ロード・オブ・白御前
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
オーバーロード編
第17話 一度は信じたから ②
翻弄。それが最も正しい言葉だった。
シグルドが放ったソニックアローも、一矢もロシュオに届かない。ロシュオの掌から発される圧力に、シグルドは成す術もなく右へ左へ転がされている。
圧力に負けてチェリーのエナジーロックシードが、ゲネシスドライバーが壊れる。それでもシドは止まろうとはしなかった。
「俺は誰の言いなりにもならねえ!! もう二度とナメた口は利かせねえ!! 俺は――人間を、超えるんだぁぁぁぁぁ!!!!」
シドの叫びは、無策だというのに、貴虎が飛び出しそうになるほどの力があって。
『兄さん!』
龍玄が後ろから貴虎を押さえると同時、シドが吹き飛ばされて、割れた岩壁の間に放り込まれた。
『どうして兄さんはそうなんだよ! あの男は兄さんを裏切ったんだろ!? だったらほっとけばいいじゃないか!』
「一度裏切られたからといって……割り切れるか!」
ついに貴虎は弟をふりほどいて駆け出した。
直後、足に小さな痛みが走った。痛みは一瞬にして膨れ上がり、貴虎は転んだ。
「ぐ……光、実?」
『兄さんが、悪いんだからね』
ふり返ると、ブドウ龍砲を撃った姿勢のままの龍玄が。
『僕、こんなに心配しているのに。言うこと聞いてくれないから』
弟を、初めて、恐ろしい、と感じた。
足を撃ち抜かれた痛みで動けない貴虎の前で、ついにロシュオが両手を挙げた。
このままでは、シドが。
『その愚かしさの代償、命で贖うがよい』
「待っ……」
ロシュオが勢いよく両手を交差させると同時、岩壁は轟音を立てて閉じた。
目の前でかつての同志が喪われた。確かに貴虎はシドにも謀られた。だが、なぜかそうでなかった日々のことばかり思い出されて。貴虎は言葉も出なかった。
『少年よ。一応は礼を言おう。その男を止めたことに対して』
『別にあなたたちのためじゃないからね、王サマ』
光実が変身を解き、ロシュオを向いた。
「碧沙の体を守るためだ。妹の体に傷一つでもつけるのは、誰であっても許さない」
光実は踵を返した。
「マガイモノより本物の奥さんのほうがいいでしょ? 僕は本物の王妃サマを復活させる方法を見つけてみせる。そしたら碧沙は返してもらう」
光実は冷たく言い放つと、他の何も目に入らない様子で遺跡を出て行った。
『レデュエ。あの少年を見張れ。我が妻を消そうなどという考えを起こすようなら、お前が処断しろ』
『仰せのままに。王よ』
レデュエの姿が消えた。
「妹だけでなく、弟にまで……!」
『愛する者の安全を最大限に図ることは、貴様らも同じであろう。私も、そうしただけだ』
「ぐ…っ」
反論できない。スカラー兵器使用の直前、貴虎は光実に地下シェルターの位置を教えた。光実だけに。
その業の深さに、貴虎はようやく、自分もエゴを持つただの人間なのだと思い知った。
「まあ、そういじめてやるな、王様よ。こいつは人間の中じゃマシな部類だ」
サガラは何かを貴虎に投げた。貴虎はそれをキャッチした。
戦極ドライバーに、メロンのロックシード。
ゲネシスドライバーを使うようになってからは、自宅に置いていたはずの物だ。
「サービスだ。弟とレデュエが成功するまで、せめて妹の体を守ってやりな」
言うだけ言って満足したのか、サガラはホログラムのように消え去った。
貴虎は手の中の、戦うための力を、ただ見下ろすしかなかった。
…
……
………
「私は光実と違ってこの遺跡から離れられない。中身が王妃でも、体は碧沙だ。何が起きるか分からない以上、すぐ守れるようそばにいてやりたい」
長い語りを貴虎はそう締め括った。
巴は震えが止まらなかった。碧沙が別人になった。碧沙がバケモノになった。ただそれだけが頭にリフレインして、脳が爆ぜそうだ。
巴はふらりと立ち上がり、玉座の壇に腰かける碧沙を見やった。彼女は不思議そうな顔をするだけで、笑いかけたり手を振って来たりしない。
「ねえ、碧沙。わたしが分からないの? わたしよ、巴よ。ねえったら。一緒に踊ったでしょう? 毎日同じ学校にいたでしょう? ねえ、碧沙」
すると碧沙――の顔をした王妃は、申し訳なさげに顔を伏せた。
(碧沙じゃない。こいつは碧沙じゃない!)
