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ロード・オブ・白御前

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オーバーロード編
  第16話 一度は信じたから ①

 岩壁に囲まれた道を抜けて、開けた場所に出た。

 初瀬がローズアタッカーを停めた。二人はバイクを降り、ロックビークルに戻ったそれを初瀬がキャッチした。

「これが、光実さんの言ってた遺跡、でしょうか」

 岩壁は平らで、明らかに人の手が加えられている物だ。崩れたものも、均一の幅に整えられた形跡があった。

「“森”にこんな場所があったなんて……」
「クリスマスのゲームん時は、俺たち、“森”の表面を撫で切りしただけだったってわけか」

 巴と初瀬は、岩の形跡を見ながら進んだ。ヒトがいるなら、より崩れていない場所にいるはずだ。崩壊が進んでいない形質の遺物を見つけては、その方向へと進んで行った。


 ついに開けた場所に出た。玉座の壇がある、城の謁見の間のような場所。
 そこには、巴が望んだ人物がいた。

「碧沙っ!!」

 ようやく碧沙のいる場所に出た喜びに、巴は顔を綻ばせた。

 不思議なことに、碧沙は白いドレスを着て、玉座の壇に丁寧な所作で腰かけていた。だが、その姿は碧沙そのものだ。この際、目を瞑ろう。巴は走り出し――

「! トモ!」

 後ろから追ってきた初瀬に、地面に押し倒された。

「ぅ、ん…亮二さん?」

 初瀬が強張った面持ちで見据える先の石壁を見て、巴もその意味を戦慄と共に理解した。

 石壁にはクレーターが生じていた。あれをまともに食らっていたらと思うと、ぞっとする。

『我が妃に触れるでない』

 玉座のほうを、起き上がりながら見直した。
 玉座に座る、おそらくオーバーロードが、掌をこちらに向けていた。碧沙に目が行っていて、白いオーバーロードには全く注意していなかった。

「あなた、は」
「ロシュオ。オーバーロードの王だそうだ」
「貴虎さんっ」

 現れた貴虎は、片足を引きずっていた。あちこちが破れたスーツをそれでも着込んで、ひどく疲れの濃い表情をしている。

「知り合いか? トモ」
「碧沙の上の兄さんなんです」
「へえ……」

 庇ってくれている初瀬に申し訳なく思いながらも、巴は前に出て貴虎を向いた。

「碧沙に何があったんですか」

 巴の一番の懸念は碧沙だ。貴虎のケガも、オーバーロードの王も、今はいい。ただ、碧沙に良くない変化があったようだから、それだけを知りたい。

「今の碧沙は、碧沙ではない」
「――どういう意味です」
「あれはロシュオの妃。とうに死んで、今は碧沙に取り憑いた、オーバーロードの王妃だ」

 巴は初瀬と顔を見合わせた。


 ………

 ……

 …


 貴虎がロシュオから知恵の実の話を聞き終えるのを待っていたかのようなタイミングで、翠のオーバーロードが現れた。その両腕に、眠る碧沙を抱えて。

「なっ……貴様、私の妹をどこで(かどわ)かした!」

 翠のオーバーロードは答えず、玉座に座すロシュオの前に碧沙を下ろして寝かせた。

『ご覧ください、王よ。かつての()()()()()()()姿()の娘です』

 ロシュオは玉座の壇を降り、碧沙の顔にゆるりと触れた。

『レデュエよ。確かにこの娘は、我が妻が“始まりの女”になる前と瓜二つ。だが私とて、見てくれが似ただけの娘に愛を乞うほど耄碌してはおらぬぞ』

『承知しております。ですが王よ。アナタ様は確実に一つだけ、王妃と再び見える術を持っておられる。かつて王妃を代償に得た黄金の果実。あれは王妃の心臓。試してみる価値はあるのでは?』

