【IS】例えばこんな生活は。
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例えばこんな真実を暴く必要があったのだろうか
前書き
ギャグを求めている人は絶対に読んではいけません。次々回まで内容がアレです。
次々回まで、読まなくても別に問題ないんです。
読まなくても困ることなんかないんです。
10月13日 ゴエモンに倣って占いでラッキーアイテムを調べてみる。何故かプラスドライバーだった。
汐と焔の件だが、ヒポクリットに考えがあるらしい。だから後の事はトラッシュと、念の為にアリスにも任せていったん私は別の用事を済ませることにした。用事・・・それは、ゴエモンの母親である真田光子さんに、確認したいことがあったから。昼の授業を終えてすぐ、私はゴエモンの家族が住む家へと向かった。
私が連絡も無しに訪ねて来たのに、光子さんは嫌な顔一つせずに出迎えてくれた。政府による保護の所為で知った顔にすっかり会えなくなっていて寂しいそうだ。弟の方はお昼寝の時間だったらしいリビングでサングラスを握ったまま眠っていた。よくゴエモンに似ている。
そう、ゴエモンに似すぎている。
考えれば、少し変な気はしていた。母親に似たと言ってしまえばそれまでだが、弟の宋詞朗はゴエモンとは違う父親の間に生まれた子だ。なのに、調べてみると前夫から受け継いだ特徴がいやに少ない。DNA鑑定をしてみると父親との一致部分が異常に少ない。
――この子は、おかしい。トラッシュが言った通り、弟には大きな手掛かりが眠っていた。私はそれを基に推論を立てて、それでも分からないことがあったから、こうして聞きに来たのだ。政府の方には既に話をつけてある。
「はい、お茶」
「あ、ありがとうござい、ます」
こうして優しくされると顔が緩んでしまいそうになる。光子さんは若いのに、母性を強く感じられた。ゴエモンの纏うそれと似ていて、でも少し違うあたたかさ。それを持った人間に、私はこれから恐らくとても嫌な事を聞くことになる。笑顔でこちらを見ているのが、余計につらかった。
「ごめんなさいね、ちょうどお茶菓子を切らしてて・・・あ、晩御飯はどうするの?」
「いえ、それほど長居する気は・・・」
「まぁまぁそう言わずに。ゴエモンがいなくなってからあんまり料理に気合が入らないの。おばさんの顔を立てて、ね?」
「・・・・・・は、はい」
了承してしまった。どうしようか、これから聞く内容の反応次第では追い出されるかもしれない。それ位の覚悟を決めて来たのに、流されつつある。おのれ、流石はゴエモンの母ということか。この人も唯物ではない。
(それでも、聞くしかない)
《私はいつもママと一緒にいるから、勇気を出して》
(わかった。頑張る)
ニヒロの応援を受けた私は、思い切ってニコニコする光子さんに話しかけた。
「あの、これから私が聞く内容は・・・ひょっとしたら答えたくないような内容かもしれません。怒るかもしれないし、私の顔も見たくないと思うようになるかもしれません」
「ならないわ。私はそんなこと言わない。・・・でも、ジェーンちゃんがそれだけ真剣なのは分かった。続けて?」
「は、はい・・・・・・」
言え、ジェーン・ネスキオ。そのためにここに来たんだ。これは確認作業で、ゴエモンの分からない部分を知るために必要なことだ。
「――宋詞朗くんは、貴方と亡くなった夫の間に生まれた子ではなく、ゴエモンとの間に生まれた子なのではないですか?」
その質問に光子さんは笑顔を崩し、困惑したような――追い詰められたような表情でこちらを見つめた。沈黙がその場を包み、部屋の中の時間だけが世界から取り残されたような錯覚を覚える。
やがて光子さんは、哀しそうに覚悟したようにゆっくりと答えた。
「はい、その通りです。あの子は――私の我儘で産まれた、ゴエモンと私の絆のかたちです」
= =
宋詞朗のわずらった先天性の疾患、網膜色素変性症は中途失明の3大原因の一つと言われているポピュラーな疾患だ。数千人に一人はこの疾患を持っているとされ、長い時間をかけて網膜の視細胞を退行変性させて視力を低下させていく。症状には個人差があるし、対策次第で病状を遅らせることも可能な疾患である。
そしてこの疾患にはある特徴がある。遺伝性のものであるため――近親婚で発症する割合が高いのだ。
