【SAO】シンガーソング・オンライン
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SS:はじまりの思い出
前書き
名前縛り解禁のおらせ
そのローブの巨人がどういうものなのか、全く以てピンとこなかった。
察しが悪すぎて、言っていることも正直あまり理解できなかった。
そもそもオンラインゲームどころか俺のゲーム歴はポケットゲーム機を最後に停止していたのでところどころに現れる横文字にさえ翻弄された。
ログアウト出来ないと言われてもログアウトという言葉の意味があまり理解できていないし、ナーヴギアを脱いだら死ぬと言われても原理とかは理解できていない。
この世界で死ねば現実でも死ぬ、と言われても、そもそもこのゲームでの死というのがどんなものなのか、概念的には理解できても感覚では分からない。
だが、途方もない事が起きているのかもしれないとは感じた。
周囲の喧騒が凄まじかったからだ。
自分よりこの手のゲームに慣れているであろう人々のリアクションから、自分の置かれた危機的状況に実感が湧く。
とはいっても、この現実味のない世界で何を言われても現実味が薄いと言うのが本音だが。
「それでは最後に、諸君に私からプレゼントを差し上げよう。アイテムストレージを確認してくれたまえ」
アイテムストレージ?というのは、確かプレイヤーウィンドウとか言うのを開いて・・・どうやって開くんだっけ?
慌てて周囲を見渡すと、皆右手を振ってウィンドウを表示させていたので猿真似で振ってみる。
未だに使い慣れていないせいでどのアイコンがどれだか理解しないまま適当にボタンを押してはキャンセルして、その時点で既に周囲の皆は手鏡のようなアイテムを手に握っていた。
(なんでみんなあんなに早いんだ?順応の差か?)
見当違いな感想を抱きつつも鏡を具現化してみるが、突然手のひらに物が出現するという現実にはありえない現象に驚いて取り落としてしまった。
慌てて拾い上げてみると、鏡のくせに割れていない。
ガラス製ではないのか、それともゲームだからなのか。
そんな様子を見たひとりの女の子が何やら難しい顔で耐久値がどうとか呟いていたが、変な奴だと思われたに違いない。
気恥ずかしくなりながら改めて鏡を覗き込むが、何も起きていない。
何も起きないまま、鏡はポリゴン片になって消えてしまった。
態々プレゼントだと言ったからには意味があるのでは、と疑問に思いながら周囲を見渡すと、さっき見たプレイヤー達の顔が変わっていることに気付いた。
先までの如何にもゲームキャラな顔立ちではなくて、現実で見るような顔だ。ひょっとして、鏡で顔を見ると現実世界の顔になるのだろうか。
だからどう、という感想も湧かない。俺は普段からこの顔なんだから何もおかしくはない。
そもそも実は顔の作成が面倒でランダム機能を使ったため、鏡を見る前はどんな顔だったのか知らないのだ。
素直な感想を漏らせば、この一連の騒動に感覚が一切ついていけなかった。
少し悩んで、付いていけない時は人を頼るべきと思った俺は、この街のどこかにいるであろう友達に頼るためにメッセージ機能を立ち上げる。迷子対策の時のためにこれの使い方だけは忘れるなと叩きこまれたものだ。
だがそこには、俺が送るより先に既にひとつメッセージが送り込まれていた。
言うまでもなく、友達からだった。
2人は早々に合流し、これから街を出て次の街へと移動するそうだ。
そこには他にもリソースの奪い合いとか、優位性とか、このゲームの攻略のための行動とか・・・沢山の事が書きこまれていた。
要約するとこうだ。
――このゲームをクリアするために一刻も早く強くなりたいけど、俺を連れて行けば足手まといになる。だから2人で先に行く。面倒を見れなくてすまない。
その内容を反芻した俺は、それはそうだと納得せざるを得なかった。
俺の戦闘ときたら本当にひどい有様だったからだ。むしろ行けば俺が真っ先に死ぬんじゃないかと思えるほどだ。
だから、いつでも一緒だったあいつらを頼れないのは苦しいが、納得した。
――俺は街に籠っている。戦える自信が無いし、足手まといになると思う。だから気にせず行ってくれ。
幸いタイピングはキーボードのそれとほぼ同じだったため、スムーズに打ち込むことが出来た。
俺はそれを一瞬――ほんの一瞬ためらって、送信した。僅かな送信時間を置いて、メッセージが送られたことの確認画面が表示された。
これであいつらとは当分会えないだろう。その間どうすればいいのかを考えなければならない。
この仮想空間だか電脳世界だかと呼ばれる場所で、身の振り方を考えなければいかない。
