失われし記憶、追憶の日々【精霊使いの剣舞編】
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第二十四話「逃した獲物の大きさは……」
前書き
お久しぶりです。
経過は順調……と、言えなくもない状況です。
しかし、今一つ意欲が沸かないこの頃。活力が減退しているのが目に見えて辛いです……。
とりあえず調子のいい日に書き溜めたものを投稿します。リハビリも兼ねてるので文量は少なめです。
「ぬ、ぐぅ……ッ」
咄嗟に柄を掴み、貫通した槍が背後の女生徒を襲わないように制動を掛ける。
激痛が走るが、意思の力で捻じ伏せつつ、一息で抜いた。
決して少なくない量の血が傷口から流れ出る。まるで命の残量が減っていっているかのようで、ひどく不快だ。
傷口に手を当てて気を流し込み、治癒力を上げる。また筋肉を締めることで強制的に傷口を塞いだ。
――損傷部位からして小腸の一部をやったか。重要な臓器や血管は免れたのは不幸中の幸いだな……。筋力は三割低下といったところか。
顔を上げると、男はすでに撤退した模様。さすがに機に敏といったところか。
こちらとしては向こうの手の平の上で踊らされた感じがして釈然としないところがあるが。
臨戦態勢を解く。すかさず人化したエストが俺を支えた。そこまでのダメージはないんだがな……。
「大丈夫ですか? 痛くないですか……?」
普段は無表情なエストが珍しく焦燥感を漂わせながら表情を崩すその姿に思わず苦笑する。
大丈夫だという意味も込めて頭を撫でると、追いついてきたフィアとエリスが口々にこちらの身を案じる言葉を投げかけてくる。
「リシャルト! ……ッ、なんて怪我だ……。すぐに病院を手配する!」
「いやぁ! 死なないでリシャルトくんっ!」
なぜか傷を負った本人よりあせあせしている二人。
「フィアはとりあえず落ち着け。これしきで死にはしない。病院の世話になるほどではないよ。この程度なら一週間もすれば完治する」
ホッと安堵の息を零す二人に苦笑を返し、背後を振り返る。
女生徒は力が抜けたのか、地面にぺたんと女の子座りをしていた。
「大丈夫だったか?」
「う、うん。あの、それ……」
恐る恐るといった感じで女生徒が傷口を見つめる。
彼女の顔は今にも泣きそうだ。
「大丈夫だ。これしきなんの問題もない。だからそんな顔をしないでくれ」
しゃがんで溜まった涙を指で拭う。ハンカチなんて普段から持ち歩いていないから無骨な指で我慢してほしい。
「なに、女を守るのが男の役目だ。怪我がなくてよかった」
「え、ぁう……」
そのままちょうどいい高さにある頭を撫でる。よくよく見ると、女生徒は小柄な体系で小動物チックな可愛さがあった。
彼女の手を引いて立たせる。あらためてザッと全身をチェックするが、怪我はないようだ。
「もう遅いからこのまま帰ってゆっくり休め。もう襲っては来ないと思うが、一応エリスたちと帰ったほうがいい。エリス、頼んだ」
「任された。リシャルトは?」
「俺は婆さんに報告してくる。フィアももう戻れ」
「ええ、そうするわ。……本当に傷のほうは大丈夫なのね?」
何度も念を押すフィアに大丈夫だと頷く。意外と心配性のようだ。
寮へと向かう彼女たちと別れて俺たちも学園長室に向かう。すると、背後に声が掛かった。
「あ、あの!」
「ん?」
見れば、先ほどの女生徒が立っていた。
緊張した様子で顔を強張らせたまま大きく頭を下げる。
「助けていただいてありがとうございましたっ!」
見た目と裏腹の大きな声に目を丸くしたが、ふっと微笑んだ。
「どういたしまして。さ、戻りな。エリスたちが待ってるぞ」
踵を返す。なぜかエストが左手を握ってきた。
そちらを見てみると、「わたし不機嫌です!」とでも言いたげに頬を小さく膨らませている。
普段は無表情な彼女からしてみれば珍しい光景だ。
「……お兄様」
エストに気を反らしていた俺の耳には女生徒の小さな呟きは届かなかった。
† † †
あれから翌日。
報告をすると婆さんは難しい顔をして小さく「そうか……」と呟いた。あちらでも調査を進めるようなので、ここから先は俺が関わるべき話ではない。
餅は餅屋。気になりはするが、この件はこれっきりにしよう。
