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足こそ大事

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第三章

「両方なんだ」
「そこ凄く気になりますよね」
「どうにも」
「全くだよ、何かわからないよ」
 こう答えてだ、そのうえで。
 託神は自分が料理でも拳法でも祖父に遥かに及ばないことに歯痒さを感じていた、そしてそのうえでだった。
 何故両立してこそだと祖父がいつも言っているのかわからなかった、だが王はその孫にも笑って言うのだった。
「はっはっは、御前はまだ若い」
「若いから?」
「こうしたことは歳を重ねてこそじゃ」
 そうして、というのだ。
「わかることじゃからのう」
「だからなんだ」
「まだわからんでよい。わしも御前の頃は祖父さんに及ばんかったわ」
「ひいひい祖父ちゃんに」
「そうじゃ、全くな」
 だからだというのだ。
「御前もこれからじゃ」
「修行していってなんだ」
「修行も年季じゃよ」
 店の厨房で一人黙々と自分の夕食を作るがてら料理の勉強をしている孫に対しての言葉だった。
「それもな」
「そうなんだ」
「そうじゃ、まあそのうちわかる」 
 王は優しい声で孫に語る、
「御前は御前の年齢では充分過ぎるわ」
「いや、祖父ちゃんみたいに早くね」
 なりたいと言う託神だった。
「だって僕がこの店継ぐんだし」
「わしはまだまだ現役じゃよ」
 祖父として笑って孫に返した。
「案ずるでない」
「確かに祖父ちゃん元気だけれどさ」
「あと二十年は大丈夫じゃよ」
 老齢であるがそれでもだというのだ。
「安心せよ」
「そうなんだ」
「そうじゃ。だからその間に身につければよい」
「拳法も料理も」
「うむ、ただどっちもじゃからな」
 孫にもこう言うのだった、自分の跡継ぎにも。
「拳法も料理も」
「その両方を身に着けてこそだよね」
「駄目なのじゃよ」
「それがいつもわからないんだよね」
 託神は首を捻って祖父に応えた。
「どっちかじゃないんだね」
「両方じゃ」
「どっちも極めるのに凄く苦労がいると思うけれど」
「いやいや、これがな」
「違うんだね」
「両方じゃ。料理を極めて拳法を極めてじゃ」
「拳法を極めて料理をだね」
 いつも祖父に言われていることをだ、孫である彼も続いて言った。
「そうだよね」
「そうじゃ、このことを忘れずにだ」
「修行していけばいいんだ」
「そういうことじゃ」
「そうなんだ。けれど」
 ここでだ、託神は話のついでだからあらためて祖父に言った。
「ずっと気になっていることがあるんだけれど」
「ふむ。どういったことでじゃ?」
「お祖父ちゃん凄く動きがいいけれど」
 拳法の時にだ、とにかく王の動きは速い。その速さは組む相手が目を回すまでだ。とにかく尋常ではない動きだ。
「拳法の時は。それに料理も」
「それもじゃな」
「麺のコシが違うよね」
「おお、その二つのことに気付いたか」
 王は孫の今の言葉に目を喜ばせて反応を見せた。
「見事じゃ、わしがそのことに気付いたのは三十を過ぎてからじゃった」
「気付いたって」
「そうじゃ、今の御前の歳には気付いていなかったぞ」
「それってどういうことなのかな」
「そこに気付けばすぐじゃな」
「すぐって」
「御前はわしよりずっと出来る」
 こうまで言う王だった、祖父として。 
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