そこが切っ掛けだった。無論その疾患があるから必ず近親婚であるなどという偏見ではなく、ひょっとしてという小さな疑いが切っ掛けだった。DNA鑑定の結果、宋詞朗の両親は光子さんと、ゴエモンである可能性が高いことを知ったのだ。産まれた時期的にも可能性は否定できないし、妊娠発覚の時期は旦那の死後である可能性もあった。
その事をトラッシュに伝えると、さらに詳細なデータや、あの時期に夫婦は夜の営みをしていなかった可能性が高いこと、他に肉体関係を持ちそうな男性が存在しなかったことなどを教えてくれた。彼女はかなり早い段階から勘付いていたそうだ。
「黙っていたかった。私のため、ソウのため・・・ゴエモンのため」
長くひた隠しにしていた罪を暴かれても光子は取り乱すことはなかった。ただ、己を責めるように暗く深く、その瞳に映る光はとても鈍い。彼女の周囲だけ太陽に愛されていないかのように、愛される資格を剥奪されたように。
「私は、よく分かりません。私は家庭という環境にいたことが無いので、倫理とか家族の在り方は知識としてしか実感が無い。だから、貴方とゴエモンが交わった理由がどうしても分からなかった。聞かせてもらえますか?」
「知ってどうするの?ゴエモンを軽蔑する?それとも私を?」
「私はゴエモンを守る任を受けていました。でも頼られた覚えが碌にない。私はゴエモンに頼られるような人間になりたいんです。へんな話ですが、家族のような存在に思われたい」
どこか怯えと警戒を抱えた光子に偽らざる本音を告げる。それは叶わなかった嘗ての夢の代理をゴエモンに求めているだけなのかもしれない。それでも、ジェーンはゴエモンの隣にいる心地よさを、もう手放したくないのだ。自分勝手な理由でもいい、一緒にいたい。
「ゴエモンは心の奥底に私に分からない感情をひた隠しにしている。ゴエモンが私を頼ってくれないの理由も原因もそこにあるように思うんです」
真正面から、ジェーンは光子の目を見据えた。
やがて光子はぽつぽつと、まるで懺悔するように語り始めた。
後に夫となった真田詞朗はおっとりとした男性だった。
この頃既に実家から縁を切られてゴエモンを育てるシングルマザーとして働いていた光子は、営業マンだった詞朗と偶然出会い恋に落ちた。彼は光子の事情を全て知った上で結婚を承諾。3人は家庭を築いた。
詞朗は光子と息子になったゴエモンを養うために働き、あまり家庭にいる時間は長くなかった。それでも光子は愛する人と一緒に暮らせて幸せだったし、ゴエモンも詞朗の事を嫌いではなかった。5年という時間をかけて、家族はその絆を深めていった。だが、別れは突然訪れる。
通り魔。顔も知らない、男か女かも知らないその魔手によって、詞朗は帰らぬ人となった。誰かに恨まれるような人間ではない、平凡で優しい人間。そんな彼が前触れもなく失われたとき、光子は半狂乱になって泣き叫んだ。
嘗て、愛した男に逃げられた。ゴエモンという子供だけ残し、当時まだ13歳だった光子を置いて男は逃げ出した。余りにも若すぎる妊娠、そして出産。家柄を気にする親には誰とも知れない男の子を孕んだという理由で縁を切られ、周囲にもはしたない女と蔑まれた。そんな中でも子を守るために必死に生きてきた光子にとって、詞朗は手に入れたたった2つの幸せの片割れだった。その2つの幸せさえあれば、他には何もいらなかったのだ。
なんで、どうしてあの人が殺されなければいけなかったのか。棺桶の中で安らかに眠るその夫の死に、光子の心はおかしくなっていた。
「なんででしょうね。あの人と同じように、ゴエモンも離れて行ってしまうような・・・そんな気がして。あの人と、それに似てきたゴエモンの姿を重ねたのかもしれません」
「似てきた?ゴエモンとですか?」
「夫が死ぬ前から、ゴエモンはよくあの人を真似るというか・・・・・・そういう雰囲気を持っていれば私が喜ぶといったことを、無意識に学んでいたみたいです。あの人に対するあこがれもあったのかもしれません」
夫と肉体的に繋がった回数の少なかった光子は、それさえ夫を失った原因ではないかとさえ考えていた。ショックによって正常な論理立てが出来ていなかったのかもしれないし、そもそも夫とゴエモンを異性として同列に感じていたのかもしれない。その答えは、今となっては光子にも分からない。近親姦をする人間の心理など多種多様過ぎてこれだと定義付けすることは難しいだろう。