「これから、どうしよう」
その悩みは、奇しくもアインクラッド内の殆どのプレイヤーが同時に抱える悩みだった。
それから、自分が楽器を持っていることに思い至るまで時間がかかった。
= =
「・・・とまぁ、そんな始まりだったな」
「・・・・・・・・・おお」
言葉を区切って、ちらりと聞き手――闇妖精の少女、ユウキの顔色を伺う。
退屈な話だろうと思っていたが、当人はいたって真剣に話を聞いていたようだ。
元々彼女にSAO時代の話をして欲しいと求められたから似合わない語り部をやったんだが、こうも無言で見つめられると流石に居心地が悪い。
SAOの華である冒険と戦いからは最も縁遠い場所にいた俺の話だ。必然、退屈な部分が多くなる。
SAO生還者には他にもっと知り合いがいるのだからそちらに聞いた方がいいと思うのだが。
「他の連中に聞いた方が面白いんじゃないか?俺は基本的に安全圏に籠ってたからな」
「もうアスナ達から十分に聞いたからいいの。それに今はお兄さんの話聞いてるんだから!同じバンドメンバーとしてね!」
(やっぱ本気だったのか・・・何か断る言い訳考えとかないとな)
俺と彼女の話場所は、知り合いたちが俺の為にあてがったプレイヤー用の小屋だ。
中には楽器類と最低限の家具くらいしか物が置いていないが、外でライブが終了した後はここで彼女の相手をするのが通例になっている。
なし崩し的にバンドメンバー化した彼女だが、今更正面切ってメンバー拒否すると間違いなくその情報が元攻略組に流れるだろう。
すると奴らは何故か俺に猛抗議してくる。一応俺なりに理由を言って納得させようと努力したいが、恐らく若者の勢いに押し流されるだろう。
一体この子がどういう存在なのやら、未だに理解しかねる。
そも、俺にアルヴヘイム・オンラインを半ば強制的にプレイさせているのは連中である。
とてもじゃないが、俺ごときが勝てる気がしない。だから出来るだけ当人である彼女が納得できる形で・・・いや、いっそフリーで活動するから解散とか?
だが思案を巡らす俺とは裏腹にユウキの方はなかなか喋らない事に業を煮やしていたようで、ウィンドウから取り出したエレキギター的な楽器を抱えた。
その目は不満全開と言わんばかりである。
これは不味い。機嫌を損ねてしまったらしい。
「はーなーしーのー続きぃぃ~~~ッ!!!」
「うおおおっ!?」
ギュヴォオオオオオオオン!!とけたたましい音を立てて楽器が唸りを上げる。
魔法の世界のくせに完全にエレキギターなのは俺の気の所為なのか。
最近「ドラムは一々取り出すのが面倒」という事でギターの練習をしているユウキは、自分の不満を言葉ではなく旋律に乗せて飛ばしてくるのだ。出鱈目に弦を押さえて弾きまくり、アームを使って音をギュンギュン歪めまくるその様は暴君のごとし。
出鱈目に演奏しているように見えるが、実はデストロイギターとか呼ばれる超マイナーな演奏法である。一体どこで覚えてきたのやら。
演奏中に行儀悪くギターを蹴るのが習わしなのだが、実演するとパンツが見えそうになることが発覚して慌てて止めさせた。その時も顔を真っ赤にしてこんな音を・・・・・・くう、何という音量だ。
「わかったわかった!!話すから止めてくれ!!」
「・・・・・・反省してる?」
「俺が悪かった。反省してる」
「なら許す!僕は心が広いからね!」
ふふん、と鼻を鳴らして尊大な態度を取る年下の少女に平謝りする大人。
ころころ表情の変わる子だなぁ、などと考えつつ成人として少々情けない気分になった。
= =
「なんやジブン、何そんな所でノンキに歌っとんねん!」
確か第1層が攻略されたその日のこと、俺の前を通りがかったそのプレイヤー集団の一人――もやっとしたボールみたいな頭の男はこっちを見るなりいきなりの喧嘩腰で迫ってきた。
今まで通りすがりに悪口をぶつけられることは良くあったが、これほど直接的に迫って来られたのは初めての経験である。
路上ライブ中に突如警察が近寄って来た時みたいな緊張感が背中に走る。
「ええか、今さっきまでワイらは命懸けで攻略しとったんやぞ!?命懸けでや!!それを一丁前にギターなんぞかき鳴らして・・・恥ずかしゅうないんかい!ギター握っとる暇あったら剣振るってモンスター倒すんが戦えるプレイヤーのスジやろが!!」
「はぁ・・・よく分からんことを言うな」
「なんやその態度!ジブン、ワイの事馬鹿にしとんのかいな!」
関西弁で一方的に捲し立てられた挙句怒られる。
男は相当に激昂しており、現実世界なら間違いなくこちらに唾が飛ぶ勢いだ。
他の集団もどこかこちらを責めるような目で見ていた。
