ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート
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19:パーティ・プレイ
野良パーティでの戦闘の際、それぞれがどう戦っていくかは事前の打ち合わせか、若しくは戦っていくうちに自然と決まっていくのだが、俺達の場合は後者に該当する。
ちなみに、自然と決まった俺の担当は《遊撃》である。つまり、計七人のパーティの内、三人ずつ分かれた二つのグループを臨機応変に援護する立場にある。
そしてそれは、予期せず俺にとある恩恵をもたらしていた。
この場にいる、死神容疑者である三人……ハーラインとデイド、そしてユミルの三人に共通する弱点である防御力不足を、それぞれがどう対処し補っているのか。それを一歩下がった位置からじっくりと観察、考察が出来た事だ。
ちょうど今俺の目の前では、ユミルとデイドにシリカという……なんとも一触即発な三人が組んで、《ブリッツゴブリン》の集団の一部を引き受けている。ブリッツゴブリンはその名の通り、徒党を組んで突撃してくるゴブリンの兵隊共で、ステータスは特にこれといった脅威はないものの、群れを織り成して突撃してくるというそのアルゴリズムが厄介だ。安全マージンを確保しきれていないソロプレイヤーには脅威となる存在だが、あいにくこちらは7人のパーティで、加えてシリカ以外の全員が安全マージンを上回っている。
「たぁーっ!」
しかし、そのシリカもかつて俺が彼女に手渡したグレードが数段上の装備達を今も愛用してくれており、甲斐あってその力はこの階層にも充分に通用している。そしてそれ以上に、彼女は俺に恩返しがしたいと言っていたのを忘れてはいないようで、気合いではこのメンバーで誰にも負けないと言いたいが如く、涙ぐましいまでに張り切ってくれているのだ。
シリカの短剣連続技《ファッドエッジ》が、自分より大きなゴブリンの胸から腹までを幾度も切り裂く。ゴブリンのHPは半分も削りきれないものの、全斬撃が綺麗にヒットして僅かにスタン状態となる。そこに……
「でゃあっ!」
大刃がゴブリンの背後の頭上から振り上げられたのが見えた瞬間、それが振り下ろされゴブリンを頭から真っ二つに両断した。瞬時にポリゴンとなって四散し、そこからユミルの槍斧を振り下ろした姿が露わになる。
彼のソードスキル《バスター》がゴブリンの残りHPを跡形もなく吹き飛ばしたのだ。
振り下ろしたその斧を上げる前に、その小さな口から鋭い声が飛ぶ。
「デイド! 左!」
「オレに指図すんじゃねぇ!」
と言いつつもその言葉通り、デイドはユミルの左方面に、その場から動かず槍を突き出した。圧倒的なリーチを誇る蛇矛は、動かずとも離れたユミルの傍を通り過ぎ、その左背後からユミルに向かって武器の鈍器を振りかぶっていた新たなゴブリンの腹部を貫いていた。しかしそのHPは全損する事なく、僅かに残ってしまった。憎悪値が変動し、ゴブリンはユミルを一旦無視し、槍を手で引き抜いてデイドへ突撃する。
が……
「ハンッ、テメーはもう終わりなんだよ。さっさと死ね」
と宣言した途端、ゴブリンが武器を振りかぶる前にドサッと地に伏せ、体を四散させていく。その散りゆく体をよく見てみれば、うっすらと暗い緑がかったエフェクトを帯びている。《毒》の効果だ。
デイドは矛先に自作の強力な毒を塗ってリーチのある槍で先制を取り、そして自分との距離を詰める前に先に毒殺したのだ。現にあのゴブリンが走り出す際、残った約二割のHPがゴリゴリと削られていた。これがデイドの自分なりの弱点を穴埋めする方法だったのだ。
「まだまだいくぜぇ! ……ガキッ、今度はテメーが力を貸しやがれ!」
デイドがさらに続けて襲ってくるゴブリンに一撃を見舞う。だが今度の相手は姿形は似ているが、数段強い隊長格である《ブリッツゴブリン・リーダー》が相手だった。デイドの一撃でも二割程度しか削れず、また毒を以ってしても削りきれずにデイドへの接近を許してしまうだろう。
「ッ!」