気分を切り替えて時計台を見上げる。
時刻は十一時四十五分。待ち合わせ時間まで後十五分だ。
今、俺はとある噴水広場にいる。半径五十メートルほどの小さな広場の中心には綺麗な水を吹き上げている噴水があり、その周りに等間隔でベンチが設置されている。
噴水が分かりやすい目印になるため待ち合わせ場所として広く使われている場所の一つだ。
広場にはそこそこの人影があり、各々の時間を過ごしている。なかには俺のように待ち合わせをしている人もちらほら見られた
今日の俺はいつもの制服ではなくカジュアルでラフな服装で固めている。
黒色のミリタリージャケットにワイン色のVネックシャツ、グレーのジーンズ。少し伸び始めてきた髪を軽くセットしている。
なんといっても今日はデートなのだから。下手な格好で行けるわけがないため、あまりファッションに自信がない俺なりに気を使った結果だ。
そう、なんと今日はエストとのデートである。少し前にあった料理対決の勝者であるエストたっての要望でデートをすることになったのだ。
任務を控えている身としては英気を養うには丁度いいだろう。それに俺もエストとのデートを楽しみにしていたりする。
どこでそんな知識を仕入れてきたのかわからないが、待ち合わせはデートの定番らしい。そのためわざわざ家を出る時間をずらしてこうして噴水前でエストを待っている。
――やっぱり、意識しているよなこれは……。
元々、並以上の好意を寄せていた俺だが、それは可愛い娘に対するそれであり恋愛感情は薄かった。
二次元の娘に萌えるオタク魂とでも云うか、あくまでもライクであってラブではない。
しかし、彼女と一緒に過ごす中にいつしか一人の女性として意識し始めていた。
精霊だから人間だからといった種族間による障壁は存在する。元よりあまり気にしない性質である俺だが、それでも未来を考えると一考せざるをえない。
恋仲になり、やがて結婚……のような具体的な考えに至るほどの恋愛感情はまだ有していないが、そういった未来に行き着く可能性は十分にある。
そうなれば避けて通れない障壁と直面するのは時間の問題だろう。
――って、何を考えてるんだか……。なにもこんな時に考えることじゃないだろうに。
難しいことは後回しだ。考えるべき時に考えればいい。
なるようにしかならないのだから。
「さて、もうそろそろか」
待ち合わせ時刻まで残り五分。エストのことだから遅刻はないと思うが……。
「お待たせしましたリシャルト」
「いや、大して待っていな――」
時刻丁度に背後から掛かる声。
待ち合わせ時刻丁度とはある意味エストらしいなと、そんな言葉が浮かびながら振り返り――。
思わず息を呑んだ。
エストの心を現すような純白のワンピース。胸元には小さなの赤いリボンがついており、膝丈までのスカートは軽いフリル状。
靴は薄い紅色のパンプスでヒールはあまり高くないようだ。
エストの清楚で幻想的な印象が一層際立っている。
精霊というよりは妖精のような美しさがそこにあった。
数秒見惚れる俺の顔をもじもじと裾をいじりながら見上げてくる。
「どうでしょうか。フィアナたちの意見を参考にしてみたのですが」
正直、その反応は反則だ。
エストの可愛さを数値として表すことが出来たのなら、ぐんぐんとうなぎ上りなのはまず間違いないだろう。
口元が緩むのが分かった。
――今の俺の顔は見れたものじゃないだろう、
「……可愛いよ。思わず見惚れた」
「そう、ですか」
ほぅ、と息を一つ吐いたエストが微笑む。
それは月のように綺麗な笑みで、
見ているこちらが優しい気持ちになれるような、
心からの笑顔だと一目でわかる、そんな優しい笑顔だった。
「……っ! さ、さあ、時間は有限だ。早くいくぞ」
カアッと顔に熱が帯びるのを感じた俺は顔を背けながら、エストの手を掴んで歩き出した。
「あ……」
ビクッと震えが掴んだ手から一瞬だけ伝わる。
が、すぐにフッと力が抜けると掴んだ手に腕を絡めた。
「はい、リシャルト」
ちらっと見たエストの顔も少しだけ赤く見えた。
後書き
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