……ミラ……」

 カナが放心したように呟いたが、無理もないと言えるだろう。

 戦闘用の魔法が使えないはずのミラジェーンを捕まえていた魔導巨人ファントムMk2(マークツー)の指が弾け飛び、滞空している彼女が大気を震えさせるほどの魔力を放っていたのだから。

 もちろん、驚愕したのは防衛線を繰り広げている魔導士達だけではない。



「な、なんだ!? いきなり揺れて……うぷ」
「ナツ、しっかり! でもこの魔力はいったい……?」

  “煉獄砕破(アビスブレイク)”を止めようとファントムMK2内を奔走していたナツは、膨大な魔力に巨人が揺れたためか、軽く酔い始めてしまう。
 ナツの横を飛んでいたハッピーは彼に声を掛けつつも、収まる気配のない揺れと魔力に戦慄するのだった。


「これは……確か、ミラちゃんの……」

 同じくグレイも、通路で憶えのある凶暴な魔力を感じ取り、状況を把握しようと通路の天窓から外に出る。

「よっ、と……あれ、雨なんか降ってたか……?」
「しんしんと……ジュビアはエレメント4の一人にして雨女。しんしんと……」

 屋根の上で、急に降り出していた雨を不審に思っていた彼を迎えたのはエレメント4の一人、大海のジュビア。

「エレメント4……」

 グレイは状況把握を一旦打ち切り、目下の目標である巨人を止めるため、戦闘態勢と取るのだった。



「まだ抗うか、妖精の尻尾(フェアリーテイル)……」

 ジョゼは司令室のモニターで戦争の様子を観賞していたのだが、ミラジェーンの覚醒に苛立っていた。
 感じる魔力から言って、ソルと彼女では勝敗は明らかだったからだ。

「ムッシュ・ソルには荷が重いか……チッ、クズギルドのくせに、やってくれる……!」

 苛立ちと共に魔力が漏れ出し、ミラジェーンの魔力によるものとはまた別の振動を生み出し、周囲の魔導士達を震えさせた。

「(しかし、これが“魔人”の魔力ですか……こんな魔導士がまだ居たとは……)……いや、これは……」

 しかし、彼の冷静な部分は、ミラジェーンの大きな魔力を分析していた。
 そこで、ある事に気付き、顔を愉悦に歪める。

「……面白いものが見られそうですね」



「……この魔力……」
「ミラ……?」

 ミラジェーンが日常で使っている変身魔法とは比較にもならない魔力、二年ぶりの“魔人”の魔力を感じて、ギルドの中で眠りから目覚めた者が二人。
 彼らは感じた魔力の方へ向かったのだが……“幽兵(シェイド)”との戦闘中だったため、彼らに気付く者はいなかった。


    =  =  =


 絶叫が小さくなっていき、代わりに唸り声のような声と共に、ミラジェーンを包んでいた光が徐々に収まる。
 そこに居たのは、温和ないつもの優しい笑顔の彼女ではなかった。

 手入れに行き届いていた長い銀髪は逆立ち、整っていた顔の右側には罅のような模様が入り、耳は一目で人間の物ではないと分かるほどにとがっている。
 上腕には爬虫類の鱗と魚類のヒレのようなものが浮き上がり、爪も肉食獣のように鋭利になっていく。
 そして、禍々しい尻尾をなびかせて敵を……幽鬼の支配者(ファントムロード)のエレメント4の一角、ソルを冷たく見ている姿は、まさしく“魔人”のものだった。

「こ、これは一体……」

 エルフマンにとどめを刺そうとしていたソルは、エルフマンの“全身接収(テイクオーバー)獣王の魂(ビーストソウル)”への変身の余波で吹き飛ばされていた。
 獣が威嚇するような唸り声が彼の恐怖を煽っており、それだけでも彼にとっては重圧となっているのに、“魔人”の出現はさらに、彼の余裕を奪っていた。

 ミラジェーンの“全身接収・悪魔の魂(サタンソウル)”は、蝙蝠のような翼をはばたかせると、崩れた壁から幽鬼の支配者内へ侵入。
 獣王の姿となったエルフマンの横に並び立ち、ソルを冷たく見据える。

