ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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神意の祭典篇
39.敗北の味
「困るな。ボクの古城にちょっかいを出すのは」
両眼を真紅に輝かせて、闇の中に現れたのは、美しい金髪の青年。純白のコートに身を包んだディミトリエ・ヴァトラーが闇を切り裂いて現れた。
「“戦王領域”の貴族の蛇遣いか」
ちっ、と忌々しげに睨みつけながら金髪の少年が呟いた。
「こんなところで蛇遣いがなにをしてやがるんだ?」
「なに、ただ散歩をしてたら面白そうな現場に立ち会っただけサ」
ヴァトラーが小さく笑う。しかしその笑いとは真逆に気配だけは殺気に満ちている。
少しでも金髪の少年が変な動きをすれば、すぐにでもヴァトラーは動くだろう。
その気配を感じとったのか金髪の少年は忌まわしげな顔をしながら呟く。
「そうか。ならしゃあねえか……さすがに第四真祖と剣巫、蛇遣いの三人を相手じゃ時間がかかるからな」
金髪の少年は確かにそう言い放った。第四真祖と剣巫、“戦王領域”の貴族を相手にして勝てると彼は思っているのだ。しかし彼の蛇の眷獣はその言葉さえもあながち嘘ではないと思わせるほどの力をもっていた。
「ここでテメェを始末しておくはずだったが、別に俺の計画には問題ねえからな。じゃあな、第四真祖、剣巫、蛇遣い」
少年の姿が虚空へと溶け込むように消えていった。
その瞬間、その場の空気に張り詰めていた緊張感が一気に消えさり、古城は力が抜けたようにその場に倒れこむ。
雪菜も槍を支えにはしているが地面に膝をついてぐったりしている。獅子王機関の剣巫であってもあれほどの魔力から敵視されれば緊張で疲れるだろう。
「変なやつに目をつけられたようだね、古城」
ヴァトラーが同情するような眼差しを古城へと向ける。
「あんたが言うかよ」
古城は疲労を顔に浮かべる。そして不本意ではあるが古城は一言付け加える。
「……だけど、さっきは助かった。礼を言う」
古城の言葉を聞いて、ヴァトラーが小さく笑った。
先ほどヴァトラーが助けに来なければ確実に古城は瀕死のダメージを受けていた。漆黒の獣から先ほど受けた傷も今だ癒えずにいることから金髪の吸血鬼の眷獣がただの眷獣ではないことを意味している。さらに古城が現在従えている全ての眷獣をもっても倒すどころか指一本触れることができなかった蛇の眷獣。あの眷獣は彩斗の眷獣だ。正確に言えば、“神意の暁”が従える眷獣の一体。“神意の暁”は真祖同等の力をもっている。そんな眷獣の攻撃を受けていれば古城は生きていたかどうかさえも危うかった。
「この程度お安い御用さ、古城。我が愛しの第四真祖よ」
ヴァトラーが古城を誘うように両腕を広げてみせた。本能的に危険を感じて、古城は後ずさった。
この吸血鬼はいろんな意味で危ない存在だ。吸血鬼としても、性格としてもだ。
「古城!」
闇の向こうから息の切れたような声が聞こえてくる。その正体は、ボロボロの彩海学園の制服を着ている少年だった。
「彩斗!」
相当走ってきたのか肩で息をしている。それよりも彼の身体の至る所に傷があることに目がいってしまう。
彩斗は古城よりも先に帰って行ったはずだ。なぜ、マンションとは逆方向から現れたのかがわからない。
「大丈夫か、古城」
途切れ途切れの声で彩斗が訊いてくる。
「俺よりもおまえのほうが大丈夫なのかよ!?」
ああ、と力なく笑う彩斗。明らかに無理しているのが伝わってくる。すると彩斗の後方から少女の叫ぶ声がした。
「彩斗君!」
黒いギターケースを背負った友妃が彩斗の元へと駆け寄る。
「……逢崎」
友妃の名を呼ぶとともに彩斗の身体は膝から崩れ落ちていく。地面に倒れそうになる彩斗の身体を友妃がなんとか支える。
「わ、悪りぃな、逢崎。ちょっと無理しすぎたわ」
「本当だよ! もうバカバカ!」
友妃の目から大粒の涙が零れる。
「バカとはなんだバカとは」
彩斗は不器用に友妃に笑いかける。そして彼の視線は彼女からヴァトラーへ移される。
数秒間の沈黙の後に彩斗が口を開いた。
「まさかテメェが古城を助けるとは思わなかったぜ、ヴァトラー」
「いやいや、当然だよ。古城にはこんなところで死なれては困るからネ」
ヴァトラーはわずかに笑みを浮かべる。そして急に真剣な顔になり彩斗を睨みつける。
「あれが真のキミの力なんだね、彩斗」