責められたところで、俺がこの弦楽器を手放したら後は家で籠る位しか出来なくなるのだが。
何をそれほど怒り狂っているのかは分からないが、これは流石に酷いんじゃないだろうか。
今の俺には友達もいないし学生の立場もない、これしか残されていないのだ。
「戦えと言われても、武器買う金もなくなった俺に出来る戦いと言えばこいつだけだ」
こんこん、と楽器を叩いて弦を鳴らす。
本当の本当に、俺が出来る事と言ったらこれくらいのものである。
これを人に聞かせてながら自分を励まして、ついでに自分の不安を散らすだけだ。
それは単なる自己満足でしかない。
だがそれでも――俺は男の言葉を手で遮って、歌うことにした。
今日はいつものアレと違うものを。
役に立たない奴だって馬鹿にされて、世の中にもうまく合わせられない――
そんなどうしようもない奴でも生きていけるようにこの星は回ってる――
この世界にとって俺達なんていてもいなくても同じなんだ――
だからって、そんな風に萎れていられるかってんだ――
痛かろうが辛かろうが、不細工なまま生き延びろ――
劣等生だろうがはみ出し者だろうが、それがお前だろう――
最初はあてつけのつもりで歌ってやったものだった。
俺には何もやましいことなんてありはしない。だからお前らの意見など知ったことか、とぶつけるつもりで。
この世界に来て初めて、人に対して攻撃的な姿勢を取った。
だが、それは俺の全く意図しない結果を齎した。
歌を聞いていたプレイヤー集団の一人が、泣き崩れたのだ。
彼等には、尊敬するリーダーがいたらしい。
しかしその男は今日のボス戦で死んでしまった。
理由はβテスターが情報を隠していたからだとかなんとか喚いていたが、時間が経つにつれ泣き崩れた彼の心にはそのテスターへの恨みを上回る感情が渦巻きはじめていたそうだ。
すなわち、何であんな立派な人が死んだのに、愚図の自分が生き残ってしまったのだろう――という思い。
他人に当たり散らし、リーダーがいなくなった途端弱気になる。
大した腕もないくせに攻略組だと威張っていた自分と違って、リーダーは優しくて誠実な人だった。
そのことを思い出して、自分の存在が酷く矮小に思えて、自分が代わりに死んでしまえばよかったのにという自責を心に溜めていたらしい。でも――
「でも俺は生きてるじゃねえかよ・・・役立たずでも、俺は生きてる・・・・・・不格好でも生きてる。生きてていいんだ。俺はこれからもあの人の遺志を継いで戦ってもいいんだって・・・・・・赦された気分になったんだ」
その男は、何度も何度もありがとうと呟いて、仲間に肩を抱えられて泣きながら帰っていった。
その光景を呆然と眺めていた関西弁の男は、やや不満そうな顔で舌打ちしながらもそれ以上俺に絡むことはなかった。
「・・・ワイはギターも握れんし歌もよう知らん」
「俺だって上手っていうほどじゃない。リアルで人に聞かせられるもんじゃない」
「黙って聞けや!・・・・・・さっきあんさんが歌っとるのが恥や言うたけど、間違うとった。ワイはあいつが自分の事追い詰めとるんに気付かへんかったのに、あんさんはギター鳴らして歌っただけであいつを助けたんや。悔しいけど・・・ワイには真似できへん。言いたいことはそれだけや」
それだけ言って、男は他の連中と立ち去った。
まだ俺に非難の目を向けている奴もいたが、最初に突っかかった男が身を引いたことでその感情の行き場を失ったようだった。
俺がやったのは昔の名曲を真似て歌っただけだ。
こんなこと歌さえ知ってれば誰にだってできることだ。
パソコンや音楽プレイヤーだったらもっときれいに歌えるだろう。しかし、そんなちっぽけな男のつまらない演奏に涙を流すほどの価値を見出す人間がいるなど今まで考えもしなかった。
感謝する人間は今までもいた。涙を流す人間も少数だが存在した。
それはこの現実離れした空間に取り残された人間が皆不安を覚え、励ましの言葉を求め、俺の歌った歌詞から勝手に欲しい感情を拾っていっただけだ。
そんな中でも、あれほど激しく感謝された客は初めてだった。
「変な話だな。俺もあいつと同じロクデナシの筈なのに」
なのに――俺はなんとなく、明日からも歌おうと思った。
このどうしようもない世界でどうしようもなくへこんでいる誰かを励ますことが出来る自分に、ほんの小さな価値を見出したのも、多分その日からだったと思う。
――さあ、今日はここまでだ。一気に全部聞いちゃうと楽しみが減るだろう?
後書き
今回のは同じくブルーハーツより、「ロクデナシ」を元にした内容です。
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