「ゴエモンはあの人が死んでからは、私を落ち着かせようと今まで以上にあの人になりきっていきました。漢字に詳しくもないのに新聞を読んだり、あの人が好きだった食べ物を、苦手なくせに食べて見せたり。あの小さなゴエモンがそんなことをやっているのは・・・痛々しかった」
だからこそ余計に愛おしくて、そして同じく愛おしかった夫と重ねてしまったのだろうか。ジェーンにはやはりそのような心理は分からない。でも、ゴエモンがそうやって必死になったのは、いつもの母親に戻って欲しかったからだろう。減点方式の好感度とやらの正体はきっとこれが始まりだ。
「握っていた幸せを自分の下に縛り付けたかったのね。ゴエモンに何処にも行ってほしくないから、私を求めてほしかった・・・・・・知れられていれば、私は性的虐待を行った母として親権を停止されてもおかしくなかった」
「それで、ゴエモンとですか。ゴエモンは何と?」
「もう、覚えていないわ。ただ拒否はされなかったと思う。優しい子だから、そこまであの人になりきろうとしたのかしら・・・もしあの時に嫌だって泣いてくれれば――いえ、何でもありません。そう育ててしまったのも私だもの・・・・・・軽蔑した?」
すこし自嘲気味な声色だった。罪を犯したのもそれを求めたのも、結局は自分に起因する事でしかないとでも感じたのかもしれない。悪いのは自分でゴエモンは悪くない。そう言いたげだ。ジェーンは、光子も悪いとは思わなかった。ただ彼女は過ちを犯してしまっただけだ。
「驚きはしました。想像もできない・・・・・・でも、きっと私の方が汚れていますし。ちょっと二人に対する印象は変わったけど、何となく想像できます」
母親が本気で行為を求めていることをゴエモンは察したんだろう。それがいいとか悪いという感覚があったのかは分からないが、きっと断れなかったろう。断れば相手を深く失望させてしまうという強迫観念との板挟みの末に、ゴエモンはそちらを選ばざるを得なかった。子供は親には逆らえない、ということなのかもしれない。
光子は自分の事よりゴエモンが嫌われることの方を本気で心配していたのか、胸元に手を当てて小さく息を吐いた。その吐息には安堵と共に深い悔恨が含有されているように、黙って聞いていたニヒロは感じた。と、同時に光子はジェーンを案じるような瞳を向ける。
「今、『私の方が汚れている』って貴方は言ったけど・・・・・・いえ、聞かないでおく。貴方の目はとてもまっすぐで迷いが無いもの。だから・・・・・・もしそれでも辛くなったら、わたしで良ければお話を聞くわ」
「こんな時でも人の心配なんて、やっぱり貴方はゴエモンの母親ですね」
「え・・・そ、そうかしら」
「そうですよ」
光子の目は、暗に「私にそんなことを言われる資格はない」と言っているようだった。しかし、ジェーンはそうは思わない。
自分より他人を優先して生きて、他人の為に死ねる。元来そういう性質を持った人なのだろう。その危なっかしさはゴエモンに似ていて――この人も幸せであってほしいと思う。
= =
光子とゴエモンは、親と子でありながら肉体関係を結んでしまった。
ゴエモンの肉体と結ばれることで強い充足感と、彼が自分と共にあるという安心感を得た光子は、行為を重ねるごとに冷静さを取り戻していった。と同時に、自分が大きな過ちを犯してしまったことに気付いて直ぐに行為を止めた。そこで肉欲に溺れなかったのは、流石なのかもしれない。
こんな事を続けていては自分のためにもゴエモンのためにもならない。行為に溺れた所で何の解決にもならないし、むしろ自分がゴエモンに依存しきってしまうことになりかねない。
それに、光子ゴエモンの瞳の奥に抑え込んでいる漠然とした不安と恐怖を感じた気がした。行為を止めて以降、ゴエモンから行為を求めてくるようなことは無かった。ゴエモンは望まぬ行為を、それでも母の為と必死で行っていただけだった。我慢だったのだ。
考えてみれば当然である。目の前で乱れながらも体を求めてくるあられもない姿の母親と、今までに感じたことのない異常な刺激。ゴエモンにはその行為の全てが歪で異常に思えた筈だ。全ては母のため、母に言われるがままなされるがまま。だから、早く元の母親に戻って欲しい――そう思っていたのだろう。
しかも、ゴエモンはその時期すでに精通を終えていた。つまり性行為によって子供を作れる身体になっていたのだ。そして冷静でなかった光子は避妊のための行為を一切行わなかった。こんな事を続けていれば自分は息子の子供を孕んでしまう――その危うさと、ゴエモンへの母性が正気を取り戻させた。