「………」
彩斗は答えない。それがなにを意味しているかは金髪の少年の攻撃を受けた古城にはわかっていた。彼が使用した蛇を操る女性の正体は、“神意の暁”が従えている眷獣の一体だ。彩斗からなんらかの方法で奪っていったものだ。あれが“神意の暁”の本気だとするなら彩斗は今まで手加減していたもしくは、力を完全に使いこなせていないことになる。
ちっ、と舌打ちをし彩斗は重く閉ざされた口を開いた。
「違ぇ、あれはあの野郎が──グッァ!」
彩斗は突然頭を押さえて苦しみだした。
「彩斗!」
「緒河先輩!」
「彩斗君!」
古城と雪菜、友妃が彩斗の名を叫ぶ。その反応は、フェリーの甲板で金髪の少年から銀色のメスのようなものを見せられた時と同じだ。過去のことを思い出そうとした古城が起こす反応に酷似していた。
「まぁいいさ。キミもボクの大事な人だ。だから彼とは戦うんじゃない。今の彩斗では彼には勝てない。もちろん古城、キミもだ」
いつもの軽い口調ではなくヴァトラーは重い口調だった。確かに金髪の少年と戦って今の古城や彩斗では勝つことは出来ないとわかりきっている。
「それじゃあボクはそろそろ帰るとするヨ」
ヴァトラーは恭しい深い礼をし、霧に変じて姿を消した。
残されたのは、破壊された建物と傷だらけの二人の吸血鬼とその監視者たちだけだ。
空を見上げるといつのまにか暗雲が立ちこめていた。そろそろ天気が崩れそうな気がする。
しかし古城たちは動くことが出来なかった。今まで受けたことのない圧倒的な敗北感のせいで……
彩斗たちは無言のままアイランド・サウスの自宅があるマンションへと帰っていく。彩斗たちは謎の女のことを、古城たちは交戦した吸血鬼のことを話すべきだったのだろうが過度の疲労でそんなことを語り合える気力さえない。
暗黙の了解でもしたように彩斗たちは明日、このことを話すことにし、それぞれの部屋へと帰っていった。
彩斗は一度扉の前で息を整えてから鍵を開けて自宅へと帰る。
「た、ただいま」
言葉を発しただけでも腹部に激痛が走る。それを必死に堪えて靴を脱いでリビングへと侵入する。
「彩斗さん、大丈夫でしたか!?」
リビングに入るとともに銀髪の少女が心配そうにこちらへと駆け寄ってくる。
「悪ぃな夏音、遅くなって……古城たちに手伝わされたんだ」
必死で痛みに堪えながら平然を装う。
「無理しなくても良いわ、主になにが起きたかぐらいはだいたいわかっておる」
そう言って夏音の腕の中にいた身長三十センチほどの人形が動きだした。かつてニーナ・アデラードと呼ばれていた古の第錬金術師はそんなサイズになっても健在らしい。
「妾を誰だと思っておる。大錬金術師ニーナ・アデラードだぞ。あれほどの魔力の塊に気づかぬわけないだろう」
「てっきりただのペットだと思ってたからな」
彩斗は不敵な笑みを浮かべるがニーナが不機嫌そうな顔をしたかと思うと彩斗の腹部めがけて突進してくる。直撃した腹部にとんでもない激痛が走り、彩斗はその場に崩れ落ちる。
「彩斗さん!」
夏音が慌てて彩斗のそばへと駆け寄る。
「に、ニーナ……今は、洒落にならねぇ、から……」
「主の自業自得であろう」
ペット扱いされたのがよほど気に障ったのかニーナは不愉快そうな顔をしている。
「しかし、彩斗がそこまでやられてくるとは、相手は何者だ?」
彩斗は苦痛に耐えながら起き上がり、ニーナの問いに思案してから一つの答えを出す。
「……さぁな、知らねぇよ」
本当に知らない。そう、彩斗は知らないのだ。なぜ自分が狙われたのかも、古城が狙われたのかも、何もかも知らないのだ。無知とは罪だ。知らなかったから動かなかった。知らなかったから救えなかった。知らなかったから護れなかった。罪とはそういうことだ。
彩斗は知らない。しかし自分のせいで古城が襲われたのは明確な事実だ。
「とりあえず飯にしようぜ、夏音」
彩斗はまだ残る痛みに耐えながらもキッチンへと向かおうとする。
「彩斗さん……」
「俺は大丈夫だよ、夏音」
心配そうにしている夏音の頭に手をおいて撫でる。柔らかな髪の感触といい匂いが鼻腔を刺激する。
「さ、彩斗さん……そ、その、そろそろ……」
透けるような白い肌が真っ赤に染まっていく。
そこで彩斗は自分が今していることに激しく狼狽える。
「い、いや、そ、その……こ、これは……」
「は、はい。私も嫌ではないので、だ、大丈夫でした」
夏音がさらに顔を真っ赤に染めてから指先がゴニョゴニョと動きだす。
