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ゾンビの世界は意外に余裕だった

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15話、第2章エピローグ

 臨時所長歴十三日目。午前十時頃。 

「ボス、香田巡査部長がお見えです」

 キャリーが所長室に入ってきた。所長室に運び込んだベッドの上で目覚めたばかりだった俺は、お腹の虫の大きな鳴き声を無視してストレッチをしていた。

 起き抜けに焼き肉を食べたくなるほど腹が減っているのだが、「さあ食堂に行くぞ」と気合いを入れた瞬間に出鼻をくじかれてしまった。

 俺は仕方ないと諦めて少し待つように伝えさせ、上下に着ている赤いジャージを脱ぎ捨てて、半袖ワイシャツにグレーのズボン姿に変身した。

 髭を剃ったり歯を磨いたりすることは給湯室に行かないと無理だが、髪の毛だけはここで整えられるので、寝癖だけ直して入室を許可する。

「ボス、おはようございます」

 香田巡査部長は昨日までのボロボロの制服姿ではなく、自衛軍の迷彩服を着ていた。髭をしっかりそっていて身嗜みも完璧だ。

 その表情にはまだ疲れこそ残っていたが、自衛軍基地で会った時と比べれば雲泥の差で健康そうに見える。

 たぶん朝ご飯もしっかり食べたのだろう。

「おはようございます。それで、ご用件はなんでしょうか? 」

「契約者の皆さんが食堂に集まっているのですが、ボスがなかなか起きてこないので私が様子を見に来た次第です」

 年長者である香田巡査部長にボスと呼ばれると照れる。というか違和感ありまくる。 まあ、土建屋の中嶋親子にボスと呼ばれた時もしっくりしたわけではないが、そのうち慣れるだろう。

「寝た時間が遅かったので今さっき起きたばかりなのですよ」
「そうでしたか。急に押しかけて申し訳ありません」

「連絡係を作っていなかったこちらのミスです。それにちょうど良い機会です。今から香田さんをリーダーに任命します」

 せっかく来てくれたんだし、警官で年長者で人格者である香田さんには契約者達のリーダーの一人になって貰うことを伝えた。

「私がリーダーですか?自衛軍から選んだ方がよろしいんじゃないんですか」
「いずれ彼らにもリーダーになって貰うかもしれませんが、今のところは香田さんにお任せしますよ」

「分かりました。それで、ボスからリーダーに対する最初のご命令はなんでしょうか?」

 香田巡査部長はかなりおどけた態度で役目を尋ねた。おっさん巡査部長の茶目っ気のある態度は、おっさんの入り口に入ったものとして好感を抱くところもあるが、ちょっと寒気を感じるのも確かだ。

 まあ、愛想笑いを浮かべて対応する。

「ハハ、リーダーの仕事はおいおい決めていくつもりです。ですがさしあたっては、居住スペースの振り分けを私と一緒にして貰います」

「居住スペースの振り分けですか」
「ええ、現在研究所B棟の二階にある研究室を空き部屋にする作業をしています。終わり次第、皆様に解放しようと思っています」

「先にそこを拝見しておきたいですね」

「確かに一度見て貰っておいた方が良いかもしれませんね。キャリー。引っ越し作業の状況はどうだ?」
「八割ほどが完了しています」

「八割か。北側はどうだ?」
「北側の研究室は全て完了して空になっています」

「そうか。では幸子を呼んで香田巡査部長を案内させろ」
「承知しました」

 ここで俺のお腹が一際大きな音を出して食事を催促する。生理現象だから仕方ない。つーかそろそろ他の生理現象も限界だ。

「……香田さんの案内は彼女に任せます。私は心配されている方々の居る食堂にいきます」 

 やってきた幸子に香田巡査部長を預けると、俺は給湯室やお手洗いで素早くやるべきことを済ませて食堂に向かった。

「おはようございます」

 昨日より多い人達から挨拶の集中砲火を浴びた後、俺は昨日に続いて食堂の端に陣取る。そして、土建屋の未亡人である中嶋さんからプレートを受け取り、研究所の総人口の九割以上から発射される視線の嵐に耐えながら、カルビ焼き定食を黙々と食べた。そして何時ものようにコーヒーをすする。

「米谷君と井上少尉、井出軍曹はここに残り、あとの方は第一会議室に移動して下さい。キャリー。誘導してくれ」
「承知しました」

 キャリーは食堂の人々をS3戦闘アンドロイドを使って誘導を始めた。

 すぐに食堂はすっきりする。だが何故か呼び止めた三人の他に、自衛軍の兵士二人と婦警一人が残っている。何やら意見があるようだ。

 俺は食堂で一人づつ面接するから呼ぶまで外にいるよう伝えた。

 まずはパソコンに詳しい米谷君。彼にはレイアの居る警備指令室に詰めて貰うことにする。本職とは違うだろうが、彼にはインターネット上にある有象無象の情報を人間の視点で選別してもらう。