 ロシュオが掌を開くと、そこに黄金に輝くリンゴが現れた。

 ロシュオは碧沙を軽く起こし、胸に黄金の果実を落とした。まるでそこに泉があるように、黄金の果実は碧沙の胸に沈んで消えた。

「妹に何をした!」

 叫ぶだけで全身が痛んだが、貴虎はロシュオを睨み据えた。

 すると、碧沙に変化が起きた。
 ふわりと、細い体が浮き上がる。碧沙そのものが苗床になるように、しゅわしゅわ、と蔓が碧沙を覆っていく。

 そして、蔓が消えた時、そこにいたのは碧沙ではなかった。
 髪は金に、右目だけが赤。あつらえたような白いドレスと銀のストール。

 音もなくロシュオの傍らに足を着けた少女は、痛ましいものを見る目でロシュオを見上げた。

「ロシュオ、あなたは何ということを」

 違う、と直感した。しゃべっているのは碧沙なのに、韻が、違う。

「死はこの世の絶対の摂理。それを覆そうなど。その上、我々同様に侵略された世界から、知恵の実まで奪ったのですか?」
『奴らは知恵の実を手にするに値しない民だ。力だけに頼り、滅びの道を行く。我らと同じに』

 ロシュオは跪き、王妃のドレスを持ち上げ口づけた。

『私はもう一度そなたに逢いたかった。神も摂理も敵に回しても。滅びる前に、せめてもう一度だけ』
「あなた……」

 寄り添う白の一対は美しい。だが貴虎には看過できない。その片割れは自分の妹を洗脳したものなのだ。

 いい加減にしろ、との台詞が喉まで出かかったところで。

『しつこいぞ! ガキのくせに!』
『そっちこそ諦めたらどう!? オトナのくせに!』

 ソニックアローとブドウ龍砲を撃ち合いながら、シグルドと龍玄が遺跡に縺れ込んだ。

「光実!?」
『兄さん!?』
『ハッ。驚きの再会じゃねえか』

 龍玄のほうが貴虎に駆け寄った。

『兄さん! よかった、無事だったんだね』
「この体たらくだが、命は拾ったようだ。探しに来てくれたのか?」
『兄弟だからね。――で、兄さん。アレ、どういうこと』

 龍玄は、貴虎が一度も聞いたことがないほど冷たい声で、王妃にされた碧沙を見据えた。

 答えたのは貴虎ではなかった。

「お前らの妹は、オーバーロードの王妃に取り憑かれたんだ」

 草と土を踏みしだく音と、声。貴虎はそちらをふり返った。民族衣装姿のサガラが遺跡の中に入ってきたところだった。

「どうだい、王妃サマ。何百年ぶりかに自分の心臓を取り戻した気分は?」
「心臓?」
「知恵の実は時として“始まりの女”の体内に宿る。そして心臓に癒着する。つまり始まりの女が果実を渡す時、癒着が進み過ぎてると 宿主である女は心臓を失って死ぬってわけだ」
「そんな物を碧沙に埋め込んだのか!」

 貴虎は龍玄と共にロシュオを睨みつけた。

「そういきり立つなよ、呉島兄弟。人類も含めて、これは何万、何億年とくり返された進化の過程なんだぜ」
「サガラ……お前、一体何者なんだ」

 サガラが両腕を広げた。すると、サガラの姿が消え、蔓を巻きつけた蛇が浮かび上がった。

「“我ら”は永遠にはびこるもの。空を超えて茂るもの。旧き民に変革を促すものであり、あるいはただ単に“蛇”と呼ばれたこともある。お前たちがくれた呼び名で名乗るのもいいかもしれない。そうなると我が名は、ヘルヘイム――ということになるか」
「ヘルヘイムの……“森”の、意思? お前はこの“森”そのものなのか?」

 信じられないが、ここでそんな騙りを働く理由がない。真実だと信じるしかなかった。

「呑み込みが早いな。その通りだ」

 サガラが人の姿に戻った。

『ならそいつの心臓さえ取り出しゃあ、それで神の力が手に入るってわけじゃねえか!』

 シグルドが喜々として、ソニックアローを王妃に向けた。
 しかし、紅い光矢が放たれることはなかった。

 ロシュオが掌をシグルドに向け、不可視の圧力を放ってシグルドを後ろの壁まで押しつけたからだ。

『ガハッ!』
「シドっ」

 とっさに駆け寄ろうとした貴虎を、龍玄が押し留めた。

『だめだよ兄さん、巻き込まれる!』
「だがシドが…っ」

 ロシュオはさらに圧力の向きを変え、シグルドが滑った跡が岩壁に残るほどの威力で、シグルドを遺跡の外へ飛ばした。
 貴虎は体を引きずって追いかけた。 
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