(か、可愛い! なにこれ、今すぐ抱きしめたいくらい可愛い)
こんな光景を見て可愛いと思わない人間なんていないだろう。こんな光景を中等部の男子たちにでも見られれば彩斗に殴りかかってくること間違いない。
「いつまでイチャイチャしておる。早く晩飯にするぞ」
「イチャイチャなんてしてねぇよ!」
いつもの日常がわずかに戻ったような気がして彩斗は安堵するのだった。
しかしまだ始まりにしか過ぎなかった。神々が集いし、人ならざる者たちの祭典──“神意の祭典”の幕開けまでの……
翌日。彩斗は朝陽が昇る前に眼を覚ました。吸血鬼としては珍しいことではない。正直いえば腹部の痛みのせいで一睡もすることができなかったというのが真実だ。
隣では夏音とニーナが可愛らしい寝息を立てている。そんな顔を見るだけで彩斗が受けた傷など忘れることができる。
彩斗は寝ている夏音の頭を撫でる。
「必ず帰ってくるからな、夏音」
不器用な笑みを浮かべて二度ほど撫でたのちに彩斗はいつものように部屋の隅にかけられた制服を手に持ち部屋を後にする。
「どこに行く気だ、彩斗?」
不意に後方から聞こえてきた声に彩斗は動きを止める。
「起きてたのかよ、ニーナ」
「まあのう。主の考えを読めぬ妾だと思ったか」
「わかってても見逃してくれるのが大人の対応ってやつじゃねぇか」
「主が思っているほど妾は大人ではないのでな」
ニーナの目的はわかっている。彩斗を止める気なのだろう。彩斗と古城をあそこまで痛めつけた相手に完全に傷が癒ていない状態で勝つことなど出来ないであろう。そのことをニーナはわかっているのだ。だからこそ行かせたくないのであろう。
「……そうか」
素直に嬉しかった。それでも彩斗の答えは変わらない。
「夏音に伝えといてくれ……晩飯までには帰るって」
彩斗がいつものように彩海学園の制服に着替えて玄関へと向かった。
当たり前のことだが、彩斗が歩く音しか聞こえない。
扉を開けてマンションの廊下へと出る。まだ陽が昇っていない時刻なため廊下には誰もいない。
その方が好都合といえば好都合だ。
彩斗がエレベーターホールへと向かう。
「どこに行く気なの、彩斗君?」
静寂を切り裂いたのはよく知る少女の声だった。
「ニーナといい、お前といい、なんで起きてんだよ……逢崎」
振り返るとそこには、彩海学園の制服を着ており、いつもの黒色のギターケースを背負っている獅子王機関から派遣された“神意の暁”の監視役の“剣帝”逢崎友妃だ。
「だってボクは彩斗君の監視役だからね」
はぁ〜、と大きなため息をつく。彼女に見つかった時点で振り切ることなど出来ないことは今までの経験でわかる。
だが、一応ではあるが言ってはみよう。
「……危険だぞ」
「そんなの今に始まったことじゃないでしょ。それに彩斗君はまた茶髪の娘が来たら手を出せないでしょ」
痛いところをつかれたものだ。確かに彩斗では茶髪の少女と戦うことは出来ない。
「それにそうじゃなくても彩斗君はボクの目の届く範囲にいないと他の女の子の血を吸うかもしれないからね」
「吸わねぇよ!」
「冗談だよ」
友妃の無邪気な笑顔を見ると一人で抱え込んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「一人で抱え込まなくていいんだよ」
まるで心でも読まれたような気がしてドキッとする。
「彩斗君が抱えきれないことはボクも一緒に背負うから」
友妃の柔らかで温かい感触が彩斗の手を包み込んだ。
「だからボクが抱えきれないことがあったら一緒に背負ってね」
いつもの無邪気な笑みだ。その笑顔に彩斗の頬が赤く染まり、さらにいつものように全体に拡ていく。友妃の頬はわずかに紅潮している。
「それじゃあ、行こっか! 雪菜たちにバレたら怒られちゃうしね」
友妃が彩斗の手を引っ張りながらエレベーターホールへと向かう。
「ああ、行こうぜ、逢崎」
「うん!」
後書き
話が全然進みませんね。
まだ彩斗の過去に触れるまでには時間がかかりそうだな。
そして案外ニーナの喋り方も難しいということが判明してしまった。
多分、後二話で過去篇に突入すると思います。
この神意の祭典篇は過去篇への布石のような話なので……
誤字脱字や気になったことがあったら感想でお伝えください。
また読んでいただければ幸いです。
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