打ち解けて
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第一章
打ち解けて
その若いソプラノ歌手はマネージャーからしきりに念を押されていた、それは今度共演するテノール歌手のことだ。
「君の長馴染みの彼とは違うからね」
「ルチアーノとはなのね」
「そう、あの人は気難しいよ」
マネージャーはそのテノール歌手のことを話す。
「すぐに怒るからね」
「メトの話は本当なのね」
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場のことだ。これからソプラノ歌手が入るミラノのスカラ座に匹敵する程有名な歌劇場だ。
「あの人メトで歌うことも多いけれど」
「残念だけれどね」
マネージャーは苦い顔で歌手に話す。
「本当だよ」
「じゃあ照明や演出が気に入らないって言って」
「そう、衣装の一部の腰の剣を抜いて捨てたり鬘を投げ捨ててね」
「舞台を出ることも」
「いつもだよ」
そうだというのだ。
「そしてね、ニルソンともね」
「大喧嘩したのよね」
「あれは彼に問題があったよ」
そのニルソン、ビルギット=ニルソンとの顛末もここで話される。
「何しろ神経質ですぐに怒って自信家だから」
「それで周りとのトラブルが多くて」
「ニルソンさんが仕掛けたのね」
「二重唱の時に高音の出し合いを挑んで勝ったんだよ」
そうしたというのだ。
「その結果ね」
「あの人がなのね」
「怒ってね、控え室で机を手で叩きまくって騒いでたんだよ」
メトロポリタン歌劇場での騒動の話をだ、マネージャーは歌手に話した。
「とんでもない女だ、もう歌わないと言ってね」
「そうなのね」
「そう、だからね」
「あの人との共演は」
「注意してくれよ」
本当にだ、くれぐれにもという口調だった。
「あの人にはカラスもテバルディも手を焼いたんだから」
「ニルソンさんだけじゃなくて」
「そう、シミオナートでもないとね」
マリア=カラスにレナート=テバルディである。両者共一代の名ソプラノ歌手だ。両者はライバル関係にあったことでも知られている。
シミオナートとはメゾソプラノのジュリエッタ=シミオナートだ。名歌手であるだけでなく相当な人格者としても有名だ。
「辛いから」
「じゃあ今回私はどうすればいいのかしら」
「まずは彼にはあまり近寄らないね」
そうしてくれというのだ。
「話もしない方がいいよ」
「そんなにまずい人なのね」
「とにかくルチアーノよりもずっと我儘だから」
パヴァロッティ、彼女の幼馴染みであるこのテノール歌手よりもというのだ。
「気をつけてね」
「わかったわ」
こうしてだった、歌手はミラノ座に入りだった。そうして。
その歌手と会った、その歌手は背が高くすらりとした見事な長身である。特に脚が長い。
顔立ちは整いまるで映画スターだ、しかも気品もある。見事な黒髪を丁寧に整えている。
その彼フランコ=コレッリは歌手に会うとだ、まずは無愛想な感じで挨拶をしてきた。
「宜しく」
「はい、宜しくお願いします」
歌手はにこりと笑ってコレッリに応えた、そこで握手をしたが。
不意にだ、握手をしたコレッリがこう歌手に言ってきた。
「?君は」
「何か」
「うん、柔らかい手だね」
少し驚いた顔で歌手に言ってきたのだ。
「随分と」
「そうでしょうか」
「それにかなり温かい」
「冷たい手ではなくて」
「ははは、その歌だね」
プッチーニの代表作『ラ=ボエーム』の有名なアリアだ。もちろんコレッリも歌っている。
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