「ひ…………うーん……」

 悪魔の絶対零度の視線と、獣王の唸り声を上げながらの威嚇の視線。
 嫌が応にでも、『弱肉強食』という自然界の真理からなる原初的な恐怖を思い起こさせ、それはソルの小さな心を折るのに十分であり、精神の許容範囲をあっさりと超えてしまう。

「姉、ちゃん……?」
「……」

 ソルが気絶した事によって我に返ったエルフマンは、隣のミラジェーンの姿に呆然とした。
 薄ら寒さに背筋を凍らせながら、おそるおそる呼び掛ける彼に、彼女は黙ったまま応えない。

 いや……

「……ミツケタ……」
「え……?」

 一言だけ、ぼそりと夜闇から響くような、不気味な声で呟くように言うと、ミラジェーン……いや、魔人はエルフマンに襲い掛かった。

「グハッ……ね、姉、ちゃん……?」
「……」

 吹き飛ばされて壁にぶつかったエルフマンは、衝撃で肺の中の空気を吐き出して咳き込みながらも狼狽え、魔人の様子を窺う。
 視界が霞んでいたせいで、彼女の表情は分からなかったが、口元は三日月のような笑みを浮かべていた。

「(まさか、暴走してるのか?)ッ、止めてくれ、姉ちゃん! 俺だ……エルフマンだ!!」

 でなければ彼女が家族を傷つけるはずがないと、エルフマンが魔人の凶行の理由をそう結論付けたのは早かった。
 “獣王の魂”の丈夫な身体の恩恵か、すぐに意識がはっきりしたエルフマンは魔人にそう呼びかけると、彼女は動きを止める。

「エ、ルフ……マン…………ウゥ……」

 伝わったのか、と彼がホッとした矢先に、彼女は声を絞り出したかと思うと……急に頭を抱えて苦しみ始めた。

「ア、ガ…………」
「姉ちゃん! しっかりするんだ!!」
「ウ、ア……アアアアアアアアアァァアアア!!」

 エルフマンの懇願に、更に苦しむ魔人は、獣じみた咆哮と共に拳を握って彼に飛びかかる。

「(涙? ……そうか、姉ちゃん……)」

 殴りかかる魔人の目に光るものを見たエルフマンは、悲壮の決意を固めた。

 どんな力にもリスクというものはあり、それは“接収(テイクオーバー)”も変わらない。
 “接収”は人間だけでなく、人外の生物の力さえ身につける事が出来る強力な魔法である。
 そして、そのリスクとは制御が難しい事と……制御できなければ、“接収”元の意識に吞まれ、暴走してしまうという事だ。

 かつては完全に支配していた力だが、2年ぶりに使うミラジェーンが持つ悪魔の因子が、彼女の制御を超えてしまっているのは火を見るより明らかだ。
 悪魔の因子は持ち主の心の闇……すなわち負の感情を強め、浮き彫りにしてしまう。全体で見れば、彼女の心を占める負の感情などほんの数%だろうが……悪魔因子の特性は変わらない。
 そして、彼女の負の感情とは……リサーナを救えなかった無力な彼女自身への怒りか。
 加えて、この“獣王の魂”はリサーナの命を奪った張本人だ。

 これだけの材料があれば、頭脳に自信のないエルフマンでも、優しいミラジェーンが自分に襲い掛かった説明は付く。
 復讐心と自分への怒りで複雑に入り混じった錯乱状態で悪魔の因子を制御できず、心を持つ者なら誰でも持っている、たった数%の負の感情に振り回されているのだ、と。

