Meet again my…
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Ⅲ マザー・フィギュア (4)
……少しずつ、眠りから覚める。
すぐには意識を覚まさない。体のほうから覚醒させていく。指先から、爪先から。体の先端から通常モードに移行する。そうすれば無意識でも奇襲に対応できる。師に教わった、本来なら逆であるはずの覚醒法。
ようやっと肉体の機能が覚醒してから、まぶたを開ける。
状況確認。
場所、自室のリビング。
位置、ソファーの上。
体勢、仰臥。
装備、足元の弓のみ。
索敵、室内に敵対存在な――――し?
おかしい。敵じゃないものの気配がある。
こんなもの、知らない。
「なーるっ。起きた?」
ひょこ、とソファーの向こうから現れた女性の顔。
……………………ああ、彼女だったのか。
「起きてる」
体を起こす。室内に脅威なし。状態はノーマルでいい。
「これは、君が?」
体からずり落ちた毛布を指す。魔女は物に触れないから、かけたのは麻衣しか思い当たらない。
「うん。こんなとこで寝たら冷えちゃうからね」
「そうか。助かった」
おかげで決戦前に風邪をひくなんて無様をさらさずにすんだ。鍛えているとはいえ、病には等しく罹る、まぎれもない人間の体だ。
「えへへ。どういたしまして」
麻衣は締まりなく笑った。
笑ったんだ。昨日まで怯えていた僕に対して。
「麻――」
「じゃあご飯にしよ。この時間じゃ朝昼兼用になるけど、いいかな」
「僕はいらないと昨日言ったはずだが」
「だーめ。何だっけ、空腹の将より満腹の兵卒のほうが役に立つ、とかいうし! カタキウチする前にお腹空いて倒れてもいいわけ?」
確かに麻衣の言う通りではあるのだが……一晩でいやに肯定的になってないか、麻衣?
「イヤなら無理に食べさせるよ」
「具体的にどうやって?」
「1、鼻つまんで口に突っ込む。2、口移し」
「……分かった。僕の負けだ」
どちらも恰好がつかないどころの次元じゃない。「ナル」が付き合うのも肯ける鮮やかな対応だった。
麻衣の作った具だくさんのスープとおにぎりは旨かった。口に合ったというべきか。僕の好みに合っていた。麻衣はどれだけ「僕」のことを知っているのやら。
――好み?
10年前のあの日以来、味らしい味なんて感じたことがなかった。
スポンサーの接待に行かされたパーティーの贅を尽くした料理も、養父母の手料理も、ひたすらに無味だった。
そんな僕に「好み」なんて高尚な機能があるわけない。
僕はどうしてしまったんだ。
「どうしたの? まずかった?」
「いや……何でもない」
「思いっきり何かある顔で言われても説得力ないよ。文句があるならキッチリ言って」
「本当にない。驚いただけだ」
「驚いた?」
「……食事を有意義だと思わされたのは久しぶりだったんだ」
抗えなかった。言ってしまった。
「そっか……なんだか照れるなぁ。ナルってば普段そんなこと言わないくせに」
麻衣はにやけるのを止められないようだった。終始ご機嫌で食事を進めていた。
一方の僕はといえば、食事に集中しはしたが、それは本音を言わされた気まずさから来る行動だ。
日常を知れと、白い魔女は言った。これがそうなのか?
後書き
麻衣は居直ると強いと原作にあったので。麻衣ちゃん快進撃スタートです。
ストレスによって味覚が変わるのは一般的。作者の友人はバイトが積んでいたころ何を食べてもじゃりじゃり塩味だったそうです。十年もいつ殺されるか分からない状況に置かれた彼からすれば、食を楽しむ余裕なんてありません。
三大欲求が満たされない十年間って、どんなでしょうね。
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