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食べないかどうか

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第二章

「絶対にな」
「そうだよな、どう考えても」
「それだけは」
「ああ、無理だな」
 こう言うのだった、そしてだった。
 田辺はムスリムが自分の店に来ることは絶対にないと確信していた。しかしある日のことだ、その彼の店に。
 浅黒い肌に彫の深い顔立ち、黒い髪に黒い目。そして口髭がある。田辺はその彼を見てカウンターで食べている常連の客達に囁いた。
「あの人ってな」
「ああ、あっちの人だよな」
「アラブの方の人だよな」
 客達もこう答える、串カツでビールや焼酎を楽しみながら。
「どう見てもな」
「そこからの人だよ、あの人」
「そうだよな、ということはな」
 田辺は客達の言葉を聞いてあらためて言った。
「うちの店じゃな」
「ちょっとな」
「食うものないよな」
「それでどうして来たんだ?」
 本気でいぶかしんでだ、田辺は言った。
「うちムスリムの人が食えるものなんてないぞ」
「本当にキャベツだけだよな」
「あと牛肉とかうずらの卵位か」
 串カツの具にはこうしたものもある。
「烏賊や蛸、あと帆立も駄目だろ」
「鰻や鱧もな」
 こうした魚もだった、イスラムでは鱗のない魚も食べられないのだ。この戒律はユダヤ教からのものである。
「それじゃあな」
「ちょっとな」
「この店じゃな」
「殆ど食べられないだろ」
「牛肉食いに来たのね」
 田辺は首を傾げさせつつこう考えた。
「ならこっちも出させてもらうがね」
「この店ヤクザ屋さん以外は入店していいからな」
「そういうお店だからね」
「ああ、お客さんは差別しないよ」
 それは絶対にというのだ。
「だからな」
「それでだよな」
「アラブの人が来ても」
「揉めごと起こさない限りお客さんはお客さんだよ」
 これが田辺の信条だ、だからだった。
「それならな」
「アラブの人でもな」
「食えるとは思えないにしても」
「ああ、食ってもらうよ」
 客達にも言ってだ、そしてだった。
 その明らかにアラブから来た男を迎えた、男は店の中の二人用の席に座った。そのうえでその席から田辺にたどたどしい感じの日本語でこう言ってきた。
「串カツを」
「どの具にしましょうか」
「まずは普通に豚を」
 男の言葉にだ、彼も客達もだった。
 思わず声を出しそうになった、しかしすんでのところでそれと堪えてだった。
 何とかだ、田辺はこう言ったのだった。
「豚ですね」
「はい、そして」
 男は店の壁の品書き、紙の札に書かれているそれを見てから言った。
「海老と」
「海老もですね」
「烏賊、蛸、うずらに」
 うずらはよかった、だがその他のものもだった。
「それと鰻、鱧。鱚もお願いします」
「海老、烏賊、蛸、うずら、鰻、鱧、鱚ですね」
「はい、それと飲みものは」
 流石にこれはないだろうと誰もが思った、だが。
 ここでだ、男は言ったのだった。
「ビール、大ジョッキを」
「えっ!?」
 遂にだ、誰もが声を出してしまったのだった。
 勿論田辺もだ、彼は思わずこう言った。 
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