 だから、彼は覚悟を決めた。

「俺は……俺は(おとこ)だ! 漢なら、姉ちゃんの一人や二人、受け止められないでどうする!!」

 それが自分の罪ならば、彼女の暴走が収まるまで何度でも、彼女の怒りと悲しみを笑って受け止めてやる、と……。

 だが、泣いている魔人が獣王に殴り掛かる事は無かった。

「……え……?」

 打撃音と共に、彼らの間に割って入った影が二つ。

「咄嗟に出ちまったが……間に入って良かったか?」
「一体どうしたんだ、ミラジェーン!」

 ワタルとエルザだ。
 事情の分からないワタルは魔人の拳を掌で受け止めながら、エルフマンの無事を確かめるとともに尋ね、エルザは自分の弟に向かって攻撃を仕掛けた魔人に険しい表情で詰問している。

「退け、ワタル、エルザ! これは……これは、俺がやらなくちゃならねえ事なんだ!!」

 魔導集束砲からギルドを守り、その消費で動けないはずの二人がこの場にいる事に面食らったエルフマンだったが、すぐに怒鳴った。

 姉弟が抱える事情と悪魔の“接収(テイクオーバー)”のリスクを照らし合わせたワタルは、暴れる魔人をなんとか抑えながら、大体だが事情を把握する。

「……それで、いいのか?」
「ああ……俺には、こんな事しか――」
「エルザ」
「……ああ」

 静かなワタルの言葉に同調したように、エルフマンも激昂から覚めて力無く言う。
 彼の言葉を最後まで聞くことなく、ワタルがエルザに短く言うと、彼女は頷き……

「この、馬鹿者が!!」
「ア、グ……!」

 魔人の抑えで手が離せないワタルの代わりに、エルフマンの腹を殴った。
 “獣王の魂(ビーストソウル)”で巨大化していたため、彼女も本来なら頬に一発入れていた所だったのだろうが、やられたエルフマンからすれば悶絶する事に変わりは無い。
 蹲って呻く彼に追い打ちを掛けるように、彼の首元を掴んだエルザは口を開く。

「そんな事でミラが、お前の姉が喜ぶとでも思っているのか!? 優しいアイツの事だ、お前を傷つけたと知れば、ますます自分を責めるに決まってるだろう!!」
「グ……じゃあ、じゃあどうすりゃいいんだ!? 他にどんな方法で、俺は姉ちゃんに報いればいいっていうんだ!?」

 エルザの説教に、エルフマンは顔を上げて悲痛な表情で、痛みに泣き叫ぶように吠える。

 自分が“獣王の魂”を制御できなかったせいで、リサーナは死んだ。
 だが姉も、リサーナと仲が良かったナツも、誰も自分を責めないし、誰も自分に罰を与えてはくれない。
 時が経っても自責から逃れる事はできず、逆にエルフマンに余計に重くのしかかる一方だった。
 だから、(ミラジェーン)が負の感情に振り回されるままに自分に襲い掛かる事で、彼女が心の闇から解放されるなら、自分には最高の罰であると同時に、償いであると思ったのだ。

「安易な贖罪に逃げ込むな!! ミラジェーンと二人で、リサーナの分も生きていくと決めたんだろう!?」
「でも……じゃあ、誰が姉ちゃんを止めるんだよ!?」
「忘れたか、エルフマン……」

 エルザの説教に言い淀み、やや自暴自棄になって吠えるエルフマンに答える者がいた。
 彼に背を向けたまま、暴れる魔人の両の拳を抑えているワタルだ。
 エルフマンからは見えなかったが、その口元には不敵な笑みが描かれていた。

「問題ばっかり起こす、このギルドの“ストッパー”が、誰なのかを、な!!」

 頭突きで魔人を怯ませた後で、彼女を崩れた壁から外へ投げ飛ばしたワタルは、翼で滞空する“魔人”から視線を外さないままに、指示を出す。

「エルザ、お前は先に行ってこの巨人止める方法を探せ」
「一人で止める気か!? 危険だ! 私も……」
「いや、こんな事に二人も裂く必要はない。“煉獄砕破(アビスブレイク)”もあるし、この巨人を止める方が優先だ」
「……分かった。だが、絶対に後で追いついて来い! 絶対だぞ!!」

