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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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18:冗談じゃない

 俺はパーティの隊列行進の最後尾を務めながら、少し前のことを思い返していた。


 ユミルがまさかの男性だと判明した時、マーブルだけは一切驚くことなく、俺達のリアクションに目に涙を浮かべながら爆笑を抑えつける仕事に邁進(まいしん)していた。それを見た俺は、いまさら開けっ放しだった口に気付き、一旦閉じて唇を湿らせてから、こう言ったのだ。

 ――マーブルさん。あんた、もしかして知ってたのか?

 するとマーブルは、目の雫を指で払いながら、実に軽ーいノリで、こう答えたのだった。

 ――うん、知ってた♪ と。

 続けてなぜ黙っていたのか、と問い詰めたら、

 ――あら。私は、あの子が女の子だとは一言も言ってないわよ?

 と、逆にニヤニヤと問いかけられ、何も言えなくなってしまったのも記憶に新しい。


 俺達を村の門の前で、したり顔の微笑みのまま、姿が遠くなっても小さく手を振りながら見送り続けていた彼女には、後で見送りの感謝の言葉と、「よくもやってくれたな」という気持ちを込めたジト目を送ってやろうと心に誓っていると、

「わぁー……こうして歩くと、本当に神秘的な森ですね……。辺りは薄暗いのに、なんて言ったら良いんだろう……すごく見通しが良くて快適です」

「……ここは日中薄暗いけど、真夜中になっても真っ暗になることは無いよ。この森の……不思議な光の粒子達のおかげみたい」

「そうですね、辺りを舞う綺麗な光子が光源になってて……この森の花粉なんでしょうか? それとも、胞子なのでしょうか?」

「……知らない」

 など、俺の前方を歩くシリカとユミルの会話が聞こえてくる。
 というか、シリカがユミルに気張って話題を振り、ユミルが仕方なく受け答えているといった感じだったが、歳の離れていないであろう小柄で可愛らしい二人が連れ立って歩く姿は、なかなかに微笑ましくもある。
 ユミルが男性と分かって、シリカが不安がるのではないかと俺やアスナとリズベットは内心懸念していたのだが、それは杞憂に終わってくれたようだった。彼女は怯えることなく、絶えずニコニコと健気にユミルへと話を持ち掛けている。
 それに対してユミルも、この短い間にかなり変貌してくれた感じではある。
 最初は完全なる無口、素顔が晒された後もなお、俺達を疑ってやまなかった彼女……いや彼は、今となっては、不機嫌そうな顔を隠さずとも他愛の無い話に相槌を交わしてくれるまでになっている。
 信用されている、と言えるにはまだ程遠い関係だが……良い傾向だ。

「……彼女が男……? 彼女は男……? 私は彼に求婚……? 彼に私は求婚……?」

「マジでうっぜぇ……」

 さらにその前を歩く、真っ白な顔をしたハーラインの未だに続く独り言と、それを本気で(わずら)わがっているデイドの呟きが聞こえる。
 ハーラインについては……もう、何も言うまい。俺も一人の男として、彼には同情の念を禁じ得ない。心の中で、なんとなく合掌。

「うわー……あいつ、ああなると別の意味で、また一段と気持ち悪くなったわね……」

「リ、リズ……聞こえたらどうするのよ。あんなにショック受けてるのに、さらに追い討ちになっちゃうよ」

 先頭を務めているアスナとリズベットのヒソヒソとした会話もかろうじで聞き取れる。……ということは、ハーラインの耳にも……重ねて、南無と心の合掌を送る。


 俺達は予定通り、朝方に出立した他チームとは別方向にマッピングを進めていた。モンスターとのエンカウント率が低いという情報の通り、幸い今のところ一度も敵には出くわしてはいない。ただ、確かに木々の間を毛細血管のように入り組む、獣道以上舗装道路以下の路地のマッピングには予想以上に苦労しそうだった。この階層のほとんどがこの始末なのだから、この先もずっと今のような遅々とした展開が目に見えるようだ。真っ先に挫折(ざせつ)してリタイアした連中の気持ちも分からなくもない。
 不幸中の幸いだったと言えるのは、先程シリカ達が話していた通り、視界は極めて良好だという点だ。
 辺りは薄いディープブルーの明度で、木々や植物が鬱蒼(うっそう)(しげ)ってはいるものの、かなり奥のオブジェクトまで鮮明に見て取れるのは小さな仔馬を探す今回の目的にはありがたい。《薄光(はっこう)の森》という名は、どうやら当たらずも遠からずのネーミングなようだ。
 と……