そこにユミルが割り込むように突進する。リーダーの横腹に、突進の勢いで威力を微ブーストした、副槍での刺突を繰り出した。リーダーが怒り声をあげ激しい殴打の反撃をするも、ユミルは俺との決闘の時のように槍斧をタクトのようにヒュンヒュンと回転させながら巧みにパリィしていく。そして、その隙にデイドが彼の後ろから長槍での突きで、リーダーのHPをジリジリと削り取っていく。
ユミルは容疑者の中でも突出して致命的な防御力不足の問題を抱えているが、武器のリーチも軽量化の為にカスタマイズされており、そう長くはない。長柄の両手武器にも関わらず、その全長は小柄な己の身長と同程度である。だがユミルは臆することなく、敵の眼前でハルバードを見事な棒捌きでパリイングを続けている。それにスキル一覧でも見た《武器防御》の高いスキル値にも納得がいく。少々不安も残るが、これがユミルの弱点克服方法なのだろう。
「スイッチ!」
「は、はいっ! ――ピナッ!」
ユミルの叫びにシリカが応え、ユミルへ乱撃を続けるリーダーに向かってピナがバブルブレスを浴びせる。そして僅かにたたらを踏んだその隙を見逃さず、防御と回避に徹していたユミルはバックステップで後退、そこへシリカが短剣を逆手持ちに確りと握りながら疾駆し入れ替わる。リーダーのHPは、デイドの後方からの援護と毒のおかげで残り三割にまで減少している。
「覚悟してくださいっ!」
そこへシリカの突進技《ラピットバイト》の刺突とダメ押しの連続斬撃が決まり、リーダーがとうとう大きな悲鳴を上げ、どうっと地へと仰向けに倒れた。
それに俺は口笛を吹く。即席の三人組にしては見事な連携だ。
これで三人と一匹の笑顔のハイタッチでも拝めれば最高なのだが……
当然、そんな俺の願いは叶えられる訳も無く。勝負がついた直後にユミルとデイドの二人は背を向け合い、その間のシリカとピナがオロオロする構図がなんとも物悲しい。
溜息をつきながら、思いのほか手が空いたので、加勢の必要が無かったと思われたもう一方のグループへと足を向ける。アスナとリズベット、そしてハーラインの三人だ。
……ふと、HPとは別の意味で少々危険を感じ、加勢に急ぐが……
「――ハァッ、トウッ!! どうだね、私とミスティアは美しいだろうっ!?」
「「……あー、そうですねー……」」
……………。
俺は数秒沈黙、そして加勢することなく剣の先を地へと力なく降ろした。もともと、アスナとリズベットの二人がいれば、この階層の敵が相手ならば加勢の必要も無いのだが……それが必要ないと判断したわけではない。
……この光景がシュールだったが故に、つい脱力してしまったのだ。
ハーラインはゴブリンの群れに向かって薙ぎ払いの攻撃を幾度も続けている。だが、その動きがなんというか……うん、非常に残念な事になっている。
動きがおかしいのはもちろん、妙にたどたどしく、しかも一撃を決めるたびに一々決めポーズらしいアクションを取っているのが心憎い……いや、鬱陶しい。しかもその攻撃の半分はスカスカと外れており、彼のシュールさを助長している。
「あぁぁあぁあああ美しイイイイイイッッ!!」
その中で唯一救いなのは、彼の武器……ユニコーンの角を使ったパルチザン《バッシュ・ミスティア》の美しさとその威力だ。
振られるたびに刃がオーロラのような薄青い軌跡を残し、ゴブリン共のHPを大きく削ぎ取っていく。だが、彼の半端なレベルや相手が五十二層のモンスターということもあり、流石に一撃死とまでにはいかない。
アスナは彼が空振った分を一撃の元に仕留め、リズベットは彼に薙ぎ払われHPが削れた者を鈍器でゴスゴス殴ってトドメを淡々とこなしていた。その二人の顔は妙に暗澹としていて、その気持ちもとてもよく分かる。
反してハーラインは、今が人生の絶頂と言わんばかりにその顔が活き活きと輝いていたのだ。まぁ、両脇に美少女二人を侍らせて敵を狩っているのだから、彼の場合は無理も無いかもしれない。
「アハッハッハ! 最高のショーだとは思わないかね!? 見たまえっ、ゴブリンがゴミのようだ!!」
「「「……あー、そうですね……」」」
アスナとリズベットの唱和に、今度は俺も自然と参加していた。
ただ、見ていて分かることが一つある。