 渋々そう言うと、エルザは駆け出した。
 胸に残るしこりのようなナニカに気付かない振りをしながら。

「(どうせ言っても、エルフマンはこの場から退かないだろうしな……)」

 エルザが去った事を気配で確認したワタルは、滞空しながらこちらの様子を窺う魔人と相対しながら、誰にも聞こえないようにこぼす。

「それに……どうも、これは俺が原因みたいだしな」

 誇り、力、大事、守れる力……そして弟と、今は亡き妹の名。
 所々欠けながらも、暴れている魔人の口からその言葉が漏れていたのを、至近距離にいたワタルの耳は捉えていた。
 6年前に自分が街を出ようとしていた彼女に言ったものと同じ言葉だ。
 ずっと彼女の中でその言葉が生き続けていた事は嬉しいが、今はそれが原因で、彼女は家族を守るための力に身を任せ、心を焼く負の感情のままに暴れている。

 ならば、止めるのはその言葉を掛けた自分の役目で、責任だ。

 何故かエルザに声を掛けた時、魔人は彼女の事まで言って暴れていたが……それ以上考える余裕は無かった。
 負けるつもりはないとはいえ、久しぶりの“魔人”の力は未知数。気が抜ける相手ではなかったからだ。

「さて……待たせたな、ミラ……さあ、掛かって来い!」

 ワタルが拳を構えて宣言すると、魔人の右手を静かに前に出した。

「……“ダークネス・ストリウム”!」

 悪魔の手を模した黒い影が5本飛び出し、それぞれ別の方向から弧を描いてワタルに襲い掛かる。

「……そういうのは、俺には効かないぞ」

 着弾の土煙が晴れると、抉れた床と壁、そして無傷のワタルの姿が。

 攻撃の軌跡を魔力感知で詳細に把握するワタルには、隙を作らなければ遠距離攻撃は殆ど意味をなさない。
 暴走していても、彼が意識的に身体を攻撃のラインの隙間に潜り込ませたのが分かったのか、魔人は翼をはばたかせて高速で接近してくる。

 だが、それはワタルにとっては願ったり叶ったりだった。
 6年前に行ったように、“接収(テイクオーバー)”は“魂威”で術者の体内の魔力を乱せば、強引に解除(ディスペル)できるのだから。

「!?」
「もらった!」

 ワタルの方から飛び出して迎撃されるのは予想外だったようで、魔人は瞠目して、分かりづらい表情を驚愕に染めた。
 このまま“魂威”で一気に終わらせる……そう思い、魔力を集めた手を翳して行動に移そうとしたワタルだったが、そうはいかなかった。

「(躱され――)……クソ!」
「グ……!」

 紙一重で体勢を崩しながらも、身体を大きく捻って躱されてしまったのだ。
 意表を突き返されたワタルだが、すぐにこれに反応。魔人が体勢を整える前に、足をしならせてその脇腹を捉えて吹き飛ばし、下……湖へ墜落させる。

「暴走していても、経験で“魂威”の特性を覚えていたのか? 流石、元歴戦と言うかなんというか……それに、このまま終わる訳ないよな……」

 鎖鎌を投げて鎌を巨人の腕に引っ掛けて落下を防いだワタルは、相変わらず高い戦闘能力を持つ“悪魔の魂(サタンソウル)”に嘆息した後、水柱を立てて着水した彼女の様子を見ていた。

 そして、彼女が湖に消えた数瞬後……魔力反応とともに、湖が渦を巻き始める。

 中心にいるのは、当然、銀髪の魔人。
 手に水を纏うために回転しているが……客船すら飲み込んで余りあるほどの巨大な渦の発生は、その余波にすぎない。
 暴走する魔力量に冷や汗をかきながらも、ワタルはすぐに鎌を外し、自由落下に任せてその場から離れた。

