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退学

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2部分:第二章


第二章

「だからな、俺はな」
「特に思わないってことかよ」
「思わないようにしてるんだよ」
 彼はそう訂正させた。
「思っても仕方ないことだからな。だからさ」
「そうか」
「そうだ。御前だってそうじゃないのか?」
「って言われてもなあ」
 良太は顔を見上げた。その視線の先には何の変哲も愛嬌もない天井だけがあった。
「まあそうか」
「そうとしか言えないだろ?」
「ううん」
「わかったな。じゃあそれでな」
「ああ」
 話は別の方向に移っていった。
「俺が買った新車のバイクだけどよ」
「あの中古かよ」
 奥村の趣味はバイクである。実は良太も嫌いではない。家では五〇CCを乗り回している。
「これが中々いいんだよ、速いしよ」
「けどよ、安過ぎないか?あれ」
「そうか?」
「そうだよ。何だよ、あの値段」
 良太は言う。
「事故車じゃねえのか?そうだとするとやばいぞ」
「ちょっと調べてみるか」
「ああ、そうしろ」
 真顔で奥村に言った。
「後で祟りとかあったら洒落にならないからな」
「そうだな。それじゃあ調べてみる」
「いい車だけどな」
 そんな話に変わった。こちらの方が明るくて話し易いものであった。幾分洒落にならないが。何はともあれ話は麻奈美からは離れたのであった。

 それから数日後。良太は実際に麻奈美と廊下でばったりと会った。
 少し太めだが決して太っているというわけではない。肉感があるといった感じだった。髪は黒のままでそれをショートにしている。眉が少し太い意外はそれ程目立った顔をしているわけでもない。それでも肉感があり全体的に可愛い印象を受ける。背は普通である。
「あっ、倉田」
「何?」
 良太に声をかけられ麻奈美は彼の顔を見上げてきた。制服の着こなしも万全であった。そこも良太とは大違いである。
「御前さあ、最近何か暗くねえか?」
 何気なくそう尋ねてみた。
「何かあったのかよ」
「何かあったらどうするの?」
「いや、それはな」
 そう返されて言葉を少し詰まらせた。
「話、知ってるんでしょ。私のこと」
「っておい」
 彼女の方からそう言われて何と言っていいのか困ってしまった。廊下には幸い誰もいないので話も声も自然に大きなものとなっていた。
「私学校やめるわ。それのことよね」
「やめてどうするんだよ」
「決まってるじゃない。働くのよ」
 この言葉にも迷いはなかった。
「だからやめるんだし」
「それでかよ」
「ええ。だってそうじゃないと生きていけないから」
 彼女は言う。
「一体誰が弟や妹の面倒見るのよ。私一人働いてもきついのに」
「だからってやめることはねえんじゃねえか?」
 良太は反射的にそれを止めた。
「何かよ」
「貴女には関係ないんじゃないの?」
「まあはっきり言えばそうだな」
 それは彼自身も認めた。
「それでもな。何て言うかな」
「心配だっていうの?」
「ああ」
 彼は答えた。
「クラスメイトだしな。それに御前だって本当はどうなんだよ」
「どうなんだよって」
 顔を見下ろしている良太の顔を逆に見上げた。
「やめたくないんじゃねえのか?」
 良太は問うた。
「どうなんだ、そこんとこ」
「そりゃやめたくはないわよ」
 麻奈美は素直にそれは認めた。口を波の字にしてであるが。
「けれど。仕方ないじゃない」
 次には顔を俯けさせた。
「事情が事情なんだからさ」
「あのな」
 良太は顔を俯けさせた麻奈美に対して言った。
「やめるだけが解決の方法じゃないだろ」
「じゃあどうしろっていうのよ」
 きっとして顔をあげてきた。その顔は心なしか少し涙が出ていた。
「学校行きながら働くってこともできるだろ」
「それは真っ先に考えたわよ」
 麻奈美はそう言い返す。
「けど・・・・・・駄目なのよ」
 すぐにまた涙目になった声もそうなった。
「やっぱり・・・・・・私が働かないと」
「先生には言ったのか?」
「まだ」
 麻奈美は答えた。
「だって・・・・・・言うのが怖いし。だから」
「馬鹿か、御前」
 良太は話を聞いていていい加減呆れてきた。
「自分一人で勝手に悩んで苦しんでるだけじゃねえか。そんなのでどうするんだよ」
「どうするって」
「ええと」
 廊下の時計を見る。三時半だ。授業は終わったが先生はまだ職員室にいる時間だ。
「今から行くぞ」
「何処によ」
「職員室だよ。決まってるだろ」
 彼は言った。
「別に行くことなんてないわよ」
 麻奈美はそれに従おうとしない。
「だって行く時はやめる時だから」
「あのな、人の話聞けよ」
 良太はたまりかねてこう言った。
「そんなのだったら何にもならねえだろ。だから聞け」
「来いっていのの?それで」
「そうだよ。ほら、行くぞ」
 手を掴んで無理にでも引っ張る。
「いいな」
「わかったわ。行けばいいんでしょ」
 麻奈美も良太のあまりの強引さに辟易して頷いた。
「行けば」
「わかってるならいいんだよ。じゃあ行くぜ」
「ええ」
 二人は職員室へ向かった。そしてそこで担任の吉村先生と会うのであった。
「おっ、宇山か」
 担任の吉村先生は中年の男の人である。丸い顔に小さい目をしたいつも赤い顔の先生だ。担当科目は体育で大抵はジャージ姿である。今日もそうであった。

 
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