「……あっ!」

 突然シリカが声をあげた。反射的に瞬時に索敵スキルを駆使しつつ辺りを見回してしまうが、この周囲一帯にモンスターが出てくる気配は無い。
 驚かせないで欲しい、と内心溜息をつきながらシリカにどうしたのかと問おうと口を開けた瞬間、その原因が見て分かった。

 きゅ、きゅる。

「ピナッ、大丈夫?」

 彼女の腕の中で長い眠りに就いていたピナがようやく目覚めたのだ。名を呼ばれた小竜は主の声に元気に受け答え、いつものように肩に飛び移った。そして迷惑かけた、と言わんばかりに主人の頬に一度擦り寄る。

「あははっ、ピナ、良かった……」

 シリカは安心した微笑みでその頭を撫でていた。ピナは心地良さそうに目を細めるも……その目が突如パチッと見開かれた。そして、

「きゃっ、ど、どうしたのっ?」

 シリカの肩から飛び立ったかと思えば、一直線に誰かの元へと突撃していく。
 俺は一瞬、ピナが再びデイドの元へと突進し、復讐のリベンジをするのではと危惧したが、幸い彼とは進行方向がまるで違っていた。
 その向かう先は……

「……わっ!? な、なに、どうしたの? キミ……」

 きゅ、きゅっ、きゅるー。
 ピナは、ユミルの胸元へと突撃していた。いや、突撃と言うよりは、彼の胸の直前で制動をかけ停止し、そのブレストアーマーにコツ、コツと額を撫で付けているのだ。
 まるで、甘えるように。

「ちょ、っと……キミ……わぁっ!?」

 ついには、マフラーのようにユミルの髪を()(くぐ)りながら首に巻きつくように肩に飛び乗り、長い首を揺らして彼の頬に自分の額を摺り寄せている。その閉じられた口の喉元からは猫そっくりの、ごろごろと安心しきった機嫌の良い唸り声が聞こえてくる。

「キ、キミ……?」

 うろたえているユミルに、シリカが歩み寄る。もしかすれば主人として嫉妬するのではないかと思っていたが、その予想に反して彼女の表情は、とても嬉しそうだった。

「えっと、シリカ……こ、この子は一体……?」

 シリカはクスリと一度笑う。そして彼の頬元にあるピナの頭に手を伸ばして撫でながら口を開いた。

「あなたに恩を感じているようですよ。それに、単純にあなたを気に入ったんだと思います。よかったですね、ユミルさん」

「……そうなの?」

 それにピナがきゅるっと頷くように鳴いた。
 それからユミルはしばし驚いた顔で硬直し、やがて、

「…………そっか」

 ユミルは真横へと目を滑らせ、小竜と視線を配し合った。
 すると、その表情がフッと柔らかくなり……

 ――とても穏やかな、もしかしたら、それが彼の本質なのかもしれないという柔らかな笑みに変わった。

 が、それも数瞬だけですぐに潜ませた。ユミルは首を包み込むピナを両手で優しくすくい上げ、胸の前に抱き上げた。ピナは羽ばたき一つ抵抗することなくされるがままに抱かれ、きゅる? と不思議そうに首を傾げている。

「……ありがと。だけどホラ、もう飼い主さんの所へお戻り。ね?」

 その言葉を聞いたピナは、最後に長い首を伸ばしてユミルの頬を額で一撫でしてから、素直にシリカの肩へと飛び移った。

「……いい子だね。えっと……その子の名前は、確か……ピナ、だったよね」

 その言葉に、シリカは満面の笑みで頷いた。

「大切にしてあげて。例えば――」

 ユミルは、シリカの後ろ、隊列の先方を眺めた。

「――そこからじっと睨んでくる怖い人とかに、また襲われないように、とかね」

「え? ……あっ……」

 いつの間にかシリカの背後で、デイドが二人と一匹を忌々しげに()めつけていた。振り向いたシリカが瞬時に怯えて一歩退く。それに代わるようにユミルが一歩進み出、彼女の横に並ぶ。それと同時にピナも低い唸り声を上げる。