「この魔力……久しぶりすぎて加減忘れてるな、ありゃ……!」
「“イビル・エクスプロージョン”!!」

 爆発的な威力で射出された湖の水が、ワタルが今の今までいた場所……巨人の腕を、勢いと水圧に任せて圧し折った。

「わぷっ……なんつー威力だ……なにっ!?」
「アアアァァアアアアアアアアアアアアアアアァァアアアッ!!」

 飛散した大量の水をかぶったワタルは咳き込みながら首を振る。
 視界を邪魔する水を払うと、拳に黒い魔力……悪魔の魔力を集めた魔人は既に目の前にいた。
 反射的に腕をクロスさせて防御姿勢を取ったが、咆哮と共に彼女が腕を振り抜けば、そんな物は無かったと言わんばかりに彼の身体を吹き飛ばす。

「ガッ……クソ、ミラの奴、こんなに強かったっけ? 暴走しているからか? いや、それにしたって……」

 殴り飛ばされたワタルは、巨人の腹辺りの壁を砕いて通路に転がり込む。
 衝撃と痛みに呻きながら、記憶よりもはるかに強い彼女の力に疑問を抱いたが、それどころではなかった。

「クソ……何だ!?」
「分からん! いきなり何かが突っ込んできたんだ!」
「コイツは……ワタル・ヤツボシ、“黒き閃光(ブラック・グリント)”だ!」

 ちょうどワタルが突っ込んだのは幽鬼の支配者(ファントムロード)の構成員の詰所の一つだったようで、20人ほどの魔導士が彼を取り囲んでいた。
 余りの間の悪さに、彼が舌打ちを零したのも無理はないだろう。

「なんと運の無い……おい、お前ら! とっとと逃げた方が良いぞ!」
「んなもん知るかよ!」
「コイツを討ち取れば昇進間違いなしだぜ!」

 戦争中とはいえ、これは内輪もめ。さらに相手は油断ならない“魔人”。
 正面から彼らと戦ったとしても負ける気はしないが、今は別だった。
 しかし、一応危険を喚起しても、血気に逸る彼らがそれを聞き入れるはずも無く、魔導士たちは各々に武器を持ち、或いは魔力を練り始める。

「チッ……警告はしたぞ!」
「“イビル・スパーク”!!」

「「「「ギャアアアアアアアアアアッ!!」」」」

 吐き捨てた瞬間……魔人がワタルを追って通路に飛び込んだ。
 驚く暇も無く、魔導士たちは彼女が両手に纏わせた紫電に巻き込まれ、悲鳴を上げて倒れる。

「それみたことか。ったく……!」

 ワタルは両手に魔力を込めると、高速で突っ込んできた魔人にタイミングを合わせて手を突き出し、魔力を放出し続ける事で電撃を相殺する。
 だが、それでは致命的なダメージを防げるだけ。飛散した電撃が身体を少しずつ焼き、ワタルは痛みに顔を顰める。

「グ……おい、ミラ! いい加減に目ェ覚ましやがれ!!」
「アアアァアアアアアアアアアアアアァァアアアアア!!」
「聞いちゃいねぇな……この!」

 返事ではなく咆哮で応えた魔人は電撃の力を強める。
 堪らずワタルは蹴りで彼女を何とか引き剥がして距離を取ると、掌を開閉させる。
 戦闘に支障が無い事を確認すると、彼はファイティングポーズを冷静に取る。

「よし……久しぶりだな、ここまでの戦いは……。こうなったらもう、とことんやってやるよ……胸に溜まってるモン全部吐き出せ!! その上で、お前を止めてやらァ!!」

 否、冷静ではなかった。
 2年前までのミラジェーンの好戦的な性格が伝染(うつ)ったかのように不敵な笑みを浮かべ、吠えるワタル。

 どんな負の感情が彼女をそうさせているのかを、考えている暇はない。そんな事を考えているなら、とにかく動く。考えるのは解決してからだ。

 そんな思考で、ワタルは崩れた壁から外へ駆け出した。
 彼女の全力をこんな屋内で受け止めようものなら、間違いなく崩落の下敷きになってしまうからだ。
 短絡的で脳筋な思考をしていても、戦いにおいては冷静なワタルだった。