巴は長い黒髪を翻し、遺跡から走り出た。碧沙の顔で碧沙のように振る舞うバケモノなど見たくなかった。
どれくらい走ったのか。巴は“森”のどこともしれない河原に出た。
「トモ! おい、待てって! トモ!」
止まった。自分が初瀬から逃げるなどできやしないのだ。身体的にも、精神的にも。
追いついた初瀬は巴の腕を掴んで、彼のほうへ向かせた。
「落ち着けよ。インベスが出たらどうすんだ」
「大丈夫ですよ。追い払いますから」
「そうじゃなくて! ……あー、くそっ」
初瀬は巴を「ただの女の子」扱いしてくれる。ドライバーもロックシードも持っている巴なのに、非力な少女のように接してくれる。それがどれだけ嬉しかったか。
だが今は、ひたすら辛い。
どんな外的刺激も、傷口に塩を塗るように辛かった。
「わたし、光実さんのとこに行きます」
「な、いきなりどうしたんだよっ」
「王妃が復活すれば碧沙は解放されるのでしょう? だったらわたし、光実さんに付きます。光実さんと手を組んでるオーバーロードと一緒に。誰をどれだけ犠牲にしたって」
「巴!!」
初瀬が巴の両肩を強く掴んだ。巴は初瀬の剣幕に驚き、怖くなって身を竦めた。
「りょ、うじ、さ」
「お前、自分が何言ったか分かってんのか? 殺す気か? あいつらと一緒に、沢芽の人たちを」
「だ、だって碧沙が、碧沙がっ」
このままでは碧沙は別人になったまま、永遠に巴の下には戻らない。
「落ち着け。仮にお前があいつらと結託してヘキサを元に戻したとして、ヘキサはそれで喜ぶと思うか?」
「あ……」
喜ぶわけがない。碧沙は巴に甘いが、それ以上に公正だ。彼女一人と沢芽市民が大勢。天秤に載せて傾かなかった自分の生存を喜んではくれまい。
「じゃ、あ…じゃあ、どうすれば…ど、したら、いいの…ふ、ぇ」
視界が滲んで、厳しい面持ちの初瀬が見えなくなっていく。
「りょーじさん…どーしよ、ヘキサが…ヘキサがいなくなっちゃうぅ…っ」
「トモ――」
初瀬が巴を抱き寄せた。巴は初瀬の胸に縋ってしゃくり上げた。
逢えなくなってしまう。碧沙と逢えなくなってしまう。碧沙は巴の手の届かない所へ行って戻って来ない。
「考えよう? 考えるんだ、トモ。もっと別の方法がないか。もっといいやり方がないか」
泣いているところに言い聞かされて、よけいに涙が溢れた。
(この人は何度、わたしを正しい方向に導いてくれるんだろう。何度過ちかけたわたしを救ってくれるんだろう。初めて会った時からそう。救うつもりで、いつも救われてるのはわたしのほう)
巴はゆっくりと引いていく涙を、制服の袖で拭って、顔を上げた。
「落ち着いたか?」
「はい……ごめんなさい。みっともないところをお見せして」
すると初瀬はひどく優しい笑顔を浮かべた。
その笑顔の意味が分からなくて、巴は首を傾げた。
「いーんだよ、分からなくて」
「いたっ」
デコピンされた。久々だ。
巴がむくれて初瀬を見上げると、初瀬は、にしし、と笑っていた。
ページ上へ戻る