蜘蛛の村
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第一章
蜘蛛の村
昆虫学者である南城宮太郎は変人と言われている、何故そう言われているかというと。
助手の北川三枝がだ、自分の研究室で熱心に研究をしている彼に困った顔でこう言うのだった。
「あの、教授」
「何だね、北川君」
南城は真剣な顔で己の席に座って英語の論文を読みつつ後ろにいる細面の白い顔の青年に応えた、白衣がよく似合う知的な印象の背の高い青年である。それに対して南城はいささかがっしりとした身体つきで背は彼より二センチ程低い。髪は白くなってきていて顔は四角い。眼鏡もだ。だが着ているのは白衣である。
その南城にだ、北川は言うのだった。
「さっき研究室の前を女の子達が通ったんですが」
「リケジョか、将来有望だな」
「あの、殆どですね」
「殆ど?」
「ショッカーどころか」
伝説的な悪の組織である。
「ゾルゲを見るみたいな目で研究室の扉を見てましたよ」
「ほう、バロム1か」
南城は論文を読みつつ応える。
「それはまたマニアックだな」
「あの、ゾルゲですよ」
「あの作品の敵は不気味なことこの上なかったな」
「そうしたものを見る目で見られてたんですよ、この研究室」
「それはどうしてだね?」
「心当たりありますよね」
「わからないな」
特に感情を込めずに答える南城だった。
「その理由は」
「博士の専門分野は何ですか?」
「昆虫学だよ」
やはり感情を込めずに答える南城だった。
「君はその私の助手じゃないか」
「はい、ですが私はそもそも蟻や蜂で」
北川の専門はそちらである。
「特にミツバチのことで」
「ハチミツだね」
「あれをどうしてさらに品質をよくするか」
「そのことが君の研究分野だね、知ってるよ」
伊達に助手にしている訳ではない、彼もそのことは知っている。
「いい研究だ」
「スズメバチも研究していますし」
「そうだったね」
「ですが教授は」
「私のことだね」
「蜘蛛ですよね」
正確に言うと昆虫ではないが南城の専門分野はこちらである。
「あれですよね」
「その通りだよ、私の専門分野は蜘蛛だよ」
南城もその通りだと北川に答える。
「私は蜘蛛についての研究を進めている」
「ですよね、ですから」
「女の子達は蜘蛛を怖がったのか」
「はい、かなり」
そうだというのだ。
「ですからゾルゲを見るみたいな目で見てたんですよ」
「ふむ、そうか」
「そうかじゃないですよ、この八条大学でも」
勿論生物学部の研究所の中でもだ。
「ダントツで怖がられてる場所ですよ」
「この学園は怪談スポットが無数にあるがね」
「その中に入ってますよ」
「それでか」
「はい、その中でもダントツです」
「この研究室は怪談スポットだったのか」
「蜘蛛の村って言われてますよ」
北川はこう言うとだった、研究室の中を見回した。研究室なのでここにあるのは本ばかりだがどの本もである。
「ここにある本とか論文も蜘蛛のばかりですし」
「他の昆虫のものもあるがね」
「けれど蜘蛛が一番多いですよね」
「そうだね」
このことは南城も否定しない。
「私の専門分野だから」
「だからですよ、蜘蛛はどうしても」
「気持ち悪いというんだね」
「わかっておられるじゃないですか」
「当然だよ、私は蜘蛛のことをよく知っているつもりだよ」
南城は北川に平然として答えた。
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