彼の防御力不足を補う方法は…………無い。
職人クラス故に、現場の危機感に希薄なのか、それとも本当に馬鹿なのか分からないが……対策をしているという仕草が微塵も見当たらなかった。正直、隙だらけで見ていて非常に危なっかしい上に、彼の戦いの働きはレベルが幾分下のシリカの半分以下という凄惨たる始末だった。
本当に大丈夫なのだろうか……色んな意味で。
ともあれ、こういった具合に俺達のパーティは敵集団を各個撃破し、ユニコーン探索を続けていった。道中、トレジャーボックスや新ダンジョンが見つかる事も無く、似た風景の薄暗い森の光景が億劫に続く……のだが。
なんだかんだで俺は、シリカとユミルの他愛無い話に横槍を入れたり、ユミルから受けたショックからようやく回復し、尚も懲りずアスナとリズベットに誘いの声をかけているハーラインにデイドと揃って肩をすくめながら溜息をついたり……実の所、そう退屈することなく一日分の冒険を終えることが出来たのだった。
それは、見様によっては楽しくもあったとも言えるし、こうとも言える。
――今日は《死神》は手を出してこなかった、と。
忘れてはならない。
この三人と、この場に居ないもう一人の中のいずれかが、恐らくは死神であるという事を。
………
……
…
…
……
………
「――……ト。……ちょっと、キリトッ?」
「あっ……なんだ、リズ?」
ふと我に返れば、俺の目の前で腰に両手をあてたリズベットが俺を見下ろして、じとーっとした目で睨んでいた。
「なんだ、じゃないわよ。食材の買い足し、頼めるかって聞いてんの!」
「え? あ、ああ……」
どうやら考え込みすぎて、帰り道からの記憶がプッツリ途切れていたらしい。
気付けば俺は、マーブルの宿屋のソファに身を沈めていた。
時刻は辺りも静まりだす夜。夕食時であった。
「……どうしたのよ、ボーッとして。疲れた?」
「いや……少し、考え事してた。ちょうどいい、少し外に出て頭冷やしてくるよ」
俺は立ち上がり、首を傾げているリズベットから差し出されたメモらしき紙片を受け取る。
「それじゃ、頼んだわよ。今のマーブルさんのキッチン、あたし達も総出で、まさに戦争状態なんだから!」
「ははっ、それは大変だ」
いかな宿の広いキッチンでも、四人もの女子が所狭しと調理に勤しんでいる様子は容易に予想できた。それはリズベットの鼻先やエプロンについた何かのソース然り、その背後のカウンター奥から聞こえる騒がしい調理の音や姦しいアスナ達の黄色い声然りだ。
「それから、なるべく早くによろしくね。……ユミルくんがお腹を空かせてるんだから」
「……ああ」
そうだった。
俺達は本日の狩りを終了し、一度解散。そして今は、昼での決闘の約束通り、ユミルも含めた俺達の晩餐を作っていたのだ。
俺達と、そしてユミルの為に飛びっきり美味しい夕食を、と気合い満々に腕をまくるマーブルを見た女性陣は、その張り切っている姿に感化され、キッチンに我も続かんと名乗りを続けてあげて今に至るのだった。
「それじゃ、行って来るよ」
「ん。ユミルくんが我慢できずに木の実でもつまみ食いしてたら、あんたのせいだからね!」
俺は苦笑し、リズベットに見送られ宿を急いで後にした。
冷えた夜の空気の中、雑貨屋へと駆けながらふと空を見上げると……上空の《霊木》の枝の間から、綺麗な三日月が覗いていた。
――それは、死神の握る大鎌の刃に似ていた。
……………。
……本当に、あの中の誰かが……
……と、また思考が沼のぬかるみにはまっているのに気付き、ぐっとそれを飲み込んで頭上への視線を手元のメモへと逃げさせた。
「お、多いな……」
後書き
パーティ戦闘回でした。
1VS1の決闘と違って、これまた描写が難しいですね……笑
スイッチや連携シーンが頭の中で再生して頂けたら幸いです。
そして次回、ユミルと共にキリト達のディナータイム。
……筆者である私としては、この回、実はとても大事なシーンになります。
挿絵も付けないとね。頑張ろう。 次回をお楽しみに。
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