「ほら、着いて来い!」

 飛び出し、鎖鎌を使ってターザンの要領で巨人の身体を駆けあがるワタルを、魔人は翼を使って追跡する。

「! これは……」

 逃走劇の中、魔人が射出した湖の水で圧し折られた巨人の上腕に立った彼が悪寒を感じて振り返ると、魔人は両手に魔力を集中させて、漆黒を作り出していた。
 溜められた悪魔の魔力は凄まじく、球型に留めきれていない魔力が放電のような現象も起こしている。

「(結構な魔力だな……どうする?)……決まってるだろ」

 一瞬避ける事を考えたワタルだったが、すぐに思い直す。

 彼女の抱えているものを吐き出させると自分は言った。
 ならば避けては駄目だ、受け止めなくてはならない。

「……6年前のあの時と同じだな……」

 覚悟を決めると、思い出す。
 ギルドに入ってすぐ、彼女はどうしようもない理不尽に苦悩し、涙を流していた。

 事情は違うが、過去も現在も、そんな彼女に立ちはだかっているのは自分だ。

 6年前は弟と妹が彼女を踏みとどまらせた。
 なら現在は?

「他に居ないなら……やるしかないよな」

 傲慢でも何でもいい。
 あの技を破る力を、彼女の心を負の感情から解き放てる力を自分に。

 そう強く想い、ワタルは身体の奥底から魔力を練り始め、全身、特に足に魔力をみなぎらせる。

 動く気配も無い彼に、魔人は掌の魔力を解き放った。

「“ソウル・イクスティンクター”!!」

 黒い魔力はまっすぐにワタルに向かい……今までの攻防が嘘かと思うほどにあっさりと彼を飲み込んだ。
 そして……

「……はああぁぁあああああああああぁぁぁあああああ!!」
「!?」

 自分が解き放った魔力が消えるのも待たず、魔人は魔力の渦から飛び出した黒い妖精の紋章を見た。
 もちろん、ワタルの右腕に刻まれている仲間の証だ。

 ワタルは魔力に飲まれる直前、足に集めた魔力の爆発を推進力として、巨人の腕を蹴ってロケットのように魔人の方へ飛び出していた。
 そして、魔力の渦と接触する面積を少しでも減らすため、右半身を傾けて彼女の技と平行になるように体勢を作ると、両腕で顔を庇い、全身にみなぎらせた魔力を右半身に集中することによって簡易的な魔力の盾を形成し、一点突破を図ったのだ。

 もちろん、膨大な魔力がワタルの肌を焼くなどの火傷などを負い、無傷では済まなかったが、それでも魔力の渦の突破に成功。
 飛び出した勢いのまま、驚愕で硬直している魔人の身体の中心部に右の肘と左の拳をぶつけて……

「“魂威・大浪(おおなみ)”!!」
「――――――――――――――!!」

 十八番が炸裂。
 流れ込む異物の魔力に彼女の体内の悪魔因子が反発、魔人はその拒絶反応から暴れ、まるで断末魔のような絶叫を上げた。

「姉ちゃん!!」
「(これ以降のチャンスは無い、絶対決める!)とっとと戻って来い、ミラジェーン!!」

 “獣王の魂(ビーストソウル)”を解き、魔導巨人を舞台にしたワタルと魔人の攻防に割って入れずに、姉の無事を祈って彼らの戦いを見守るしかなかったエルフマンが、殴られようが蹴られようが引っ掛かれようが、魔人から離れない、ワタルが叫ぶ。

 そして数瞬後――現在進行形で抵抗を受けているワタルにはもっと長く感じたが――魔人の身体から力が抜けると、光に包まれ……

「……ったく、久しぶりに世話掛けてくれたな」
「姉ちゃん……良かった……」

 憎まれ口を叩くも、ホッとした表情のワタルに抱えられ、眠っているように気絶しているミラジェーンが姿を現し、姉の無事を心から祈っていたエルフマンは不安から解放され、安堵の息を漏らすのだった。

 
 

 
後書き
なんということだ、エルザが空気ではないか……

ミラジェーンに関しては、次の話で一応決着がつきます。
本当はこの話で終わらせるつもりだったのに、長くなり過ぎた……orz 
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