【SAO】シンガーソング・オンライン
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SS:終わりの思い出(完)
SAOというゲームをプレイしていると、誰しも一度はその感覚に陥ったことがあるだろう。
――もういやだ、こんなゲームやっていられるか。もう二度と戦いたくない。
その思いは誰しもが一度は抱く。
特にゲーム開始当初はモンスターに対する恐怖を拭いきれずにこの重圧に屈したプレイヤーが大勢いたし、あるいはダンジョンのトラップやボスによって仲間を葬られることで改めて自分の立っている環境の異常性を実感することもある。
そして、それまで挫折せずに自分の強固な意志で戦っていた者ほど、一度その感覚に陥ってしまうと全ての覚悟が総崩れになる。
目の前にやってきた同い年くらいの男性プレイヤーも、その類だった。
「なあ、まだ歌ってくれよ・・・・・・頼む」
「もう2時間たったぞ?いくらこの世界じゃ喉が枯れないからって俺を酷使しすぎじゃないか?」
「頼むよ、もう一曲でいいから。寝たくないんだ。物を考えたくもない」
彼はほんの数日前まで攻略組の一員だった。
未踏のエリアに足を踏み込み、敵の情報やマップを作成。仲間内で回してボス部屋を調べ上げ、対策を練ってフロアボスを討伐する。
この世界の間違いなく最前線で戦う戦士であり、「聖竜連合」というギルドの一員でもあった。
彼はギルド内でも策士で有名だった。
あるフロアでは、ボスが転移結晶やポーションを使おうとするプレイヤーを優先して狙おうとすることに目を付けて憎悪無しに動きを誘導して見せたりと大胆な策略を展開し、高い評価を得た。そんな彼が虚ろな目で俺の曲に縋っているのは、たった一つの失敗が理由だった。
失敗の理由までは知らない。ただ、その失敗で同僚を数名犠牲にしてしまった彼は完全に戦意を喪失し、作戦を立てること自体に恐怖を感じるようになってしまったようだ。仲間からも信頼が揺らいだせいで疎遠になっていき、居場所を失った状態でここに辿り着いたらしい。
「今までも犠牲ゼロじゃ無かったろう?」
「今までの死者は、俺の命令を無視して死んだ馬鹿どもだ。でも今回は俺の言う事を聞いて死んだ。この違い、わかるだろう?」
彼のプライドの高さを感じさせる。今までの作戦で死んだ連中に対しては何も思う所はないらしい。
言葉には出さないが、人の死の痛みを分かっていない奴だと感じた。
自分の指示は正しい。
自分の考えは正しい。
それが分かってないから死んだ。
そんな奴にくれてやる同情など無い。
そう言わんばかりだった。
――しかし、今回の件で自分の考えに対する絶対の自信――それが崩れてしまったのだろう。
元々彼はそのプライドの高さから鼻につく言動が多く、同じギルド内でもあまり好かれている人間ではなかった。
それを当然のように続けていたのは、他人より自分の指示が優先されていて、それが自身の有能の証だと思っていたからだ。
それが消えた。
彼を彼たらしめる重要な要素。
傲慢と自信の源だったプライドが瓦解した。
「そんなにずっと聞きたいんなら、終わりのない歌でも歌ってみるか?」
「・・・・・・?」
怪訝な顔をするそいつに聞かせるために、弦をかき鳴らす。
この中に除け者にされて、たった一人で枕を濡らした日もあるだろう――
もう嫌だって叫んでるけど、そう思ったことは今までも何度もあるんじゃないのか――
真実ってのは受け入れるその瞬間が本当は一番怖いから――
そこから逃げ出そうとしたことも、何度も何度もあるはずだ――
そんなこの世界のどうしようもない連中のために、歌を歌おうじゃないか――
まるで人を貶しているような言葉も、時には思いやりの裏返しだってことがある。
上手くいかないからっていじけているそれも、本当に乗り越えられない壁かは自分にしか分からない。
だから今は解決は出来なくてもいい。まずは明日を迎える事から考えよう。
その明日を迎えるのがどうしようもなく苦しいのなら、満足するまで聞いていけばいい。
終わりのない歌を紡ごう、ずっとずっと紡ごう――
打ちひしがれた馬鹿どもや、どうしようもない屑のために――
お前のために、皆のために、そしてお前らの仲間の俺のために――
夜が明けた頃にはまた笑って立ち上がれるように――
終わりのない歌を紡ごう、ずっとずっと紡ごう――