それから、真田家は普通の家族に――一家の大黒柱を失って途方に暮れる家族に戻った。ゴエモンも、あれは悪い夢だと思い込むことで光子と普通に接することが出来ていた。夫の遺産はある程度残ったし死亡保険が入ってきたが、いつまで持つかは分からない。光子は息子にやったことを忘れるようにパートアルバイトに励み、ゴエモンもそのことを務めて忘れようとしてた。
だが――もう犯した過ちは取り返しのつかない事態を生んでいた。
光子は、ゴエモンの子をその胎に宿してしまっていたのだ。
「周囲は、夫の忘れ形見だと言ってよくしてくれました。そう言われるたびに私は、行き場のない背徳感に心を焦がされました・・・・・・何より、”また”祝福すべき事を素直に喜べていないと」
「中絶は・・・・・・いや、言うまでもないですか。貴方に自分の子を捨てられる訳が無い」
「買い被りよ・・・育てきれないかもしれない子を産んでしまうことが正しいなんて言い切れる?」
「それは・・・」
「産むことが正義じゃないの。命に責任を持っていなければ、その無秩序は将来に子供を苦しめるわ」
沈んだ表情で儚く笑う光子の問いに、言葉が詰まった。言い返すには余りにも人生経験が足りなかったから。そんなジェーンを見て、素直な子ね、と光子は呟いた。
ゴエモンには、貴方の所為ではないと言い聞かせた。だが、少しずつそのふくらみを増していく腹部にゴエモンは否が応でも母親を妊娠させた事実を無視できなくなっていった。母親の身体に起きる大きな変化。それを自分が齎してしまったという言いようのない罪の意識がゴエモンに圧し掛かる。
産まれる子供は夫との間に生まれた子だとゴエモンに言い聞かせると、ゴエモンは頷いた。だが、そういうふうに嘘を付けという意味だと捉えていたのだろう、その顔に時々影が差すようになっていった。
そして、出産。赤子は夫の名前から取って宋詞朗と名付けられた。
この子は貴方の弟よ、と言うと、ゴエモンは静かにうなずいた。もうその頃には、光子にさえゴエモンが内心で何を思っているのか分からないほど巧妙に本心を隠すようになっていた。隠すことで周囲に不安をばらまかないで済むと子供心に考えていたせいだろう。
「でも、世の中の技術の発達って凄いのね。まさか生まれてすぐに、あの子が将来目の疾患を患うって分かっちゃうなんて。これもIS技術のおかげなのかしら?」
「将来・・・?では今は別に発症していないのですか?」
「いいえ、遺伝子調査なんかで疾患を持っていることがすぐ分かったって話よ。症状は少しずつ進行しているけど、普通に暮らしていたら疾患を持っているかどうかも分かりにくいんですって」
どうにも病気の詳しい症状については勉強が不足していたようだ。もっとしっかり調べておけばよかった、と頭を掻く。
「視力に本格的に異常をきたすのはもっと先のこと。あのサングラスは最近になって羞明の症状が出始めたからかけさせてたの。こんなに小さい頃から症状が出てると3,40代で失明することもあるなんて言ってたけど――ゴエモンの開発したあの凄いサングラスがあれば、不便でも生きていけるわ」
――だが、最初から楽観していた光子とは違ってゴエモンはその事実にひどく打ちひしがれていたという。まるで弟を、自分の犯した過ちの犠牲者であるような事を口走っていたのを光子は聞いている。
親近者同時の間で産まれたがゆえに遺伝的疾患を背負わせてしまった。弟への思いやりは人一倍だったが、その思いやりにはきっと贖罪の意識が残っていたのだろう。
「――私が分かるのは、ここまで。ゴエモンはあのころを境に、わたしにも本心を隠すようになったわ。だからこれ以上確かなことは言えない」
「ありがとうございました、こんな話をいきなりやってきた私に聞かせてくれて」
「いいのよ・・・あの子も、貴方の事は前から気にしていたようだし。時々届く手紙にも、いつも貴方の事が一番に書いてあるわ」
おかしそうに笑うその顔は、ジェーンを玩具にしていたような連中の笑みとは断じて違う。かといって箒がゴエモンに、鈴やシャルロットが一夏に向けるようなそれとも違う。純粋に母親が子供をおかしがる顔だった。
この人は間違ったかもしれない。でも、やっぱり母親という生き物なんだ。そう思ったジェーンは、少しだけ口元をゆるませた。
あとは、本人に話を聞くだけだ。
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