「テメェら」

「……キミも飽きないね。ついさっきもキリトに注意されたの、もう忘れたの?」

 もう、この視殺戦の回数も数えるのも疲れてきた。だが念の為、いつでも駆け寄れるようにはしておくべきだろう。

「うるせぇよ。ただ……ハッ」

 デイドはユミルに見下したような一笑を付した。

「あのキリトといい勝負をしたと聞いたが……あいつが言ってたのと違って、テメェも大したヤツじゃねぇって感じて、ついな」

「……どういう意味?」

 ユミルが少し奥歯を噛みながら、ギロリと睨み上げる。

「やっぱりテメェじゃ気付いてねぇのか。……テメェ、隣のアイドル様や、そのクソムカつくトカゲに飼い慣らされてるじゃねぇか。しょうもねーことにデレデレしやがって。そんなツラでも野郎は野郎ってか? それに思えば、キリト達と何があったかは知らねーが、そいつらとも馴れ合ってんじゃねーか。ソロとは思えねーヤワな野郎だぜ」

 それにユミルはフン、と小さく鼻を鳴らす。

「ボクが野郎って点は否定しないよ。男なのは事実だから。むしろ重ねて肯定したいね。……だけど」

 ここでユミルの()める瞳が…………瞬時に氷のように冷たくなった。

「ボクが、この人達に飼い慣らされて……馴れ合ってるだって? ――……冗談じゃない」

 吐き捨てるように言う。最後の一声は、心なしか恐ろしく低かった。

「ユミルさん……?」

 シリカが悲しそうに問うも、ユミルはそれを完全に無視し、デイドを睨めつけたまま言葉を続けた。

「勘違いしないで。……ボクは誰も信用なんかしちゃいない。――……この場の、誰一人だってね……!」

 冷たい目とは真逆に、鬼気迫(ききせま)る抑え難い何かをはらんだその声に、傍にいたシリカはもちろんのことデイドや俺ですら威圧された。

「ボクは義理あって、一時的に仕方なくこのパーティに連れられてるだけ。この件さえ終わったら、ボクはまた――……ッ!」

 ユミルは不自然に言葉を切り上げた。
 それと同時に、突然バッと首を横へ捻り、道路脇の森の遥か奥を凝視し始めた。

「おい、なに突然黙りやがってんだ。怖気づいてんじゃ……」

「うるさい。少し黙って」

 ユミルが即座にピシャリと張り詰めた小声でその声を遮る。

「なン……」

「待て、デイド」

 俺も即座に割り込み、彼の言葉を再び遮った。別に、彼に挑発している訳ではない。
 俺はユミルとほぼ同時に、森の奥を睨んでいた。
 索敵スキルに複数の反応があったのだ。ここから十数メートル先から……

「「……敵が来る!」」

 俺とユミルは同時に叫んでいた。それを聞いた全員が同時に武器を抜く。だがシリカだけは、迷いにその動きが鈍っていた。

「ゆ、ユミルさん……あたしは……」

「話は後だシリカ! 思っていたより敵の数が多い……みんな、油断せずにいくぞ!」

 おう! と男女混合の気合いの声が上がり、抜いた武器を強く握り締める。

 一斉に飛び掛ってくる敵集団に俺は刃を振りかぶり、今日始めてのモンスター戦へと突入した。

 
 

 
後書き
次回、キリト率いる、VSモンスター集団のパーティ戦が繰り広げられます。
ユミルだけでなく、デイド達の実力も明らかに……?
次回更新をお楽しみに。


突然ですが、私はピナもかなーり好きです。
どうしてもDEBANが少なくなりがちな小竜ですが、描写を短い文章ながらも、この足りない頭でよくよく考えて綴ってみたつもりなので、ピナの可愛らしい挙動がみなさんの脳内で再生できたらいいな、と思ってます。

ちなみにこの場所、第五十二層《薄光の森》ですが、この風景はSAOアニメ第四話(シリカ回)の、シリカとキリトが出会った、あの夜の森とかなり似ています。
それを踏まえて、この物語の冒険の風景を妄想して貰えたら嬉しいです。
薄暗いですが、奥まで風景が見て取れる、ディープブルーの幻想的な森。そんな感じです。 
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