寝落ちするまで、その日は歌い続けた。
目が覚めたらいつもいる宿屋に運び込まれてて、宿主のエギルに「もう少し規則的な生活をしろ」と説教された。俺が寝てから、あの男が俺をここまで運んでくれたそうだ。
終わらない歌を歌うとか言っておいて眠気に負ける自分の愚かさを呪ったが――
「そういえばあいつ、帰りに終わらない歌を・・・とか呟いてたな。お前の歌か?」
「だから俺じゃなくて昔のバンドの・・・まぁ、いいや」
その後の話で、あいつは「聖竜連合」に復帰してまた戦い出したらしい。
周囲からの目は厳しいが、能力重視のあそこではそれ位でへこたれる奴は使い物にならない。
噂によると彼の部屋からは毎晩同じ歌が聞こえてくるという。あれだけ長いこと歌っていたから覚えてしまったらしい。
終わらない歌を歌うのは、俺じゃなくてあいつになったらしい。
自分の心を自分で支えて、あいつはまた立ち上がった。
= =
「――ん。これで終わりだな」
「え?終わりって?」
一通り話し終えた俺は、そこで話を区切った。
俺の発言に首を傾げるユウキだが、終わりは終わりだ。ありていに言うと――
「これ以上はストーリー無いぞ。数日後にキリトがゲームクリアしちまったから、これにてSAO語りは終了だ」
「えー!?もっとないの!?」
「もっとってお前・・・必死で思い出して2か月持たせた俺の身にもなってみろ。これ以上は本当にないっつうの」
そう、このSAO語りを始めてからと言うもの、俺は人に聞かせるような内容の思い出を必死に思い出して喋っていたのだ。毎晩毎晩、どんな思い出があったかを思い出しては紙に書き留めてまでして、それもちょっとずつ小出しにしてなるべく長引かせるために。
とっとと終わらせても良かったものを、あんまりにもユウキが楽しみにするものだから限界まで引き延ばしたのだ。
そして、限界まで伸ばされたゴムは千切れるのが自明の理というものである。
伸ばせば伸ばす程にその反動は大きく、その反動は言うまでもなくユウキに直撃していた。
これ以上を望むのならば、それこそ自分以外に聞く必要があるだろう。
ずぅんと落ち込みながらぼそぼそと「キリトの馬鹿」とか呟くユウキの姿は予め想像できていたが、目の前にしてみると子供を騙したような所在の知れぬ罪悪感がわいてくる。というかキリトに至っては完全にとばっちりである。
しかし、そうしてショックに項垂れているのはほんの短い間だけだった。
すうっと空気を吸い込んで、はぁっと大きくため息をつき、それで彼女の気分に切り替えは終了した。
その切り替えの早さは女性の尊敬すべき点なのかもしれない。
「そっか、終わりかぁ・・・あーあ、なんか寂しいなぁ。毎日毎日これと歌が楽しみで通ってたのに・・・・・・まぁいっか。これでバンドの方に専念できるし!!」
「あー、やっぱりそっちに話を持って行くか・・・」
「インプじゃ駄目?楽器はどの種族でも演奏できるんだからいいじゃん!あ、でも音楽に専念すると冒険の時間がなくなっちゃうなぁ。お兄さん一緒に冒険いかない?」
「無茶言うな!一応呪文の詠唱は出来るがな・・・こちとら攻撃や回避とかは脳の構造的に無理なのっ!」
こっちの世界でも、やはり俺には全く戦いの才能が無いらしい。
呪文の詠唱は出来ても、それをしながら動いたりは無理だ。
よって、やっぱりここでも役立たず。ここまで戦えないと涙も出て来ない。
プレイヤーの話に半分ほどついて行けない悲しみを、このゲームでも背負わなければいけないらしい。
格闘技でも習おうかな、と考えながらじゃれつくユウキに対応する俺であった。
ゲーム内で彼女に本気で襲われたら抵抗も出来ないかもしれない。
= =
ある日、俺は明日奈に頼まれて届け物をしていた。
届ける物はあるデータ。その中には、元SAOメンバーがリアルで集まって作成した映像が納められている、らしい。俺は何故か除け者にされた。
とにかくその光ディスクを指定の相手に見せてきてほしいとのことだった。
届ける相手は病院にいる数名の友人。
アスナ含む数名の友達であり、ある病院に入院しているとのことである。
何故そこで赤の他人である俺を選んだのかが全く分からないが、その数人がSAOの話を聞いて是非俺に会いたいと望んできたが故だそうだ。当の明日奈は地図だけ渡してどこかに行ってしまっている。流石に薄情過ぎないだろうか?