 その次は刈り上げ頭で童顔の井上少尉だ。今年入隊したばかりの経理担当の将校は、対ゾンビ戦でも後方支援に従事したとのこと。家族は遠い北海道らしく、電話する許可を求められたので許可したが、固定電話と携帯電話の両方がつながらなかったようだ。

 井上少尉からあまり情報を得られないと判断した俺は、彼を会議室に送りだした。

 それから兵士達と思ったら井出軍曹と先に話をするよう頼まれた。坊主頭がっしり体型の井出軍曹はアフリカ系鬼軍曹のレグロンをちょっぴり彷彿させる。

「井出軍曹は歩兵らしいですね」
「はい」

「今後も危険な仕事とかを請け負っていただけるのでしょうか」
「もちろんです。しかし条件とお願いがあわせて四つあります」

「条件とお願いですか。すぐにお聞きしたいですね」

「まず、非人道的な命令には従えません」
「問題ないですね」

「次に共和国の秩序に私は従います」
「それも問題ないです」

「それから私の家族と連絡を取れた時です。私は助けに行かねばなりません」
「問題ありません」

「最後に、自衛軍基地を完全に支配して仲間の安否を確認して、死者を安らかに眠らせて欲しいという願いを叶えてくれることです」

「……よろしいでしょう。今晩、自衛軍基地に増援を出します。同行して大佐の指揮下に入って下さい」
「あの片腕の方ですね。喜んで従います。それと先程残っていた三名が自衛軍基地行きを志願しています。呼んでも構いませんか?」

 軍曹は自衛軍兵士の飯山一等兵と二階一等兵、そして大西巡査長を連れて戻ってきた。二人の兵士は軍曹に従って仲間を探したいらしい。他方婦警の大西巡査長は、自衛軍基地で一人家族を探している人物に付き添いたいらしい。

 俺は両方に許可を出した。出発する際に武器を与えるようキャリーに命じた。また軍曹を副リーダーという役目につけた。

 井出軍曹は井上少尉に遠慮して固辞したが、これは俺が押し切って引き受けさせた。とにかく納得したと判断したので会議室に行くよう指示する。

 それからしばらくすると、B棟二階を視察していた香田巡査部長がやってきた。

「皆さんはどうしたのでしょうか」

「会議室に行って貰っています。それで香田さんは良い部屋割案を思いつきましたか」
「良いかどうかはわかりませんが、いくつか腹案があります」

「是非聞かせて下さい」

「その前に今後も契約者が増える可能性はどの程度あるのか知っておきたいですね」

「増える可能性はかなり高いと思っています。いまのところ研究所の物資にはかなり余裕がありますので」

 まあ、連隊規模の自衛軍基地を占有している研究所は、かなり武器と食糧に余裕のあるグループのはずだ。そのため俺は、ある程度の数の新参者を受け入れて良いと思っている。

「そうなると将来のことを考えて最低減のプライバシーを確保するという形がよろしいと思います。私のような独身者は二人部屋で十分ですし、寝る時間や自由時間をずらせばプライバシーもそれなりに確保できます」
「なるほど……。部屋割りの最終判断は一緒に検討しますが、部屋割りの素案は香田さんにお任せします」

「分かりました。お任せ下さい」
「それから井出軍曹と大西巡査長、飯山一等兵、二階一等兵が自衛軍基地に向かうことになりました」

「大西巡査長もですか?」

 俺は訝る香田巡査部長に事情を伝えた。軍曹を副リーダーにしたことなどは含めて、香田巡査部長は納得したようだ。

「では、会議室に行き香田さんがリーダーに、井出軍曹が副リーダーになったことを伝えましょう」

 会議室では問題なくリーダー及び副リーダーの就任式が終わった。自衛軍基地で契約した人々には、香田さんを命の恩人と考える人が多い。おそらく問題ないだろう。

 その後、B棟二階の片付けが終わったというので、香田リーダーの指揮でベッドなどの生活必需品を運び込むこませることになった。もともと研究室にあった机椅子などの一部は二階の喫煙所に集積したが、それ以外は自衛軍のトラックから運ばねばならない。

 手助け兼監視にS3戦闘アンドロイド四体と幸子をつける。夜に兵士達が自衛軍基地に引き抜かれたりするので、おそらく数日がかりの仕事になるだろう。まあ、それでも布団だけ先に持ち込めば自室でゆっくり寝れるはずだ。

 自分達の生活水準をあげる仕事をしている間は、そんなに面倒も起きないだろう。
 
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