機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
第二節 期待 第三話 (通算第68話)
クワトロは明らかに他とは違う異質な空気を纏っていた。連邦軍人とは違う――かといって職業軍人気質なジオン軍人とも違う、抜き身のナイフを直に氷漬けにしたかのような、熱さを感じさせるのに、近づき難い鋭さを隠している。常用しているサングラスが、さらに人を拒絶しているように思わせていた。インテリの陰気臭さはなく、かといって革命家のような理想に陶酔した風でもない。熟練のパイロット然としている訳でもなければ、用兵の天才というのも違う。掴み所のなさこそが、人を惹き付けるカリスマ性の源なのかと疑いたくもなる。
だが、これらのこともシャア・アズナブルであれば誰もが普通に接してしまう。それは、彼が持つジオン共和国の英雄であることの重みなか、有名になるにつれ形成されたイメージの所為か。
「クワトロ大尉、紹介しよう。亡命者のメズーン・メックス中尉だ」
「よろしく。クワトロ・バジーナ大尉だ」
なんの躊躇いもてらいもなく、握手する。シャアは機体越しに感じた感覚で、既にメズーンを信じていた。
それはニュータイプの共感ではないと思っている。一方的にシャアにメズーンの叫びが肌に届いた…という方がシャアの感覚としては正しい。そもそも、サイコミュを搭載していない機体同士ではニュータイプの共振は起こらない。サイコミュとミノフスキー粒子が在ってこそなのだ。
「彼はランバンとカミーユの先輩なんだそうだよ」
「あぁ、成る程」
ブレックスの説明にシャアは独り納得してしまった。シャアは彼から知っている匂いを嗅いだ気がしただけである。会話の経過なしに結論にたどり着いてしまうのはニュータイプだからなのか、シャアだからなのか。判別はできないが、それこそがシャアらしさだった。
くすりとレコアが笑う。
どんなに名前を変えても、シャアはやはりシャアなのだ。シャア・アズナブル――いや、キャスバル・ダイクン以外の者にはなれないし、なろうとさえしない。エドワウ・マスと名乗っていた時でさえ。人を従える資質、人を惹き付ける魅力を持って生まれてきたということなのか。
「どういうことだ?」
ヘンケンは腑に落ちない。これにはシャアも説明のしようがなかった。ニュータイプの理解とは論理的な説明が難しい。相手の全てを感覚の中に取り込んで把握していまい、五感全てで理解しているからだ。理屈ではないために、その理由を言葉にすればするほど真実はすり抜けていく。だからシャアは、終戦直後に持て囃されたアムロのように無為に言葉を重ねず「なんとなくそう感じたのです」とだけ返した。面倒というのとは違う。シャア自身言葉にすることが出来ないのだ。
もっとも普段からシャアとヘンケンの会話はこうである。が、ヘンケンもシャアも気にする風でもない。それは、クワトロがジオン共和国とエゥーゴを繋ぐ唯一の綱でもあるからであるように思える。クワトロのが階級は大尉だが、明らかに一介の尉官以上の見識と人脈、そして情報網を有していた。
「そうだ。アストナージが滷獲した《ガンダム》をバラしたいと言っていました」
実のところシャアの関心はメズーンにはなかった。無視された形のメズーンはシャアの態度に怒りもせず、じっと見つめている。
「アストナージらしい。中尉、いいな」
くくっと笑いながら訊く。メズーンに否はなかった。自分の目的は達せられたのだから、既に俎上の鯉である。
ヘンケンだけでなく、ブレックスも、レコアもシャアも、今回の強奪成功はメズーンのおかげであると考えていた。だからといって軍事行動の成果である滷獲した《ガンダム》をどう扱おうがメズーンに断りを入れなければならない理由はない。ただ、同意を促すことで、メズーンを仲間として認め、皆との信頼関係を始められるなら、安いものである。この辺りの気配りが、ヘンケンを皆が慕う理由であろう。上に立つ者としての大度である。
「准将、自分はどうなりましょうか」
「中尉には月に同行してもらいたい。サイド7を脱出してくる仲間を救うにしても、救援と補給をしなければならん。私は軍事においてでさえ全権は委ねられている訳ではないのだ」
ブレックスの歯がゆさが滲んでいた。階級の問題もある。せめて少将でさえあれば……。それだけにヘンケンやグラナダ防衛大隊のシュトマイヤー中佐らの支持が有り難かった。だが、軍隊とは組織戦である。エゥーゴ独自の組織を作らなければならなかった。
「自分をこの艦に――《アーガマ》に置いていただけませんか?」
行き場を失ったメズーンは小さな偶然から再会した旧知のランバンやカミーユと離れることを嫌った。いまさらサイド7には戻れない。それならば、エゥーゴの兵士として戦いたい。
「それは構わない。歓迎するよ、メズーン中尉」
ブレックスはシャアとヘンケンに視線を振った。シャアは静かに頷き、ヘンケンも嬉しそうに笑っていた。エゥーゴにとって既に戦端を開いた以上、人は幾らでも欲しい。ましてやパイロットは貴重である。訓練には時間も費用も掛かるのだ。
「だが、乗ってもらうMSがないな」
「滷獲した《ガンダム》があるだろう」
シャアの感覚からすれば、ガンダムは二機ともアナハイムに渡すのが当然であった。補給も整備もロクにできない機体を前線で使うには不安が付きまとう。だが、連邦は規格が統一されているため、MSは特殊な部品以外はどの部隊でも代えが利く。前提条件が違うため、意見は正反対になった。
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