俺は相手の顔も知らなければ名前も知らない。
というか、何故か教えてもらえなかった。
確かに今日は暇だったが、こんな我儘に付き合うのは一度きりにしたい。帰りにいつもの場所で路上ライブをしようとギターも抱えている。
ちなみにこの路上ライブ、俺の住んでいる所では条例に定められた範囲内で許されているが、地域によっては全面的に禁止扱いという所もある。その分SAOやALOでは許可を取る必要のない場所が圧倒的に多くて助かる。
ある意味、新しい演奏場としては最適だったのかもしれない。
面会の許可を得て、病室に案内される。
この病院にはメディキュボイドとかいう特殊な医療器具があるそうで、様々な病気の末期患者を治療しているそうだ。詳しい事は分からないが、最近はこれのおかげで末期から回復に至った患者も何人かいるらしい。人類の進歩というのは恐ろしくも頼もしい。
そして、これから会うのはその進歩によって助かった数名という訳だ。
案内されるままに俺は病室へ入り――そこで、一人の少女が待っていた。
「初めまして、お兄ちゃん」
「お、おう。初めまして――って、ん?この声、ものすごーく聞き慣れているような・・・?」
「お、やっぱり気付くんだ。えへへ、病気が治ったばかりでボロボロの身体は見せたくなくて、ずっと黙ってたんだ」
「・・・・・・俺、お前が病院にいる事すら今まで知らなかったんだが。説明してもらってもいいか――ユウキ?」
「勿論。今まで散々お兄ちゃんの事ばっかり聞いてたからね。今度は僕がお兄ちゃんに教えたてあげる。僕の今までの事、スリーピング・ナイツのこと、アスナ達との思い出の事・・・いいよね?」
その白い肌の少女は、どこかで見たことのある快活な顔で俺に笑いかけた。
『おいこれもう録画始まってんのか?』
『おいおい、そういう段取りはちゃんと取っておけよな・・・』
『うーん締まらないなぁ・・・・・・』
『はいはい、いいから集合!折角練習したんだから一発で決めるわよ!』
『おーい、画面の向こうの皆みてるー?』
『これからSAOメンバーであの世界で一番流行った歌を合唱します!聞いてくださいね!』
『おいコラ、詰めろ!俺の顔が映らねえだろ!?』
『あ、ブルハさん聞こえてます?今から合唱なので、テレビの隣で一緒に歌ってください!』
『ギターも忘れんなよ!』
「えー・・・・・・どんなサプライズだこれ」
運ばされた映像データをとある病室で再生していると、何と過去の映像から俺にお呼びがかかった。
そういうサプライズらしい。よく考えたなと感心するが、それにしてももう少し普通に出来なかったのだろうか。
ちらりと医者の倉橋先生を見てみると、笑顔で頷かれた。既に俺が病院内で歌ってもいいように手回ししていたようだ。
しょうがなしにケースの中から使い古したギターを取り出すと、ギャラリーの子たちからおお、と歓声が上がった。
ものすごく変な気分だが、慰問ライブという奴だろうか。
すると、ユウキ――いや木棉季が俺の隣に立った。
ちらりと顔を伺うと、待ってましたと言わんばかりのわくわく顔でこっちを覗き込んできた。ALOで見る姿より痩せているが、その意志の強さはどっちでも一緒らしい。初めて顔を合わせると言うのに隣にいても違和感を感じないのは不思議な感覚だ。
「私も歌っていいよね?」
「ひょっとして練習してたんじゃないか?」
「えへへ・・・ばれた?」
『リズ、準備できたー?』
『おっけー!エギルさん音楽!』
『おいおい、俺は音楽じゃないんだがな・・・三、二、一!』
そのリズムに合わせてギターの弦を弾き、俺は前を見つめた。
期待に胸を膨らませているその子たちは見ていてとても微笑ましく、そして俺の想像もつかないほどの苦しみを乗り越えてきたのだろう。
これは責任重大だな、と苦笑した。
夜空に光る星たちにちっとも現実味が湧かないのは――
他の奴には分かって貰えない孤独が心に引っかかってるからだ――
お前が日常だと思ってた現実なんて――
今日にはもう砕け散って、なくなってるかもしれないんだ――
だったらお前がするのは、無くしものに拘泥するんじゃなくて行動だ――
おまえの生きる世界にもぶち壊せない、おまえの行動をするんだ――
生きてるってのは楽しいよな。美味いとか痛いとか疲れたとか――
すげぇじゃないか俺達、それって全部生きてるから感じるんだぜ――
だから若いうちは、その「生きてる」を求めて走り回るんだ――
だから、邪魔するような下らない奴は殴り飛ばしてやりな――
潰される前に、我ここにありって抵抗するんだ――
それは俺たちの特権だ。お前のやりたい行動をするんだ――
押しつけがましいルールなんて逐一守っていられるか――
モラルもだ。勝手に押し付けるな。学校も塾も何もかも――
そんな邪魔なものは要らないし、そんなお為ごかしが欲しいんじゃない――
欲しいのはリアルだ。真実って奴が分からないから、探しているんだ――
お前らの作った社会に泣かされるために今を生きている訳じゃない――
叩きのめされて打ち負かされて泥をかぶっても、それだけの人生で終われるか――
もがいた先に待っている俺達だけの本当を、ずっと探してるんだ――
だって未来は――
『『『『未来は僕らの手の中!!』』』』
「未来は僕らの手の中!!」
「未来は僕らの手のなかぁー♪」
この先、彼らが輝かしい未来を掴むことを、俺は切に願う。
尤もその中に一人だけ、その未来へ俺を引っ張っていこうとする少女がいるようだが。
【SAO】シンガーソング・オンライン 完
後書き
ブルーハーツより「終わらない歌」と――最後はやっぱりこの曲で。
おまけとして始めた思い出シリーズもこれにて終了・・・本格的にシンガーソング・オンラインは完結となります。短いお話ながら付き合っていただき誠にありがとうございました!
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